Oil & Water~サークル合宿の悲劇~

じゅん

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陽菜乃 合宿二日目 昼

陽菜乃 合宿二日目 昼 その9

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「首吊り……」
 陽菜乃が呟くと、動きを止めていた和樹が我に返ったようだ。
「嘘や、クリス!」
「待て和樹。触るな」
 駆け寄ろうとする和樹を龍之介が後ろから両手で抱えてとめた。
「離せや、はよ降ろして助けてやらんと」
「よく見ろ、降ろしてどうにかなる状態に見えるのか」
「わからんやろ。心臓マッサージとかしてやらな」
 和樹は龍之介を振り切ろうと暴れる。
「無駄だ」
 すぐ隣りで低い声が聞こえたので、陽菜乃は驚いて肩が跳ねた。蒼一がいつの間にかクリスの部屋を覗きこんでいた。
「この悪臭は糞尿のにおいだろう」
 確かに、排泄物のにおいだ。しかしもっとすえたようなにおいもして、吐き気がしそうだった。
「首吊りに限らず、死亡すれば誰でも筋肉が弛緩して、糞尿や胃液などの体液が排出される。だから病院では死後の処置として、鼻や口、耳、肛門などに綿を詰めるんだ」
「死亡て……」
 和樹は動きをとめた。
「俺はクリスのようには詳しくないが、死んですぐに体液を垂れ流すわけではないだろう。少なくても三十分は経っているんじゃないか。心臓が止まると血液が重力によって低い位置に沈下するから、死斑を見れば死後どれくらいなのかわかるだろうが、俺は判断できない」
 和樹はその場に崩れた。
「なんでクリスなんや……なんで……」
 和樹が泣き出した。男性が泣くのを間近で見るのは初めてで、陽菜乃はどう慰めていいのかわからない。
 陽菜乃もショックを受けていた。つい数時間前まで話していたクリスがこんなことになるとは思っていなかった。
 本当にあの予告どおりになってしまった。
 回避しようとしたのにできなかった。
 その無力感にも苛まれる。
「行こう和樹、そっとしておこう」
 龍之介が和樹の肩に手を乗せて促した。
「せめて降ろしてやろうや。可哀想やろ」
「……そうだな」
 二人は部屋に足を踏み入れる。
「よくそんな臭い部屋に入れるな」
 蒼一はドア枠に寄りかかったまま声をかけた。
 和樹は振り返って蒼一を睨む。
「お前、最低やな」
「よく言われる」
 蒼一は肩をすくめた。
 陽菜乃はなにもできずに、蒼一と同じく部屋の入り口にただ立っているだけだった。
「俺がクリスの身体を支えるから、和樹は紐を切ってくれ。クリスの身体、布団で包んでやっていいだろ?」
「……頼むわ。オレはハサミ持ってくる」
 和樹が部屋を出た。
「換気しておくか」
 龍之介は窓を開けて網戸にし、また薄手と厚手のカーテンを元に戻した。川の音が大きくなる。
 龍之介はベッドの掛け布団を持ち上げてベッドの上に立ち、クリスの身体を布団で包んだ。布団で顔から足首までが見えなくなる。それからクリスの背中と膝に手を入れて抱えると、首に繋がった紐がたわんだ。
 戻ってきた和樹は椅子の上に立った。
「すぐ楽にしたるからな」
 和樹は頑丈なロープを苦労しながらハサミで切った。蓑虫のように布団にくるまったクリスを、龍之介はゆっくりとベッドに寝かせる。
「オレ、まだ信じられへん。クリスの顔見てええか?」
「俺に断らなくてもいいよ」
 龍之介が場所を譲ると、和樹がぐるりと包んでいる布団の一部を下げた。
「顔色悪いけど、綺麗な顔してるやん」
 また和樹は瞳いっぱいに涙を浮かべた。そのまま布団越しのクリスの肩あたりに額を乗せる。
「ごめんな。オレ隣りの部屋やのに、ぜんぜん気づかへんかった……!」
「和樹のせいじゃない」
 龍之介は屈んで和樹の背中をさすっている。
 声を押し殺すように嗚咽する和樹に、陽菜乃はもらい泣きしそうになった。
 それでなくてもこの屋敷は防音性が高いのに、先ほどの様子だと音量を上げて激しい音楽を聞いていたようだ。隣室で少々物音がしようと聞こえなかっただろう。
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