12 / 18
【本編】
10 気付かないふり
しおりを挟む
事前連絡もなしにやってきた浩誠の、慌ただしくも濃密だったアメリカ滞在。その最後の夜を、マサは懐かしむように振り返った。
ホテルのロビーにて。
浩誠の帰りを待つマサの心は、少しだけ浮かれていた。待たされるのは嫌いだ。だが、今この時間は、何故だか悪くないと思う。
(……来た)
仕事を終えロビーに入ってきた浩誠は、スタッフたちの中に紛れ、ムスッとした顔でマサを見た。不快に感じたのではない、元々そういう顔つきなのだ。事実、後を着いていくマサを、浩誠は何も言わずに受け入れた。
ようやく口を開いたのは、二人が部屋の中に入ってからだった。
「……何しに来たんだよ」
コートを脱ぎながらぶっきらぼうに言う。追い返したいのならば、遅すぎる言葉。不器用な浩誠の心の内を、マサは見透かしていた。
「ZIPPO、まだ返して貰ってねェし」
「あぁ……」
「それに。昨日は寂しかっただろ?」
浩誠の胸のあたりを指先でつつきながら、からかうように笑う。昨日の夜は忙しくて、浩誠に会いに来てやれなかったのだ。
反応がないのをいいことに、シャツのボタンをひとつ、外してやる。いつもの浩誠であれば、「やめろ」と突っぱねてくるはずだ。それなのに、目の前の男は俯いたまま、何も言わなかった。
「あ? ンだよ、暗いぜ」
顔を覗き込みながら、軽く言ったつもりだった。いつも通りのやり取りが続くのを想像した。
しかし、顔を上げた浩誠の様子は、いつもと大きく違っていた。そこに冗談の色はどこにもなく、真剣な目でこちらを見据えている。
「……なぁ」
ようやく聞こえたのは、低い声だった。距離を詰められ、襟を掴まれる。反射的に言葉を探した、その一瞬が遅かった。気づいた時には、背中がベッドに沈んでいた。
シーツの皺が擦れる音だけが、やけに大きく響く。
「おい、何しやがる……?」
「押しかけてきたのはそっちだぞ。喰われても文句言えねぇよな?」
強気な言葉とは裏腹に、浩誠の声は震えていた。おまけに、自らの太ももに触れる、硬い感触。それが何なのか、同じ男として分からないはずもない。
(……俺に欲情してんのか、コイツ)
手首を掴まれ、浩誠のギラギラとした瞳と見つめ合う。不思議と不快感はなかった。それどころか、湧き上がる熱に、思考ごと引きずり込まれそうになる。
はっきりと〝お前が欲しい〟と告げる瞳に射抜かれて、身体の奥からゾクゾクと甘い震えがせり上がってきた。
「……おい、浩誠」
名を呼ぶ声が、震えてないか心配だった。しかし、目の前の男は、自分以上に混乱している。声が聞こえたかどうかすら、怪しかった。
沈黙が落ちる。
遠くでサイレンの音が聞こえた瞬間、ようやく魂が戻ったとばかりに、浩誠の目の色が変わった。
「……っ! わ、悪い」
浩誠はマサから視線を逸らし、その場から身を引こうとした。離れていく気配に、マサの手が反射的に伸びる。気づいた時には、浩誠の腕を掴んでいた。
「……なぁ、浩誠」
「な、なんだよ」
手のひらに感じる熱に、ふっと口元を緩ませる。
踏み込んできたのは浩誠の方なのだ。このまま逃げるなど許さない。
──このおかしな関係のその先を、知ってみたくなった。
マサは浩誠の前髪をそっとかき上げ、視線を合わせる。
「今日も、一緒に寝るか?」
困り顔の浩誠が、ゴクリと喉を鳴らした。
マサの太い腕が、浩誠の背中を抱き込んだ。ベッドがわずかに沈み、シーツが擦れる音がする。鼻先が触れるか触れないかの距離で、一瞬、動きが止まった。
次の瞬間、額に柔らかな感触。
軽い口付けだった。仕掛けたのは浩誠の方だった。
不意をつかれたマサの首へ、体重を預けるように腕が回される。強くも弱くもない、逃げ道だけは塞ぐ抱き方。息が触れる距離で、互いの体温だけが静かに伝わってくる。
だが、その腕に込めていた力が、ふっと抜けた。
浩誠は覆い被さっていた身体をずらし、マサの隣へと身を落とす。シーツが擦れ、二人の距離が横に並ぶ形へと変わった。
そのまま、抱き寄せられる。壊れ物を触るような、繊細な指先が、マサの髪を静かに撫でた。
(こんな浩誠、知らねェ)
まるで愛しい恋人にするかのような、優しい抱き寄せ方。童貞のくせに妙に手慣れている。そうなると、思い浮かぶ相手は、一人しかいなかった。
──浩誠の元恋人。きっとルカに対しては、いつだって優しい彼氏だったのだろう。
(んだよ、俺は代わりかよ)
そうやさぐれるマサだったが、与えられた温もりの力には敵わなかった。
その日、二人は寄り添って眠った。
一線を超えた訳じゃない。ただ、手に入れた温もりだけが、事実だった。
ホテルのロビーにて。
浩誠の帰りを待つマサの心は、少しだけ浮かれていた。待たされるのは嫌いだ。だが、今この時間は、何故だか悪くないと思う。
(……来た)
仕事を終えロビーに入ってきた浩誠は、スタッフたちの中に紛れ、ムスッとした顔でマサを見た。不快に感じたのではない、元々そういう顔つきなのだ。事実、後を着いていくマサを、浩誠は何も言わずに受け入れた。
ようやく口を開いたのは、二人が部屋の中に入ってからだった。
「……何しに来たんだよ」
コートを脱ぎながらぶっきらぼうに言う。追い返したいのならば、遅すぎる言葉。不器用な浩誠の心の内を、マサは見透かしていた。
「ZIPPO、まだ返して貰ってねェし」
「あぁ……」
