21 / 43
~東への旅~
道中
しおりを挟む
三日間の滞在を得て、ユール一行はギャロルビルグを発った。
「さすが農業の街でしたね。食べ物が豊富でした」
「そうね。作物の種がこれだけ安く買えるとは思わなかった」
「ユール様とノルンで言ってることちょっとずれてません?」
さっき朝市で興味本位に小麦の種を買ったら思いの外、安かったのだ。
「ウルズたちは馬車でいい?」
「かまいません」
ユールが尋ねると、ウルズたちは頷いた。馬車は4人乗りだから問題はない。
「ユール様、次はセッスニルでいいんですよね?」
「ええ」
御者台に乗ったテオに返事をして、ユールは三人に続いて馬車に乗り込む。
やがてガラガラと馬車は動き出した。
ウルズたちは馬車の乗り心地に驚いていた。感動しているところに水を差すのも悪いので、ユールは黙って視線を窓の外に流す。
「……………」
ウルズたちもユールもしゃべらず、馬車の中はユールにとってはなんでもない、しかしウルズたちからすれば気まずい沈黙が落ちた。
「あの……」
沈黙の末、ウルズがためらいがちに聞いてきた。ユールは無言でウルズを見る。
「聞いても、いいですか?あなたの、ことを」
「いいよ。何を聞きたい?」
「え?あの、教えてくれるんですか?」
「ウルズは自分のことを話してくれたでしょ?なら私も話すのが道理でしょ。別に隠すほどのものでもないし」
「はぁ………」
その後、ユールはウルズたちに聞かれるままに自分の過去を語った。内容はいつものやつだから割愛。
「どうして、そんな淡々と語れるんですか?」
向こうから聞いてきたって言うのに、ウルズはなぜか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「どうでもいいからかな」
「自分の人生なんですよ!?」
「だから?お互い必要としていなかっただけでしょ?」
「………」
「今の私には守りたい人たちがいる。だからどうでもいい」
「あなたって人は………」
何か言いたそうだったが、結局なにも言わずにウルズは口を噤んだ。ユールは再び窓の外に視線を戻す。
「ユール様ー、前方に村が見えますが、寄って行きますか?」
馬車の小窓が開き、テオの声が聞こえてきた。
「村があるの?」
「ええ。ここを通って行った方が早いので」
「じゃあ寄ってもいいんじゃない?どうせ通るなら」
「了解」
馬車の進行方向を見ると、確かに村っぽい集落があった。しかし見たところあまり豊かではないようだ。
「テオ、馬車止めて。歩くわ」
「わかりました」
ユールがそう告げると、すぐに馬車は止まった。
「ノルン、ちょっと村に行ってくるから留守番よろしく」
「了解しました!馬車の中の人たちもお任せください!」
「連れてくの、ノルンじゃなくて俺なんだ」
「テオは異性と一緒に留守番したいの?」
「いいえー」
軽口を叩きつつ、ユールは村に足を踏み入れる。
「ずいぶん寂れてるのね」
「そうですね。公爵領でこんなに貧しいのは何か理由があるのでしょうか?」
「どうだろう?」
リーヴ公爵領は、国内でも特に豊かで生活水準も高い領地のはず。なのに村のこの寂れ具合はどうしたのだろう?
「どうにかなりませんか!?お願いしますよ!!」
ふと話し声が聞こえてきた。目を向けてみると、通りの先で初老の老人と青年が言い争っていた。
「悪いな、村長。あんたの村から作物を買うよりギャロルビルグから買った方が儲かるんでね」
「そんな!!」
青年の方はどうやら商人のようだ。
「作物の売買でもめているみたいですね」
「なるほど。新興都市ギャロルビルグの方に商人を取られて、作物が売れなくなったのね」
「ギャロルビルグの繁栄がこんなところで影を落としているとは」
老人と青年は今も言い争っていたが、やがて青年の方が老人を突き飛ばし、その場から立ち去った。残された老人は地面に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あなた方は……」
「通りすがりの旅人です」
間違ってはいないはず。
「さっきの人は商人?」
「はい……」
「もめてたみたいだけど?」
「……昔はもっとたくさんの商人が訪れていました。ですが、ギャロルビルグの作物の方が安くて、質が良くて、量も多いので………」
「ギャロルビルグに客を取られたってことね」
「……数年前から村を訪れる商人は減っていました。ですが、うちでもできるような新しい産業が思うように見つからず、ズルズルと引きずってしまった結果……」
「今、買い手がいなくなった」
「はい………」
村長がうなだれた。この様子だと、今のこの村にはその商品とやらを売った金以外に収入がないのだろう。
「この村はなにを売ってるの?」
「小麦が主流です。他にもポピュラーな野菜は一通り」
「総額は?」
「…?毎年光金貨数枚で買い取っていただけていますが……?」
ユールの質問に、村長は不思議そうに首をかしげた。しかしそんな反応は無視して、ユールはテオに向き直った。
「だって」
「いや、ユール様。何が"だって"なんです?」
「どうする?」
「どうするって……買うんですか?」
「どうしよう」
「買って、どうするんです?」
「領地で使おうかしら?ヴァルハラは貧しい土地らしいし」
