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三章 魔法王国アーウィン
魔法王国アーウィン 9
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「閣下、陛下のお出ましです」
宮殿から兵士が一人、親衛隊隊長に駆け寄って報告した。隊長は周囲に合図を送ると、宮殿の扉からの軌道をあけて両サイドに寄り、片膝をついた。立っている者がいなくなり、アレクサンドラも真似た方がいいのかと慌てているうちに、宮殿から人影が現れた。
アーウィン王国国王だった。
何人もの侍従を引き連れ、厚みのある緑のマントを羽織っている。ふくよかな身体に身につけたダブレットは、金糸の刺繍で布地が見えないほど豪華だった。頭上にはいくつもの宝石が輝く王冠が乗っている。
「そなたが、わが娘、アレクサンドラか」
(この人が私のお父さん)
アレクサンドラは言葉を発することも出来ず、ただ立ち尽くした。無意識に自分と似ているパーツを探した。
王はアレクサンドラの前で立ち止まった。少しだけ背の高い王をアレクサンドラは視線だけで見上げる。
「はじめまして、アレクサンドラです。あの、お目にかかれて光栄です」
なんと言っていいのか分からず、アレクサンドラはありきたりな言葉と、雰囲気にのまれた台詞を発した。
「よく帰ってきた」
王は指輪だらけの手を伸ばし、アレクサンドラを抱きしめた。その身体がビクリと震える。そして、アレクサンドラを抱きしめる腕に力がこもった。
「懐かしいこの感覚は、間違いなく、余の娘だ」
王に紅茶色の髪を撫でられる。アレクサンドラは不思議な感覚がした。
「今夜は祝賀パーティーを開く。存分に楽しみ、そして今夜はゆっくり身体を休めるといい。お前は子供を欲していた妻の侍女に、身勝手な理由で誘拐されていたのだ。つらいこともあったろう」
「侍女って、おばあちゃんのこと? 私はつらくは……」
「まあよい。積もる話はあるが、明日にしよう」
アレクサンドラを探していた理由、マナの樹に関しての使命は、明日話すという意味だろう。
「あの、お母さんは?」
母と呼んでいいのか分からなかったが、アレクサンドラはおずおずと父王に尋ねた。
「……療養中だ。いずれ会える日も来るだろう」
アレクサンドラには、王の表情が若干強張ったように見えた。
ひとしきりアレクサンドラを抱きしめた王は、アレクサンドラの肩を軽く叩き、王宮に戻って行った。
「お父さん……」
アレクサンドラの胸に、黒い染みのようなものが広がった。
(なんだろう。お父さんに会えたのに、あまり嬉しくない)
「さあ王女殿下、部屋をご用意してございます。パーティーのご準備を」
親衛隊隊長に促された。
「えっ、パーティー?」
そんなことをしている場合なのか。国民を救うために急いでやってきたというのに。
それに、そんなことにお金をかけていいのだろうか。だいたい苦しんでいる民がいるにもかかわらず、この王宮や王の煌びやかさはなんなのだ。
アレクサンドラは納得できず、不満と不信感が高まった。
隊長に案内され、アーチ型の天井から光の入る回廊を通過して、いくつも角を曲がり、あてがわれた部屋に入る。
(この宮殿は迷路か)
部屋に辿り着くまでにアレクサンドラは疲れてしまった。
(広すぎ)
アレクサンドラの住んでいたログハウスの十倍はありそうな部屋だった。壁にはタペストリーや有名な絵師による絵画が飾られ、クルミ材の家具、赤大理石を使ったテーブルなどが配置されていた。繊細な刺繍のカーテンがかかった窓の近くには、天蓋つきのベッドがある。支柱には豪華な彫刻が施されていた。
(豪華すぎて落ち着かない)
「失礼いたします、王女殿下。ご機嫌麗しゅう」
