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~出会い~
居場所
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日没後、ユールによる破壊活動の結果、厨房は公爵家の昼食を作れず、夕飯も危うく作れなくなるほどの大騒動となり、怒りの公爵によって厨房はさらに悲惨なことになった。
テオは裏口の外に避難していたのでなんの被害もこうむっていないが。せいぜい食事を抜かれたことぐらいだ。
どうやらユールは徹底的に厨房を破壊したらしく、貯蔵庫は瓦礫の山だった。そこに保管されていた食料や調味料は根こそぎ消え去り、壁も適度に崩されていて、食料などを置いていた棚に至ってはご丁寧に薪サイズにまでバラされていた。厨房の方でも鍋がめちゃめちゃに変形させられていたり、皿がほぼ全て割れていたり、本当にユールは徹底的に厨房を破壊し尽くしたらしい。
先日買い込んだばかりの調味料もなくなり、この前代未聞な大惨事に、さすがに料理人たちも真っ青になり、テオに構うやつはいなかった。
しかしこんな時にもクソな奴らである。いつものように夕食後に厨房から退出する料理人たち。こんなときも俺が食後の後片付けか、とテオは呆れた。
カチャカチャと食器を洗っていると、トントンと誰かに肩を叩かれた。後ろを見ても誰もいない。
「ユール様、か?」
一応ユールはリーヴ公爵家の一員として数えられているからテオよりずっと身分は高い。それにその力量は尊敬に値するからテオもすんなりと様付けで呼んでいた。
「正解」
そう言って現れたユールは、魔法を解除してふわりと地面に着地する。姿を消す魔法と一緒に浮遊魔法も使うとか、改めてユールは魔法の常識知らずだと認識する。
「どうか、しましたか?」
「迎えにきた」
あっけらかんと言い放つユール。
「いや、だから無理だと昼間にも……」
「手伝う」
ユールは厨房の中央に向かって腕を一振りした。テオの言い分を聞く気は0らしい。
ユールの手から白い光の玉が飛び出し、厨房の中央にたどり着くとそれは弾けて四方に散った。するとそれに触れた食器類や調理道具がガタガタと動きだし、なんと自分で自分を洗浄し始めた。果てには綺麗になると自分でもとの収納場所に戻って行くという自動操作付き。
そうしている間にも食器たちはどんどん自己洗浄を終わらせていき、すでに厨房に残された食器類や調理道具の3分の1は片付いていた。
「行こ」
問答無用でテオの仕事をなくしてしまったユールは、テオに手を差し伸べてきた。俺はためらったが、仕事がなくなってしまった以上どうせ暇だから、この子について行ってもいいかもしれないと思った。
ユールの小さな手を取ると、自分の体が徐々に薄くなって行く感覚を覚えた。ユールが例の姿を消す魔法を発動させているのだろう。
テオの手を引っ張って厨房から出て行くユール。そのまま厨房に一番近い場所にある階段から上階に上がっていく。公爵一家の部屋がある四階まで行くのだろうかと思っていると、ユールは二階で止まった。そのまま二階の廊下を進む。
廊下の端までそんなに距離はない。ユールは一番廊下の西側にある部屋の前まできて立ち止まった。ここがユールの部屋なのだろうか?
ユールがコンコン、とドアを小さくノックすると、閂が外される音がして、ドアが開く。
「あ、ユール様、おかえりー」
濃い金髪に灰色の目の少女が二人を出迎えた。ユールは廊下に人がいないことを確認し、テオを先に部屋に押し込め、自分も部屋に入ると静かにドアを閉めて閂をかける。
ドアを閉めた途端、部屋からシチューの匂いが漂ってきた。テオも属性の詳細は不明だが魔力を持っている。目の前にいる金髪の少女が、匂いが外にもれないように魔法を使っていることに気づいた。
「ユール様、あと少しでできますよ」
「ほんと?じゃあ最後の仕上げにあれ入れよう」
「あの調味料ですね!ふふふふふ…………あのゲス野郎、今頃食料と食事を失って怒り狂ってるでしょうね……ふふふ」
部屋に戻れば、ユールはテオの手を離して魔法を解いた。そのまま部屋に入り、ノルンと呼ばれた少女と話し始める。
うん………どうやらこのノルンという少女も公爵家への恨みがたいそう深いようだ。というかやっぱり貯蔵庫の食料をかっさらって行ったのはユールだったか。でもどこに収納してるんだ?