「ユール様が決めたことなら反対はしませんよ。ヴァルハラで使えるならそれでもいいと思います」
「最悪ヴァルグリンドで売っちゃうか」
「あそこは冒険者が使う道具を販売する店です。作物を売ってどうするんです?」
まあ、懐の財布には2億エッダくらいあるから光金貨数枚は出資可能か。買って困ることもないし。
「いくらで買って欲しいですか?」
「えーっと、去年は光金貨4枚だったんで……って買うんですか!?」
「じゃあ光金貨5枚でいいですね」
「え?ええ!?」
「商品はどこに?」
「は、はい!こっちです!」
村長が慌ててユールとテオを、商品を収納している場所に案内した。そこは村の外れにある倉庫のような建物だった。
「商品は、全てこちらに……」
「ありがとうございます。これ、代金」
「あ、はい。あの……荷車はどちらに?商品をお運びしますが……」
「必要ありません。間に合ってます」
「で、ですが……」
「早く、代わりの産業が見つかるといいですね」
ユールはそう言って、テオにアイコンタクトをとった。するとテオは頷き、丁重に村長を倉庫の外にお送りした。初対面で信用できない人に、異次元収納を見せるのはどうかと思ったのだ。
村長が出ていくと、ユールは商品の山に向き直り、異次元収納に片っ端から放り込む。異次元収納、大変便利です。
全て収納し終えた頃、テオが戻ってきた。手にはなにやら茶葉のようなものが入ったビンを持っていた。村長は家に送り届けてきたら感謝の気持ちと称して渡してきたらしい。
「この辺りに自生している珍しい茶葉らしいですよ」
テオが言った。これを特産品にすればいいじゃないか、と思うのだが、村長は気づいているのかな?
「こっちも全部収納したよ。戻ろ」
「はい」
思わぬ買い物をして、ユールとテオは馬車まで戻る。そこではノルンがセラと追っかけっこをしていて、なぜかスクルドも参加していた。ウルズとヴェルザンディは馬車の窓からそれを観察している。
「こらー!待てー!」
『みぃ〜』
「なんだか、気の抜ける光景ね」
「そうですね、ユール様」
その後、ノルンとセラの追いかけっこは、ユール達の帰還に気づいたヴェルザンディが止めに入るまで続いたのだった。
「さすが農業の街でしたね。食べ物が豊富でした」
「そうね。作物の種がこれだけ安く買えるとは思わなかった」
「ユール様とノルンで言ってることちょっとずれてません?」
さっき朝市で興味本位に小麦の種を買ったら思いの外、安かったのだ。
「ウルズたちは馬車でいい?」
「かまいません」
ユールが尋ねると、ウルズたちは頷いた。馬車は4人乗りだから問題はない。
「ユール様、次はセッスニルでいいんですよね?」
「ええ」
御者台に乗ったテオに返事をして、ユールは三人に続いて馬車に乗り込む。
やがてガラガラと馬車は動き出した。
ウルズたちは馬車の乗り心地に驚いていた。感動しているところに水を差すのも悪いので、ユールは黙って視線を窓の外に流す。
「……………」
ウルズたちもユールもしゃべらず、馬車の中はユールにとってはなんでもない、しかしウルズたちからすれば気まずい沈黙が落ちた。
「あの……」
沈黙の末、ウルズがためらいがちに聞いてきた。ユールは無言でウルズを見る。
「聞いても、いいですか?あなたの、ことを」
「いいよ。何を聞きたい?」
「え?あの、教えてくれるんですか?」
「ウルズは自分のことを話してくれたでしょ?なら私も話すのが道理でしょ。別に隠すほどのものでもないし」
「はぁ………」
その後、ユールはウルズたちに聞かれるままに自分の過去を語った。内容はいつものやつだから割愛。
「どうして、そんな淡々と語れるんですか?」
向こうから聞いてきたって言うのに、ウルズはなぜか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「どうでもいいからかな」
「自分の人生なんですよ!?」
「だから?お互い必要としていなかっただけでしょ?」
「………」
「今の私には守りたい人たちがいる。だからどうでもいい」
「あなたって人は………」
何か言いたそうだったが、結局なにも言わずにウルズは口を噤んだ。ユールは再び窓の外に視線を戻す。
「ユール様ー、前方に村が見えますが、寄って行きますか?」
馬車の小窓が開き、テオの声が聞こえてきた。
「村があるの?」
「ええ。ここを通って行った方が早いので」
「じゃあ寄ってもいいんじゃない?どうせ通るなら」
「了解」
馬車の進行方向を見ると、確かに村っぽい集落があった。しかし見たところあまり豊かではないようだ。
「テオ、馬車止めて。歩くわ」
「わかりました」
ユールがそう告げると、すぐに馬車は止まった。
「ノルン、ちょっと村に行ってくるから留守番よろしく」
「了解しました!馬車の中の人たちもお任せください!」
「連れてくの、ノルンじゃなくて俺なんだ」
「テオは異性と一緒に留守番したいの?」
「いいえー」
軽口を叩きつつ、ユールは村に足を踏み入れる。
「ずいぶん寂れてるのね」
「そうですね。公爵領でこんなに貧しいのは何か理由があるのでしょうか?」
「どうだろう?」
リーヴ公爵領は、国内でも特に豊かで生活水準も高い領地のはず。なのに村のこの寂れ具合はどうしたのだろう?
