Oil & Water~サークル合宿の悲劇~

じゅん

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告白 一

告白 一 その7

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「細工が裏目に出たのか。なんでわかるかなあ」
 龍之介はこめかみをかいた。
「私は普通に排泄物とか、腐ったようなにおいだと思ったけど。人工的ってどういうこと?」
「俺が作ったんだ」
 陽菜乃が尋ねると、龍之介はわずかに得意げな表情になった。
「死のにおいは、四百種類以上の揮発性有機物が混ざり合ったものだといわれている。この混合ガスの成分は、腐敗のプロセスや体内やまわりにいるバクテリアの数でも変わる。腐敗臭の主な成分は、カダベリンとプトレシンという分子で、すさまじい悪臭だ。カダベリンの名称は“死体のような”を意味する英語形容詞に由来している。それに加えて、排泄臭の成分は、アンモニア、酢酸、硫化水素,メチルメルカプタン、インドールなどだ。これらを配合した」
 龍之介は流暢に解説した。
「……そういえば、龍之介は理学部化学科だったね」
「凝りすぎです」
 陽菜乃とクリスは、龍之介の拘りに引いていた。
「リアルで、かつ人を寄せ付けないにおいを作りたかったんだ。和樹は予想に反してめげずに、部屋の中に入ったけどな」
「和樹には申し訳ないことをしました。悲しむと思っていたので事前に伝えたかったのですが、彼は顔に出てしまいますし、龍之介にとめられていました」
 クリスは染めた頬に手を当てて吐息した。
「和樹があんなに泣いてくれて、わたしは嬉しかったです。薄目を開けたくなるのをなんとか堪えました。生前葬をあげるかたは、こんな気持ちになりたいのでしょうね」
「生前葬の目的が違う気がする」
 龍之介が首をかしげる。
「クリスを下ろすことは想定していなかったけど、俺が主にクリスを支えることと布団を巻くことで、どうにかごまかせた。和樹にクリスの顔を覗き込まれた時にはヒヤリとしたけど」
「死に化粧しておいてよかったネ」
「キャロル、それも使い方が違う」
「オー、日本語難しいヨ」
「……で、あとは脅迫文で追い詰めて、隠し部屋に逃げ込むように仕向けたんだな」
 蒼一が龍之介に話を向けた。
「そうだ」
「でも、どうやって私の後をつけてきたの? 部屋を出た時は廊下に誰もいなかったし、かなり警戒しながらここに来たんだけど。隠し部屋を知っているのが私だってわかっていなかったんでしょ?」
「インビジブル・スレッドを、全員の部屋に仕掛けていた」
 メンバーのドアの下端に、長いインビジブル・スレッドの先端をつけた。接着にはマジシャンズ・ワックスを使用している。
 奈月と蒼一のドアに貼りつけた糸の先端はキャロルの部屋に、和樹の部屋のドアに貼りつけた糸の先端は龍之介の部屋に、陽菜乃の部屋のドアに貼りつけた糸の先端は二年前に桜子が使っていた空き室の中に設置していた。ドアが開いたら糸が動くので、廊下にいなくてもわかるというしかけだ。
龍之介の部屋には龍之介が、キャロルの部屋にはキャロルが、空き室にはクリスが待機していた。ドアを出たからと言って、ただトイレに行くだけかもしれないので、鏡などを使って部屋から出ずに動きを探った。
インビジブル・スレッドをドアに張り付けて回ったのは龍之介だ。このときに、蒼一のドアにコインが挟まっているのに気づいた。
「ドアが開いた時には、窓の外の指定した木をLEDの懐中電灯で照らして合図した。同じように、誰かがおかしな行動をしている時の合図、集合したいときの合図も決めていた」
 クリスは陽菜乃の様子がおかしいと思って合図をし、かつ、食堂に電気もつけずに入ったことで、龍之介たちを呼ぶ合図を送った。
「電気をつけようか迷ったんだけど、朝まで電気をつけっぱなしになっちゃうから、誰かに不審に思われたらいやだと思ったんだよ」
 陽菜乃は降参とでもいうように軽く両手を広げた。
「俺たちの話はこれで全てだ」
 龍之介が一歩前に出た。
「さあ、なぜ桜子がこんなことになったのか聞かせてくれ、陽菜乃」
 陽菜乃は唇をかみしめて、覚悟したようなまなざしを龍之介に向けた。
 二年前になにがあったのかを知るために、龍之介はずっと奔走してきた。この三日間は仕掛けをしたり、クリスやキャロルと連携を取るためにほとんど寝ていない。
「……桜子」
 龍之介は誰のものか判別がつかなくなっている白骨に視線を落とした。
 二年も音沙汰がなかったのだ。おそらく死んでいるだろうと思っていた。
 わずかな望みだとしても、噂になっていたように、どこかで誰かと幸せに暮らしている可能性を願ってもいた。
 しかし、そんなはずがないことは、誰よりも龍之介が一番わかっていたのだ。
 こうして目にしても、この白骨が桜子以外のものであってほしいと、わずかな希望にすがりたい気持ちになっていた。
しかし、骨がまとっている色あせたワンピースは、間違いなく失踪した日に桜子が着ていたものだ。傍には合宿時に持ち込んでいたキャリーバックも置かれていて、埃が積もっている。
「陽菜乃、真実を話してくれよ」
「わかってる。全部話すよ」
 陽菜乃も龍之介と同じ場所に視線を送る。
「ずっと後悔してた。なんでこうなっちゃったんだろうって」
 陽菜乃は静かに語り始めた。
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