「で、ユール様。その人がさっき言ってた人?」
「ん」
「なるほど!はじめまして、私はノルンと言います!ユール様のメイドです!よろしく!」
「あ、ああ。料理人見習いのテオ・ブロマです」
ユールとは正反対な、底抜けに明るい娘のようだ。こうも性格が真反対でうまくやっていけるのか?と思いもしたが、こういうコンビに限ってうまくいってることが多いから気にしないでおこう。
「ところで、聞いてもいいですか?」
「何?」
「ここはユール様の部屋ですよね?」
「ん」
「なんで料理をしているのですか?」
テオから見れば、今の部屋の状況はなかなかカオスだった。寝室のように見えるそこそこの広さの部屋の、カーペットの上になぜか焚き火があり、その上では鍋が宙に浮いていて、中ではシチューが煮えている。
「これはユール様の魔法の賜物です!」
テオの質問に答えたのはノルンだった。
「ユール様の、魔法?」
「そうですよ!」
自分の主人がよほど誇らしいのか、ノルンはえっへんと胸をそらして得意げにしている。
「ここには無属性の他、火や風の魔力もありますが?」
「ええ」
「ありえなくないですか?魔力とは一人一属性しか持てないはずですが?」
「ありえなくありません!だってユール様はニーベルングの指輪の持ち主ですから!」
「!」
属性は一つしか持てないというテオの常識に、ノルンが示した答えは予想外のものだった。その答えの意味がわからないほど、テオは常識に疎くない。
ニーベルングの指輪。この国に生きる人であれば知らない人はいない、神話級の宝石。数百年に一度主として"超越者"を選び、この世の全属性を操れる虹の魔力を授けるといわれる古代文明のアーティファクト。数百年と伝えられているが、実際のところすでに数千年もの間主人を選ばなかった魔法界最大の特異点だ。
その超越者が、ユールだという。嘘だと思いたいが、それだとユールが昼間に使った光魔法や、この場で発動されている火や風属性の魔法のことを説明する術がない。
「ノルン、しゃべりすぎ」
「っ!申し訳ありません!」
ユールにたしなめられ、ノルンはようやく落ち着きを取り戻してユールに頭を下げている。初対面の俺に話しすぎたことを反省しているらしい。
「テオ、あなたの夢は何?」
「え?夢?」
口封じか口止めを警戒していたが、ユールは全く別のことを聞いてきた。
「そう、夢」
ユールは自分の夢について聞いてきた。今の話と関係あるのか?と思いながらも、テオは素直に質問に答える。
「俺は、一人前の料理人になりたい。料理を研究したり、新しいレシピを作ったり。俺は料理人の高みに行きたい」
それがテオの夢だった。最初は料理人という職にそこまで興味はなかった。だが厨房でレシピや食材たちに触れて、徐々にテオは料理を好きになって行った。自分で作った料理を誰かに食べてもらい、美味しいと言って欲しい。そう思うようになった。
「でも、その環境にあなたはいない」
「……そうですね」
確かにテオはその環境にはいなかった。料理の腕を磨くどころか、厨房に立たせてさえもらえない。食材すら触らせてもらえない。せいぜい人目を盗んでレシピを読むぐらいのことしかできない。
「不満?」
「………え?」
「不満?」
「……不満ですよ。当然だ」
「じゃあその環境を作ってあげる」
「は?」
「作ってあげるから、私と友達になってくれる?」
ユールから、そんないろいろとずれた提案がされた。
「環境を、作る?」
「ん」
「どうやって?」
「ここであなたが料理をすればいい」
「ここで、俺が?」
可燃のカーペットの上で焚き火をしている時点で、この部屋ではなんでもありなんだとはわかっている。
「うん。あなたが夢を叶えられる場所をあげる。だから私のモノになってくれない?」
「あなたの、モノ?」
「あなたも気づいてると思うけど、この屋敷での私は無力。立場も何もない、ただの邪魔者。だから少しでも味方を増やしたい」
「………」
「それに………」
「?」
「そろそろプロのシェフの料理が食べたい」
あんな料理人の作った料理を食べていたなんて、と絶望的につぶやくユールを見て、さっきの言葉は、言外にあいつらの料理は食いたくない、と言っていたのに気づく。
「プロの料理人って、俺のことですか?」
「そうだよ」
「俺がここで料理をしてもいいんですか?」
「もちろん。あなたは夢に近づけるし、私たちは美味しい料理が食べられるし、私は友達が増える。一石三鳥」
自分をプロの料理人だと言ってくれたユールに、心が暖かくなった。12年間、テオを認めてくれる人はいなかった。どんなに頑張っても、気味悪い、呪われていると蔑まれ、バカにされるだけだった。もう誰も認めてくれないんだと半ば諦めていた。
「いいですね。悪くない交換条件です」
でもユールは俺を認めてくれた。口先だけのでまかせかもしれないが、嘘でもそんなことを言ってくれた人はいなかった。仮に嘘だとしても、その言葉はテオにとって嬉しすぎる意味を持っていた。
「俺はユール様を正式な主人として認めます。これからはあなたのために尽くさせてもらいますよ」
「ん。楽しみにしてる」
そう言って薄く微笑んだユールの顔に、トクンと心臓が跳ねる。ユールの笑顔は、たとえ小規模でも相当な破壊力を持っていることを悟った。普段は人形のように無表情なのに、こんな美しい笑みも浮かべるなんて反則でしょ。
そのあとノルンと改めて自己紹介して、シチューをご馳走になった。その際亜空間から食器を取り出したユールを見て、これで物を収納しているのかと納得。シチューの味が余りに美味しかったのでついレシピを聞いてしまったテオは悪くないと思う。
ちなみにレシピの出どころはスフィンクス様らしい。ユールは聖獣様にあだ名をつけているようで、堂々とトトと呼んでいた。なぜ聖獣様とそんなに仲が良いのか気になるが、ニーベルングの指輪を持つユールならなんでもありか。
この場でいろいろと聞いたりすると、ユールはチートだから置いといて、ノルンは無属性の魔力に覚醒しているようだ。無属性の魔力は誰もが持っているが、それに目覚める人間は少ない。ノルンは優秀のようだ。かくいうテオも、通常の無属性に加え、風属性の魔力があるらしい。
転移魔法で街にも連れて行ってくれた。街に出かけたのは入浴だけが目的だったようだ。聞けば少し前までここで偽装魔法で見た目をごまかして冒険者をやっていたらしいが、いろいろあって今はほとぼりを冷ましているらしい。公衆浴場まで使わせてもらえて、なんだかユールにはもらってばかりだ。
帰りはユールが魔法で送ってくれるらしい。餞別に初心者用の魔法書を渡された。テオはまだ魔力に目覚めていないのでありがたかった。自分の部屋は、ユールの部屋に来る時登ってきた階段の下にあることを告げれば、ユールは二つ返事でテオを階段下に送ってくれた。
自分に与えられた階段下の狭い部屋に戻り、天井の小さなランプを頼りに貸してくれた本を読みながら、テオはいい主人に巡り合えたな、と己の幸運をかみしめた。
テオは裏口の外に避難していたのでなんの被害もこうむっていないが。せいぜい食事を抜かれたことぐらいだ。
どうやらユールは徹底的に厨房を破壊したらしく、貯蔵庫は瓦礫の山だった。そこに保管されていた食料や調味料は根こそぎ消え去り、壁も適度に崩されていて、食料などを置いていた棚に至ってはご丁寧に薪サイズにまでバラされていた。厨房の方でも鍋がめちゃめちゃに変形させられていたり、皿がほぼ全て割れていたり、本当にユールは徹底的に厨房を破壊し尽くしたらしい。
先日買い込んだばかりの調味料もなくなり、この前代未聞な大惨事に、さすがに料理人たちも真っ青になり、テオに構うやつはいなかった。
しかしこんな時にもクソな奴らである。いつものように夕食後に厨房から退出する料理人たち。こんなときも俺が食後の後片付けか、とテオは呆れた。
カチャカチャと食器を洗っていると、トントンと誰かに肩を叩かれた。後ろを見ても誰もいない。
「ユール様、か?」
一応ユールはリーヴ公爵家の一員として数えられているからテオよりずっと身分は高い。それにその力量は尊敬に値するからテオもすんなりと様付けで呼んでいた。
「正解」
そう言って現れたユールは、魔法を解除してふわりと地面に着地する。姿を消す魔法と一緒に浮遊魔法も使うとか、改めてユールは魔法の常識知らずだと認識する。
「どうか、しましたか?」
「迎えにきた」
あっけらかんと言い放つユール。
「いや、だから無理だと昼間にも……」
「手伝う」
ユールは厨房の中央に向かって腕を一振りした。テオの言い分を聞く気は0らしい。
ユールの手から白い光の玉が飛び出し、厨房の中央にたどり着くとそれは弾けて四方に散った。するとそれに触れた食器類や調理道具がガタガタと動きだし、なんと自分で自分を洗浄し始めた。果てには綺麗になると自分でもとの収納場所に戻って行くという自動操作付き。
そうしている間にも食器たちはどんどん自己洗浄を終わらせていき、すでに厨房に残された食器類や調理道具の3分の1は片付いていた。
「行こ」
問答無用でテオの仕事をなくしてしまったユールは、テオに手を差し伸べてきた。俺はためらったが、仕事がなくなってしまった以上どうせ暇だから、この子について行ってもいいかもしれないと思った。
ユールの小さな手を取ると、自分の体が徐々に薄くなって行く感覚を覚えた。ユールが例の姿を消す魔法を発動させているのだろう。
テオの手を引っ張って厨房から出て行くユール。そのまま厨房に一番近い場所にある階段から上階に上がっていく。公爵一家の部屋がある四階まで行くのだろうかと思っていると、ユールは二階で止まった。そのまま二階の廊下を進む。
廊下の端までそんなに距離はない。ユールは一番廊下の西側にある部屋の前まできて立ち止まった。ここがユールの部屋なのだろうか?
