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三章 魔法王国アーウィン
魔法王国アーウィン 10
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「災難でしたねえ、アレクサンドラ様」
代わりにやってきたのは、男爵家の末娘だという侍女・イザベルだった。アレクサンドラと同じ年で砕けた口調なのが、アレクサンドラには丁度良かった。
「王女殿下の侍女ができるなんてありがたいんですけど。この国では魔道能力がないと肩身が狭くって」
入浴を済ませて夜会ドレスを身に着けて、今は鏡台の前で髪を結っていた。湯には希望通り、アレクサンドラ一人で入った。
「アレクサンドラ様は病弱で部屋から出られない、という設定だったんです」
「設定?」
アレクサンドラは眉を寄せた。
「一国の姫が誘拐されたなんて、公にできませんからね。だから半径二メートルのルールも、念のために病をうつさないよう配慮したということで、みんな信じると思います。まあ、王宮の人にはだいたい、アレクサンドラ様が誘拐されたことは気づいているんですけどね」
「私、誘拐されたことになっているの?」
「違うんですか?」
状況だけ見れば、そうなるのかもしれない。しかしアレクサンドラは、父王の言っていた「子供を欲して」「身勝手な理由で」老婆が自分を連れ去ったとは思えなかった。
「どうして、ありのままの事実を公表しなかったのかしら。公にしちゃダメなものなの?」
「そう改めて聞かれると……、上の人の考えることは分からないです」
それでいて、王女ということは伏せて、賞金を懸けてまでアレクサンドラを探していた。
「ねえ、私のお母さんはどんな病気なの?」
母を尋ねた時の、父王の様子が気になっていた。
「心を病まれて部屋から出られないそうですよ。この王宮のどこにいるのかは分かりません。立ち入り禁止区域もあるので、そちらかもしれませんね」
「どこにいるのか、わからない……」
アレクサンドラは眉間のしわを深めた。
女王の居場所が分らない、などということがあるのだろうか。
「さてさて。このイザベル、腕によりをかけて美しく磨きあげますよ。なんといっても今日の主役はアレクサンドラ様ですから。帰国祝い、表向きは快気祝いですね。それに婚約披露パーティーも兼ねています」
「婚約披露?」
初耳だった。身体が強張る。
「帰ってきて早々って感じですけど、婚約自体は四年前に決まっていたことです。アレクサンドラ様は第一王女ですし、相手も第一皇子です。王家同士の約束事は、早い方がいいんでしょうね」
イザベルはお喋りが好きなようで、口がとまらない。しかし手はきちんと動かしているし手先も器用なようで、手早く的確に髪を仕上げていった。
「相手は隣国、ナイトハルト帝国の皇子です。婚約者に四年も会えないのに婚約を破棄しない、奇特な方ですね。しかも、時々アレクサンドラ様のお見舞いに来ていたんですよ。お見かけしたことがありますけど、びっくりするほど端正なお顔立ちでした」
思い出したのか、うっとりした表情でイザベルは言う。
「アレクサンドラ様はいないと教えてあげたらいいのに、そういうわけにはいかないんですねえ。年齢はアレクサンドラ様の二つ上です」
イザベルの言葉は殆ど頭に入っていなかった。婚約披露なんてしてしまったら、もう後戻りできなくなるだろう。結婚したのも当然だ。
「そんなの、いや」
アレクサンドラは呟いた。
思い浮かぶのは、見上げるほど背が高い、あの男だ。片側の口角を器用に上げて、いつも不敵に笑っている。
(ザック……)
初めは、なんて意地の悪い最低な男かと思った。でも、一緒に行動して話しているうちに、何度も守られているうちに、ザックが気になっていった。
「どうしよう、イザベル」
「アレクサンドラ様?」
(どうしよう。やっぱり私、ザックが好き)
こんな気持ちのまま、誰かと婚約なんてできるはずがなかった。
(ここから逃げ出してしまおうか。それとも逆に、ずっとこの部屋に引きこもっていようかしら)
そう頭によぎったが、どちらも無責任すぎて、アレクサンドラにはできそうもなかった。
アレクサンドラは決意した。
