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【本編】
09 始まり(浩誠視点・回想)
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今になって思えば、始まりはあの日だった。
そう。九月の初め、マサが突然部屋に押しかけてきた、あの日──。
「何年経ったと思ってんだ。捨てちまえ、こんな写真」
写真立てに飾られたルカとのツーショット。捨てちまえと吐き捨てるマサの言葉に、さほどダメージを受けない自分に驚いた。
「……そうだよな。もう要らないよな、こんな写真」
恋人としてルカの隣に居たのは、もう十年以上前のことだ。あの頃からすっかり変わってしまった今のルカは、自分の愛したルカじゃない。
とっくに気付いていた。今の自分に残っているのは、未練と執着だけ、ということに。
それなのに、大切なものを喪ったような物悲しさを感じてしまうのだから、人というのは、勝手なものだ。
「おい、いい加減帰れよ」
「嫌だ」
「なんでだよ」
勝手にベッドに寝転がるマサに苛立った、それは事実だった。昔からコイツは気に障ることしか言わないし、腹立つことしかしない。
だから、油断していた。
「寂しいから」
「は?」
「……一人で寂しいから、来た」
そんな男の弱音を聞いてしまった時、自分がこんなにも、抗えなくなるなんて。
(クソ、なんだよ)
すぐに言葉を撤回するかと思いきや、それきりマサは何も喋らなくなってしまった。寂しいというのは本心なのか。マサにも、そんな繊細な心が存在するというのか。
これじゃ帰れと言いづらい。いや、言えない。
そんな空気のまま、マサは長々と、浩誠の部屋に居座り続けた。
「なんだ、このぬいぐるみ」
ようやくベッドから起き上がったマサが見つけたのは、棚の中程にあった、飾るというよりは置いてあるだけの物だった。晃弥に押し付けられたそれは、自分の元カレを模してキャラクター化されたもの。
「……猫本郷」
グッズ化され、ファンクラブ限定で発売されたこともある、通称《ねこほん》。
「は? 可愛くねぇ、捨てちまえ」
「やるよ、それ」
「要らねえ」
乱暴なのはいつも通りなのに、どういうわけか今日は、声がいくらか落ち着いて聞こえた。
「あー、やっぱルイにでもくれてやるか」
そう言って、マサは何か考えるように、ぬいぐるみと見つめ合う。
そしてまた、沈黙が続いた。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく響く。
(やけに静かだな……何なんだよ)
何も言わない。ちょっかいも出してこない。ぬいぐるみへの興味を失っても尚、部屋を見渡すだけで、荒らす気配もない。
警戒心が抜けかけていた、その時だった。
「あ。飛行機の時間。あと一時間だ」
「ハァ!?」
唐突に放り込まれた現実的な言葉に、思考が一気に引き戻される。やっと口を開いたと思ったら、それだ。
「お前、間に合うのかよ。足は?」
「タクシー?」
「早く呼べ!」
マサがのろのろとスマホを取り出すが、すぐに手を止めてしまう。小首を傾げた後、浩誠を見た。
「日本でタクシーってどう呼べばいいんだっけ」
「ああ、もう!」
焦るべきはマサなのに、その様子はない。代わりに危機感を抱いた浩誠は、仕方なく自らのスマホでタクシーアプリを開いた。慣れた手つきでタクシーを呼ぼうとしていると、マサが覗き込んでくる。
「へー、今こんななのか」
「アメリカじゃこういうのねぇの?」
「さぁ? マネージャーやレイがやってくれるから」
「……そう」
顔が近い。少し動けば指先に触れそうな距離。いつもの香水の匂いが、やけに強く感じられる
……集中できない。しかし自分が呼ばなければ、この厄介な男はアメリカへ帰ることができず、最悪この部屋に居座り続けるだろう。
仕方ない、と位置情報を確認していると、マサがスマホの下を覗き込んでいた。
「おい、お前、スマホの裏……この写真……」
「見るな見るな見るな!!」
「ちょっともっと見せろ」
「おい!!」
