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◆ 第5章

29. 愛には真心が、恋には下心がある 前編 ◆

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 レストランを後にして客室に戻った七海は、『先に使っていいぞ』という将斗のお言葉に甘えて、広いバスルームの大きなお風呂にゆっくりと浸かることが出来た。

 その後、七海と代わるようにバスルームを使う将斗の鼻歌と水の流れる音を遠くに聞きながら、のんびりと髪を乾かす――ところまでは良かった。

「ちょ……っと! 待って! 待ってください!」
「なんだよ」

 ドライヤーとスキンケアを終え、一日中歩き回った足の疲れをほぐそうとベッドでふくらはぎをマッサージしていると、風呂上がりの将斗の手が伸びてきた。

 互いにバスローブ姿という無防備な状態で素肌に触れられた瞬間、能天気にラグジュアリーなホテルの贅沢な空気を満喫している場合ではないと気がついた。

「い、一緒に寝るんですか……!?」

 ベッドに上がって七海の顔を覗き込んでくる将斗に大声かつ早口で問いかけると、彼がピタリと動きを止める。その後に続いた「はぁ?」という声と眉間に刻まれた皺から将斗の機嫌を損ねたと知ったが、問いかけそのものは引っ込めない。

「ダブルベッドルームなんだから一緒に寝るだろ」

 ため息交じりに告げられると、うっ、と声を詰まらせてしまう。

 確かにロイヤル・マリン・ヴェールホテル東京という特別な場所の、しかもエグゼクティブルームに宿泊しておいて、寝るのがソファというのはあまりに物寂しいし、もったいない。もちろん将斗をソファに寝せて自分だけで広いダブルベッドを独り占めするわけにもいかない。だが将斗から熱い告白を受けたさっきの今で、同じベッドで眠るのも気が引ける。

「毎日一緒に寝てるのに、なんで今さら挙動不審になるんだ?」
「だって……わっ!」

 とりあえずさり気なさを装って将斗から距離を取り、少し冷静に状況を整理しようと思ったのに、起き上がる前に将斗の強い力でベッドへ押し戻された。さらにそのまま、将斗が七海の表情をじっと観察してくる。

 目が合うだけで顔が火照る。顔だけではなく全身に熱が帯びる。けれど熱くて汗ばむような温度ではなくて、むしろ身体をぽかぽかと温めるような優しい温度。――のはずなのに、ひたすらいたたまれない。恥ずかしくて、もどかして、思わず目を逸らしてしまう。

「ぜんぜん……違います……」
「ん?」

 七海が消えそうなほど小さな声で呟くと、将斗が短い疑問の声をあげた。その音に答えるように、少し乾いた口をもごもごと動かして言い訳を紡ぎ出す。

「い、今まで……将斗さんが、そういう風に考えてたなんて……思ってなくて……」
「そういう風?」
「私を、す……好き、とか」

 もちろん、嫌われているとは思っていなかった。

 仕事や取引を円滑に進めやすいよう本音と建前を使い分けることはあるが、将斗は元々、喜怒哀楽がはっきりしているタイプだ。苦手な相手をパーソナルスペースに易々と踏み込ませるほど迂闊ではないし、逆に好ましいと感じていたり心を許している相手には、最大限に心を配って可愛がる兄貴肌な性分である。

 だが将斗の好き嫌いのタイプや本人の性格を把握しているからこそ、七海は部下として……相性のいいビジネスパートナーとして大事に扱われているだけだと思っていた。

 当然、自分が彼の恋愛対象になるとは思ってもいなかった。たまたま自分が女性だったので、救済方法として結婚という形を選び、ついでに婚姻期間中は身体を重ねるのに都合がいい――そのぐらいの認識でいると高を括っていた。

 なのにここにきて突然の、好きだ、愛してる、手放さない、という愛の言葉の数々。さらに自分の想いに応えてほしい、離婚する気はない、惚れてほしい、と執着を隠そうともしない溺愛ぶり。

 こんなはずじゃなかったのに。七海にとっての将斗は『やればできる天才』で『手がかかるけど尊敬できる上司』のはずだったのに。

「い、意識しちゃうじゃないですか……っ」

 好きと言われたら、どうしても意識してしまう。甘い空気にあてられて流されるつもりなんてないのに、頭では将斗の妻が自分に務まるはずがないと理解しているのに。七海のためだけに並べられる真剣な言葉と、七海を見つめる熱い眼差しと、七海を優しく撫でる指先を意識してしまう。

 恋の沼に引きずり込まれて、愛の蜜に足をとられて、溺れてしまいそうになる。

「だから一緒には寝れ……わ、ちょ……! 将斗さ……!?」

 照れる表情を見られまいと両手で必死に顔を隠していると、その姿を見た将斗が七海を逃すまいと身体の上に跨ってきた。体格のいい将斗に逃げ道を塞がれ、指先で前髪を払うように額を撫でられ、ついびくっと過剰反応してしまう。

「なに? 七海は、俺の理性を試してんの?」
「な、なんでそうなるんですか!」

 くすくすと楽しそうな声で問いかけられ、思わず声が裏返る。ついでに将斗の表情を睨んでみるが、火照った顔と涙が滲んだ眼ではあまり効果がなかったらしく。

「せっかく今夜は添い寝だけにしようと思ってたのにな」
「え……?」
「七海が可愛く威嚇するから、抱きたくなった。……俺を煽った責任は取ってもらおうか」
「そ、そんなことしてませんっ……!」

