【本編完結】番殺しの黒オメガが背負う愛は

小池 月

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Ⅺ 幸せに

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 翌日、すぐにジリスは出発を決めた。まだ微熱が残るが、一刻も早くアルに会いたかった。
 回復してから、とカザルに言われたが、とても待てる心境ではなかった。

「行ってきます!」
 大きな声で伝えれば、父と母は泣きながら「幸せになるのだよ」と送り出してくれた。

 黒国の騎士たち、黒魔術部隊の人々、侍女侍従が総出で「ジリス様、お幸せに!」「ジリス様に幸あれ!」「アル様と末永くお幸せに」と声を上げてくれた。

 その歓声の中を、ひたすらに「ありがとう」と伝えて進んだ。優しい黒国に感謝の涙が溢れた。

 そしてアルと会えると思うと嬉しくて身体が震えた。
 アルと生きるために、アルのために頑張った。
 絶望しかけた時もあった。けれど、ジリスが背負う唯一にして最大の愛だけを糧に生きて良かった。

(アル、会いたいよ)
 獣馬車に乗り、アルの服を抱き締めた。まだ気怠さの残る身体を毛布に包んでブルリと震えた。


「ジリス、温石を増やす?」
 カザルの声にジリスはフルフル首を横に振った。

 国境まではカザルとディンが付き添ってくれている。
 ジリスは体調が良くないからカザルと二人で馬車を使っている。ディンは別の馬車で同行している。
「ううん。兄様に世話をしてもらうなんて、いいのかな。僕は侍女で良かったのに」

「ジリス、お前はなぁ。こうしてジリスと過ごすのは、きっと最後だから良いじゃないか。それに、俺は兄として、アルにジリスの口の悪さを勘弁してやってくれって言わなきゃいけないからな」

「は、はぁ? 僕は口は悪くない! そんなこと言うのは兄様くらいだ」
 ジリスがムキになるとカザルはクスクスと笑った。

「ほら、ジリス。熱が上るぞ。横になっても良いから、静かにしてろ」
「何だよ。兄様のせいじゃんか」

「あ、クソネモスの服はどうした?」
 カザルの声にジリスは鼻をフンっと鳴らした。

「燃やした。全部、踏みつけて、ハサミで切り刻んで、暖炉に入れた。もう僕には必要ないから」

「いいね。あぁ、俺はアルに言いたいんだ。ネモスを黒国で処刑させてくれって。俺さぁ、ネモスが泣き叫んで這いつくばって、漏らしながら命乞いする姿が見たい」

 茶リスのような可憐なカザルの口から出た言葉とは思えず、ジリスは目を丸くした。

「兄様、もしかして、ドSなの?」
「あはは。ジリスは面白いなぁ」

 カザルは笑っているが、ジリスの質問には答えていない。もしかしたら、ディンがドMなのかもしれない。
 有り得るかも、と考えて、笑うカザルを見つめた。けれど真相を知りたくはない。それ以上は聞くのをやめた。

「兄様、ネモスは、可哀そうだったのかな」
「どうしたんだよ」

「ネモスがミーナを、愛していたら。それが故の暴走だったら。あの二人は、もう二度と結ばれない」
 カザルは無言で窓の外を見た。

「俺だったら。もし、ディンと愛し合っているのに、他の人と番になれっていわれたら。俺は、全てを、王位を捨てて、ディンと生きる。ネモスは、何が大切か分からなかったバカなんだよ。ジリスが気に病むことは無い」

 カザルの言葉にジリスは救われた気がした。その通りだと思えた。

「兄様、ありがとう」
 カザルは少し無言だった。

「ジリス、少し寝ておけ」
 座席に横になるように促されて身体を横にした。すると、カザルが毛布をトントンし、ジリスの頭を撫でた。

「兄様?」
「きっと、もう黒国に戻ることはないだろう。アルなら、安心だから。でも、そうしたら、もうジリスの顔が見れないのか……」
 カザルが慈愛に満ちた顔でジリスを見るから、何も言えなかった。


 草原地帯の国境に近づくと、胸がドキドキしてジリスは窓に張り付いた。
 アルと別れた懐かしい場所だ。あの時のアルの離れていく背中を思い出すと、目の奥が熱くなる。

 ここは雪が降らない。夏に青々していた土地は茶色に変わり、冷たい風が吹いている。
 季節でこんなにも景色が変わるのか、と驚く。

 寂しい土地の先は、白国だ。

 馬車が徐々に国境に近づくと、国境向こうにいくつかテントが張られている。
 真っ白なテントには、遠目にも分かるように黒い葉牡丹が描かれている。それを見て笑いが込み上げた。
 きっとアルだ。

「すごいな。アルのアピールが。今に国旗も黒い葉牡丹に変えそうだ」
 カザルがテントを見てクスクス笑っている。

 けれどジリスはそれに反応できなかった。国境沿いに白国の人が並んでいる。きっとあの中にアルがいる。まだ人を判別出来る距離では無い。けれど、アルがいると思うだけで目の奥が熱くなる。

 ジリスは涙が零れないよう堪えるので精一杯だった。
 どんどん馬車が近づいて、アルが見えたときには、とうとう涙が溢れた。

 アルはまっすぐジリスの獣馬車を見ている。窓に張り付いているジリスだけを見ている。

 その熱い視線に捕らわれてジリスは動けなかった。涙だけがとめどなく流れた。

 ガタンと獣馬車が止まり、侍従が馬車の扉が開ける。その瞬間にジリスは飛び出した。

 肩にかけていた毛布がフワリと風に舞った。

「アルーー!!」
 悲鳴のように叫んで走った。黒の結界の向こうで、アルが大きく手を広げた。

「ジリス様!!」
 その腕に飛び込むように、ジリスは白国に入った。

 懐かしい匂いだ。愛おしい逞しさだ。

「うわぁぁぁあん!」

 ジリスはアルの腕に包まれて大声を上げて泣いた。

「ジリス様、お待たせしました。あぁ、ジリス様だ。本当に、ジリス様だ」

 アルの身体が震えた。小さなアルの嗚咽が伝わってくる。互いに落ち着くまでの間、動けなかった。
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