白銀の超越者 ~彼女が伝説になるまで~

カホ

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~出会い~

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 しばらくして光が止んだ頃には、女の子の体には傷一つなくなっていた。それこそ体の中にあった永遠の傷まで綺麗さっぱり。まるで買われる前に戻ったようにさえ思った。

  これほど高度な治癒魔法を使い、さらに複数の属性を操った少女。女の子は首を動かして少女の顔を見上げる。

  すぐ上に自分を見下ろしている二つの瞳があった。長い髪に隠れ気味だったが、少女の瞳の色が異なるのを、女の子は確かに見た。不思議な色合いの青い右目と、血のように赤い左目。世間では忌み嫌われているオッドアイだ。

  だが女の子はそう思わない。第一、彼女は教会を信じていない。教会は自分たちを助けてはくれない。教会にすがったところで教会の中でも腐敗は進んでいて、世の闇は深くなる一方だと、女の子は知っていた。

  そんな自分から見たら、少女のオッドアイは誰の瞳よりも綺麗だった。この美しい瞳が呪われているなど、一体誰が言ったのか。瞳に一切の感情は映っていなかったが、それでもそのどこまでもまっすぐな眼差しが、今の自分にはとてつもなく美しく見えた。

 「あな、たは………?」

  治されたばかり舌を動かし、女の子は人形のように美しく、無表情な少女に語りかけた。

 「私はユグドラシル。ユールって呼んでほしい」

  無機質な声が問いかけに答える。

 「あなたは?」
 「………」

  そう聞かれて、答えに躊躇する。女の子に名前はなかった。奴隷として売られる前は名前があったが、奴隷として売られたのが5歳、買われたのが10歳。もう名前なんて忘れている。

 「名前、ないの?」
 「………」

  図星をつかれて、女の子は頷く。

 「そう」

  ユグドラシルと名乗った少女は短くつぶやき、やがて女の子の頭をぽふぽふと撫でる。

 「ノルン」
 「え……?」

  突然すぎて、何を言われたのかわからなかった。

 「名前、ノルンでどう?」

  そう言われて、女の子は始めてユールが自分に名前をつけたのだと悟った。

 「どう?」

  無表情のまま首を傾げるというかわいい仕草に、微笑ましい気持ちが湧いてくる。

 「はい……素敵な、名前を、あり、がとうございます」
 「ん」

  一言しかない返事だったが、女の子……ノルンにはユールの目尻が下がったように見えた。

  体の調子が戻ってきて、ユールの手を借りて身を起こしたノルンは、彼女にいろんなことを聞いた。ユールの方も話すつもりでいたらしく、包み隠さず質問に答えてくれた。

  元はガルズ男爵の次女だったこと、母が娼婦であったこと、ニーベルングの指輪の持ち主であり超越者であること、聖獣ヒッポグリフと友達であること。聞けば聞くほどおとぎ話に思えてくるような話ばかりだった。

  話から推測するに、ユールはおそらく実家からここに売られてきたのだろう。奴隷としてではなかったのは、きっとユールが扱いはどうあれ、一応貴族の令嬢であったからだろう。

  ユールは異次元収納から実際にニーベルングの指輪とヒッポグリフの腕輪を見せてくれた。こんな高度な空間魔法など前代未聞であったが、それと同時に伝説のニーベルングの指輪を見れたことと、人を嫌う聖獣の忠誠の腕輪を見たことに対する驚愕も大きかった。両方ともおとぎ話でしか見たことのない代物だったが、腕輪の方はともかく、ニーベルングの指輪はユールがさっき複数の属性を操ったことが、本物であることを証明している。

  目を丸くして宝石と腕輪を見つめているノルンを見ながら、ユールは声をかける。

 「服を用意しないとね」

  今のノルンはボロボロの布を一枚引っ掛けているだけの状態だ。そんなの女の子にとってかわいそうである。ユールはノルンと一緒に放り込まれた服をあさり、一番シンプルなワンピースを選び出した。

 「はい」

  ワンピースを差し出すと、ノルンは一瞬キョトンとし、すぐに私の意図を悟って受け取ってくれた。ボロ布を脱いで服に着替えたノルンはとても様になっていた。体は痩せ細って髪や肌も荒れ放題であるが、ちゃんと手入れをすれば可愛い女の子だと、ユールは見抜いていた。

 「あ、あの…お嬢、様……」
 「その呼び方はやめてくれないかな?」

  ユールがそういうと、ノルンが縮こまったように見えた。言い方がまずかったかな?

