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【本編】
08 衝動(浩誠視点)
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ロケが一段落した頃。
浩誠は眩しそうに目を細め、太陽を仰いだ。さっきまでの凍える寒さが嘘のように、春先を彷彿とさせる穏やかな空気が流れていた。
「じゃ、そろそろ行くわ」
「は? マサ、もう行くのか?」
「このあと別件入ってよ」
突然だった。マサは軽い声でそう告げて、ひらひらと手を振る。冗談みたいな軽さで、背中だけが遠ざかって行った。
(……なんだよ、急に)
騒がしくて鬱陶しいとさえ思っていたのに、いなくなればなったで寂しさを覚えてしまう。──そんな感情を抱くような相手ではなかったはずなのに。
想定外の感情に、浩誠は頭を抱えた。
「じゃあ、みんなの分買ってきますね!」
スタッフたちが昼食を買いに出て行くと、ロケバスの中は一転して静まり返った。その静寂に浸りながら、浩誠は一人、スマホの画面を見つめる。
(クソ。……あいつ、勝手に写真なんて撮りやがって)
朝、勝手に撮られたツーショット写真。削除しようと写真を表示したはずなのに、なぜか指が動かない。ムカムカしながらも、視線はずっとマサに釘付けだ。
マサの黒髪が浩誠の頬に触れている。肩を抱かれたまま密着していて、画面越しに、あの男の熱が蘇ってきそうだった。
「浩誠さん、休憩中にすみません。少し良いですか」
「あ……はい」
返事をしながらも、意識の半分は写真のマサに囚われたままだった。
その後も撮影は続いたが、仕事を終えて夜になっても、マサからの連絡はなかった。
翌日。
昨日の昼に別れてから、マサとは顔を合わせていない。連絡もなかった。別に約束をしていたわけでもないし、来なくて当然だ。
それなのに。
通知もないスマホの画面を、理由もなく何度も点灯させるたび、期待している自分が透けて見えて、胸の奥がざわついた。
(……何やってんだ、俺)
落胆した自分を認めたくなくて、考えるのをやめたふりをする。それでも、気配だけはあいつを探していた。
その日の撮影も、夜遅くまで続いた。
ロケバスに揺られ、スタッフや雪乃と他愛のない会話を交わす。相槌を打ちながらも、何度もスマホに視線を落としては、何も映らない画面から目を逸らした。
皆がそばにいるはずなのに、心には虚無感だけが居座っていた。
仕事を終え、いつものホテルに戻る。諦め半分、俯きながら歩く浩誠の前に、そいつは現れた。
「よっ、今日もご苦労さん」
顔を見た瞬間、嬉しいという感情が勝手に溢れ出た。なのに、マサは何もなかったみたいな顔で、昨日と同じ距離で笑う。その姿に、胸の奥がひどく軋んだ。
ああ、そうか。
こんな気持ちでいたのは、自分だけなのか。自分だけが、勝手に振り回されてたんだ。
最初から、こうなることは分かっていた。こいつはあくまで、からかって遊ぶことしか考えていない。相手を弄んで、笑って、何も無かったことにして、はいおしまい。
それでも、期待するのをやめなかったのは、自分だ。〝ムカつく奴〟で終わらせることが出来なかったのは──。
そう自覚した瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に吹き出した。それが怒りなのか、焦りなのか、自分でももう分からなかった。
部屋に移動しても、マサは相変わらずヘラヘラしていた。
「……何しに来たんだよ」
「ZIPPO、まだ返して貰ってねェし」
「あぁ……」
「それに。昨日は寂しかっただろ?」
マサが胸のあたりをつついてくる。いつも通り、からかうような口ぶりだった。けれど、その軽さが、丸一日抱え続けた寂しさを、正確に抉ってきた。
──もう、限界だった。
「あ? ンだよ、暗いぜ」
「……なぁ」
襟を掴み、その大きな身体をベッドに押し付けた。荒ぶる息を整えながら下を向くと、唖然とするマサの顔が見える。
「おい、何しやがる……?」
「押しかけてきたのはそっちだぞ。喰われても文句言えねぇよな?」
自分がおかしいことには気付いていた。コントロールできない衝動が、抑えきれない欲望が、自分を支配している。それでも、目の前の男が欲しかった。
からかうでも、笑われるでもなく、自分だけを見てほしかった。
ベッドに沈み込んだマサの温度、手首を掴む感触。 視界には、乱れた黒髪と、驚きを隠しきれないマサの瞳だけが映っている。
浩誠の指先が、マサの黒髪に深く沈み込む。 柔らかな毛先が指に絡みつくたび、浩誠の心臓は爆発しそうなほど跳ねた。
「……おい、浩誠」
低い声で名前を呼ばれる。その声が怒っているのか、それとも誘っているのかさえ判断できない。目の前の男の唇を見つめる。あと数センチ距離を詰めれば──。
ふと、遠くで鳴ったパトカーのサイレンが、浩誠の耳に届いた。その冷たい音が、理性が溶け切る直前で、浩誠を我へと帰らせた。
「……っ! わ、悪い」
指先の力が一気に抜け、冷や汗が背中を伝った。
違う。こんなやり方じゃない。こんな顔をさせたかったわけじゃない。
浩誠はマサから視線を逸らし、その場から身を引こうとした。しかしその前に、マサが浩誠の腕を掴み、逃げ道を塞ぐ。
「なぁ、浩誠」
「な、なんだよ」
目の前を直視できない。心臓がうるさい。頭が真っ白になった。そんな浩誠の前髪をそっとかき上げ、マサは浩誠と視線を合わせた。
「今日も、……一緒に寝るか?」
(──ッ!)
