おとぎ日和

天乃 彗

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桃太郎 番外編

頑張れ鬼村くん

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 豊木高校生徒会長、鬼村碧の目の前に、桃太郎の絵本が広げられている。桃太郎がどや顔で、鬼を退治しているページである。

「……なんのつもりですか、これは」

 訝しげに、向かい側に座って絵本を広げている相手、猿山祐樹に問う。祐樹は彼にとっては宿敵であり、過去にいろいろあったからあまり関わりたくないのだが、図書室で偶然会ってしまった。そして何故か向かい側の席に座られてしまって、あげく謎の行動をされたため、話さざるをえなかった。

「桃太郎の鬼の名前って、“うら”って言うんだぜ。温かいに良いで、“温良”。万年二位知ってた?」

 質問には答えず、祐樹は言った。万年二位、という言葉にむっとする。相手は万年一位の男だから、余計に。
 そのためか、放つ言葉が刺々しくなる。

「そんな無駄知識知りませんよ! 岡山県民でもあるまいし!」
「それを桃に話したらさ」
「聞けよ!」

 苛立つ鬼村を完全にスルーして、祐樹は話を続ける。桃──また、嫌な話題を持ってくるものだ。その名前を聞いて、鬼村は眉をひそめる。

「すっげぇ目輝かせて、“何それ! うらとか響き超かわいい! これからは鬼村のことうらちゃんって呼ぼう!”……だとよ、うらちゃん」

 小さな声で「ざまぁ」と鼻で笑われた。

──あのバカ女ッ……なんてことをッ……! 

 “うらちゃん”だと? ふざけている。嫌いなタイプの女から言われるのは尚更心外である。ふつふつと怒りが込み上げてきたとき、祐樹が思い出したように言った。

「あ、あとさ。その話してたとき、一真もいたんだけど」

──戌井一真。

 鬼村は顔を強ばらせた。あいつには嫌な思い出しかない。笑顔の悪魔。いや、悪魔なんてものではない。魔王だ。
 鬼村にとって恐怖の対象でしかない彼が、一体なんだというのだろうか。

「横で聞いてて、いきなり“へぇ……”ってニヤリと笑ったんだけど、あれ何だったのかな」
「こっちが聞きたい!」

 あの笑顔を思い出してぞっとした。何が“へぇ……”だったのだろう。
 すると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、クラスメイトがノート片手に立っている。持っているノートは、鬼村のものである。ノートを貸してほしいといわれ、貸していたものだ。返しに来たのだろう。鬼村はノートを受け取る。

「これ、サンキュー。助かったよ、うらちゃん」
「あぁ、はい……ん?」

 今……何て? 気付いたときにはクラスメイトは図書室から出ていっていた。
 入れ違いで、見慣れた顔が図書室に入ってくる。鬼村と同じく、腕に生徒会役員の腕章をつけた後輩の女子だった。

「うらちゃん先輩、言ってたデータ持ってきました」
「……ちょっと待ちたまえ、うらちゃん先輩ってなんだ」
「えっ?」

 生徒会役員の女子は、目を丸くしている。そんな反応が返ってくるとは思っていなかったため、こっちが面食らう。

「だって、先輩がそう呼んでほしいって言ったんですよね? 戌井先輩から聞きましたよ?」
「なっ……」
「じゃあわたしこれで」

 にこやかに去っていく後輩を、唖然と見送る。

「……なるほど」
「なるほどじゃないですよ!」

 戌井一真は顔が広い。おそらく、すでに「うらちゃん」というあだ名は出回って──。

「最悪だ……!」
「そう落ち込むなよ、うらちゃん」
「うらちゃんって言うなぁぁぁ」

 鬼村の嘆く声が、図書室に小さく響いたのだった。
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