おとぎ日和

天乃 彗

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わらしべ長者 番外編

お人好しな彼女(2)

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 他にも色々と洋服を見て回り、次はドラックストアに行けば千花の今日の目標は達成だったんだけど、その前にちょっと用を足したくなった。辺りを見渡すとちょうどよくトイレを見つけて、俺は千花に向き直る。

「ごめん千花。ちょっとトイレ行ってきていい?」
「あっうん。じゃあ私、適当に近くで待ってるよ。買い物したやつも、自分で持つし」
「荷物は行ってる間だけでいいから。ごめんね、すぐ戻る」

 持っていたショップの袋を千花に渡して、駆け足でトイレに向かう。さっさと済ませよう。
 にしても、この2時間くらいの間の買い物で、どれだけ店員さんに声をかけられたんだろうか。俺がそばにいても声かけてくる人は声かけてくるし、俺が制さなければ千花は丁寧に相手をしようとする。さすがにちょっと心配になる。押し切られたら多分断れないだろうし。……もし、俺より前に千花の魅力に気付いた奴がいたとして、強引に告白とかしていたら、千花はそっちと付き合っていたんじゃないか。なんてよくない考えが頭をよぎった。俺はたまたま運が良かっただけで、少しでもタイミングを外していたら、こんな風に千花と付き合えてなかったんじゃ。
 そんなことを考え出したらキリがなくなってきて、どんどん自信がなくなってきた。千花は俺のことを好きでいてくれていると思う。でも千花の性格を考えたら、千花から俺に告白なんてしてくれなかっただろうし、強く押されれば他の誰かと付き合ってたかも。
 よくない。よくない考えに頭を支配されることは、精神的にも、千花のためにもよくない。今は俺が千花の彼氏で、千花も俺を好きでいてくれているはず。それでいいんだ、それで。押しに弱そうなら、押し切られないように守ってあげれば。
 手を洗って、乾燥機に乱暴に手を突っ込んで、まだ乾ききってないけどトイレを出た。

「すいませ~ん。ここの『Matari.cafe』ってカフェに行きたいんだけど、場所わかんなくて」
「あっ、それなら、地図見た感じだと……ここの棟を右に曲がって、それから……」

 彼女の声がした。また、人に声をかけられているな、というのは会話の内容でわかる。遠目でよく見えないけど若い男のようで、千花はパンフレット片手に説明をしている。それ渡せば済むのに、本当お人好しだなぁ、なんて思っていると。

「ちょっと案内してよ。なんなら一緒にお茶しよ。お姉さん1人でしょ?」
「えっ!」
「ちょっ……」

 ぐいっと腕を取られ、ずるずると引きずられるように連れ出されそうになる千花。これ、やばい。道案内のフリしたナンパじゃないか。千花の性格なら、押し切られて連れてかれる! 急いで駆けつけようとして、俺が面食らった。

「だめです、1人じゃないです! か、彼氏と来てるので!」
「──っ、」

 千花は男の手こそ振りほどけないものの、連れられないように足を踏ん張らせてその場にとどまっている。一見すると「1人でしょ?」の返答に過ぎないけれど──そのセリフは、確かに。
 俺はなるべく平静を装って、2人の元に駆けていく。

「千花、ごめんね。お待たせ」
「智くん……」

 男はバツが悪そうに掴んでいた手を離した。正直こいつに関してははらわたが煮えくりかえる思いだけど、ここは冷静にならないと。

「この人、どうしたの?」
「あ……えと、『Matari.cafe』ってとこに行きたいらしくて……」
「そっか。ならこれ使わないんであげますよ。じゃ、そういうことで」

 俺はポケットに入れっぱなしでヨレヨレになったパンフレットを投げるように渡してにこりと微笑んだ。男はヒクついた笑みを返してから、渋々『Matari.cafe』がある方へと歩いて行った。本当に用があるのかも怪しいものだ。男が去った方向に用はない。俺は千花のショップ袋を受け取り、空いた方の手で千花の手をとって、ドラッグストアがある方へと歩き出した。

“だめです、1人じゃないです! か、彼氏と来てるので!”

 さっきの千花の言葉を頭の中で反芻する。いつもあんなにきっぱりとものを言わないくせに、あれだけは、ずいぶんはっきりと。

「さ、智くん……?」
「何」
「怒ってる……?」
「……なんで?」
「だって、顔が、険しくて……」

 千花は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。違う、逆だ。俺は嬉しかったのだ。千花が初めて人に対して「No」と言った。彼女が心配していたほどNoと言えないわけじゃないことも嬉しかったけど、その理由が間違いなく俺のためだったこととか、俺との時間を優先するために、ナンパを断ったこととか、全部が嬉しくて、にやけてしまいそうなのを必死でこらえて、顔が険しくなってしまった。
 さっきトイレで悩んでたのも馬鹿らしい。千花は流されて誰かと付き合うような子じゃない。ちゃんと考えて、俺だから付き合ってくれたのだ。もし今後押しが強い奴が現れても、俺のことを考えて、勇気を振り絞って「No」と言ってくれるはずだ。不安なんて、感じる必要はなかったのだ。

「怒ってない……怒ってないんだけど」
「うん……」
「ちょっといい?」
「え?」

 ちょうどよくあったコインロッカーの陰まで千花を連れて行き、人から見えないように千花にキスをした。突然のことに驚きを隠せない千花は、目を瞑ることも忘れてキスを受け止めている。そんな姿も可愛くて、初めて彼女の唇に舌を這わせた。びくりと震えた肩を押さえつけるようにして、口の中に舌を侵入させる。逃げるように動き回る舌をやっと捕まえて絡ませると、千花は苦しそうに息を漏らした。ちょっと、いきなりすぎたかもしれない。唇を離すと、千花はウルウルとした目で俺を見上げている。

「ごめん」

 ポン、と頭に手を置いて謝った。キスだけで済ませようと思ったのに、調子に乗ってしまった。あまりにも、千花の初めての「No」が嬉しすぎた。これで拒否されたら元も子もないのに。
 千花は拒否しなかった。その代わり言葉もなく、ただただ真っ赤な頬を隠すように手で覆い、しばらく俯いたまま動かなかった。するとようやく、蚊の鳴くような細い声で、俺に抗議をした。

「……急には、びっくりする……」

 出てきた言葉が、拒否でなくて良かった。思わず笑ってしまった口元を隠して、もう一度だけ「ごめん」と言って、手をとって歩き出した。


 * * *


 俺の彼女は、気遣い屋でおとなしくて、Noと言えない日本人。そういうところを、不安に思う時もあるけれど。

「あの、」
「うん?」
「さっき、なんでいきなり……その……キス、したの?」
「……秘密」

 そんな彼女だって、時には拒否をしたり、ワガママを言ったりする。そういう一面を全て合わせて、俺はこのお人好しな彼女のことがすごく好きだ。
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