白銀の超越者 ~彼女が伝説になるまで~

カホ

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~出会い~

救われた命

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 途中の街で何泊かして、男爵邸を出た6日後に目的地に到着した。

  降ろされたのは、男爵邸とは比べ物にならないほど大きな屋敷の前だった。

  引率する男性に連れられて、ユールは広い部屋に通された。

  そこにはいかにも偉そうな男と、ケバい女が座っていた。これがリーヴ公爵夫妻かと思うとため息をつきたくなる。

 「ユグドラシルと申します」

  引率の男性が出ていくと、私は一礼して挨拶する。とりあえずなんでもいいからさっさと終わらせてくれないかな。

 「ふっ、お前がガルズ男爵の捨て子か」

  目の前に立つ無表情な幼女を見つめ、公爵は鼻で笑った。

  少女の視線は冷えて何も映していない。家から一度も出ていないと聞いていたからこの陶器のように白い肌も納得いく。白銀の髪に隠された左目は、血のような赤だと聞いている。事前のデータには栄養失調気味とも書いてあったが、売られる直前には食わされたのだろうか、血色はそこまで悪くない。よくもないが。

 「俺が、お前を買ったユミル・リーヴだ」
 「はい」
 「この家では公爵家全員を様付けで呼べ。それ以外の呼び方は認めない」
 「はい」

  最低限の言葉と動きしか見せない少女に、ユミルは眉をしかめたと同時に従順のように思えた。

  ガルズ男爵も惜しい卵を手放したものだと思った。この娘は美しくなるだろう。オッドアイさえ隠せば誰もが欲しがるいい女になる。ユミルはそう直感した。

 「お前、将来には俺の妾になってもらおうか」

  冗談半分の言葉であった。本当はこの少女を妾にする気などさらさらない。オッドアイという呪われた存在を買っただけで十分罪深いのだから。

  それでもこの少女を買ったのは、この少女の買取と引き換えに、西の辺境にいるガルズ家含めた一帯の貴族をリーヴ公爵の派閥に参加させると言ってきたからだ。三大派閥が覇権を争っている今、どんな貧乏貴族でも利用価値はあるのだ。

 「お断りします」

  しかし少女の口から出た言葉に、ユミルは目を剥いた。この齢6つしかない貧乏男爵の元令嬢が、自分に向かって口答えしたのに驚愕した。

 「私が知っているのは養子として買われたことだけです。公爵様の妾になるような事実は知りませんので」

  問答無用で娘を張り倒した。どさっと娘が床に倒れる。貧乏貴族のくせに俺に楯突くなど。

 「自分の身分をわきまえろ。お前のような下等生物が俺に反抗するなど、何様になったつもりだ」
 「…………」

  娘は何もしゃべらない。ただ殴られた頬に手を添え、感情のこもらない眼差しであらぬ方角を見つめているだけだった。その目は一貫して無を物語っている。

 「まあまあ、旦那様。ただの小汚い呪い子の戯言ではありませんの」

  むかっとしてもう一発殴ってやろうかと思っていると、妻からブレーキがかかった。妻は扇で口元を隠しながら、ユグドラシルに軽蔑の眼差しを投げる。

 「所詮は汚らしい娼婦の子ですわ。世の中の礼儀を知らないのです。馬鹿な輩に論理を解いても無駄ですわ」
 「言われればそうだな」

  その言葉に共感して、ユミルは矛先を収める。

 「ユグドラシルとやら、お前がこの屋敷で暮らすにあたり、部屋から出ることを禁じる。食事は一日二回、朝と夜。服とメイドはあとで部屋に持っていかせる。週に一回入浴と洗濯は許可する。ただし全て自分でやるように。わかったな?」
 「はい」

  その二文字返事を聞いて、やっぱり人形のように薄気味悪いガキだ、とユミルは思った。

  注意事項を言い渡され、それをのらりくらりと聞いて、ユールは退出を待っていた。話が終わり、公爵は人を呼んでいる間にもぐだぐだと何か言っていたが、それは綺麗さっぱり聞き流した。何をしゃべっていたか全く覚えていない。

  ようやく迎えがきて、ユールは一礼して部屋から退出する。あからさまに距離をあけて歩く執事らしき人を興味なさげに眺めながら二階に上がる。

  二階の一番奥にある寂れた部屋の前で執事は立ち止まった。

 「ここが今日からあなたの部屋です、ユグドラシル様」

  形式上様付をしているが、顔は明らかに嫌そうである。呼びたくなければ呼ばなくていいのに。

 「旦那様のおっしゃる通り、この部屋から出るのは禁止です。食事はドアの下の小窓から出し入れします。後ほどあなた用の服や靴とメイドを持ってきますので、それまでは待機していてください」
 「わかりました」
 「それから旦那様曰く、この部屋は元々物置にする予定だったので好きに使っていいとのことです」
 「わかりました」

  さっきから2種類ぐらいしか言葉を発していないが、ただ単純に人間の相手をするのが面倒だからである。

  執事が早足で去って行くの横目に、ユグドラシルもさっさと部屋に入る。

  さすが公爵家、男爵家の時よりはずっと広い部屋だ。あるのはクローゼットとベッドと低いテーブル、机と椅子が一組、それから部屋の隅に丸いすが一個。地面には色あせたカーペットが敷かれ、天井には古いランプがぶら下がっている。