 「叱ってるわけじゃないよ。見ての通り、私はほとんど感情がないから………」

  ユールがそう口にした途端、ノルンが食いついてきた。

 「そんなことありません!お嬢様はちゃんと感情があります!私を心配してくれたり、気遣ってくれたりしていますもの!今は無表情でも、いつかきっとお嬢様も人並みに笑えるようになります!」

  ちょっとした感動を覚えた。今までユールにそんなことを言った人はいなかった。だからこそユールはポッポや動物たち以外には心を開けなかった。でも目の前で力説しているこの少女なら、動物たちと同じように付き合えるのではないかと思った。

 「ありがと。じゃあとりあえずお嬢様呼びはやめようか。お嬢様って身分でもないし」
 「あ、はい」

  あっさりユールが意見を変えたのに驚いたのか、若干間抜けな返事を返すノルン。そんなノルンに向かって、口角をちょっとあげてみる。ポッポたちに見せていた笑みを、ノルンにも見せられるか挑戦した。

 「今、うまく笑えてたかな?」

  ちょっとだけ不安でノルンに聞くと、満面の笑みを浮かべられた。

 「はい!とっても可愛かったです、ユール様!」

  そう言って破顔するノルンにユールの目尻も下がった。人と話して笑えたのは久々だった。この子となら仲良くなれる、そう思えた。

  ちょうどその時、ドア下の小窓からトレーが押し込まれてきた。受け取ってみれば、トレーにはパサパサで手のひらサイズのパンが二つと、ジャガイモと人参が数切れ浮かんでいるだけの薄いスープが入った小さなお皿だけだった。

 「あのユミルとかいうゲス男、やっぱりあれこそが本物の人間のクズですわ!」

  自分がされた仕打ちを思い出したのか、ノルンがギリギリと歯をかみしめ、虚空を睨んだ。

 「気にしなくていいでしょ。所詮は赤の他人だもの。私たちは私たちでこれを楽しみましょ」
 「は………え?楽しむ?これをですか?」

  明らかに悪意のこもった夕飯を指差しながら、ノルンが聞いてきた。

 「そう」

  テーブルに食事を置き、ユールは異次元収納から横に広い大きなボトルを取り出した。

 「色がない食事なら自分で色をつければいいのよ」

  ユールが取り出したボトルには、ラズベリーのジャムが入っている。森で取れるラズベリーをポッポたちと一緒に加工したものだ。人工の道具を使わず、自然の力だけで作り出したジャムは、天然の味が濃くにじみ出ている。

 「ノルンもおいで」

  手招きすると、ノルンは遠慮がちに近寄ってきて、ユールの向かい側に座る。ユールはボトルからジャムをすくい、パンにつけてノルンに渡す。ノルンが受け取ると、自分の分も作る。

 「わぁっ!おいしい!」

  ノルンが感動している横で自分もパンを食べる。甘酸っぱいラズベリーの味が口いっぱいに広がり、パサパサ乾燥していたパンもジャムの水気を吸って美味しくなっている。

 「ユール様、このジャムは、一体……?」
 「ヒッポグリフの森でみんなで作ったの。ラズベリーがたくさんあったから」

  ちなみにまだあるよ、と言ってユールが異次元収納から取り出したボトルは全部で8つ。その数にはノルンも驚きを隠せないようだ。

 「ノルン、お互いあの男が気に食わないから、あいつにばれないよう一緒に生活を楽しみましょ」
 「いいですね。あのゲス、きっと今頃私たちが惨めにのたうちまわってると思ってますよ。悪い意味であいつの期待を裏切ってやる」

  そんなことを言い合っていると、二人ともラズベリーパンを食べ終えた。残るはスープなんだが、ユールは再び異次元収納に手を突っ込み、今度は大量の乾燥キノコを取り出してスープに放り込んだ。

 「その乾燥キノコも、森で?」
 「うん。魔力が濃縮された森は、普通の自然界とは比べ物にならないくらい豊かだからね」

  聖獣の森は、普通の森よりはるかに豊かである。魚や薬草、植物や果実も豊富に存在し、森の周辺には多くの野生動物も集まる。ユールの異次元収納の中にある大量の生の肉や野菜は、森で採集したり、森の外の動物をポッポが狩ってきたりしたものなのだ。