「イザベル、お願いがあるの」
アレクサンドラの真剣な眼差しを、イザベルはきょとんとした瞳で見返した。
代わりにやってきたのは、男爵家の末娘だという侍女・イザベルだった。アレクサンドラと同じ年で砕けた口調なのが、アレクサンドラには丁度良かった。
「王女殿下の侍女ができるなんてありがたいんですけど。この国では魔道能力がないと肩身が狭くって」
入浴を済ませて夜会ドレスを身に着けて、今は鏡台の前で髪を結っていた。湯には希望通り、アレクサンドラ一人で入った。
「アレクサンドラ様は病弱で部屋から出られない、という設定だったんです」
「設定?」
アレクサンドラは眉を寄せた。
「一国の姫が誘拐されたなんて、公にできませんからね。だから半径二メートルのルールも、念のために病をうつさないよう配慮したということで、みんな信じると思います。まあ、王宮の人にはだいたい、アレクサンドラ様が誘拐されたことは気づいているんですけどね」
「私、誘拐されたことになっているの?」
「違うんですか?」
状況だけ見れば、そうなるのかもしれない。しかしアレクサンドラは、父王の言っていた「子供を欲して」「身勝手な理由で」老婆が自分を連れ去ったとは思えなかった。
「どうして、ありのままの事実を公表しなかったのかしら。公にしちゃダメなものなの?」
「そう改めて聞かれると……、上の人の考えることは分からないです」
それでいて、王女ということは伏せて、賞金を懸けてまでアレクサンドラを探していた。
「ねえ、私のお母さんはどんな病気なの?」
母を尋ねた時の、父王の様子が気になっていた。
「心を病まれて部屋から出られないそうですよ。この王宮のどこにいるのかは分かりません。立ち入り禁止区域もあるので、そちらかもしれませんね」
「どこにいるのか、わからない……」
アレクサンドラは眉間のしわを深めた。
女王の居場所が分らない、などということがあるのだろうか。
「さてさて。このイザベル、腕によりをかけて美しく磨きあげますよ。なんといっても今日の主役はアレクサンドラ様ですから。帰国祝い、表向きは快気祝いですね。それに婚約披露パーティーも兼ねています」
「婚約披露?」
初耳だった。身体が強張る。
「帰ってきて早々って感じですけど、婚約自体は四年前に決まっていたことです。アレクサンドラ様は第一王女ですし、相手も第一皇子です。王家同士の約束事は、早い方がいいんでしょうね」
イザベルはお喋りが好きなようで、口がとまらない。しかし手はきちんと動かしているし手先も器用なようで、手早く的確に髪を仕上げていった。
「相手は隣国、ナイトハルト帝国の皇子です。婚約者に四年も会えないのに婚約を破棄しない、奇特な方ですね。しかも、時々アレクサンドラ様のお見舞いに来ていたんですよ。お見かけしたことがありますけど、びっくりするほど端正なお顔立ちでした」
思い出したのか、うっとりした表情でイザベルは言う。
「アレクサンドラ様はいないと教えてあげたらいいのに、そういうわけにはいかないんですねえ。年齢はアレクサンドラ様の二つ上です」
イザベルの言葉は殆ど頭に入っていなかった。婚約披露なんてしてしまったら、もう後戻りできなくなるだろう。結婚したのも当然だ。
「そんなの、いや」
アレクサンドラは呟いた。
思い浮かぶのは、見上げるほど背が高い、あの男だ。片側の口角を器用に上げて、いつも不敵に笑っている。
(ザック……)
初めは、なんて意地の悪い最低な男かと思った。でも、一緒に行動して話しているうちに、何度も守られているうちに、ザックが気になっていった。
「どうしよう、イザベル」
「アレクサンドラ様?」
(どうしよう。やっぱり私、ザックが好き)
こんな気持ちのまま、誰かと婚約なんてできるはずがなかった。
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そう頭によぎったが、どちらも無責任すぎて、アレクサンドラにはできそうもなかった。
アレクサンドラは決意した。
「イザベル、お願いがあるの」
アレクサンドラの真剣な眼差しを、イザベルはきょとんとした瞳で見返した。
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