一番美しい星

冲令子

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華やかな灯火

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 弦楽器の音が高らかに鳴り響く中、新郎新婦を乗せた馬車がゆっくり進んだ。馬の吐く息が白く立ち上り、純白の婚礼衣装とともに雪に溶けた。
 沿道に並んだ村人たちは、若く美しい夫婦をうっとりと見つめ、惜しみない祝福を捧げた。

 一行が教会から帰ってくるのを、他の使用人たちとともに屋敷の門前で待ち構えていた藤千代は、道の先からリュカのまなざしを感じた。
 リュカは馬車の上からじっと藤千代だけを見つめたまま、新婦とともに邸内へと入っていった。
 午後の陽光を浴びて、リュカの淡い金髪が光り輝いていた。

 新郎の父であり主賓でもあるミハイルの祝辞で幕を開けた結婚の宴は、夜半をとうに過ぎても終わる気配を見せなかった。
 楽師の奏でる音は次第に乱れ、酔いの回った客たちは笑い声を上げながら杯を重ねている。
 藤千代は忙しなく働きながら、広間の奥に座るリュカを見つめた。

 暖炉の和やかな灯りに照らされたリュカの表情は、緊張のせいか硬かった。隣に座る新婦はリュカ以上に強張った顔をしていたが、時折そっと熱のこもった瞳で隣を見つめた。その視線に気づいたリュカが、安心させるような微笑みを浮かべる。
 初々しい二人の様子を周囲は温かく見守った。
 これで良かったのだと、藤千代は自分に言い聞かせた。
 これが正しいはずなのに、祝福の音色は不快な雑音となって、やり場のない苛立ちを掻き立てた。

 やがて、喧騒の影に隠れるように数名の参列者が静かに動き出した。リュカと新婦も促されて立ち上がり、新婦の母に導かれて寝所へと向かった。
 ザロヴィアの風習で、新婚の二人が共にベッドに入るのを親族が見届けるのだという。
 親族が広間を出て、新郎新婦の後ろ姿が闇に溶けると、ようやく宴は幕を閉じた。
 使用人たちも各々部屋へと戻るが、藤千代は一人、広間に残った。
 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った広間を、黙々と片付ける。

 何も考えずに作業に集中していれば、気持ちを保っていられた。
 火種が燻っているだけの炉はゆっくりと熱を失い、部屋は冷たくなっていく。屋敷のどこかで響いた音が、閑散とした広間まで届いた。

 リュカはもう、あの花嫁を抱いたのだろうか……。

 不意にそう思った途端、藤千代は衝動的に屋敷を飛び出した。
 上着も着ずに闇雲に走り出したが、気付いた時にはエルンストの家の前に来ていた。
 我に返った藤千代は、扉の前に立ち尽くした。急に寒さを感じて、歯の根も合わないほどがたがたと震え出す。
 ここに来てどうするつもりだったのか。
 自分の行動に呆れ果てて夜の森を引き返そうとした時、軋んだ音を立てて扉が開いた。
 エルンストは、寒さに震える藤千代に驚くと、腕を掴んで中に入れた。

 暖炉の前に座らされた藤千代は、明るく弾ける炎をぼんやりと見つめた。隣に座ったエルンストが、黙って薬草茶を渡す。
 部屋の中は暖かく、薪の仄かに甘い匂いがした。
 じっと藤千代を見つめていたエルンストが、ためらいがちに口を開いた。

「かなしい?」

 たどたどしいザロヴィア語で尋ねられて、藤千代はしばらく考えた後にゆっくりと首を振った。
 悲しいわけじゃない。悲しむ資格もない。
 そう思った藤千代は、焦るように立ち上がった。
 こんな暖かく心地好いところにいてはいけない。
 再び外に出ようとする藤千代を、エルンストが抱き止める。エルンストは故郷の言葉で話しかけるが、藤千代には何を言っているのかわからなかった。
 
「……抱いてくれんやろか」

 不意に漏れ出た琶国の言葉に、エルンストが首を傾げた。
 それは、藤千代にとっても衝動的で理解できない言葉だったが、口にしてしまうとそうすべきだと思えた。
 リュカが望まないまぐわいをするなら、藤千代だってそうしなければならない。
 藤千代はつま先立ちになってエルンストの肩を掴み、唇を合わせた。歯がぶつかるほどの勢いに、エルンストが目を見開く。
 藤千代は床に跪くと、エルンストのズボンに手をかけた。藤千代が何をしようとしているのか察したエルンストが、慌ててその手を掴む。

「お願いやけん、抱いてくれんね?」

 這いつくばって懇願する藤千代のそばに、エルンストもしゃがみ込んだ。
 じっと目を覗き込んで気持ちを読み取ろうとするエルンストへ、罪悪感が込み上げてくる。こんなに誠実な男を、自分の都合だけで巻き込もうとしている。
 それでも藤千代は、再びエルンストへ接吻した。
 エルンストは明らかに困惑していたが、諦めたように口を開いた。

 意外にも、エルンストのくちづけは巧みだった。
 無意識のうちに快感を得ようとするが、我に返って唇を離す。もう一度下半身に顔を寄せると、今度はエルンストも拒絶しなかった。
 エルンストのものは、その巨躯に見合った大きさだった。眉を寄せ、口を目一杯開き、喉を震わせて根元まで飲み込む。
 男の藤千代には反応しないのではないかと思ったが、喉の奥で締めると徐々に硬くなった。