  しばらくすればキノコにも水分が染み込み、キノコの旨味の部分もスープに溶け出した。用途がないと譲られた食器を一枚取り出し、スープを半分こにしてノルンに渡す。

 「ふおっ!すごい!水みたいなスープだったのがきっちりキノコスープになってる!」

  これまたノルンが感動する。自分でも我ながら美味しいと思う。

  外に喧騒が届かない程度に二人でおしゃべりしつつ、美味しくなった食事を堪能する。食後のデザートでマンゴーを食べる贅沢っぷりである。

 「明日はどうするんです?」

  空になったトレーを小窓から廊下に押し出し、ノルンが小声で聞いてきた。外に聞こえないように配慮したのだろう。

 「とりあえず、屋敷を歩き回るわ」
 「え?歩き回る?どうやってですか?」

  疑問に思っているノルンに、その魔法を見せる。

 「この光学魔法を使えば姿と気配を消せるから、好き勝手に屋敷を歩けるんだ」
 「そんな魔法も作っていたんですか!本気で魔法の常識知らずですね」

  光学魔法を使って姿を消して見せたユールに、ノルンは驚いたような納得したような微妙な顔をした。

 「その場合、私はどうすればいいでしょう?」
 「連れて行きたいけど、誰か連絡係をやってくれる人は必要なのよ……」

  そうなのだ。いくらなんでも留守番は必要なのだ。可能性は低いけど、誰か来る可能性もあるから。

 「なら私、残りますよ」

  あっさりと承諾するノルン。

 「いいの?」
 「いいですよ。それに、ユール様が帰ってくれば、お土産話も聞けるんです。構いませんよ」

  自分と違っていつもニコニコしているノルン。その笑顔に励まされて、ユールはぎこちない笑みを浮かべながら頷く。

 「わかった。じゃあノルンには今日中に一個、魔法を覚えてもらうよ」
 「魔法?私が?」
 「ん。そんなに難しい魔法じゃないよ。ある程度魔力を制御できていれば問題なく使える魔法だよ」
 「でも、私属性なんて持ってませんよ?」
 「無属性の魔法だから関係ないわ。教えるから一緒にやろ」

  そうしてユールはノルンに魔力の制御方法を教えるところから始めた。意外とノルンの飲み込みと熟達が早くて、聞くとお母さんが魔力に目覚めていたとか。それならこのセンスの良さも頷ける。

  夕食から何時間か経過し、庭にある時計が11時を指す頃、ノルンは魔力制御を半人前にまで習得した。ちなみにこれは本来とてもあり得ないことである。普通は2、3年かけてようやく一人前になれるのに加え、魔力制御を訓練する人も圧倒的に少ないからさらに倍の時間をかけてやっと熟達するのだ。

 「魔力をここまで制御できればあとは簡単よ。魔力を私に届けるつもりで流してごらん」
 「ユール様に、ですか?」
 「そ」

  ユールがそうアドバイスすると、ノルンは素直にそれに従った。ゆっくりとノルンの魔力が私の中に流れ込んできた。

 「次、何かフレーズを思い浮かべながら同じ操作をやってごらん」

  今度もノルンはおとなしく従う。するとノルンの魔力とともに、"こんばんわ"というフレーズが一緒に流れ込んできた。

 「"こんばんわ"、だね」
 「あ、届いたんですね!」

  魔法が成功したことが、ノルンは嬉しいようだ。

 「ちなみに私から送るとこんな感じ」
 「…………おっ!」

  届いたらしい。

 「"おめでとう"と送ってきましたね?」
 「うん。完璧。よくできました」

  もう一度ぎこちなく笑ってみると、ノルンは感動しているのか嬉しそうにはしゃいでいる。

 「私も笑顔の練習をした方がいいかな?」
 「それなら今度は私が練習相手になりますよ!」

  ユールがつぶやくと、ノルンが意気込む。

 「でも、ユール様ならそのうちきっと自然に笑えるようになりますよ!」

  自信たっぷりに告げるノルンに、なぜか胸が暖かくなった。

 「ありがと」

  この子となら、本当の友達になれる気がした。

 「とりあえず寝ましょ。ノルンはどうする?」
 「私は床でいいですよ。ここ、カーペットもありますし」
 「そう?じゃあこれ使って、ブランケット」
 「わあ、ありがとうございまーす!!」

  こうして、本当なら辛いはずだった公爵家での生活は、予想外に楽しく始まった。
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