  ドアの反対側には、これまたボロいカーテンがついた窓があり、カーテンの隙間からそっと覗いてみると、下は庭らしい。

  このタイミングで異次元収納から物を出すのは危険だと判断し、ユールはメイドと荷物が届くまで待つことにした。自分の持ってきたカバンを開け、持ってきていた三着の服を出してクローゼットに入れる。

  ヘアピンを外し、ベッドに横になってぼーっとしていると、なんの遠慮もなくドアが開く。特に驚くこともなく、ユールはベッドから身を起こし、入り口を見る。

  ドサッ、パサッ。

  誰かが倒れる音と何かが投げ込まれた音が聞こえた。見るとそれは一人の女の子と数着の服と靴。女の子はかろうじて服のようなものを着ている状態で、身体中が傷だらけで顔もひどく痩せていて、ミイラのような印象を受けた。腕や足も変な方向に曲がっているし、なんとなくこの年上の女の子が屋敷で何をされたのか察した。

  ドアに目を向けると、さきほどの執事と公爵がいた。

 「それがお前に一番お似合いのメイドだ。人間のクズ同士、せいぜい仲良くするんだな」

  公爵がそう吐き捨てると、床に倒れていた女の子はうまく動かない体を無理して動かし、ギリッとユミルを睨みつけた。それをユミルは鼻で笑い飛ばし、ドアをバタンと閉めた。

  閉められたドアを、女の子はいつまでも睨みつけた。

  女の子は、公爵家に買われた奴隷だった。貧民街出身の彼女は、買われたと同時に檻に放り込まれ、凌辱された。

  体を鎖につながれ、知らない男に体のあらゆるところを穢された。それでも屈せずに睨みつけていれば、今度は拷問のようなことが始まった。体のあざや怪我は日に日に増えて行き、それに連動して拷問もエスカレートして行った。腕を折られ、膝を砕かれ、舌を抜かれ、爪を剥がされ、今の女の子の体は見るに耐えない状態であった。

  なぜ自分こんな目に遭わないといけないのか、女の子には皆目検討もつかない。ただ一つわかるのは、あの男が自分の体がボロボロになっていくを楽しんでいることだ。

  それでもこんな男に従うぐらいなら、と逆らっていたら、この日突然、新しい養子のメイドになるよう命令された。舌を抜かれた私に反論権などなく、なす術もなく引きずられて行き、屋敷二階奥のこの部屋に投げ捨てられた。

  捨て台詞を吐いていった公爵が立っていたドアをじっと睨んでいると、軽い小さな足音が耳の横を通って行った。視線を動かしてそちらを見ると、10歳の私よりも年下だと思われる少女がドアに向かっていた。

  この子が私の主人だろうか?何をするのか見ていると、おもむろにドアに何かし始めた。

  体が麻痺していてうまく動かせない。首もうまい具合に動いてくれなくて、少女の肩から上が見えない。着ている服は貴族とは思えないほど粗末であったが、その佇まいは凛としていて、床まで流れ落ちる純銀の髪は、ランプの光を吸って輝いていた。

  少女がドアに当てた手をよく見ると、そこには魔法が発動している光景があった。少女はなんらかの魔法を発動して、ドアに干渉しているのだ。

  貧民街出身の彼女でも、魔法についての知識はある。貧民街でも、彼女の母のように魔法に目覚める人は少なからずいたからだ。

  あのドアは木製だから、少女が発動しているのは木属性。それがあの少女の魔力属性なんだろう。

  女の子が見ている中、少女の魔法はドアに木製の筒のようなものを作り、少女がその手ですぐそばにあった木の板に触れると、板は円柱型の細い閂に変化した。それを少女が筒に通したのを見て、女の子は少女が部屋に鍵をつけたのだと悟った。

  やるべきことをやり終えたのか、少女は踵を返すと、まっすぐ自分の方に歩いてきた。女の子のすぐ前まできて、そこで立ち止まる。

  すぐ目の前にいるから腰までしか見えないが、警戒も込めて上の方を睨んでいると、上から声が降ってきた。

 「大丈夫?」

  いろいろな意味で驚いた。この声はもしかしなくても少女の声だろう。だがそれは余りにも綺麗で、冷たくて、無機質で、そして優しい声だった。なぜ優しく感じたのか自分でもわからない。でも女の子には、この同情のない声音が、奇妙に心地よく聞こえた。

 「………」
 「大丈夫じゃないよね」

  しゃべれない女の子が首をふるふると横に振ると、再び少女の声が降ってくる。

  立っていた少女がしゃがみ込み、自分の上に手をかざしたのを感じた。

  次の瞬間、自分の体を暖かい光が包むのを感じた。体に襲いかかっていた痛みや寒気があっという間に引いて行った。穢された体の内部も、塗り替えられるような感覚を受けた。

  驚愕した。女の子は魔法については少ししか知識を持っていなかったが、それでもこれがなんの属性かは理解していた。この世で治癒魔法を使えるのは、光属性しかない。疑う余地もなく、少女は光属性の魔力で自分を癒したのだ。

  しかしこの子の属性は木ではなかったのか?先ほどドアに干渉したあれは、断じて光属性ではなかった。それなのに、この少女は今ここで光属性の魔法を使っている。それはこの少女が複数の魔力属性を操ったことを示している。

  この少女は……一体………?
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