白銀の超越者 ~彼女が伝説になるまで~

カホ

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~領地改革~

拒絶の理由

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 ユールに請われ、フレイは彼女とテオを自分の家に案内することになった。ノルンと他の三人は留守番をすることになった。ちなみに三人は姉妹で、上から順にウルズ、ヴェルザンディ、スクルドという名前だった。

 長いこと悩んでいたが、ユールは妹を助けてくれることを了承した。フレイが彼女を街の全ての患者のところに案内する、というよくわからない条件付きで。

 その条件を呑んだフレイは、今彼女らを家まで連れてきた。ボロボロで今にも崩れそうな家だが、ユールは顔色一つ変えず、スタコラと入って行った。フレイも慌ててその後ろ姿を追う。

 部屋はリビング以外は瓦礫まみれで使い物にはならない状態だ。ユールもその辺は把握したのか、まっすぐリビングに向かっていく。そのあまりの迷わなさに、逆にフレイが驚いた。こいつ、ここに来るの、絶対始めてだよな。

 リビングには小さなテーブルと、床に敷いた毛布しかない。フレイはユールのあとからリビングに入って、部屋を見渡す。特に異常はないらしい。

 窓辺の毛布の上に、妹のフレイヤが苦しそうに横たわっている。フレイは急いで駆け寄った。ユールがこっちへきたのを背後に感じた。

「その人が妹さん?」
「……ああ」
「似てないのね」
「ほっとけ。二卵性だ……ってなんでこんな話してんだよ!!妹を助けてくれるんだろう!?」
「ええ。どいて」

 やんわりとフレイを押しのけて、ユールがフレイヤのそばに跪く。その手のひらに、なにもないところから突然綺麗なガラスの瓶が現れて、死ぬほどびっくりした。え、どっから取り出した?

 驚いてるフレイをよそに、ユールは瓶の蓋を開けると、

「終わったよ。あとは安静にしてればいい」

 フレイヤによくわからない薬を飲ませて、ユールはそう言った。え、それで治療終了なの?

「え、これで終わりなのか?」
「まだ何かあるの?」
「いや、なんもないけど。あっさりすぎるだろ」
「あっさり終わらせたんだから当然よ」

 うーん……意味がよくわからない。やっぱりユールは読めない。

「ユール様、霊薬の数は足りそうですか?」
「多分大丈夫。あの子に一本飲ませてわかったけど、一本あれば何十人も助けられるみたいだから」
「この街の人口っていくつなんですか?」
「いくつだろう……?フレイ、わかる?」
「え?」

 急に話を振られた。街の人口だって?

「数千人だと思うけど……」
「だ、そうですよ、ユール様」
「数千人だって」
「いや、私に聞き返さないでくださいよ」
「数千人だったら余裕ね。これに周辺の村とかを足したらどこまで増えるかな?」
「街でこの状況ですから、俺としては数百ぐらいだと思いますがね」
「テオの意見に一票」
「投票しているわけでもないんですけど」
「一票!」
「なんでノルンまで便乗してるんだ」

 なにやらくだらない会話を続けている。この三人は天然かなんかなのか?

「さて、よろしければ次の人の家に案内して欲しいのですが?」
「……なんで急に敬語になってるんだ」
「なんとなく」

 なんだかさっきから振り回されているような気がする。





 案内を始めたのは正午近くだったのに、全ての家を回り終えた時には日も沈みそうになっていた。

「なんとかなりましたね」
「なんとかなったね」
「ユール様、霊薬の残量とか大丈夫ですか?」
「あと………数万個くらいはある」
「聞いた私がバカでしたね!」

 フレイが見ている横で相当な量の霊薬が消費されたのに、まだ数万も在庫があるのか?末恐ろしすぎる。

 家々を渡り歩いて、ユールは霊薬と呼んでいる薬を人々に飲ませた。飲んですぐに回復することはないが、飲んだ人たちはみんな安らかな顔を浮かべた。苦しみが取り除かれたのだろう。

 病気になっていない人にも飲ませていたが、それは予防だったのだろうか?ちなみにフレイも飲まされた。

「やること多すぎる」
「それをサポートするのが私の役目です!」
「俺も忘れないでくださいよ。それにウルズたちもいるでしょう」

 案内中にわかったことがある。ユールは、冷たいように見えて優しい。苦しむ人々を前にしてもなんの反応も示さないくせして、なんだかんだで世話を焼いていた。彼女に治療されていた人々も、最初は無表情のユールを睨みつけるように見ていたのに、彼女が家を出て行く時にはいつも心の底から笑って送り出していた。

 それからユールは、どうやらテオとノルンたちにしか笑わないようだった。街の人々に微笑まれても、ユールは軽く会釈を返すだけで、その表情が無表情から変化したことはなかった。

 でもテオたちと話す時は、はっきりではないけど表情を変える。笑ったり驚いたり、呆れたり膨れたり、人形ではなく、ちょっと感情が乏しいという印象を受ける。

 ユールは、もしかして自分が信頼する人間にしか感情を見せないのだろうか?もしそうなら、それは何か理由があるのだろうか?

「あ、あの………」

 フレイの家の最寄りの十字路に差し掛かった時、後ろから声をかけられた。

「食べ物を……何か食べるものを、恵んではくれませんか?」

 ボロボロの服を着た、痩せた女性だった。フレイの家の近くに住んでいる女性だ。フレイも時々見かけていた。

「お願い、します……何か、何か食べ物を………」
「………」
「あ、の……」
「食料の援助はできない」
「おい!!」

 その返答に、フレイは思わず吠えた。なんだそれ。さっきまで高そうな薬で街の人を治してたじゃねえか!?

「はいはい、落ち着いて」
「っ!離せよ!」
「いいから黙って見てな」

 テオの冷静な声を聞いて、フレイはだんだん落ち着きを取り戻した。なんでテオがそんなに落ち着いているのかはわからない。なんで、助けないんだよ。

「そ、そう……ですか………」
「一週間待てる?」
「え……?」
「今は食料援助はできない。だから一週間時間を頂戴。また、来るから」
「そ、それは……本当、ですか……?」
「二言はない」

 言い切るユールの表情は、長い銀髪に遮られてうかがえない。多分いつものような無表情なのだろう。なにを思って、ユールはこんなことを言ったのだろうか。

「その言葉を、信じます」
「他の人にも伝えてくれるとありがたい」
「わ、わかり…ました」

 落ち込んでいるような、それでいて期待に満ちたような表情を浮かべながら、女性はペコッとユールにお辞儀をすると去って行った。

「……なんでだよ」
「ん?」
「なんで助けなかったんだよ!食べ物くらい渡せただろう!」

 フレイは思わずユールに詰め寄った。意味がわからなかった。さっきまでなんの問題もなく街の人々を病気から救っていた彼女が、なぜ食料を求めるという普通の願いを聞き届けないのかが、わからない。

「ねえ、フレイ。あなたはバカじゃないだろうから聞くわ」
「……バカにしてるのか?」
「ここであの人に食料を渡して、あの人は幸せに暮らせる?」
「…?何言ってるんだ?なるに決まってるだろ」
「私はそう思わないわ」
「なんでだよ!?」
「あなたから"妹を助けて欲しい"と頼んできた時、なぜ私が悩んだかわかる?」

 そう聞かれて、答えられなかった。

「あなたの妹を助けたのは、全員を救える可能性があったからよ」
「……どういうことだよ」
「もし、あなたの妹だけが病気から回復したのなら、他の人はどう思うだろうね?」
「………っ!」
「羨むだろうね。なんであの子だけが回復したのか、って。そしたら何が始まると思う?」

 そこで始めて悟った。そうだ。同じ環境下で、一人が回復すれば、周りも同じ恩恵を受けようとする。そうして噂を聞きつければ、それを求めて人はさらに集まってくる。今のヴァルハラのように、そういった変化に敏感であればあるほど。

 薬ならば捌けるだろう。だって薬は飲む量が決まっているから。でも食べ物は違う。あれは一度求め始めたら底を尽きることがない欲望だ。一回目にはこれだけを欲し、でも二回目には足りなくなって

 特に今のこの地方の人々にとって、食は命だ。それを無償で提供してくれるのなら、それにすがろうと思わない人間はいないだろう。

「病気だからなんとかなった。だって病気は、治すだけでいいんだもの。だから周りの村から人が押し寄せてきても、薬を何本か置いていけば対処できる。でも食料は?」
「……限界が、ない」
「そう。飢餓の極みにおかれていたこの地方の人たちにとって、特定の場所が潤うのはきっと自殺行為でしかない。一箇所の人の欲望が叶えば、その噂を聞きつけた、同じ欲望を持った人たちが集まってくる。でも食料なんて、いくらでも置いていけるようなものじゃない。つまり食料を置いていってもいつか底を尽きる。でも人間の欲は尽きない。食料がなくなってもその事実を受け入れられず、誰かが食料を独り占めしているのではないか?誰かが食料を隠しているのではないか?誰かが持ち逃げしたのではないか?そうやって互いに疑心暗鬼になったら、どうなる?」
「…………争いになる」

 だからか。ユールが食料援助を拒否した理由は。一度食料の提供を始めると、人の欲望が動き始めてしまう。下手にやるとそれが自分たちの身に滅びを招く。彼女は、それを防ごうとした。

「あんた、すげえんだな」
「何が?」
「そんなことまで考えてたのかよ」
「そういうことを考えるのが領主の役目だからね」
「………あんた、領主なの!?」
「そんなに驚く?」
「驚くよ!あんたまだ10歳ぐらいでしょ!?こんな若い領主とか聞いたことないよ!」
「7つだけどね」
「七!?」

 だめだ。ユールが人外に見えてきた。こんな7歳、ありえない。どんなチートだ。

「妹さんを大事にね」

 家の前まできた時、そう言ってパンを一枚渡された。妹に食わせろ、と言っているのだろうか。待て、さっきとやってることが違うぞ。

「言いたいことはわかってる。私は矛盾してる。おかしいよね。さっき食料は援助できないとか言ってたのに」

 ツッコミを入れる前にユールにそう返された。悲しげな光に揺れたその瞳がなにを語っているのかはわからなかった。

「なんで、だろうね……?」

 そうつぶやくユールに、フレイはなにも言えなかった。

 そのままユールたちと別れ、フレイは自分の家に入って行った。街中を歩き回ったから、結構疲れていたが、リビングに踏み入った瞬間、それも一瞬で吹っ飛んだ。

「フレイヤ!!」

 リビングの窓辺で、フレイヤが驚いた表情を浮かべながら座っていた。
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