ノックと共に、侍女が二人入ってきた。爵位のある家柄出身なのだろう、美貌と品格を備えていた。スカートの裾を掴んで、優雅に挨拶する。
「どうも、こんにちは」
自分よりも侍女の方がよほど姫らしい、とアレクサンドラは思った。
「まあ、なんて貧相なお召し物でしょう。おつらかったでしょうね」
「まずは入浴を済ませましょう」
「浴室はこちらです」
侍女たちが矢継ぎ早に話しかけてくる。
「ちょっと待って。まさか背中を流してくれたり、しないよね?」
これも本で読んだ知識だった。服を脱がすのも、体を洗うのも、そしてまた服を着せるのも全て侍女が行い、お姫さまは裸で手を広げているだけなのだ。
「ええ、致しますとも」
「それがわたくしたちの役目ですわ」
(うわあ、やっぱり)
アレクサンドラは逃げ出したくなった。
「それ着替え? 私が持つわ。場所だけ案内してくれたら、それでいいから」
「そうは参りません」
「さあ王女殿下、大人しく……」
抵抗していたアレクサンドラに触れた侍女の動きがとまった。
「王女殿下」
「な、なに?」
アレクサンドラの腕を掴かんでいた侍女は「失礼いたします」と抱きついてきた。もう一人の侍女は何事かと慌てている。
「なんて気持ちがいいのでしょう。こんな感覚、初めてです」
アレクサンドラを抱きしめている侍女は快感に打ち震えている。胸元に頬を擦りつけられ、熱い吐息が首筋にかかり、アレクサンドラまで変な気持ちになりそうだった。
「なにをなさっているのです。不敬罪になりますよ」
そう言って二人を引きはがそうとしていた侍女も、アレクサンドラに触れて顔色を変えた。
「わたくし、不敬罪になってもいい」
(ええっ)
アレクサンドラに抱きつく侍女が増えた。前後から柔らかく弾力のある肌に挟まれて、あらぬ所をまさぐられる。アレクサンドラは思わず悲鳴を上げた。
「誰か、助けて――――――!!」
――こうしてアレクサンドラの侍女は魔道能力のない者が担当することになった。さらに担当侍女以外の者は、アレクサンドラの半径二メートル以内に近づかない決まりができた。
宮殿から兵士が一人、親衛隊隊長に駆け寄って報告した。隊長は周囲に合図を送ると、宮殿の扉からの軌道をあけて両サイドに寄り、片膝をついた。立っている者がいなくなり、アレクサンドラも真似た方がいいのかと慌てているうちに、宮殿から人影が現れた。
アーウィン王国国王だった。
何人もの侍従を引き連れ、厚みのある緑のマントを羽織っている。ふくよかな身体に身につけたダブレットは、金糸の刺繍で布地が見えないほど豪華だった。頭上にはいくつもの宝石が輝く王冠が乗っている。
「そなたが、わが娘、アレクサンドラか」
(この人が私のお父さん)
アレクサンドラは言葉を発することも出来ず、ただ立ち尽くした。無意識に自分と似ているパーツを探した。
王はアレクサンドラの前で立ち止まった。少しだけ背の高い王をアレクサンドラは視線だけで見上げる。
「はじめまして、アレクサンドラです。あの、お目にかかれて光栄です」
なんと言っていいのか分からず、アレクサンドラはありきたりな言葉と、雰囲気にのまれた台詞を発した。
「よく帰ってきた」
王は指輪だらけの手を伸ばし、アレクサンドラを抱きしめた。その身体がビクリと震える。そして、アレクサンドラを抱きしめる腕に力がこもった。
「懐かしいこの感覚は、間違いなく、余の娘だ」
王に紅茶色の髪を撫でられる。アレクサンドラは不思議な感覚がした。
「今夜は祝賀パーティーを開く。存分に楽しみ、そして今夜はゆっくり身体を休めるといい。お前は子供を欲していた妻の侍女に、身勝手な理由で誘拐されていたのだ。つらいこともあったろう」
「侍女って、おばあちゃんのこと? 私はつらくは……」
「まあよい。積もる話はあるが、明日にしよう」
アレクサンドラを探していた理由、マナの樹に関しての使命は、明日話すという意味だろう。