マサがスマホを奪い取る。焦りと怒りがピークになった浩誠は、堪らず声を上げた。
「タクシー呼べねぇだろうが!!」
──くそ。さっきまで静かだったくせに。
その晩。忘れられたZIPPOを見つけた瞬間、浩誠は複雑な気持ちになった。
見覚えがある。四年前、同じNovaのメンバーとして活動してた時から、マサが使用していたものだ。使い込まれて細かな傷がついているのに、やけに高そうで、持ち主の好みが伺える。
本音を言えば、見なかったことにして捨ててしまいたい。連絡を取るのも嫌だし、顔を思い出すのも腹が立つ。
返すとなるとそれはそれで厄介だった。オイルの残ったライターなんて、簡単に送れる気がしない。面倒な手続きが頭に浮かぶ。しかも住所も知らない。
連絡するのも癪。捨てるのはさすがに後味が悪い。高い物で、大事にされていることぐらいは分かる。だから手が止まる。
大事な物なら、そのうち向こうが気づいて連絡してくる──そう自分に言い聞かせ、テーブルの端に置いたまま放っておくことにした。
それでも、向こうから連絡は来なかった。テーブルの端に置いたZIPPOが目に入るたび、舌打ちしたくなる。捨てるほど無神経にもなれず、かといって保管している自分にも腹が立つ。
(さっさと気付け、バカ)
観念して電話を掛けたのは、そんな苛立ちが何日も蓄積したあとだった。
『忘れてあったけど、捨てていいか』
『あー、あれか。禁煙しようと思ってたから忘れてたわ』
『……なんだよ、要らねぇのか』
肩の力が抜ける。拍子抜けなのか苛立ちなのか自分でも判然とせず、思わず低く息が漏れた。わざわざ電話なんかするんじゃなかった、と口の中で呟く。
『ちゃんと取っとけよ』
相変わらず偉そうな物言いだ。普段なら反射的に噛みつくところなのに、不思議と怒りは湧かなかった。それどころか、声を聞いた瞬間、胸の奥のざわつきが静まる。理由は分からない。
(……なんだ、これ)
通話が切れたあとも、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。画面はもう暗いのに、耳だけがまだその声を探しているような気がした。
そう。九月の初め、マサが突然部屋に押しかけてきた、あの日──。
「何年経ったと思ってんだ。捨てちまえ、こんな写真」
写真立てに飾られたルカとのツーショット。捨てちまえと吐き捨てるマサの言葉に、さほどダメージを受けない自分に驚いた。
「……そうだよな。もう要らないよな、こんな写真」
恋人としてルカの隣に居たのは、もう十年以上前のことだ。あの頃からすっかり変わってしまった今のルカは、自分の愛したルカじゃない。
とっくに気付いていた。今の自分に残っているのは、未練と執着だけ、ということに。
それなのに、大切なものを喪ったような物悲しさを感じてしまうのだから、人というのは、勝手なものだ。
「おい、いい加減帰れよ」
「嫌だ」
「なんでだよ」
勝手にベッドに寝転がるマサに苛立った、それは事実だった。昔からコイツは気に障ることしか言わないし、腹立つことしかしない。
だから、油断していた。
「寂しいから」
「は?」
「……一人で寂しいから、来た」
そんな男の弱音を聞いてしまった時、自分がこんなにも、抗えなくなるなんて。
(クソ、なんだよ)
すぐに言葉を撤回するかと思いきや、それきりマサは何も喋らなくなってしまった。寂しいというのは本心なのか。マサにも、そんな繊細な心が存在するというのか。
これじゃ帰れと言いづらい。いや、言えない。
そんな空気のまま、マサは長々と、浩誠の部屋に居座り続けた。
「なんだ、このぬいぐるみ」
ようやくベッドから起き上がったマサが見つけたのは、棚の中程にあった、飾るというよりは置いてあるだけの物だった。晃弥に押し付けられたそれは、自分の元カレを模してキャラクター化されたもの。
「……猫本郷」
グッズ化され、ファンクラブ限定で発売されたこともある、通称《ねこほん》。
「は? 可愛くねぇ、捨てちまえ」
「やるよ、それ」
「要らねえ」
乱暴なのはいつも通りなのに、どういうわけか今日は、声がいくらか落ち着いて聞こえた。