ユールがコンコン、とドアを小さくノックすると、閂が外される音がして、ドアが開く。
「あ、ユール様、おかえりー」
濃い金髪に灰色の目の少女が二人を出迎えた。ユールは廊下に人がいないことを確認し、テオを先に部屋に押し込め、自分も部屋に入ると静かにドアを閉めて閂をかける。
ドアを閉めた途端、部屋からシチューの匂いが漂ってきた。テオも属性の詳細は不明だが魔力を持っている。目の前にいる金髪の少女が、匂いが外にもれないように魔法を使っていることに気づいた。
「ユール様、あと少しでできますよ」
「ほんと?じゃあ最後の仕上げにあれ入れよう」
「あの調味料ですね!ふふふふふ…………あのゲス野郎、今頃食料と食事を失って怒り狂ってるでしょうね……ふふふ」
部屋に戻れば、ユールはテオの手を離して魔法を解いた。そのまま部屋に入り、ノルンと呼ばれた少女と話し始める。
うん………どうやらこのノルンという少女も公爵家への恨みがたいそう深いようだ。というかやっぱり貯蔵庫の食料をかっさらって行ったのはユールだったか。でもどこに収納してるんだ?
「で、ユール様。その人がさっき言ってた人?」
「ん」
「なるほど!はじめまして、私はノルンと言います!ユール様のメイドです!よろしく!」
「あ、ああ。料理人見習いのテオ・ブロマです」
ユールとは正反対な、底抜けに明るい娘のようだ。こうも性格が真反対でうまくやっていけるのか?と思いもしたが、こういうコンビに限ってうまくいってることが多いから気にしないでおこう。
「ところで、聞いてもいいですか?」
「何?」
「ここはユール様の部屋ですよね?」
「ん」
「なんで料理をしているのですか?」
テオから見れば、今の部屋の状況はなかなかカオスだった。寝室のように見えるそこそこの広さの部屋の、カーペットの上になぜか焚き火があり、その上では鍋が宙に浮いていて、中ではシチューが煮えている。
「これはユール様の魔法の賜物です!」
テオの質問に答えたのはノルンだった。
「ユール様の、魔法?」
「そうですよ!」
自分の主人がよほど誇らしいのか、ノルンはえっへんと胸をそらして得意げにしている。
「ここには無属性の他、火や風の魔力もありますが?」
「ええ」
「ありえなくないですか?魔力とは一人一属性しか持てないはずですが?」
「ありえなくありません!だってユール様はニーベルングの指輪の持ち主ですから!」
「!」
属性は一つしか持てないというテオの常識に、ノルンが示した答えは予想外のものだった。その答えの意味がわからないほど、テオは常識に疎くない。
ニーベルングの指輪。この国に生きる人であれば知らない人はいない、神話級の宝石。数百年に一度主として"超越者"を選び、この世の全属性を操れる虹の魔力を授けるといわれる古代文明のアーティファクト。数百年と伝えられているが、実際のところすでに数千年もの間主人を選ばなかった魔法界最大の特異点だ。
その超越者が、ユールだという。嘘だと思いたいが、それだとユールが昼間に使った光魔法や、この場で発動されている火や風属性の魔法のことを説明する術がない。
「ノルン、しゃべりすぎ」
「っ!申し訳ありません!」
ユールにたしなめられ、ノルンはようやく落ち着きを取り戻してユールに頭を下げている。初対面の俺に話しすぎたことを反省しているらしい。
「テオ、あなたの夢は何?」
「え?夢?」
口封じか口止めを警戒していたが、ユールは全く別のことを聞いてきた。
「そう、夢」
ユールは自分の夢について聞いてきた。今の話と関係あるのか?と思いながらも、テオは素直に質問に答える。
「俺は、一人前の料理人になりたい。料理を研究したり、新しいレシピを作ったり。俺は料理人の高みに行きたい」
それがテオの夢だった。最初は料理人という職にそこまで興味はなかった。だが厨房でレシピや食材たちに触れて、徐々にテオは料理を好きになって行った。自分で作った料理を誰かに食べてもらい、美味しいと言って欲しい。そう思うようになった。
「でも、その環境にあなたはいない」
「……そうですね」