 七海の腕を顔から退けた将斗が、親指の腹で唇を撫でてくる。ふに、と唇を押してなぞる指先の動きがやけに官能的で、つい首を振ってそこから逃れようとしてしまう。

「ま、将斗さん、さっき少しずつでいいって……! 焦って答えを出そうとしなくていいって言ってくれたじゃないですか!」
「もちろん、待ってやる。仕方ねぇから」

 将斗が向ける感情に気づいた七海に、彼は『待つ』と言ってくれた。どうせ離婚はしない――辿り着く場所は一つしかないのだから、代わりにそこに向かう速度は七海に合わせると宣言してくれた。

 その舌の根の乾かぬ内に……どういうこと!?

「けど、抱かないとは言ってない」
「そんなの、へりくつじゃ……ないですか……ふぁっ!?」

 将斗に文句を言おうと顔を上げた瞬間、唇から離れた手に首筋をするっと撫でられたので、驚きのあまり思わず変な声が出た。しかし将斗は七海の反応を見てもにやりと笑うだけ。

「夫婦だからな。それは今までと同じだろ?」

 先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら。

 七海の気持ちが追いつくのは待ってくれるが、夫婦の営みはノンストップらしい。そんな理屈が通るものかと抗議しても、バスローブの布の上をするすると滑るみだらな手つきは止まらない。

「それに、俺がどれほど七海を愛してるか……言葉だけじゃ伝わらないもんな」
「いえ、伝わってます! 十分伝わってますよ!?」

 七海が必死に肯定する声を聞いても、首を振って『必要ない』と伝えても、瞳の奥に熱い温度を宿した将斗の動きは止まらない。

 ベッドサイドのパネルを操作して室内の照明を落とし、代わりに間接照明の灯りを頼りに七海のバスローブの結び目をほどく。七海の身体を包んでいた白い布がはらりと乱れて胸や腹が露わになると、ごく、と喉を鳴らした将斗が口の端を吊り上げて照れる姿をじっと見下ろしてきた。

「ま……将斗さん……」
「心配しなくても大丈夫だ」

 毎日毎晩、というわけではないが、これまでにも将斗とは何度か肌を重ねている。それでも彼の想いを知った今夜はどうしても緊張してしまうし、無意識のうちに気分が高揚してしまう。

 はぁ、と熱い吐息を零しながら潤む視界の中に将斗の姿を捉えると、自らのバスローブの結び目も解いて肩から布を滑り落とした将斗と、じ……と見つめ合う。

「ちゃんと〝一箱〟持ってきたから」
「不安しかないですっ!」

 とんでもない宣言に驚いて叫ぶと同時に、嬉しそうに微笑んだ将斗が唇に噛みついてきた。



   * * *



 ショーツを脚からするんと外され、正真正銘の丸裸にされる。手や腕を使ってどうにか身体を隠そうと試みたが、将斗の左手に両手首をまとめて掴まれ、七海の頭上の位置でシーツに押し付けるよう拘束された。

 傍からは抵抗できないように組み敷かれて押さえつけられているように見えるかもしれないが、意外にもそれほど強い力は込められていない。

 ただ、恥ずかしがって身体を隠したり、刺激から逃れようと身を捩るたびに将斗の愛撫を妨げるので、邪魔をしないように捕らえられてしまったのだ。

「ん……ん……っぅ」

 左手で七海の動きを頭上に封じて、右手で七海の左胸を揉みしだく。時折胸の突起をきゅうっと摘ままれたり指先でくるくると撫でられる。

 その優しい愛撫の中で膨らんだ尖端を指でぴん、と弾く刺激を混ぜられるので、七海は声にならない声を必死に堪えるしかない。

「将斗さ……同じ場所、ばかり……っぁ」

 しかも胸に与えられる快感は、左胸を指先で愛でるだけに留まらない。顔の位置を下げた将斗は七海の右胸の突起を口に含むと、ぷくんと膨らんだそこを丁寧に舌の先で舐め転がし続ける。

「ここ好きだろ? 歯立てると気持ち良さそうにするもんな」
「やぁ……やめて、ください……っ」

 将斗が胸の上で何かを話すたびに、肌の上に熱い吐息を感じる。その刺激にさえ反応して全身で身悶えると、乳首を口に含んだまま将斗がにやりと口角を上げた。

「止めねぇって。七海の顔が見たくて……感じる声が聞きたくて、してんのに」
「そんな……ぁん!」

 性感帯を刺激される気持ち良さと恥ずかしさを誤魔化すべく抗議の声をあげようとする。だが喉から溢れてきた声は、途中で途切れてしまった。

 先ほどまで右胸を舐めていた唇で濡れた突起にちゅ、と口づけられ、さらに左胸を刺激していた手が股の間に滑り込んで、湿った花芽をすりすりと撫でたせいだ。

 その可愛らしくてみだらな触れ合いに驚いて身体が跳ねても、将斗の手は止まらない。止まるどころか陰核を撫でる指先の動きが、少しずつ、ゆっくりと激しく変化していく。

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