「あー、やっぱルイにでもくれてやるか」
そう言って、マサは何か考えるように、ぬいぐるみと見つめ合う。
そしてまた、沈黙が続いた。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく響く。
(やけに静かだな……何なんだよ)
何も言わない。ちょっかいも出してこない。ぬいぐるみへの興味を失っても尚、部屋を見渡すだけで、荒らす気配もない。
警戒心が抜けかけていた、その時だった。
「あ。飛行機の時間。あと一時間だ」
「ハァ!?」
唐突に放り込まれた現実的な言葉に、思考が一気に引き戻される。やっと口を開いたと思ったら、それだ。
「お前、間に合うのかよ。足は?」
「タクシー?」
「早く呼べ!」
マサがのろのろとスマホを取り出すが、すぐに手を止めてしまう。小首を傾げた後、浩誠を見た。
「日本でタクシーってどう呼べばいいんだっけ」
「ああ、もう!」
焦るべきはマサなのに、その様子はない。代わりに危機感を抱いた浩誠は、仕方なく自らのスマホでタクシーアプリを開いた。慣れた手つきでタクシーを呼ぼうとしていると、マサが覗き込んでくる。
「へー、今こんななのか」
「アメリカじゃこういうのねぇの?」
「さぁ? マネージャーやレイがやってくれるから」
「……そう」
顔が近い。少し動けば指先に触れそうな距離。いつもの香水の匂いが、やけに強く感じられる
……集中できない。しかし自分が呼ばなければ、この厄介な男はアメリカへ帰ることができず、最悪この部屋に居座り続けるだろう。
仕方ない、と位置情報を確認していると、マサがスマホの下を覗き込んでいた。
「おい、お前、スマホの裏……この写真……」
「見るな見るな見るな!!」
「ちょっともっと見せろ」
「おい!!」
マサがスマホを奪い取る。焦りと怒りがピークになった浩誠は、堪らず声を上げた。
「タクシー呼べねぇだろうが!!」
──くそ。さっきまで静かだったくせに。
その晩。忘れられたZIPPOを見つけた瞬間、浩誠は複雑な気持ちになった。
見覚えがある。四年前、同じNovaのメンバーとして活動してた時から、マサが使用していたものだ。使い込まれて細かな傷がついているのに、やけに高そうで、持ち主の好みが伺える。
本音を言えば、見なかったことにして捨ててしまいたい。連絡を取るのも嫌だし、顔を思い出すのも腹が立つ。
返すとなるとそれはそれで厄介だった。オイルの残ったライターなんて、簡単に送れる気がしない。面倒な手続きが頭に浮かぶ。しかも住所も知らない。
連絡するのも癪。捨てるのはさすがに後味が悪い。高い物で、大事にされていることぐらいは分かる。だから手が止まる。
大事な物なら、そのうち向こうが気づいて連絡してくる──そう自分に言い聞かせ、テーブルの端に置いたまま放っておくことにした。
それでも、向こうから連絡は来なかった。テーブルの端に置いたZIPPOが目に入るたび、舌打ちしたくなる。捨てるほど無神経にもなれず、かといって保管している自分にも腹が立つ。
(さっさと気付け、バカ)
観念して電話を掛けたのは、そんな苛立ちが何日も蓄積したあとだった。
『忘れてあったけど、捨てていいか』
『あー、あれか。禁煙しようと思ってたから忘れてたわ』
『……なんだよ、要らねぇのか』
肩の力が抜ける。拍子抜けなのか苛立ちなのか自分でも判然とせず、思わず低く息が漏れた。わざわざ電話なんかするんじゃなかった、と口の中で呟く。
『ちゃんと取っとけよ』
相変わらず偉そうな物言いだ。普段なら反射的に噛みつくところなのに、不思議と怒りは湧かなかった。それどころか、声を聞いた瞬間、胸の奥のざわつきが静まる。理由は分からない。
(……なんだ、これ)
通話が切れたあとも、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。画面はもう暗いのに、耳だけがまだその声を探しているような気がした。
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