確かにテオはその環境にはいなかった。料理の腕を磨くどころか、厨房に立たせてさえもらえない。食材すら触らせてもらえない。せいぜい人目を盗んでレシピを読むぐらいのことしかできない。
「不満?」
「………え?」
「不満?」
「……不満ですよ。当然だ」
「じゃあその環境を作ってあげる」
「は?」
「作ってあげるから、私と友達になってくれる?」
ユールから、そんないろいろとずれた提案がされた。
「環境を、作る?」
「ん」
「どうやって?」
「ここであなたが料理をすればいい」
「ここで、俺が?」
可燃のカーペットの上で焚き火をしている時点で、この部屋ではなんでもありなんだとはわかっている。
「うん。あなたが夢を叶えられる場所をあげる。だから私のモノになってくれない?」
「あなたの、モノ?」
「あなたも気づいてると思うけど、この屋敷での私は無力。立場も何もない、ただの邪魔者。だから少しでも味方を増やしたい」
「………」
「それに………」
「?」
「そろそろプロのシェフの料理が食べたい」
あんな料理人の作った料理を食べていたなんて、と絶望的につぶやくユールを見て、さっきの言葉は、言外にあいつらの料理は食いたくない、と言っていたのに気づく。
「プロの料理人って、俺のことですか?」
「そうだよ」
「俺がここで料理をしてもいいんですか?」
「もちろん。あなたは夢に近づけるし、私たちは美味しい料理が食べられるし、私は友達が増える。一石三鳥」
自分をプロの料理人だと言ってくれたユールに、心が暖かくなった。12年間、テオを認めてくれる人はいなかった。どんなに頑張っても、気味悪い、呪われていると蔑まれ、バカにされるだけだった。もう誰も認めてくれないんだと半ば諦めていた。
「いいですね。悪くない交換条件です」
でもユールは俺を認めてくれた。口先だけのでまかせかもしれないが、嘘でもそんなことを言ってくれた人はいなかった。仮に嘘だとしても、その言葉はテオにとって嬉しすぎる意味を持っていた。
「俺はユール様を正式な主人として認めます。これからはあなたのために尽くさせてもらいますよ」
「ん。楽しみにしてる」
そう言って薄く微笑んだユールの顔に、トクンと心臓が跳ねる。ユールの笑顔は、たとえ小規模でも相当な破壊力を持っていることを悟った。普段は人形のように無表情なのに、こんな美しい笑みも浮かべるなんて反則でしょ。
そのあとノルンと改めて自己紹介して、シチューをご馳走になった。その際亜空間から食器を取り出したユールを見て、これで物を収納しているのかと納得。シチューの味が余りに美味しかったのでついレシピを聞いてしまったテオは悪くないと思う。
ちなみにレシピの出どころはスフィンクス様らしい。ユールは聖獣様にあだ名をつけているようで、堂々とトトと呼んでいた。なぜ聖獣様とそんなに仲が良いのか気になるが、ニーベルングの指輪を持つユールならなんでもありか。
この場でいろいろと聞いたりすると、ユールはチートだから置いといて、ノルンは無属性の魔力に覚醒しているようだ。無属性の魔力は誰もが持っているが、それに目覚める人間は少ない。ノルンは優秀のようだ。かくいうテオも、通常の無属性に加え、風属性の魔力があるらしい。
転移魔法で街にも連れて行ってくれた。街に出かけたのは入浴だけが目的だったようだ。聞けば少し前までここで偽装魔法で見た目をごまかして冒険者をやっていたらしいが、いろいろあって今はほとぼりを冷ましているらしい。公衆浴場まで使わせてもらえて、なんだかユールにはもらってばかりだ。
帰りはユールが魔法で送ってくれるらしい。餞別に初心者用の魔法書を渡された。テオはまだ魔力に目覚めていないのでありがたかった。自分の部屋は、ユールの部屋に来る時登ってきた階段の下にあることを告げれば、ユールは二つ返事でテオを階段下に送ってくれた。
自分に与えられた階段下の狭い部屋に戻り、天井の小さなランプを頼りに貸してくれた本を読みながら、テオはいい主人に巡り合えたな、と己の幸運をかみしめた。
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