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Ⅰ 黒のオメガ
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「母様、アルファってオメガと何が違うの? どうして僕が白の国に行くの?」
まだ七才であったジリスは、白国王太子の婚約者であることが理解できず、母に聞いたことがある。
ジリスは「母」と呼んでいるが、黒国王妃は女性アルファでありジリスを産んでいない。生物学的には「父」だ。ジリスはオメガである黒国国王から生まれた。
だが、黒国では役割的意味合いで父母の呼称を決めている。だからアルファ王妃がジリスの母なのだ。
母は少し考えてからジリスに向き合った。
「これは神様が決めたことなのよね。ジリスにはまだ良く理解できないかも知れないわね」
「どうして僕だけなの? 兄様は同じオメガなのに黒国にいれるんでしょ? 僕も黒の国にいたいよ」
何度も抱いた思いを母にぶつけた。
一緒に深緑の庭にピクニックに来ている五つ年上の兄、カザルが動きを止めてジリスを見た。
カザルの茶色い瞳が悲しそうに揺れた。
「ジリス、兄ちゃんだって可愛いお前と離れたくないよ。何とかならないのかなぁ。ね、母様。ジリスが白国に行かなくていい方法は無いの?」
ジリスの頭をカザルがそっと撫でた。母は困った顔で微笑んだ。
「そうね。白国の王妃として嫁げるオメガは、年齢的にジリスしか居ないのよ。黒国王家としても、本当はジリスにいて欲しいのよ。でも、こればかりは神の采配としか言えないのよ」
母の言葉に拗ねて下を向いたジリスの頭に、フワリと何かが載せられた。何だろうと頭上を手で確認すれば花びらが触れた。
「え? お花?」
顔を上げたジリスに母が優しく微笑んだ。
「未来の白国王妃さまに、幸せの花冠をどうぞ。ね、ジリス。母様は黒国の王妃になって、不幸そうにみえるかしら?」
ジリスは花冠を手で支えながら、フルフルと首を横に振った。母は毎日満たされた笑顔を浮かべている。
時には国政に参加し、ずば抜けた治政を発揮している。母は黒国で生き生きしていると思えた。
「母様は、いつもにこにこして、父様と仲良しで、とっても幸せそうだよ」
「うん。俺もジリスと同じに思う」
カザルが身を乗り出して母に言葉を返した。
(兄様は王様になるから気になるのかなぁ)
ジリスはそう思った。
「ふふふ。そうね。母様も独りで黒国に来るのが不安だったわ。けれど、父様に出会って、私だけの愛しいオメガを番にできて、これ以上無い幸福な人生になったの。白の国に無い黒の神秘に触れて、この国が大好きになったわ。番になれば、ジリスにも分かるわ。心配しなくても大丈夫よ」
母の言葉に首をかしげるジリスの隣で、カザルが大きく手を広げた。
「じゃ、俺は婚約者のアルファ侯爵令息をすっごく大切にする! 幸せだって思ってもらうように精一杯いい番になる! そうすれば、きっとジリスだって大切にしてもらえる。母様のように幸せな番になれるよ。ジリス、大丈夫だよ!」
名案を思いついたようなカザルの様子に圧倒された。キラキラした瞳でカザルが抱きしめてきた。
「兄様、痛いよぉ」
急な抱擁に文句をこぼすジリスに、カザルがささやいた。
「ジリス、俺が代われなくて、ゴメン。可愛いジリスが、白国で幸せな王妃になるように、神様に祈っているから」
耳元に届く真剣な声に驚いて、ジリスは動きを止めた。そのままカザルは動かなかった。
密着していたジリスには分かった。小さな震えが伝わってきていたから。カザルは、泣いていた。
どうして良いのか分からずにジリスが母を見上げると、母はもうひとつの花冠をカザルの頭に載せた。
「はい。未来の黒国王様にも花冠よ。あなたたちは二人とも幸せになるの。母様だって毎日祈るわ。愛おしいジリスとカザルが幸福の道を歩みますようにって」
カザルがジリスから離れた。気を取り直したように立ち上がったカザルは、満面の笑顔だった。
「よし! ジリス、一緒に花冠を作ろう! とびっきり綺麗なやつを母様にあげよう!」
空元気のように張り切るカザルを励ましたくて、ジリスは元気いっぱいに応えた。
「いいね! 兄様、母様にはピンクの花が似合うと思うよ」
「じゃ、一緒に花探しだな!」
ジリスはカザルと手を繋ぎ、花を探した。母に似合う花を探すうちに、先ほどまでの深刻な雰囲気は消え去っていた。
――あの頃は、こんなに苦しい白国の生活が待っているとは思っていなかった。戻れるものなら幼い日々に戻りたい。白国に嫁ぐな、と自分に教えてあげたい。
