【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

文字の大きさ
62 / 64
終章

終章 3

しおりを挟む
「本日、小藤を元の世界に戻す」
「光仙さま」
 小藤は思わず奴袴ごしの光仙の膝に手をのせた。
「私はもう光仙さまに会えないのですか?」
「わたしはいつでもここにいる」
「でも、光仙さまを見ることも、話すこともできないのですよね」
「そうなるな」
 光仙は膝の上にある小藤の手に大きな手を重ねた。
「見えずとも今までどおりだ。わたしはいつでも小藤を見守っている」
「嫌です」
 小藤の瞳から大粒の涙があふれた。光仙の手を両手で握る。
「光仙さまに会えなくなるなんて嫌です。阿光や吽光に会えなくなるのも嫌です。私をこのままここにいさせてください」
 光仙は困惑した表情を浮かべた。
「お願いします、光仙さま。私はもっと役に立つようになってみせますから」
「小藤、よく考えなさい。それでは本当に生身を捨てることになる」
「かまいません」
 小藤は即答して強いまなざしで光仙を見返した。
 光仙は空いているもう一方の手を小藤の肩に置いた。
「日課にしている散策で、まったく足を向けない場所があることは、神使の二人に聞いている。おまえ一人だけが抜けている家族を見るのがつらいのだろう。やっと家族のもとに帰れるのだぞ」
 小藤はどきりとした。
 家族のことは大好きだ。両親も妹も弟も愛おしい。
 しかしこの二か月、自分は死んだものと思って来たのだ。今更生きているのだと言われても実感がわかない。
 それに家族も小藤のいない生活に慣れたことだろう。戻れば歓迎してくれるとは思うが、妹も弟も、小藤がいたころよりもずっと逞しくなったはずだ。もう小藤が世話を焼く必要もない。
 心残りなど、なにもないのだ。
「……心残り」
 いや、あった。
 自分は死んだものと思い、諦めていたことが一つある。
「光仙さま、私は生きているのですね」
 光仙は微細な仕草で肯定した。
「ならば、私を身代わりにしてください」
「……兄か」
 光仙は眉をひそめた。
 一年ほど前、小藤をかばって山から転落した兄。あれから意識がない状態で寝たきりになっている。
「光仙さまは、誰かの魂を代償に人を救うことができるとおっしゃいました。私の魂を兄ちゃんに捧げます」
 そうだ。それこそが小藤が叶えたいと思っていた一番の願いなのだ。人柱になり光仙と出会ったのも、兄を救うためだったとさえ思える。
「お願いします、兄ちゃんを助けてください」
 小藤は光仙にすがった。しかし無情にも光仙は首を横に振る。
「おまえは一度、村のために命をかけた身。これからは自分のために生きなさい。わたしは小藤に生をまっとうしてもらいたい。また投げ出すために助けたのではない」
「ですが、光仙さま」
「こちらに長居しすぎたな。家族と会えばまた考えも変わるだろう。人は流動的な思考を持つ生き物だ」
「いいえ、変わりません。お願いします光仙さま」
「また会おう、小藤。それができるだけ遠い先であることを願う」
 光仙は小藤を優しく抱きしめた。光仙の胸に頬が触れて香りを感じた時、小藤は意識を失った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

処理中です...