「あの、お母さんは?」
母と呼んでいいのか分からなかったが、アレクサンドラはおずおずと父王に尋ねた。
「……療養中だ。いずれ会える日も来るだろう」
アレクサンドラには、王の表情が若干強張ったように見えた。
ひとしきりアレクサンドラを抱きしめた王は、アレクサンドラの肩を軽く叩き、王宮に戻って行った。
「お父さん……」
アレクサンドラの胸に、黒い染みのようなものが広がった。
(なんだろう。お父さんに会えたのに、あまり嬉しくない)
「さあ王女殿下、部屋をご用意してございます。パーティーのご準備を」
親衛隊隊長に促された。
「えっ、パーティー?」
そんなことをしている場合なのか。国民を救うために急いでやってきたというのに。
それに、そんなことにお金をかけていいのだろうか。だいたい苦しんでいる民がいるにもかかわらず、この王宮や王の煌びやかさはなんなのだ。
アレクサンドラは納得できず、不満と不信感が高まった。
隊長に案内され、アーチ型の天井から光の入る回廊を通過して、いくつも角を曲がり、あてがわれた部屋に入る。
(この宮殿は迷路か)
部屋に辿り着くまでにアレクサンドラは疲れてしまった。
(広すぎ)
アレクサンドラの住んでいたログハウスの十倍はありそうな部屋だった。壁にはタペストリーや有名な絵師による絵画が飾られ、クルミ材の家具、赤大理石を使ったテーブルなどが配置されていた。繊細な刺繍のカーテンがかかった窓の近くには、天蓋つきのベッドがある。支柱には豪華な彫刻が施されていた。
(豪華すぎて落ち着かない)
「失礼いたします、王女殿下。ご機嫌麗しゅう」
ノックと共に、侍女が二人入ってきた。爵位のある家柄出身なのだろう、美貌と品格を備えていた。スカートの裾を掴んで、優雅に挨拶する。
「どうも、こんにちは」
自分よりも侍女の方がよほど姫らしい、とアレクサンドラは思った。
「まあ、なんて貧相なお召し物でしょう。おつらかったでしょうね」
「まずは入浴を済ませましょう」
「浴室はこちらです」
侍女たちが矢継ぎ早に話しかけてくる。
「ちょっと待って。まさか背中を流してくれたり、しないよね?」
これも本で読んだ知識だった。服を脱がすのも、体を洗うのも、そしてまた服を着せるのも全て侍女が行い、お姫さまは裸で手を広げているだけなのだ。
「ええ、致しますとも」
「それがわたくしたちの役目ですわ」
(うわあ、やっぱり)
アレクサンドラは逃げ出したくなった。
「それ着替え? 私が持つわ。場所だけ案内してくれたら、それでいいから」
「そうは参りません」
「さあ王女殿下、大人しく……」
抵抗していたアレクサンドラに触れた侍女の動きがとまった。
「王女殿下」
「な、なに?」
アレクサンドラの腕を掴かんでいた侍女は「失礼いたします」と抱きついてきた。もう一人の侍女は何事かと慌てている。
「なんて気持ちがいいのでしょう。こんな感覚、初めてです」
アレクサンドラを抱きしめている侍女は快感に打ち震えている。胸元に頬を擦りつけられ、熱い吐息が首筋にかかり、アレクサンドラまで変な気持ちになりそうだった。
「なにをなさっているのです。不敬罪になりますよ」
そう言って二人を引きはがそうとしていた侍女も、アレクサンドラに触れて顔色を変えた。
「わたくし、不敬罪になってもいい」
(ええっ)
アレクサンドラに抱きつく侍女が増えた。前後から柔らかく弾力のある肌に挟まれて、あらぬ所をまさぐられる。アレクサンドラは思わず悲鳴を上げた。
「誰か、助けて――――――!!」
――こうしてアレクサンドラの侍女は魔道能力のない者が担当することになった。さらに担当侍女以外の者は、アレクサンドラの半径二メートル以内に近づかない決まりができた。
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