優しい家族を思い浮かべると涙が流れる。瞳を閉じたまま、ジリスは嗚咽を飲みこんだ。
まだ七才であったジリスは、白国王太子の婚約者であることが理解できず、母に聞いたことがある。
ジリスは「母」と呼んでいるが、黒国王妃は女性アルファでありジリスを産んでいない。生物学的には「父」だ。ジリスはオメガである黒国国王から生まれた。
だが、黒国では役割的意味合いで父母の呼称を決めている。だからアルファ王妃がジリスの母なのだ。
母は少し考えてからジリスに向き合った。
「これは神様が決めたことなのよね。ジリスにはまだ良く理解できないかも知れないわね」
「どうして僕だけなの? 兄様は同じオメガなのに黒国にいれるんでしょ? 僕も黒の国にいたいよ」
何度も抱いた思いを母にぶつけた。
一緒に深緑の庭にピクニックに来ている五つ年上の兄、カザルが動きを止めてジリスを見た。
カザルの茶色い瞳が悲しそうに揺れた。
「ジリス、兄ちゃんだって可愛いお前と離れたくないよ。何とかならないのかなぁ。ね、母様。ジリスが白国に行かなくていい方法は無いの?」
ジリスの頭をカザルがそっと撫でた。母は困った顔で微笑んだ。
「そうね。白国の王妃として嫁げるオメガは、年齢的にジリスしか居ないのよ。黒国王家としても、本当はジリスにいて欲しいのよ。でも、こればかりは神の采配としか言えないのよ」
母の言葉に拗ねて下を向いたジリスの頭に、フワリと何かが載せられた。何だろうと頭上を手で確認すれば花びらが触れた。
「え? お花?」
顔を上げたジリスに母が優しく微笑んだ。
「未来の白国王妃さまに、幸せの花冠をどうぞ。ね、ジリス。母様は黒国の王妃になって、不幸そうにみえるかしら?」
ジリスは花冠を手で支えながら、フルフルと首を横に振った。母は毎日満たされた笑顔を浮かべている。
時には国政に参加し、ずば抜けた治政を発揮している。母は黒国で生き生きしていると思えた。
「母様は、いつもにこにこして、父様と仲良しで、とっても幸せそうだよ」
「うん。俺もジリスと同じに思う」
カザルが身を乗り出して母に言葉を返した。
(兄様は王様になるから気になるのかなぁ)
ジリスはそう思った。
「ふふふ。そうね。母様も独りで黒国に来るのが不安だったわ。けれど、父様に出会って、私だけの愛しいオメガを番にできて、これ以上無い幸福な人生になったの。白の国に無い黒の神秘に触れて、この国が大好きになったわ。番になれば、ジリスにも分かるわ。心配しなくても大丈夫よ」
母の言葉に首をかしげるジリスの隣で、カザルが大きく手を広げた。
「じゃ、俺は婚約者のアルファ侯爵令息をすっごく大切にする! 幸せだって思ってもらうように精一杯いい番になる! そうすれば、きっとジリスだって大切にしてもらえる。母様のように幸せな番になれるよ。ジリス、大丈夫だよ!」
名案を思いついたようなカザルの様子に圧倒された。キラキラした瞳でカザルが抱きしめてきた。
「兄様、痛いよぉ」
急な抱擁に文句をこぼすジリスに、カザルがささやいた。
「ジリス、俺が代われなくて、ゴメン。可愛いジリスが、白国で幸せな王妃になるように、神様に祈っているから」
耳元に届く真剣な声に驚いて、ジリスは動きを止めた。そのままカザルは動かなかった。
密着していたジリスには分かった。小さな震えが伝わってきていたから。カザルは、泣いていた。
どうして良いのか分からずにジリスが母を見上げると、母はもうひとつの花冠をカザルの頭に載せた。
「はい。未来の黒国王様にも花冠よ。あなたたちは二人とも幸せになるの。母様だって毎日祈るわ。愛おしいジリスとカザルが幸福の道を歩みますようにって」
カザルがジリスから離れた。気を取り直したように立ち上がったカザルは、満面の笑顔だった。
「よし! ジリス、一緒に花冠を作ろう! とびっきり綺麗なやつを母様にあげよう!」
空元気のように張り切るカザルを励ましたくて、ジリスは元気いっぱいに応えた。
「いいね! 兄様、母様にはピンクの花が似合うと思うよ」
「じゃ、一緒に花探しだな!」
ジリスはカザルと手を繋ぎ、花を探した。母に似合う花を探すうちに、先ほどまでの深刻な雰囲気は消え去っていた。
――あの頃は、こんなに苦しい白国の生活が待っているとは思っていなかった。戻れるものなら幼い日々に戻りたい。白国に嫁ぐな、と自分に教えてあげたい。
優しい家族を思い浮かべると涙が流れる。瞳を閉じたまま、ジリスは嗚咽を飲みこんだ。
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