白銀の超越者 ~彼女が伝説になるまで~

カホ

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~領地改革~

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 目の前に天井が飛び込んできた時、自分が目を覚ましたことにしばらく気づかなかった。

 あたりを見渡す。見慣れた我が家だ。外はすでに夕焼けによって赤く染められている。

 兄さんがいない。何処かへ出かけているのだろうか?兄さんはいつも気づいたら何処かに行ってる。そしていつも何かしらのものを探して持って帰ってきてくれる。

 少女が病気になってしまったばっかりに、いつも兄には大変な思いをさせてきてしまった。日に日に痩せて行く兄を熱で霞む視界に捉えるたびに、少女はいつも涙を流した。

 苦しくて声は出なかった。だからずっと心の中で謝り続けた。ごめんなさい、兄さん。私のせいで。

 兄はいつも少女の涙をぬぐって、「大丈夫」と言ってくれる。兄の優しさが辛かった。自分が兄の足かせになっているように感じて、いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。

 でも今日、少女の視界が熱で霞むこともなく、病気で息が苦しくなることもなく、冷や汗をかいて凍えるように感じることもなく、少女はまるで健康な人のようになんの苦痛もなく目覚めた。

 恐る恐る天井に手を伸ばす。震えていない。いつもは手を伸ばすとカタカタと震えるのに。

 おでこに手を当ててみた。いつもは燃えるように熱いのに、まるでそんなことは嘘だったかのように普通の温度に戻っていた。

 服も汗で濡れていない。体は冷たくないし、いつものように重くない。むしろいつも以上に軽い。

 疑う余地はなかった。

 フレイヤは伝染病から救われたのだ。





 病魔から開放されたはいいが、臥せっていた時間が長すぎたからどうすればいいかわからなくなった。兄はまだ帰ってきてなくて、誰もいないリビングでポツンと一人だ。

 どのくらい待っただろうか。家の廊下がきしむ音が聞こえた。兄が帰ってきたのだろうか。

 リビングに入ってきたのはやっぱり兄だった。しかしその兄を見て、フレイヤは目を見開いた。

 フレイヤと兄のフレイは双子である。似てはいないが間違いなく双子だ。小さい頃からずっと一緒にいて、互いを拠り所にして育ってきたから、些細な変化でも察知できる自信があった。

 その兄の心がおかしいと思えるほど軽くなっていると直感した。実際、兄の顔は疲れているようだったが、その表情はこれまでに見たことがないほど生き生きとしていた。今日の朝に見た時にはこんな顔ではなかったのに。

「フレイヤ!」

 兄がフレイヤを見つけて声をあげた。

「兄さん………」
「体は平気なのか?起きても大丈夫なのか?具合は?どこか悪いところは?」
「う、うぅん、ないよ。すごく、元気だよ」
「そっか……よかった」
「ねえ、兄さん……何かあったの?」
「なんで?」
「だって、すっごく嬉しそうなんだもん」

 フレイヤが率直に聞くと、兄は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに腹を抱えて笑い始めた。

「あっはははは!!!嬉しそう、ね。はははっ!!あながち間違ってないな」
「に、兄さん?どうしたの?なにがおかしいの?」

 急に笑い始めた兄にびっくりした。そういえば兄がこんな風に楽しそうに笑ったのはいつぶりだろう?

「いや、フレイヤに言われて気づいたんだ。ああ、確かに楽しんでたなって。振り回されてたのに、当の俺が楽しんでたという事実がすっげえ笑えてね」
「よく、わからないよ。誰が誰を振り回したのよ」
「俺が、お前を治した子に振り回されたんだ」

 え?私を治した子?

「私を……治した子……?」
「…?ああ……そうか。あの時フレイヤは意識なかったもんな」
「うん、自覚ないから多分そう。どういうこと兄さん?」
「わかった。話すから詰め寄るな!」

 無意識に兄に詰め寄ってしまっていたらしい。慌てて元いた場所まで引っ込んだ。

「手っ取り早くまとめると、お前は領主様に救われた。以上だ」
「………ダメ。全然わからない」

 いろいろ説明をかっ飛ばしすぎてよくわからない。

「そもそも……領主って何?この地方に領主なんていた?」
「今日来たばっかりなんだって」
「今日?というか魔の森を越えてきたの?」
「だろうね。だって馬車と馬で移動してたからな」
「………森を横切ってきたんだ……」
「ああ。実を言うとな、きっかけは俺なんだ」
「兄さん?」
「ああ……その…俺が、盗みに入ろうとしたんだ」
「えぇぇ!?兄さん!?ダメだよ!?窃盗は絶対ダメよ!?なにも盗んでないよね?なにも盗んでないよね?盗んだ物は今すぐ返してくるべきよ!!」
「ちょっ、いっぺん離してフレイヤ!首絞まってる!」
「きゃぁ!兄さん!!」

 これまた無意識に兄の襟首を強く掴みすぎていたようだ。慌てて手を離す。どうしよう!?兄さん死んだらやだよ!?

「そんな切羽詰まった顔しないでよ。生きてるから」
「本当?」
「なんで疑ってんだよ。ほら、ピンピンしてるだろ」
「ううぅ……兄ちゃぁん~」
「呼び方変わってるよ、フレイヤ。話の続きをしたいんだけど」
「うん、うん。兄さんが盗みに入ったとこまで聞いた」
「なにも盗んでないけどな。盗む前にバレたんだ。その領主の従者、なのかな?俺と同じ黒髪黒目の男がいて、そいつに捕まったんだ」
「大丈夫だったの?」
「ああ。それでやることがある!って言ったら、じゃあ主人が戻ってくるまで待ってろ、って言われたんだ」
「その主人っていうのが、新しい領主?」
「そうだ。なあ、フレイヤ。貴族の領主って言われて、どんな奴を想像する?」
「貴族の領主?柄が悪くて、性格も悪くて、血も涙もないクソな男」
「血も涙もないって………お前はその人に助けられたんだけどな。まあいい。普通そんなイメージだよな」
「………違う、の?」
「ああ、違うね。それのただの違うってレベルじゃない。違いすぎて目を疑うレベルだ」
「そ、そんなに……?」
「聞いて驚くなよ?その新しい領主ってのは、齢7の少女だ」
「……………………………え?」

 兄の言葉に、フレイヤは30秒は固まった。

 え?女?少女?7歳?ありえない単語が飛び交っている。幼すぎない?その年齢で魔の森を越えるとかありえなくない?

「おかしいわ。何かがおかしいと思う。常識的に」
「フレイヤ、そういうところは突っ込んじゃいけない。気にしたら負けだ」
「確かに気にしても仕方ないね」
「それでな、俺はその子にお前のことを話したんだ。そしたらその子はしばらく悩んで、お前を助けるのを承諾してくれたんだ」
「そうだったの……。悪いことを言ったわ」
「聞こえてないけどな。そもそも、性別予想すら違ってただろうが」
「あら、本当ね。でもその子、なんで迷ったの?私が……助ける価値がないと思ってたから?」
「そうじゃない。天秤にかけていたらしいんだ」
「天秤?」
「お前一人の命かこの辺り一帯の人全ての命か」
「話が大きすぎてわからないわ」
「君の病気を治すことは受け入れたけど、ここの住人に食料を援助することは断ってたよ」
「………全然理解できない」

 なんでそんなスケールの大きい話になるんだ?

「俺も初めて聞いたときはちんぷんかんぷんだったよ。だけど話を聞いてるうちに納得した。今この地方に生きる人たちの願いはきっと同じだ。そんな中、一人だけその願いを叶えられたら、他の人も叶えてもらいたいと思う。でももし願いを叶える方法が失われてしまったら、期待していた人たちはすがるところを失って、互いを疑い、争い始める。結果さらに状況は悪くなる。まったく……清々しいまでに正論だ」
「………難しいね。でもわかる気がする」
「病気を治すことなら、それに必要な薬の量は決まってる。でも食料ってのは一度求め始めるといくらでも欲が出る。だからあの子も食料を援助するのを断ったんだ」
「……………それ考えたの、7歳の女の子なんだよね?」
「残念ながら」

 どんな7歳児だよ、と思わず突っ込んでしまった。そんな大人すぎる考え方をする7歳の少女なんて、いないよ。

「兄さん。明日、明日その子のところに連れて行って」
「フレイヤ?」
「お願い!その子にお礼が言いたい!会いたいの!」
「まあ、フレイヤがそう言うなら明日連れてくよ」
「ありがとう!」

 自分よりも年下なのに、下手な大人よりも大人っぽいホラー並みの7歳児に、フレイヤは会ってみたくなった。
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