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終章
終章 4
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「また会おう、小藤。それができるだけ遠い先であることを願う」
光仙は小藤を優しく抱きしめた。光仙の胸に頬が触れて香りを感じた時、小藤は意識を失った。
春のうららかな陽気に包まれて、小藤は身を起こした。小藤は神社の境内にある拝殿の階段に横たわっていた。
「……光仙さま?」
周囲には誰もない。拝殿の中に入ろうとしたが、錠がかかっていて入れなかった。拝殿や本殿を一周してみるが、建物に入れる場所がなかった。
「これは……」
今までよりも、景色が鮮明に見える。
それに小藤の衣装も変わっていた。神社に来るまでは着慣れていた、芥子色に見える小袖だった。汚れが沁みついているだけで、着物自体は綺麗に洗われている。
「生き返った」
正確に言えば、元の世界に戻った。小藤は元々死んではいないのだ。
「そんな、光仙さま」
小藤は両手で顔をおおった。
強制的に戻されてしまった。
小藤は光仙たちとの生活を求めていたのに、光仙はそうではなかったのだ。たとえ小藤のための判断だとしても、拒絶されたことに変わりはない。
そのまましばらく境内で立ちすくんでいたが、小藤はなすべきことを思い出して顔を上げた。
兄ちゃんを助けなくちゃ。
小藤は家に向かって歩き出した。畦道からは田んぼで精を出す村人たちが見える。このどこかに父たちもいるはずだ。
今何時だろうか。日は高いが、昼九つの鐘が鳴った様子ではないので、昼餉前の時間帯なのだろう。今帰っても家には誰もいないはずだ。
兄以外は。
そう思いながら小藤は自宅に戻った。戸を開ける手がわずかに震えた。
「ただいま」
引き戸を開けると、見慣れた土間が広がっている。予想通り人の気配はない。
小藤は草鞋を脱いで左手の茶の間にあがった。そして襖をあけて、寝室に使っている奥の部屋に入った。
部屋の隅に、布団が敷いてあった。障子から差し込む淡い光に照らされて、兄が寝ている。
「兄ちゃん」
小藤は兄の傍で膝をついた。一年前とは比べ物にならないくらいに瘦せ細っている。
以前は兄の世話は小藤の仕事だった。ほとんど意識がなく、自分では寝返りも打たないため、床ずれにならないようにまめに兄の身体を動かしていた。手を入れると、兄の背中や尻の肉は擦れていなかったので、菊や母が世話をしているのだろう。
また、食事は水のようにサラサラとした粥を飲ませていた。嚥下する力は弱いが、それならばなんとか胃におさめることができた。
それでも、だんだんと兄が弱っているのは明確だった。
「兄ちゃんを助けられるかもしれないの」
いや、なんとしてでも助けなければならない。
しかし光仙が言っていた「身代わりに立つ」とは、具体的にどうすればいいのだろうか。思い返しても「人のために自分の命を譲ると強く願えば、神が聞き届けて身代わりに立てることもある」という言葉以上の情報はなかった。
強く願えばいいのであれば、小藤は何度となく願ってきた。なにが足りなかったのか。
「願いの強さが弱かったのかもしれない」
命を賭して兄を救いたいのだと、神に伝わっていなかったのかもしれない。
どうすればいいのだろう。
人柱になったときには、橋脚と一体になれと言われた。
川に沈んで死んでくれと言われたのだ。
死。
明確な、死への覚悟が必要なのか。
小藤はゴクリと唾を飲み、唇を引き締めた。そして干からびて血の通っていない兄の顔を見ると、決意は固まった。
光仙は小藤を優しく抱きしめた。光仙の胸に頬が触れて香りを感じた時、小藤は意識を失った。
春のうららかな陽気に包まれて、小藤は身を起こした。小藤は神社の境内にある拝殿の階段に横たわっていた。
「……光仙さま?」
周囲には誰もない。拝殿の中に入ろうとしたが、錠がかかっていて入れなかった。拝殿や本殿を一周してみるが、建物に入れる場所がなかった。
「これは……」
今までよりも、景色が鮮明に見える。
それに小藤の衣装も変わっていた。神社に来るまでは着慣れていた、芥子色に見える小袖だった。汚れが沁みついているだけで、着物自体は綺麗に洗われている。
「生き返った」
正確に言えば、元の世界に戻った。小藤は元々死んではいないのだ。
「そんな、光仙さま」
小藤は両手で顔をおおった。
強制的に戻されてしまった。
小藤は光仙たちとの生活を求めていたのに、光仙はそうではなかったのだ。たとえ小藤のための判断だとしても、拒絶されたことに変わりはない。
そのまましばらく境内で立ちすくんでいたが、小藤はなすべきことを思い出して顔を上げた。
兄ちゃんを助けなくちゃ。
小藤は家に向かって歩き出した。畦道からは田んぼで精を出す村人たちが見える。このどこかに父たちもいるはずだ。
今何時だろうか。日は高いが、昼九つの鐘が鳴った様子ではないので、昼餉前の時間帯なのだろう。今帰っても家には誰もいないはずだ。
兄以外は。
そう思いながら小藤は自宅に戻った。戸を開ける手がわずかに震えた。
「ただいま」
引き戸を開けると、見慣れた土間が広がっている。予想通り人の気配はない。
小藤は草鞋を脱いで左手の茶の間にあがった。そして襖をあけて、寝室に使っている奥の部屋に入った。
部屋の隅に、布団が敷いてあった。障子から差し込む淡い光に照らされて、兄が寝ている。
「兄ちゃん」
小藤は兄の傍で膝をついた。一年前とは比べ物にならないくらいに瘦せ細っている。
以前は兄の世話は小藤の仕事だった。ほとんど意識がなく、自分では寝返りも打たないため、床ずれにならないようにまめに兄の身体を動かしていた。手を入れると、兄の背中や尻の肉は擦れていなかったので、菊や母が世話をしているのだろう。
また、食事は水のようにサラサラとした粥を飲ませていた。嚥下する力は弱いが、それならばなんとか胃におさめることができた。
それでも、だんだんと兄が弱っているのは明確だった。
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