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誘惑されましたわっ

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そう言った瞬間、私をエスコートするために握られた手がピクリと反応して少し力が加わったのが分かった。


ふふ、動揺しているわねっ?いい傾向だわっ!


でもオーウェンは紳士的な微笑みはそのままに、何だか圧だけが増したような気がするのは気のせいかしら??


「神の……花嫁?」


そう呟いたオーウェンは少し立ち止まると、頭を下げて廊下の端に寄って私たちが通りすぎるのを待つ使用人へと声をかけた。


「君、私が持ってきたものを持ってくるように」

「かしこまりました」


「何?」と聞く前に無言の微笑みで返され、私たちは変な空気のまま私室へとたどり着いた。



私室には小ぶりのテーブルに真っ白なテーブルクロスと、中央にスモーキーピンクのテーブルランナーを添え、ガラスの小瓶には白と薄い黄色、濃いピンクの花がいけられている。茶器は白に金の縁取りが美しい一品。短時間で用意してくれたシェリを始めとする使用人には感謝しかないわね。


椅子を引かれて座ると、対面の椅子にオーウェンが腰を下ろした。

お茶を淹れ終わったのか、シェリは2人の前には静かにカップを置いた。カップから立ち昇る花を思わせる香りが、微妙な空気の2人を静かに辺りを包んでいく。

そんな中、静かに各種サイズの箱を乗せたティーワゴンを押して使用人が入ってきた。


「あぁ、こちらへ」


オーウェンの指示で、そのワゴンをオーウェンの示す場所へと寄せると、使用人は一礼して下がっていく。


「君にと思って辺境から持ってきたものと、朝一番に王都で用意したものだよ」


オーウェンはその中から一つを手に取ると、壁際のシェリに「少し2人にしてくれるか」と言った。

私が止める間も無く、サッと頭を下げたシェリは、残る使用人に手早く指示を出して部屋の扉をうすーーく開いて下がってしまった。

呆然とその様子を見ていると、いつの間にかそばに立っていたオーウェンは、箱を飾るリボンに手をかけてスルスルと解いていく。

なんでそこにいるのよとか、あっちに座りなさいよとか言う前に、その特徴的なデザインが描かれたリボンに目がいってしまった。


「そ、それはっっ!」

「気付いた?前に来た時に予約をしておいたんだ」

「持ち帰りの予約なんてできない、老舗パティスリーのはずよっ」

「そのルールに眩しすぎる交換条件を持って、特例を作って貰ったんだよ」


頑固一徹な老舗パティスリーの職人になんて事しているのかと驚愕していると、その店でしか味わえないと言われている、私も愛してやまないスイーツの香りが漂ってくる。


「アデレイズはこれが好きなんだって……?」


ゆっくりと箱から出された、美しく一人分にカットされたそれを、用意してあったお皿へそっと乗せて、箱をテーブルに置いた。


「ま、、幻の三種の濃厚チーズケーキ様っっっ!!」


思わず手を組み祈るようなポーズで、食い入るように身を乗り出した。


「それで……なんだっけ?神の花嫁になる?だったか……じゃぁコレはもう味わえないんだね……?」


えっっっっ、いやちょっと待って……!


「ぁ、いや……い、今すぐってわけじゃ」


目の前に出されたお皿に、私は目が吸い寄せられて離れない。


「そんな、潔くないなアデレイズ?自分で決めた事なのだろう……?」


華奢な金のフォークをそっと手にしたオーウェンは、その幻の三種のチーズケーキにゆっくりと切り込んで一口サイズに分けると、それを刺して私に近づける。

思わず唇が震えて、半開きになりそうになるのを必死で堪えていると、オーウェンは覗き込むような姿勢でそのフォークに自身の顔を近づけていく。


「あ、あぁっ!!」

「どうした……?アデレイズ。俺が食べたところで問題はないはずだろう?あぁ、特別に各地から取り寄せているだけあって、香りすら濃厚だな……ほら、分かるか?アデレイズ?でも残念だ……清貧の生活では一生味わえなくなるんだね」


私とフォークに刺さったチーズケーキまでは拳二つ分ほど。同じ距離で反対側にオーウェンの顔がある。フォークは私とオーウェンの間をゆらゆら揺れる。

私の側へ近づく度に、自然と唇が薄く開き、オーウェン側へと遠ざかる度に切なく見つめていると、オーウェンはゆっくりと唇を開く。


「味わってしまうよりも、味わわずにいた方が断ち切る辛さはマシだろうか……」

「わ、分からないわ……やってみないと」

「君が苦しむのは辛い。だからコレは私が味わってしまおう……」

「ままま、まって!」


オーウェンに近づき始めたフォークを、その手を握って抑えて止めた。


「なんだい?アデレイズ?」

「…………考え直そうかしらって」

「そんな、いけないよ。神から花嫁を奪うなんて」

「まま、まだなった訳じゃ……ないもの」

「そう……じゃぁいいのかな?さぁ口を開けてアデレイズ」


オーウェンの言葉に、コクリと喉が鳴って無意識に従ってしまう。

迎え入れるように小さく開いた唇に、フォークが近づいて……


口の中に天国が広がった。え、神様はここに居た?


少し重めの食感に、口いっぱいに広がるチーズのハーモニーにうっとりとしていると、意外と近くにあったオーウェンの顔に段々と焦点が合ってくる。


オーウェンは壮絶な色気を纏わせた笑みを浮かべ、私の口の端を優しく親指で拭うとぺろりと舐めた。思わずその光景を目で追って、放心したかのように見惚れてしまう。

その時、オーウェンが嬉しそうに口を開いた。



「クスっ……残念。神の花嫁にはなれそうにないね」



私の口の中に広がっていたのは天国じゃなくって、オーウェン悪魔の齎した罪の楽園だったようだ。


ゴックン
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