「どうにかなりませんか!?お願いしますよ!!」
ふと話し声が聞こえてきた。目を向けてみると、通りの先で初老の老人と青年が言い争っていた。
「悪いな、村長。あんたの村から作物を買うよりギャロルビルグから買った方が儲かるんでね」
「そんな!!」
青年の方はどうやら商人のようだ。
「作物の売買でもめているみたいですね」
「なるほど。新興都市ギャロルビルグの方に商人を取られて、作物が売れなくなったのね」
「ギャロルビルグの繁栄がこんなところで影を落としているとは」
老人と青年は今も言い争っていたが、やがて青年の方が老人を突き飛ばし、その場から立ち去った。残された老人は地面に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あなた方は……」
「通りすがりの旅人です」
間違ってはいないはず。
「さっきの人は商人?」
「はい……」
「もめてたみたいだけど?」
「……昔はもっとたくさんの商人が訪れていました。ですが、ギャロルビルグの作物の方が安くて、質が良くて、量も多いので………」
「ギャロルビルグに客を取られたってことね」
「……数年前から村を訪れる商人は減っていました。ですが、うちでもできるような新しい産業が思うように見つからず、ズルズルと引きずってしまった結果……」
「今、買い手がいなくなった」
「はい………」
村長がうなだれた。この様子だと、今のこの村にはその商品とやらを売った金以外に収入がないのだろう。
「この村はなにを売ってるの?」
「小麦が主流です。他にもポピュラーな野菜は一通り」
「総額は?」
「…?毎年光金貨数枚で買い取っていただけていますが……?」
ユールの質問に、村長は不思議そうに首をかしげた。しかしそんな反応は無視して、ユールはテオに向き直った。
「だって」
「いや、ユール様。何が"だって"なんです?」
「どうする?」
「どうするって……買うんですか?」
「どうしよう」
「買って、どうするんです?」
「領地で使おうかしら?ヴァルハラは貧しい土地らしいし」
「ユール様が決めたことなら反対はしませんよ。ヴァルハラで使えるならそれでもいいと思います」
「最悪ヴァルグリンドで売っちゃうか」
「あそこは冒険者が使う道具を販売する店です。作物を売ってどうするんです?」
まあ、懐の財布には2億エッダくらいあるから光金貨数枚は出資可能か。買って困ることもないし。
「いくらで買って欲しいですか?」
「えーっと、去年は光金貨4枚だったんで……って買うんですか!?」
「じゃあ光金貨5枚でいいですね」
「え?ええ!?」
「商品はどこに?」
「は、はい!こっちです!」
村長が慌ててユールとテオを、商品を収納している場所に案内した。そこは村の外れにある倉庫のような建物だった。
「商品は、全てこちらに……」
「ありがとうございます。これ、代金」
「あ、はい。あの……荷車はどちらに?商品をお運びしますが……」
「必要ありません。間に合ってます」
「で、ですが……」
「早く、代わりの産業が見つかるといいですね」
ユールはそう言って、テオにアイコンタクトをとった。するとテオは頷き、丁重に村長を倉庫の外にお送りした。初対面で信用できない人に、異次元収納を見せるのはどうかと思ったのだ。
村長が出ていくと、ユールは商品の山に向き直り、異次元収納に片っ端から放り込む。異次元収納、大変便利です。
全て収納し終えた頃、テオが戻ってきた。手にはなにやら茶葉のようなものが入ったビンを持っていた。村長は家に送り届けてきたら感謝の気持ちと称して渡してきたらしい。
「この辺りに自生している珍しい茶葉らしいですよ」
テオが言った。これを特産品にすればいいじゃないか、と思うのだが、村長は気づいているのかな?
「こっちも全部収納したよ。戻ろ」
「はい」
思わぬ買い物をして、ユールとテオは馬車まで戻る。そこではノルンがセラと追っかけっこをしていて、なぜかスクルドも参加していた。ウルズとヴェルザンディは馬車の窓からそれを観察している。
「こらー!待てー!」
『みぃ〜』
「なんだか、気の抜ける光景ね」
「そうですね、ユール様」
その後、ノルンとセラの追いかけっこは、ユール達の帰還に気づいたヴェルザンディが止めに入るまで続いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる