盛れない男爵令嬢は前世からの願いを叶えたい (終)

325号室の住人

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母は1人でヒーヒー笑いながらも、私に着替えて来るように言う。
自室まで駆け上がり、バンッと音がするほど扉を閉めると、不意打ち過ぎる父に半ばキレながら身仕度を整えようとして、1つ深呼吸。
今日はお気に入りの、黄色地に小花柄のワンピースに白の前掛けをして、髪はいつもの2つに分けたお下げにした。
最後に鏡にニッコリと微笑む。

父の脳筋は今日に始まったことではない。
イライラしてたら眉間に深いシワができるだけだわ。

今度は少しゆっくりとした足取りで自室を出た。
まぁその時には、先程父がなんて言っていたかなんて憶えてなかったんだけど。



ダイニングに辿り着いた時には、低い男声の持ち主が存在したことを思い出せていた。
既に、普段の私の席に掛ける大きな背中。

「おはよう。キャスは今日こっちね。」
母の声に、大きな背中が揺れる。

頭の高さは父と同じくらいだけれど、体を横に向けた時の椅子から余る足の長さが全然違う。
たぶんうちみたいな小さなダイニングテーブルだと、その足じゃ窮屈じゃないかしら。

「おはよう、ございます。キャスさん。」

振り返ったのは僅かに茶がかった金髪のもっさりした前髪の奥に蒼の瞳、この辺りでは見掛けないくらいに肌が白くて…とにかくインテリ眼鏡を掛けたイケメンだった。

「キャス、挨拶!」
「はい! おはようございます。」

見惚れていたところを、笑いのループから立ち直った母の低い声に慌てて挨拶をすれば、そのイケメンはゆっくりと私に近付いてきた。

「はじめまして。リュークと申します。」
「はい、あの、キャス…キャス・クレメントと申します。」

イケメン…もといリュークさんは、深々と私に頭を下げる。
同時に頭を下げた私の方が先に頭を上げてしまった。
でも背が高いから、私の視界は遮られて向こう側は見えない。

私はハッとして再び頭を下げようとして…

「ぷくくっふふふふっ…くくくくくく……」
「シェリーさん、笑い過ぎだろう。」
「だあぁって!! 貴方……」

母の笑い声と父にしては真面目なツッコミが聞こえてきて、慌ててリュークさんに顔を上げてもらう。
そうして、リュークさんにエスコートしてもらう形でいつもの母さんの席につき、朝食となった。

普段のクセで、手を合わせる。
家族3人ですれば、慌てた様子のリュークさんも加わる。

「この世界の神に感謝を。」
「「この世界の神に感謝を。いただきます。」」
「いただきます?」

そうして食べ始めるのは味噌汁。
今日はワカメね。
箸で、塩鮭ではなく塩を振った鱒の切り身を突付く。

「変わった料理ですね。それにこのスティック…2本一緒に持たなくてはならないのですか?
器用ですね。これは興味深い。」

リュークさんはボソボソと何やら呟きながら、父を見本に箸を持つと、ワカメを引っ掛けて口に入れた。

「ほぅほぅ…」
「プクク…ふくろうか!」

母の左手の甲がリュークさんの右腕を叩き、ワカメを口に運んだ後の箸を落としてしまった。

「あ!」

向かいに座る私には、そう声を上げることしかできない。
でもリュークさんは、気にする様子もなく左手の人差し指で床を目指す箸を指すと、箸は再びリュークさんの右手に戻る。

「無詠唱に冷静な判断力。なら母的にも合格!」
「ありがとうございます。」

母とリュークさんの取り決めがあったようで、私は首を傾げるしかない。

「やっぱりさ、大事な娘を預ける冒険者ともなると、咄嗟の判断が必要じゃない?」
母は言う。

「へ?」
「キャスは忘れちゃった? さっきジェイコブが話してたでしょ? リュークさ…いえ、リューク…くん?に、キャスとパーティを組んでもらうって。」
「……ほんとに?」

するとリュークさんは、私の向かいの席から私の顔を覗き込む。

「キャスさん、食事の後で一緒にギルドへ行きませんか?」

もっさりの向こうの宝石みたいな蒼に、私が映ってるのが見える。

「き…あっ、宜しく、お願いします。」

《綺麗》と思わず感想が漏れてしまってから、慌てて言い直して右手を差し出した。

リュークさんも同じように右手を差し出してくれ、キュッと握手をした。
大きな手は、思ったよりふわふわで、とても冷たかった。


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