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流してみては、いかがでしょう
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涙は女の武器だなんて、誰が決めたのだろう。涙なんて流せば流すほど、心が曇るだけなのに。
「待ってたっちゃん! 行かないでっ……!」
「離せよっ」
「キャッ……!」
たっちゃんの腕にすがりついたのに、乱暴に振り払われてしまった。上手く受け身が取れなくて、思い切り尻もちをついてしまう。その衝撃で、堪えていた涙が零れてしまった。
それを見て、たっちゃんは眉をしかめる。
「……っ、お前の泣き顔、見てると嫌になるんだよ!」
「たっちゃ……」
「お前いつもそうだよな! 女だからって、泣けばいいと思ってんだろ!? まじうぜぇから、そういうの!」
たっちゃんはそう言い捨てて、車の鍵を握りしめて出ていってしまった。こういうたっちゃんの背中を見るのは、何度目だろう。涙でにじんで見えなくなるたっちゃんに、私は何も出来ず言えず、その場にへたりこんでしまうのだ。
たっちゃんは私の初めての彼氏だった。気が小さくて、優柔不断な私とは正反対な人だった。私が知らないことをたくさん知っていて、男らしいところが好きになった。
付き合って2年目の時に、たっちゃんが仕事を辞めた。職場の上司と揉めたと彼は言っていた。勢いで辞めたはいいものの、このままでは家賃が払えないと嘆くたっちゃんを放っておけず、うちに来てもらった。次の仕事が見つかるまで、私が支えてあげなくちゃって思った。そんなふうに同棲が始まってからもうすぐ半年になる。たっちゃんの仕事はまだ見つかってない。
たっちゃんの分まで仕事を頑張って生活費を稼いで、家では全部の家事をこなした。たっちゃんはその分職探しを頑張ってくれているからって、必死に頑張ってきた。
でも、たっちゃんの仕事はなかなか決まらなかった。最初はアルバイトでもいいよって言ってみても、たっちゃんは怒るだけだった。仕事のことにせよなんにせよ、たっちゃんは私に対してすぐ怒る。その度に私は泣いてしまって、たっちゃんを余計に怒らせてしまう。そして、決まってあのセリフを言うのだ。
昔から私は泣き虫だった。感情が高ぶるとすぐ泣いてしまう。決して好きで泣いてるわけじゃない。まして、泣けばすむなんて、思ってないのに──。
「酷いですねぇ。男の方の涙も大変美味ですのに」
「え……?」
聞きなれない声が近くで聞こえた。男の人のような声。この部屋には、今は私しかいないはずなのに。
「だっ、誰っ……!?」
辺りを見渡しても、声の主らしい姿は見当たらなかった。おじさんみたいな渋めの声が聞こえた気がしたけど……。隣の部屋の方、おじさんだったかな。なんて、変に冷静に考えてしまった。
そして視線を下に戻して──固まった。全長10センチくらいの小さなおじさんが、バケツを掲げてうろうろしていた。なぜか黄色いヘルメットを被っていて、タキシードを着ているそのおじさんは、慌てた様子で言う。
「やや! とっさに隠れようとしましたが、隠れる場所がありません! これは困った!」
「……何か変なものが見えるぅ……」
驚きのあまり、私はまたポロポロと涙を流してしまった。おじさんは少しぎょっとしたあと、おろおろとして、
「な、泣かないでください。いや、やはり、泣いてください!」
と訳の分からないことを言ったのだった。
いよいよ私頭がおかしくなっちゃったのかなぁ? 家に小人が現れたなんて、こんなこと誰も信じてくれないよぉ……。一向に泣き止まない私をしばらくおろおろと眺めたあと、おじさんは手元にバケツを引き寄せた。
「えぇい、とりあえず……貴女の涙、いただきます!」
「……!?」
おじさんはバケツを両手で持ち上げると、中の水(というか、涙? 私の?)をごくごくと飲み始めた。さすがにびっくりして、ぼけっとおじさんを見つめていると、10秒もしないうちに飲み終わってしまう。するとおじさんは満足気な顔でバケツを下ろした。
胸ポケットに入っていた白いハンカチで、さっきの豪快な飲みっぷりとは打って変わって優雅に口元を拭っている。
「……あなた、何者なの……?」
思わずその奇妙な存在に話し掛けてしまって、慌てて口を塞いだ。おじさんは私を見上げて、ヘルメットを取って恭しくお辞儀をした。
「いやはや、申し遅れました。私は涙専門の旅の美食家。世界中を旅していろんな方の涙をご馳走になっています」
「涙を……」
「えぇ、左様でございます」
涙の美食家なんておかしな話だけど、さっきの様子を見るに、本当の話なんだろう。私はぼんやりと彼の姿を眺めた。
「貴女の涙は、すごく薄味でした。普段からよくお泣きになるのですね」
おじさんは髭を擦りながら私に尋ねた。そんなことも分かってしまうのか。驚きながらも、小さく頷く。
「……直したいとは、思うんだけど」
「いやいやとんでもない! たくさん泣くことは悪いことではございません」
おじさんは、どこか恍惚とした表情で言う。そりゃ、涙を必要にしてるあなたからしてみればそうかもしれないけど。人間社会はそう甘くない。あまりに酷い泣き虫は、煙たがられて、仲間外れにされたり──
『女だからって、泣けばいいと思ってんだろ!? まじうぜぇから、そういうの!』
恋人にうざがられたりしてしまうものだ。たっちゃんの顔と言葉が頭をよぎって、また泣いてしまいそうになる。
「でも……泣いたら、私は、」
「──先ほどのように、言われてしまう、と?」
言葉を先回りされて、ビクリと体を震わせた。そうだ。私が泣くと、いつもああ言われてしまう。
おじさんは、少し困ったように微笑んだ。そしてバケツに肘をかけ、諭すような口調で私に語り掛けた。
「よく、考えてごらんなさい。それはきっと、涙とは別に原因がある」
「え……」
涙とは、別に? だってたっちゃんは、私が泣くとそうやって怒るのだ。涙以外に原因があるとは思えない。
「貴女は普段どのようにお泣きになりますか? もしかしたら、何かを押し殺して涙を流しているんじゃないですか?」
「あ……」
──泣けばいいだなんて思ってない!
──たっちゃんだって、そうやって怒鳴ればいいと思ってるじゃない!
──毎日たっちゃんを思って頑張ってる私の気持ち、考えてくれてない!
──私はあなたの家政婦じゃない! あなたのATMでもない!
──こんなふうに怒るたっちゃんなんて、大嫌い……!
たっちゃんが好きだからって、そう思って言えなかった言葉。言ったらたっちゃんがいなくなってしまうかもしれないと、我慢していた言葉。それらの言葉を、無理やり胸に押し込んで、私はいつもただ泣くだけだった。
おじさんは、何かに気付いた私を見て、優しく微笑んだ。
「……たまには涙と一緒に違うものも、流してみては、いかがでしょう。きっと、もっとスッキリしますよ。涙の味も、貴女の心も」
涙の味も。私の、心も。
いくら泣いても、無くなることはなかった心のもや。このおじさんは──それを無くすきっかけをくれた。何だかそれがまた嬉しくて、涙が出た。
「……ありがとう」
「いえいえ。感謝をするのはこちらです。最近こってりした涙しか口にしていなかったものですから、貴女のような薄味の涙もなかなかの美味でした」
おじさんの発言にクスリと笑った。何だか憎めないおじさんだなぁと思った。
「さて、涙もご馳走になったわけですし。私はそろそろおいとまいたしましょう」
そう言いながら、バケツの取っ手の部分を斜めにかけ、バケツを背中に背負った。何だか亀みたいで、また少し笑う。
「ではでは。ご馳走様でした」
にっこり笑って言うと、おじさんは少し開いた窓の隙間から行ってしまった。それと同時に、ドアが開く音がする。……たっちゃんだ。私は泣き顔のまま振り返る。
「……っんだよ。まだ泣いてんのかよ」
舌打ちをして、めんどくせーと呟いたたっちゃんは、二人がけのソファーにどっかりと座った。
『たまには、涙と一緒に違うものも──』
私はおじさんの言葉を思い出しながら、意を決して立ち上がる。たっちゃんのそばに歩いていく。怖くて、怖くて、涙が溢れた。
「たっちゃん……私の気持ち、考えてくれてない!」
今まで、閉じ込めてた気持ちが、涙と一緒に、溢れだす。
「私だって泣きたくて泣いてるわけじゃない! たっちゃんだって、怒鳴ればいいと思ってるくせに!」
「お、おい……」
「私はたっちゃんの家政婦じゃない! 私だって仕事で疲れてるのに、その上毎日家事もしてたっちゃんのこと支えてるのに、たっちゃんはありがとうも言ってくれない! それでもお金はせびってくるよね! 仕事見つけたら返すって言ってたけど、一体いつ返してくれるのよ!」
「よ、よせって。近所めいわ──」
「私ばっかりに働かせて! たっちゃんも働いてよ! たまにはご飯にくらい連れてってよ! 仕事もしないですぐ怒るたっちゃんなんて大っ嫌いなんだからぁぁぁー!」
自分でも何言ってるのか分からないくらい、ボロボロで、グダグダで。それでも大声で泣きながら、普段から我慢していたことを一気にたっちゃんにぶつけた。次から次へと涙と言葉がとめどなく溢れてきたけれど、いつも感じている罪悪感は感じなかった。
たっちゃんは泣き叫ぶ私を見て狼狽えたあと、小さな小さな声で「ごめん」と繰り返したのだった。
* * *
しばらく経って、洗面台の前でたっちゃんとかち合った。私より早起きなこと自体珍しいのに、たっちゃんは久しぶりにスーツに身を包んでいた。
「あ……」
「今日、面接、行ってくる」
「……そうなんだ」
「派遣だけど……頑張れば正社員にもなれるっぽいからさ」
たっちゃんは着慣れないスーツが落ち着かないのか、ソワソワと目線を泳がせていた。するとたっちゃんは、少し照れくさそうに頬を掻きながら、ポツリと呟いた。
「もし受かって、初任給出たら……回る寿司でも、食べに行こう」
そう言えば──私に告白してくれた時も、こうやって恥ずかしそうに頬を掻きながらだったな。そこはあのころと変わらない。こういうことに関しては、とっても不器用な人。その様子を見ていたら、なんだか胸がくすぐったくなった。
「たっちゃんの奢りなら、回らないお寿司がいいな」
「……それは、ちっと……」
「ふふっ」
私も、これからは、思ったことをちゃんと言っていこうと思う。好きだからこそ、言わなくちゃいけない。
あの日から、私もたっちゃんも少しずつ変われたみたいだ。それはきっと、あの変なおじさんのおかげなのだろう。
涙の雨で曇っていた心に、今ようやく、光が差した。
「待ってたっちゃん! 行かないでっ……!」
「離せよっ」
「キャッ……!」
たっちゃんの腕にすがりついたのに、乱暴に振り払われてしまった。上手く受け身が取れなくて、思い切り尻もちをついてしまう。その衝撃で、堪えていた涙が零れてしまった。
それを見て、たっちゃんは眉をしかめる。
「……っ、お前の泣き顔、見てると嫌になるんだよ!」
「たっちゃ……」
「お前いつもそうだよな! 女だからって、泣けばいいと思ってんだろ!? まじうぜぇから、そういうの!」
たっちゃんはそう言い捨てて、車の鍵を握りしめて出ていってしまった。こういうたっちゃんの背中を見るのは、何度目だろう。涙でにじんで見えなくなるたっちゃんに、私は何も出来ず言えず、その場にへたりこんでしまうのだ。
たっちゃんは私の初めての彼氏だった。気が小さくて、優柔不断な私とは正反対な人だった。私が知らないことをたくさん知っていて、男らしいところが好きになった。
付き合って2年目の時に、たっちゃんが仕事を辞めた。職場の上司と揉めたと彼は言っていた。勢いで辞めたはいいものの、このままでは家賃が払えないと嘆くたっちゃんを放っておけず、うちに来てもらった。次の仕事が見つかるまで、私が支えてあげなくちゃって思った。そんなふうに同棲が始まってからもうすぐ半年になる。たっちゃんの仕事はまだ見つかってない。
たっちゃんの分まで仕事を頑張って生活費を稼いで、家では全部の家事をこなした。たっちゃんはその分職探しを頑張ってくれているからって、必死に頑張ってきた。
でも、たっちゃんの仕事はなかなか決まらなかった。最初はアルバイトでもいいよって言ってみても、たっちゃんは怒るだけだった。仕事のことにせよなんにせよ、たっちゃんは私に対してすぐ怒る。その度に私は泣いてしまって、たっちゃんを余計に怒らせてしまう。そして、決まってあのセリフを言うのだ。
昔から私は泣き虫だった。感情が高ぶるとすぐ泣いてしまう。決して好きで泣いてるわけじゃない。まして、泣けばすむなんて、思ってないのに──。
「酷いですねぇ。男の方の涙も大変美味ですのに」
「え……?」
聞きなれない声が近くで聞こえた。男の人のような声。この部屋には、今は私しかいないはずなのに。
「だっ、誰っ……!?」
辺りを見渡しても、声の主らしい姿は見当たらなかった。おじさんみたいな渋めの声が聞こえた気がしたけど……。隣の部屋の方、おじさんだったかな。なんて、変に冷静に考えてしまった。
そして視線を下に戻して──固まった。全長10センチくらいの小さなおじさんが、バケツを掲げてうろうろしていた。なぜか黄色いヘルメットを被っていて、タキシードを着ているそのおじさんは、慌てた様子で言う。
「やや! とっさに隠れようとしましたが、隠れる場所がありません! これは困った!」
「……何か変なものが見えるぅ……」
驚きのあまり、私はまたポロポロと涙を流してしまった。おじさんは少しぎょっとしたあと、おろおろとして、
「な、泣かないでください。いや、やはり、泣いてください!」
と訳の分からないことを言ったのだった。
いよいよ私頭がおかしくなっちゃったのかなぁ? 家に小人が現れたなんて、こんなこと誰も信じてくれないよぉ……。一向に泣き止まない私をしばらくおろおろと眺めたあと、おじさんは手元にバケツを引き寄せた。
「えぇい、とりあえず……貴女の涙、いただきます!」
「……!?」
おじさんはバケツを両手で持ち上げると、中の水(というか、涙? 私の?)をごくごくと飲み始めた。さすがにびっくりして、ぼけっとおじさんを見つめていると、10秒もしないうちに飲み終わってしまう。するとおじさんは満足気な顔でバケツを下ろした。
胸ポケットに入っていた白いハンカチで、さっきの豪快な飲みっぷりとは打って変わって優雅に口元を拭っている。
「……あなた、何者なの……?」
思わずその奇妙な存在に話し掛けてしまって、慌てて口を塞いだ。おじさんは私を見上げて、ヘルメットを取って恭しくお辞儀をした。
「いやはや、申し遅れました。私は涙専門の旅の美食家。世界中を旅していろんな方の涙をご馳走になっています」
「涙を……」
「えぇ、左様でございます」
涙の美食家なんておかしな話だけど、さっきの様子を見るに、本当の話なんだろう。私はぼんやりと彼の姿を眺めた。
「貴女の涙は、すごく薄味でした。普段からよくお泣きになるのですね」
おじさんは髭を擦りながら私に尋ねた。そんなことも分かってしまうのか。驚きながらも、小さく頷く。
「……直したいとは、思うんだけど」
「いやいやとんでもない! たくさん泣くことは悪いことではございません」
おじさんは、どこか恍惚とした表情で言う。そりゃ、涙を必要にしてるあなたからしてみればそうかもしれないけど。人間社会はそう甘くない。あまりに酷い泣き虫は、煙たがられて、仲間外れにされたり──
『女だからって、泣けばいいと思ってんだろ!? まじうぜぇから、そういうの!』
恋人にうざがられたりしてしまうものだ。たっちゃんの顔と言葉が頭をよぎって、また泣いてしまいそうになる。
「でも……泣いたら、私は、」
「──先ほどのように、言われてしまう、と?」
言葉を先回りされて、ビクリと体を震わせた。そうだ。私が泣くと、いつもああ言われてしまう。
おじさんは、少し困ったように微笑んだ。そしてバケツに肘をかけ、諭すような口調で私に語り掛けた。
「よく、考えてごらんなさい。それはきっと、涙とは別に原因がある」
「え……」
涙とは、別に? だってたっちゃんは、私が泣くとそうやって怒るのだ。涙以外に原因があるとは思えない。
「貴女は普段どのようにお泣きになりますか? もしかしたら、何かを押し殺して涙を流しているんじゃないですか?」
「あ……」
──泣けばいいだなんて思ってない!
──たっちゃんだって、そうやって怒鳴ればいいと思ってるじゃない!
──毎日たっちゃんを思って頑張ってる私の気持ち、考えてくれてない!