 藤千代は服を脱ぎ捨て、くたびれた藁が敷かれた土床に横たわった。エルンストはその様子を見て、また異国の言葉を藤千代に伝えた。
 普段であれば、エルンストの言いたいことを根気強く理解しようとしただろう。しかし今は、敢えてわからないふりをしてエルンストを抱き寄せた。
 エルンストは首を振るが、縋るように見つめる藤千代に、もうこうするしかないと諦めたようだった。せめてベッドへと身振りとともに伝えるが、藤千代はその唇を塞いだ。

 久しぶりの交合は苦痛しかなく、顔を歪める藤千代を見てエルンストは腰を引いた。だが藤千代は、エルンストの腰に脚を巻きつけてさらに引き寄せた。あの幼く華奢な新妻は、もっと痛みを感じているはずだ。
 最初は戸惑いからぎこちなかったエルンストだが、次第に藤千代の反応を窺いながら動き出した。

 エルンストから視線を逸らすように、藤千代は目を閉じた。
 瞼の裏に、リュカの笑顔や労るような表情が蘇る。
 リュカとなら、こんな手慣れた交合にはならないはずだ。リュカは初めてだから、挿入した途端に果てるかもしれない。
 快感と羞恥で顔を真っ赤にするリュカを想像して、藤千代は思わず笑いそうになった。
 その気が緩んだ瞬間、エルンストのものが奥深く入ってくる。唐突な快感に、藤千代は声も上げずに精を漏らしてしまった。
 絡みつく中の感触に、エルンストも堪らず精を放った。
 こんな時でも快感を得られるのだと、藤千代は絶望するような気持ちになった。琶人は性に奔放でだらしないと後ろ指を差されてきたが、本当にその通りだった。

 覆い被さる重い体は、成熟した大人の男だ。
 まだ少年らしさの残るリュカとは違う。
 藤千代はエルンストの下から這い出すと、ザロヴィア語でごめん、と呟いた。
 エルンストはそう言った藤千代の口を、大きな手でそっと塞いだ。咎めるように見つめる瞳に、飲み込まれそうになる。
 藤千代は負目から逃れるように、エルンストの手を振り切って外へ出た。

 小屋の外は、清々しいほど澄んだ朝靄に包まれていた。
 白み始めた東の空から星が消えていくのを見ながら、藤千代は重い足取りで屋敷へと戻った。
 今日もまだ婚礼の宴は続く。
 深い自己嫌悪のまま、初夜を終えた新郎新婦を祝わなければならないことを思うたびに足が止まった。

 ようやく自分の部屋に戻ってきた藤千代は、ベッドに突っ伏して目を閉じた。
 まだ邸内は静まり返っているが、もう間もなく皆が起き出してくるだろう。
 身支度をしなければと立ち上がったその時、ガンガンと扉を叩く音が響いた。
 ビクッと顔を上げた藤千代が扉を開ける前に、乱暴に開かれる。そこに立っていたのはリュカだった。

 リュカは裸にガウンを羽織っただけで、陰部には破瓜の血がこびりついていた。
 言葉を失って立ち尽くす藤千代へ、リュカは憎悪に燃えるような目を向けた。

「……言われた通りにしたよ」

 リュカが藤千代へと歩み寄り、思わず後ずさりした藤千代は壁に背をぶつけた。

「チヨが言う通りに抱いたよ」

 壁際に追い詰められた藤千代は、否応なく目の前のリュカを見つめた。
 同じくらいだった背丈はいつの間にか越されていて、剥き出しの胸板は大人の男のように厚みを増している。守るべき存在だと思っていたものは、もうとうにいなくなっていたのだ。
 乱れた金髪の間から射抜くような視線を向けられ、藤千代はようやく気づいた。

 リュカに領主になれと諭したのは間違いだった。
 領主になることが大人になることではない。藤千代が言うべきは、自分の道を切り拓けということだったのだ。
 藤千代はそれを支え、一人でも生きていける二人となって、互いに手を取り合うべきだったのだ。

 不意にリュカは藤千代へ顔を寄せると、怪訝そうに鼻をすんと動かした。
 藤千代には、薪の甘い香りが染み付いていた。匂いを嗅ぎ取ろうとするリュカの顔が、すぐ間近にある。鼻が頬に触れるほどにリュカの顔が迫った。

 ──唇をこじ開ける舌は性急で、たどたどしかった。
 允耀いんよう皇子やエルンストよりも拙いくちづけだったが、藤千代は腰の力が抜けて、思わずリュカにしがみついた。
 リュカはその腰を掴むと、血のついたままの陰茎をこじ入れた。
 藤千代の中には、まだエルンストの精が残っている。後ろめたさと、それを上回る快感に、藤千代は体を震わせた。リュカのもので中を全部埋め尽くされたい。リュカの全てを上書きしたい──
 
「チヨ!」

 バンッと顔の横の壁を叩かれ、藤千代はハッと我に返った。
 一睡もしていないであろうリュカの目は、どんよりと鈍い光を放って藤千代を見つめていた。
 その目に一瞬怯むが、藤千代は顎をあげてリュカを見つめた。
 誤りを正すには遅すぎるかもしれない。
 でも、できないわけじゃない。
 藤千代が口を開こうとしたその時、遮るようにリュカが覆い被さった。
 藤千代の髪に手を伸ばし、絡みついた稾屑を摘んでまじまじと見つめた後、床に放って踏み躙った。

「チヨの言う通り、結婚したよ。領主にもなったし、子どももいつか産まれる……。だから、チヨは一生、俺のそばでそれを見てよ」

 藤千代が纏う素朴な薪の香りに、リュカに染みついた血の匂いが混ざり合う。
 その匂いは呪いのように藤千代へと移った。
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