【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)

三章 12

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「あっしと来るかい?」
 子犬は嬉しそうに、返事をするように高い声で一声鳴いた。
 それから七郎兵衛と子犬の共同生活が始まった。
 七郎兵衛は子犬にシロと名付け、我が子のように可愛がった。
 同じ部屋で寝泊まりし、食べ物も同じものを食べた。夜は同じ褥で眠り、子守唄を聴かせた。毎日かかさず散歩にも出かけた。
 暗かった部屋が、急に明るくなった気がした。
 七郎兵衛が話しかけると、言葉を理解しているかのようにシロは返事をした。シロの返事の内容も、七郎兵衛はわかるような気がした。
 毎日が楽しかった。これ以上望むものはなにもなかった。この時間が永遠に続けばいいとすら思った。
 しかし、不安要素がひとつだけあった。
 体調だ。
 最近、突然胸が痛むことがあった。あまりの痛みに冷汗が噴き出し、動けなくなるほどだった。しばらくすれば治るのだが、なにかの病気だろうと思われた。
 この村には漢方医しかいないが、七郎兵衛はあまり信用していなかった。それなりに名の知られた蘭方医に診てもらうには隣町に行くしかない。それには標高がそれほどないといっても山を越えなければいけなかった。まだ体力のあるうちに行ったほうがよいと判断した。
「シロ、ここで待っておいで。すぐに戻ってくるから」
「わん」
 シロはしっぽを振りながら応えた。
 七郎兵衛は隣町に向かった。
 診療所にたどり着いたとき、発作が起こった。
 医者も手の施しようがないうちに、七郎兵衛はあっさり命を落としてしまった。
「神様ってのは酷ですね。絶望のどん底にいる時なら死も救いになったかもしれませんが、生きがいを見つけてから命を奪っていくんですから」
「そう恨みがましい目で見るな。わたしは命を司る神ではない」
 光仙は檜扇で口元を押さえた。
「それにしても驚きました、この年で死ぬとは思っていませんでしたからね」
 死んだ七郎兵衛は自分の身体を見下ろしていた。
 見ている遺体が自分だと理解でき、死んだという動揺もあった。
 しかし、記憶がすっぽり抜けていた。
 七郎兵衛は自分が誰なのかすらわからなかった。
「なにか胸に引っかかっているんです。やらなくちゃいけないことがあるはずだと。おそらくそれが未練で、成仏できないのだろうと思いました」
 どうにかして記憶を取り戻そうとした。七郎兵衛はあちらこちらを漂ったが、町から出ることはなかった。この町に住んでいたのだろうと考えていたからだ。
 しかしそのうち、町犬が妙に気にかかることに気が付いた。
 特に目に入るのは、白い犬だった。
「なぜ気になるのかと思案しているうちに、やっとシロを思い出すことができました」
 すると芋づる式に、生きていた頃のすべての記憶を取り戻した。
 それまでに一年以上かかっていた。
 七郎兵衛は大急ぎで村に戻った。
 そして我が家にたどり着き、中に入ろうとするとなにかに妨害された。
 それは家ほどもある大きい獣だった。
「あっしが戻ってきたときには、シロはこうなっていました。あっしがこの家で待つように言ったのを忠実に守っていたのでしょうね。あの子は腹が減っても部屋から出ず、あっしが帰ってくるのをひたすら待ち、餓死したのでしょう。どんなに苦しかったことか、本当にかわいそうなことをしました」
 死んでも七郎兵衛を待ち続けたシロは、長い日々のなかで悪霊化してしまった。七郎兵衛のように、死んで一部の記憶を失ったのかもしれない。
 今のシロは待つべき主の顔を判断できず、ただこの場で待つという言葉だけを忠実に守っている。それを邪魔するものは全て排除しているのだ。
 待つべき主は、すぐ傍にいるのに。
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