──私はあなたの家政婦じゃない! あなたのATMでもない!
──こんなふうに怒るたっちゃんなんて、大嫌い……!
たっちゃんが好きだからって、そう思って言えなかった言葉。言ったらたっちゃんがいなくなってしまうかもしれないと、我慢していた言葉。それらの言葉を、無理やり胸に押し込んで、私はいつもただ泣くだけだった。
おじさんは、何かに気付いた私を見て、優しく微笑んだ。
「……たまには涙と一緒に違うものも、流してみては、いかがでしょう。きっと、もっとスッキリしますよ。涙の味も、貴女の心も」
涙の味も。私の、心も。
いくら泣いても、無くなることはなかった心のもや。このおじさんは──それを無くすきっかけをくれた。何だかそれがまた嬉しくて、涙が出た。
「……ありがとう」
「いえいえ。感謝をするのはこちらです。最近こってりした涙しか口にしていなかったものですから、貴女のような薄味の涙もなかなかの美味でした」
おじさんの発言にクスリと笑った。何だか憎めないおじさんだなぁと思った。
「さて、涙もご馳走になったわけですし。私はそろそろおいとまいたしましょう」
そう言いながら、バケツの取っ手の部分を斜めにかけ、バケツを背中に背負った。何だか亀みたいで、また少し笑う。
「ではでは。ご馳走様でした」
にっこり笑って言うと、おじさんは少し開いた窓の隙間から行ってしまった。それと同時に、ドアが開く音がする。……たっちゃんだ。私は泣き顔のまま振り返る。
「……っんだよ。まだ泣いてんのかよ」
舌打ちをして、めんどくせーと呟いたたっちゃんは、二人がけのソファーにどっかりと座った。
『たまには、涙と一緒に違うものも──』
私はおじさんの言葉を思い出しながら、意を決して立ち上がる。たっちゃんのそばに歩いていく。怖くて、怖くて、涙が溢れた。
「たっちゃん……私の気持ち、考えてくれてない!」
今まで、閉じ込めてた気持ちが、涙と一緒に、溢れだす。
「私だって泣きたくて泣いてるわけじゃない! たっちゃんだって、怒鳴ればいいと思ってるくせに!」
「お、おい……」
「私はたっちゃんの家政婦じゃない! 私だって仕事で疲れてるのに、その上毎日家事もしてたっちゃんのこと支えてるのに、たっちゃんはありがとうも言ってくれない! それでもお金はせびってくるよね! 仕事見つけたら返すって言ってたけど、一体いつ返してくれるのよ!」
「よ、よせって。近所めいわ──」
「私ばっかりに働かせて! たっちゃんも働いてよ! たまにはご飯にくらい連れてってよ! 仕事もしないですぐ怒るたっちゃんなんて大っ嫌いなんだからぁぁぁー!」
自分でも何言ってるのか分からないくらい、ボロボロで、グダグダで。それでも大声で泣きながら、普段から我慢していたことを一気にたっちゃんにぶつけた。次から次へと涙と言葉がとめどなく溢れてきたけれど、いつも感じている罪悪感は感じなかった。
たっちゃんは泣き叫ぶ私を見て狼狽えたあと、小さな小さな声で「ごめん」と繰り返したのだった。
* * *
しばらく経って、洗面台の前でたっちゃんとかち合った。私より早起きなこと自体珍しいのに、たっちゃんは久しぶりにスーツに身を包んでいた。
「あ……」
「今日、面接、行ってくる」
「……そうなんだ」
「派遣だけど……頑張れば正社員にもなれるっぽいからさ」
たっちゃんは着慣れないスーツが落ち着かないのか、ソワソワと目線を泳がせていた。するとたっちゃんは、少し照れくさそうに頬を掻きながら、ポツリと呟いた。
「もし受かって、初任給出たら……回る寿司でも、食べに行こう」
そう言えば──私に告白してくれた時も、こうやって恥ずかしそうに頬を掻きながらだったな。そこはあのころと変わらない。こういうことに関しては、とっても不器用な人。その様子を見ていたら、なんだか胸がくすぐったくなった。
「たっちゃんの奢りなら、回らないお寿司がいいな」
「……それは、ちっと……」
「ふふっ」
私も、これからは、思ったことをちゃんと言っていこうと思う。好きだからこそ、言わなくちゃいけない。
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