言葉を探すより先に、喉が鳴った。
その音を、マサは聞き逃さなかった。
浩誠は眩しそうに目を細め、太陽を仰いだ。さっきまでの凍える寒さが嘘のように、春先を彷彿とさせる穏やかな空気が流れていた。
「じゃ、そろそろ行くわ」
「は? マサ、もう行くのか?」
「このあと別件入ってよ」
突然だった。マサは軽い声でそう告げて、ひらひらと手を振る。冗談みたいな軽さで、背中だけが遠ざかって行った。
(……なんだよ、急に)
騒がしくて鬱陶しいとさえ思っていたのに、いなくなればなったで寂しさを覚えてしまう。──そんな感情を抱くような相手ではなかったはずなのに。
想定外の感情に、浩誠は頭を抱えた。
「じゃあ、みんなの分買ってきますね!」
スタッフたちが昼食を買いに出て行くと、ロケバスの中は一転して静まり返った。その静寂に浸りながら、浩誠は一人、スマホの画面を見つめる。
(クソ。……あいつ、勝手に写真なんて撮りやがって)
朝、勝手に撮られたツーショット写真。削除しようと写真を表示したはずなのに、なぜか指が動かない。ムカムカしながらも、視線はずっとマサに釘付けだ。
マサの黒髪が浩誠の頬に触れている。肩を抱かれたまま密着していて、画面越しに、あの男の熱が蘇ってきそうだった。
「浩誠さん、休憩中にすみません。少し良いですか」
「あ……はい」
返事をしながらも、意識の半分は写真のマサに囚われたままだった。
その後も撮影は続いたが、仕事を終えて夜になっても、マサからの連絡はなかった。
翌日。
昨日の昼に別れてから、マサとは顔を合わせていない。連絡もなかった。別に約束をしていたわけでもないし、来なくて当然だ。
それなのに。
通知もないスマホの画面を、理由もなく何度も点灯させるたび、期待している自分が透けて見えて、胸の奥がざわついた。
(……何やってんだ、俺)
落胆した自分を認めたくなくて、考えるのをやめたふりをする。それでも、気配だけはあいつを探していた。
その日の撮影も、夜遅くまで続いた。
ロケバスに揺られ、スタッフや雪乃と他愛のない会話を交わす。相槌を打ちながらも、何度もスマホに視線を落としては、何も映らない画面から目を逸らした。
皆がそばにいるはずなのに、心には虚無感だけが居座っていた。
仕事を終え、いつものホテルに戻る。諦め半分、俯きながら歩く浩誠の前に、そいつは現れた。
「よっ、今日もご苦労さん」
顔を見た瞬間、嬉しいという感情が勝手に溢れ出た。なのに、マサは何もなかったみたいな顔で、昨日と同じ距離で笑う。その姿に、胸の奥がひどく軋んだ。
ああ、そうか。
こんな気持ちでいたのは、自分だけなのか。自分だけが、勝手に振り回されてたんだ。
最初から、こうなることは分かっていた。こいつはあくまで、からかって遊ぶことしか考えていない。相手を弄んで、笑って、何も無かったことにして、はいおしまい。
それでも、期待するのをやめなかったのは、自分だ。〝ムカつく奴〟で終わらせることが出来なかったのは──。
そう自覚した瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に吹き出した。それが怒りなのか、焦りなのか、自分でももう分からなかった。
部屋に移動しても、マサは相変わらずヘラヘラしていた。
「……何しに来たんだよ」
「ZIPPO、まだ返して貰ってねェし」
「あぁ……」
「それに。昨日は寂しかっただろ?」
マサが胸のあたりをつついてくる。いつも通り、からかうような口ぶりだった。けれど、その軽さが、丸一日抱え続けた寂しさを、正確に抉ってきた。
──もう、限界だった。
「あ? ンだよ、暗いぜ」
「……なぁ」
襟を掴み、その大きな身体をベッドに押し付けた。荒ぶる息を整えながら下を向くと、唖然とするマサの顔が見える。
「おい、何しやがる……?」
「押しかけてきたのはそっちだぞ。喰われても文句言えねぇよな?」
自分がおかしいことには気付いていた。コントロールできない衝動が、抑えきれない欲望が、自分を支配している。それでも、目の前の男が欲しかった。
からかうでも、笑われるでもなく、自分だけを見てほしかった。
ベッドに沈み込んだマサの温度、手首を掴む感触。 視界には、乱れた黒髪と、驚きを隠しきれないマサの瞳だけが映っている。
浩誠の指先が、マサの黒髪に深く沈み込む。 柔らかな毛先が指に絡みつくたび、浩誠の心臓は爆発しそうなほど跳ねた。
「……おい、浩誠」
低い声で名前を呼ばれる。その声が怒っているのか、それとも誘っているのかさえ判断できない。目の前の男の唇を見つめる。あと数センチ距離を詰めれば──。
ふと、遠くで鳴ったパトカーのサイレンが、浩誠の耳に届いた。その冷たい音が、理性が溶け切る直前で、浩誠を我へと帰らせた。
「……っ! わ、悪い」
指先の力が一気に抜け、冷や汗が背中を伝った。
違う。こんなやり方じゃない。こんな顔をさせたかったわけじゃない。
浩誠はマサから視線を逸らし、その場から身を引こうとした。しかしその前に、マサが浩誠の腕を掴み、逃げ道を塞ぐ。
「なぁ、浩誠」
「な、なんだよ」
目の前を直視できない。心臓がうるさい。頭が真っ白になった。そんな浩誠の前髪をそっとかき上げ、マサは浩誠と視線を合わせた。
「今日も、……一緒に寝るか?」
(──ッ!)
言葉を探すより先に、喉が鳴った。
その音を、マサは聞き逃さなかった。
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