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告白 一
告白 一 その6
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「では話を戻すが、キャロルの部屋の大量の血はどうやって入手したものだ?」
蒼一は向かい合っている龍之介と陽菜乃の中間辺りに、距離を取って立ち止まった。
「あれは俺が、狩猟をしている親戚からもらったものだ。鹿の血だ」
龍之介が答えた。
「全然クリスと関係なかった」
陽菜乃の言葉に、クリスは生真面目にうなずいた。
「ですから、医学生でも無理だと言ったでしょう」
「鹿の血をかけられたときは、とても生臭かったネ」
キャロルはうんざりした顔で言った。
陽菜乃は腕を組み直す。
「キャロルの場合は、大きなキャリーバッグごと屋敷から消え去ったのが、一番の謎なのよ。この隠し部屋を知らなかったのなら、どこにいたの?」
「向こう岸ダヨ」
「向こう岸、って、吊り橋の向こう?」
「そうネ」
「でも、吊り橋は切断されていたじゃない」
吊り橋の長さは十メートルほどあった。その橋が岸の向こう側から垂れているのを誰もが確認している。
「インビジブル・スレッドを使ったんだ」
龍之介が答えた。マジックで使う、見えない糸だ。
「橋を手繰り寄せられるように、インビジブル・スレッドで繋いでいた」
「でも、見えないほど細い分、強度がないでしょ」
「インビジブル・スレッドでも持ち上がるくらい軽くて丈夫な紐に結んでおいて、それを手繰り寄せると更に太い紐、その先に橋の蔦を結んで、三段階にしてあった。太い紐は見えないように、普段は川に沈むように重しをつけていた」
手間がかかるが、そうやって龍之介たちは吊り橋を簡易的に戻し、岸を行き来していた。
「死んだことになっていたキャロルには、桜子の振りをして屋敷に出現してもらいたかったんだが、電波が入ることを和樹に気付かれそうになったから、ジャマーをオンにし続けるしかなくなった。密な連携が取れなくなったから、頻度が減るのは仕方がなかった。吊り橋を戻しているところを見られる方が問題だからな」
白い人影はキャロルだった。犯人に、桜子だと勘違いさせるのが目的だ。
キャロルは桜子と近い体形なので、ゆったりとしたワンピースとかつらを被れば、遠めなら区別がつかない。ただし、あまりに近いと、キャロルの方がメリハリのある身体をしているし肌の色も違うので気づかれてしまうだろう。
「キャロルの方は怪しいと思ったけど、クリスは亡くなっているものだとばっかり思ってたよ。紐一本で吊られていたし、完全に足が浮いてた。においもすごかったよね。どうやったの?」
陽菜乃が訊ねた。
「なんだか悔しいネ。ワタシも頑張ったヨ」
キャロルが唇を尖らせた。
「首の輪はダミーだったのです。わたしの体重を本当に支えていたのは、腰や胸周りの縄で、そこから電気のフックにかけられていました。縄にかかる力を分散させるためにかなり縄を巻いたのですが、それでも内出血で縄の跡が体中についてしまいました」
「ジャパニーズ緊縛ネ。アメリカでも有名だヨ」
「キャロル、おそらく認識がずれてる」
龍之介が突っ込んだ。
「燕尾服を着ていた理由は?」
陽菜乃が問う。
「持って来ていた服の中で、襟の長いシャツがその一枚だけだったからです。いくら皆さんから見て正面に吊ったとしても、角度によって首の下にも紐が繋がっているの見えてしまったらおしまいですから」
クリスは首に手を当てながら答えた。
「和樹がクリスに駆け寄ろうとした時には、どうしようかと思ったよ。さすがにクリスに抱きついたら感触でばれるだろう。誰も近づけないために、強めのにおいにしておいたのに」
あの時の龍之介は全力だった。和樹は小柄にも関わらず力強く、ものすごい勢いだった。それだけ和樹は必死だったのだろう。
「紐で縛られて苦しい上に、においも地獄でしたよ、龍之介」
「すまない。早めに窓を開けたんだけど」
「そこは俺に感謝してもらいたい」
蒼一が口を挟んだ。
「俺が死後処理の話をしたから、和樹はクリスを助けるのを諦めて大人しくなったんだろう」
「あれは助け舟だったのか?」
龍之介が尋ねた。
「もちろん。龍之介劇団の続きを見たかったからな」
「つまり蒼一は、クリスは演技をしていると気づいていた?」
「あのにおいは人工的なものだった」
「細工が裏目に出たのか。なんでわかるかなあ」
龍之介はこめかみをかいた。
蒼一は向かい合っている龍之介と陽菜乃の中間辺りに、距離を取って立ち止まった。
「あれは俺が、狩猟をしている親戚からもらったものだ。鹿の血だ」
龍之介が答えた。
「全然クリスと関係なかった」
陽菜乃の言葉に、クリスは生真面目にうなずいた。
「ですから、医学生でも無理だと言ったでしょう」
「鹿の血をかけられたときは、とても生臭かったネ」
キャロルはうんざりした顔で言った。
陽菜乃は腕を組み直す。
「キャロルの場合は、大きなキャリーバッグごと屋敷から消え去ったのが、一番の謎なのよ。この隠し部屋を知らなかったのなら、どこにいたの?」
「向こう岸ダヨ」
「向こう岸、って、吊り橋の向こう?」
「そうネ」
「でも、吊り橋は切断されていたじゃない」
吊り橋の長さは十メートルほどあった。その橋が岸の向こう側から垂れているのを誰もが確認している。
「インビジブル・スレッドを使ったんだ」
龍之介が答えた。マジックで使う、見えない糸だ。
「橋を手繰り寄せられるように、インビジブル・スレッドで繋いでいた」
「でも、見えないほど細い分、強度がないでしょ」
「インビジブル・スレッドでも持ち上がるくらい軽くて丈夫な紐に結んでおいて、それを手繰り寄せると更に太い紐、その先に橋の蔦を結んで、三段階にしてあった。太い紐は見えないように、普段は川に沈むように重しをつけていた」
手間がかかるが、そうやって龍之介たちは吊り橋を簡易的に戻し、岸を行き来していた。
「死んだことになっていたキャロルには、桜子の振りをして屋敷に出現してもらいたかったんだが、電波が入ることを和樹に気付かれそうになったから、ジャマーをオンにし続けるしかなくなった。密な連携が取れなくなったから、頻度が減るのは仕方がなかった。吊り橋を戻しているところを見られる方が問題だからな」
白い人影はキャロルだった。犯人に、桜子だと勘違いさせるのが目的だ。
キャロルは桜子と近い体形なので、ゆったりとしたワンピースとかつらを被れば、遠めなら区別がつかない。ただし、あまりに近いと、キャロルの方がメリハリのある身体をしているし肌の色も違うので気づかれてしまうだろう。
「キャロルの方は怪しいと思ったけど、クリスは亡くなっているものだとばっかり思ってたよ。紐一本で吊られていたし、完全に足が浮いてた。においもすごかったよね。どうやったの?」
陽菜乃が訊ねた。
「なんだか悔しいネ。ワタシも頑張ったヨ」
キャロルが唇を尖らせた。
「首の輪はダミーだったのです。わたしの体重を本当に支えていたのは、腰や胸周りの縄で、そこから電気のフックにかけられていました。縄にかかる力を分散させるためにかなり縄を巻いたのですが、それでも内出血で縄の跡が体中についてしまいました」
「ジャパニーズ緊縛ネ。アメリカでも有名だヨ」
「キャロル、おそらく認識がずれてる」
龍之介が突っ込んだ。
「燕尾服を着ていた理由は?」
陽菜乃が問う。
「持って来ていた服の中で、襟の長いシャツがその一枚だけだったからです。いくら皆さんから見て正面に吊ったとしても、角度によって首の下にも紐が繋がっているの見えてしまったらおしまいですから」
クリスは首に手を当てながら答えた。
「和樹がクリスに駆け寄ろうとした時には、どうしようかと思ったよ。さすがにクリスに抱きついたら感触でばれるだろう。誰も近づけないために、強めのにおいにしておいたのに」
あの時の龍之介は全力だった。和樹は小柄にも関わらず力強く、ものすごい勢いだった。それだけ和樹は必死だったのだろう。
「紐で縛られて苦しい上に、においも地獄でしたよ、龍之介」
「すまない。早めに窓を開けたんだけど」
「そこは俺に感謝してもらいたい」
蒼一が口を挟んだ。
「俺が死後処理の話をしたから、和樹はクリスを助けるのを諦めて大人しくなったんだろう」
「あれは助け舟だったのか?」
龍之介が尋ねた。
「もちろん。龍之介劇団の続きを見たかったからな」
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