「それに。昨日は寂しかっただろ?」
浩誠の胸のあたりを指先でつつきながら、からかうように笑う。昨日の夜は忙しくて、浩誠に会いに来てやれなかったのだ。
反応がないのをいいことに、シャツのボタンをひとつ、外してやる。いつもの浩誠であれば、「やめろ」と突っぱねてくるはずだ。それなのに、目の前の男は俯いたまま、何も言わなかった。
「あ? ンだよ、暗いぜ」
顔を覗き込みながら、軽く言ったつもりだった。いつも通りのやり取りが続くのを想像した。
しかし、顔を上げた浩誠の様子は、いつもと大きく違っていた。そこに冗談の色はどこにもなく、真剣な目でこちらを見据えている。
「……なぁ」
ようやく聞こえたのは、低い声だった。距離を詰められ、襟を掴まれる。反射的に言葉を探した、その一瞬が遅かった。気づいた時には、背中がベッドに沈んでいた。
シーツの皺が擦れる音だけが、やけに大きく響く。
「おい、何しやがる……?」
「押しかけてきたのはそっちだぞ。喰われても文句言えねぇよな?」
強気な言葉とは裏腹に、浩誠の声は震えていた。おまけに、自らの太ももに触れる、硬い感触。それが何なのか、同じ男として分からないはずもない。
(……俺に欲情してんのか、コイツ)
手首を掴まれ、浩誠のギラギラとした瞳と見つめ合う。不思議と不快感はなかった。それどころか、湧き上がる熱に、思考ごと引きずり込まれそうになる。
はっきりと〝お前が欲しい〟と告げる瞳に射抜かれて、身体の奥からゾクゾクと甘い震えがせり上がってきた。
「……おい、浩誠」
名を呼ぶ声が、震えてないか心配だった。しかし、目の前の男は、自分以上に混乱している。声が聞こえたかどうかすら、怪しかった。
沈黙が落ちる。
遠くでサイレンの音が聞こえた瞬間、ようやく魂が戻ったとばかりに、浩誠の目の色が変わった。
「……っ! わ、悪い」
浩誠はマサから視線を逸らし、その場から身を引こうとした。離れていく気配に、マサの手が反射的に伸びる。気づいた時には、浩誠の腕を掴んでいた。
「……なぁ、浩誠」
「な、なんだよ」
手のひらに感じる熱に、ふっと口元を緩ませる。
踏み込んできたのは浩誠の方なのだ。このまま逃げるなど許さない。
──このおかしな関係のその先を、知ってみたくなった。
マサは浩誠の前髪をそっとかき上げ、視線を合わせる。
「今日も、一緒に寝るか?」
困り顔の浩誠が、ゴクリと喉を鳴らした。
マサの太い腕が、浩誠の背中を抱き込んだ。ベッドがわずかに沈み、シーツが擦れる音がする。鼻先が触れるか触れないかの距離で、一瞬、動きが止まった。
次の瞬間、額に柔らかな感触。
軽い口付けだった。仕掛けたのは浩誠の方だった。
不意をつかれたマサの首へ、体重を預けるように腕が回される。強くも弱くもない、逃げ道だけは塞ぐ抱き方。息が触れる距離で、互いの体温だけが静かに伝わってくる。
だが、その腕に込めていた力が、ふっと抜けた。
浩誠は覆い被さっていた身体をずらし、マサの隣へと身を落とす。シーツが擦れ、二人の距離が横に並ぶ形へと変わった。
そのまま、抱き寄せられる。壊れ物を触るような、繊細な指先が、マサの髪を静かに撫でた。
(こんな浩誠、知らねェ)
まるで愛しい恋人にするかのような、優しい抱き寄せ方。童貞のくせに妙に手慣れている。そうなると、思い浮かぶ相手は、一人しかいなかった。
──浩誠の元恋人。きっとルカに対しては、いつだって優しい彼氏だったのだろう。
(んだよ、俺は代わりかよ)
そうやさぐれるマサだったが、与えられた温もりの力には敵わなかった。
その日、二人は寄り添って眠った。
一線を超えた訳じゃない。ただ、手に入れた温もりだけが、事実だった。
10
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
もう観念しなよ、呆れた顔の彼に諦めの悪い僕は財布の3万円を机の上に置いた
谷地
BL
お昼寝コース(※2時間)8000円。
就寝コースは、8時間/1万5千円・10時間/2万円・12時間/3万円~お選びいただけます。
お好みのキャストを選んで御予約下さい。はじめてに限り2000円値引きキャンペーン実施中!
液晶の中で光るポップなフォントは安っぽくぴかぴかと光っていた。
完結しました *・゚
2025.5.10 少し修正しました。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
青龍将軍の新婚生活
蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。
武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。
そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。
「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」
幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。
中華風政略結婚ラブコメ。
※他のサイトにも投稿しています。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる