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番外編
王子殿下の専属侍女 前編
しおりを挟む◆ 本編完結後の後日談です。本編のネタバレを含んでおりますので、お読みの際はご注意ください。
◆ 後編にフェラ表現があります。苦手な方は閲覧にご注意ください。
「本当に驚きました。まさかリーリャが……リリアさまが、エドアルド殿下の本当の婚約者だったなんて」
感嘆する侍女のセイラに、リリアも苦笑しながら頷く。
それについては他でもないリリアが一番驚いている。王宮に来た頃は目立たないようにカティエの傍に身を置き、彼女が王殿に移ると同時にフォルダイン領へ帰る予定だった。
なのに今は、自分がその王殿で過ごしている。そんな展開になるとは、最初は全く予想していなかった。
「それに、私が王殿にお仕えすることになるとも思っておりませんでした」
「ごめんなさい。私がセイラを専属侍女にしたいなんて言ったから……」
エドアルドに身の回りの世話をする侍女を数人付けると言われたが、リリアは大抵の事は自分で出来るので、大人数は必要がないと断った。
その代わり、もし希望していいのなら宮殿の侍女であるセイラを自分の侍女にして欲しいと願い出た。リリアの願いはあっさりと聞き届けられ、セイラは即日リリア専属の侍女となった。
「迷惑だったかしら」
「いいえ、いいえっ! とても嬉しいです! 誠心誠意お仕えいたします!」
「ありがとう、セイラ」
リリアより二つ年下のセイラは、少しの間カティエのわがままに自信を喪失していたらしい。けれど持ち前の明るさで立ち直り、今は以前にも増して積極的に仕事に励んでいる。リリアはセイラの前向きな姿を気に入って、とても信頼していた。
そんなセイラとリリアの目の前にあるのは、カティエが使用していたクロゼット。二人でその前に並び立つと、ちらりと顔を見合わせる。
「カティエの私物は全てヴィリアーゼン領に送ることになっているわ」
「では、開けますね」
今日のリリアとセイラがやるべきことは、カティエが使用していた部屋の整理だった。
正式な沙汰があるまで、カティエの身分は侯爵令嬢のままである。そんな身分のある令嬢の私物を、赤の他人が勝手に検めることはできない。
今の王宮内でその役目を負えるのは、旧友であり王族の婚約者でもあるリリアしかいない。白羽の矢が立ったリリアは、王宮作法教育の合間に時間を見つけて、セイラとともに宮殿の客間を訪れていた。
「改めて見ると高価な物が多いですね」
「そうね」
意を決して開いたクロゼットの中には、手入れが行き届いたドレスが綺麗に並べられていた。他にも靴や小物や宝飾品の入ったケースも数多く置かれている。
セイラの言葉に頷くと、リリアは隣にある別のクロゼットの取っ手を引っ張った。
「あ、よかった。ちゃんとあるわ」
カティエの衣装に追いやられるよう置かれていた衣装箱を開くと、箱の底から子供用の夜着を取り出す。これはリリアが自分の私物よりも気にかけていた、大事な服だ。
「リリアさま、それは?」
「これはね、呪いで身体が縮んだときに、パメラさんが着せてくれたものなの」
それはレースがふんだんにあしらわれた、肌触りが滑らかな子供用の夜着。エドアルドの初恋の話を聞いて眠った、思い出の詰まった可愛らしい服。
いつかちゃんとパメラに返したいと思っていたのに、あれから色々な事が一気に起こりすぎて、結局返す事が出来ずにいた。だからカティエの私物に触れることを許された今日、この服もちゃんと回収したいと思っていたのだ。
大切な服の無事を確かめたあとは、カティエのドレスや小物をクロゼットから出して整理し、リリアは自分の衣装箱の中を片付ける。しばらく整頓作業に没頭していると、部屋の入口から声をかけられた。
「リリア」
名前を呼ばれて振り返ると、エドアルドが扉の枠に寄りかかってこちらを見ていた。
今は誰も使っていないが、元々貴族の令嬢が使用していた部屋なので、そのまま足を踏み入れるのを躊躇したのだろう。多少強引なところもあるが、普段のエドアルドはこうしてちゃんと紳士に振る舞う。
「会議は終わったのですか?」
「あぁ、あとは他の者に任せてきた」
リリアの問いかけを合図に、エドアルドがようやく部屋の中へ入ってきた。二人の会話を聞いていたセイラがにこりと微笑む。
最初はエドアルドを笑わない人だと評価していたセイラだったが、リリアに仕えるようになって数日でその考えは改まったようだ。最近のエドアルドは、以前の姿からは想像できないほど穏やかになったのだそう。
「では整理したカティエさまのお荷物は、ヴィリアーゼン領までお送りするよう手配いたしますね。リリアさまのお召し物はあとでお部屋にお持ちします」
「ありがとう、セイラ」
二人に向かって頭を下げたセイラは、人足を呼ぶために静かに部屋を出て行った。その無駄のない所作と気遣いについ感心してしまう。主の言動を先読みし、その要望に応えて軽やかに立ち回る姿は、円舞曲のステップを踏むように鮮やかだ。
「これはリリアが着ていた侍女の服か?」
セイラに感心していると、リリアの衣装箱を覗いていたエドアルドにそんな質問をされた。
「はい。ただ、呪いの影響でいくつか縮めてしまったので……残っているのは一つだけになってしまいました」
「寝室で脱いだものもあるしな」
「わああぁ!」
にやりと笑ったエドアルドに以前の話を持ち出されてしまう。
慌てて彼の口を塞ごうと手を伸ばすと、逆にその手を掴まれてしまった。そのまま手のひらに口付けられ、驚いて手を引っ込めると今度は身体を抱きしめられた。びっくりしてエドアルドの胸を押し返すと、次は壁に追い詰められて首筋に口付けられる。
さらに逃げようと客間の中をぐるぐると回り、じりじりと小さな攻防を繰り返す。客間の中を二周したところで『一体何をしているんだろう』とハッと我に返った。遊んでいる場合ではないのに。
パメラに直接返したいと思っていた子供用の夜着を手にして、エドアルドと共に客間を出る。ふと隣のエドアルドを見ると、彼の腕にも服が抱えられていることに気が付いた。
「エドさま? それはどうされるのです?」
エドアルドが手にしていたのは、以前リリアが使用していた王宮の侍女服だった。
*****
「えーっと……これはどういう状況でしょうか?」
子供用の夜着は無事にパメラに返すことが出来た。リリアが礼を述べると、パメラも慈しみの笑みを浮かべて喜んでくれた。
彼女とのやり取りを終えて部屋に戻ると、突然着替えを要求された。エドアルドの望みを不思議に思ったが、彼がやけに真剣な顔をするので、気迫に負けて指示に従ってしまった。
「俺はカティエがうらやましい」
手渡された侍女服に着替えて寝室から私室へ戻ると、エドアルドは何か重大事件でも起きたかのような真面目な顔をして、実に不真面目な事を言い出した。
「ずっとリリアの傍にいて、慕われて、心配してもらえて。カティエは俺が長年我慢してきた全てのものを手にしていた。……その上こんなに可愛い姿のリリアが傍に仕えてくれるなんて、ずるいと思わないか?」
「あの、意味がわかりません」
全く意味がわからなかった。
誰かにエドアルドの言っている意味を解説して欲しいと思ったが、部屋の中を見回してもここにはリリアとエドアルド以外誰もいない。
「一つぐらい俺の願望が叶えられても罰は当たらないと思うんだ」
「あの、意味がわかりません」
補足されたが、やはり意味がわからなかった。
「……そういえば、エドさまには専属の使用人がおりませんね」
ふと、エドアルドが身を置く現状を思い出す。リリアに数名の侍女をつけると言い出した割に、エドアルド本人には専属の執事や侍女がいない。
執務のときに細かい雑務を請け負ってくれる側近ならば、リリアも何度か会って話したことがある。彼は枢機院と騎士院でエドアルドに関わる雑務を引き受けてくれているが、王殿にはほとんど立ち入ってこない。当然、身の回りの世話をする役割の者ではない。
「自分のことは自分で出来るからな」
「……」
その理由で専属侍女を傍に置くことを断っていいなら、リリアだって断れたと思う。
とは言え、今はリリアのためにセイラがよく尽くしてくれる。彼女のことはリリア自身気に入っているので、お役御免にしようとは思わない。それに男性のエドアルドと違い、女性は身支度に細やかな配慮を要するので、やはり全く必要がないという訳でもないのだ。
けれどエドアルドは、身近に専属の使用人を持とうとしない。必要がないと言えば確かにそうかもしれないが、時にはごく身近な存在が必要になることもあると思う。
「私は、何をすれば良いでしょう?」
そんなエドアルドの心情を察し、諦めて一時的な戯れを受け入れることにする。リリアの言葉を聞いたエドアルドが、顔を上げてにこりと笑顔を作った。その瞬間、用意されていた術中に陥ったような錯覚に襲われた。
「ええと……お掃除をしましょうか?」
「いや」
「お召し物の手入れは」
「それも要らない」
「でしたら、お使いのご用命など」
「必要ない」
「湯浴みのお手伝いをしましょうか?」
「……それは捨てがたいな」
リリアはエドアルドが望むなら、掃除も衣服の手入れもお使いもするつもりだった。お使いに行けと言われたら流石に侍女の服は着替えてから行くつもりだったが、頼みごと自体を断ろうとは思わなかった。
だがエドアルドの口からリリアへの要望が紡がれることはない。絞り出した提案もことごとく断られてしまう。
最後のはリリアなりの冗談のつもりだったが、そこを拾われそうになったので慌てて話題を打ち切った。
「もしかして私が何も出来ないと思っていらっしゃいますか? 私に出来ることなら何でもしますよ?」
リリアの侍女の知識や振る舞いなど、所詮は付け焼き刃だ。セイラのように上手く立ち回れるとは思っていない。
だがリリアはもともと田舎の伯爵家の出身だ。王都に住まう貴族に比べれば使用人の数は圧倒的に少なく、それゆえ大抵のことは自分で出来るように教えられている。時には使用人の洗濯や繕いものを手伝ったり、一緒に行うことすらあった。
だから拙いなりに出来ることはしたい。と思っていると。
「何でも、か……」
ボソリと独り言を呟かれた。
意味を訊ねようと首を動かしたところで、エドアルドがソファから立ち上がった。そしてリリアの傍へ近付いてくると、腰を抱いて手を引かれる。
「おいで、リリア」
「エド……さま、……?」
なんだか既視感がある。そう感じたリリアの身体はエドアルドの腕に抱かれ、手を握ってきた彼に行き先を誘導された。エドアルドが向かったのは、私室と中続きになった隣の寝室だ。
自分のベッドに座ったエドアルドに身体を引かれて、つつっと傍に寄る。下からじっと見つめるサファイアブルーは毎夜と同じく熱い色を帯びていて、リリアは自分が官能の世界へ誘われていることに気が付いた。
「リリアに……奉仕をさせたいと言ったら、どうする?」
ならばどうしてわざわざ侍女の服など着せたのだろう。そんな事を思っていると、エドアルドが意外な言葉を言い放った。
「ほ……奉仕、ですか?」
聞いた言葉をそのまま反復する。
奉仕。とは、見返りを求めずに相手や社会へ尽くすこと。もしくは真心を持って信仰する存在に仕えることを指す言葉だ。
また不思議な事を言い出したエドアルドに、本日三回目の『あの、意味がわかりません』を呟こうとする。
しかし抗議の言葉を零す前に、リリアの身体をさらに引き寄せたエドアルドが耳元に秘密の答えを教えてくれた。
わかりやすく簡潔に、けれど確かな温度を持って教え込まれる。説明を聞いているうちに、リリアの顔はどんどんと熱を持って火照っていった。
「あの……それは……本当、ですか?」
「そうだな、男の夢のひとつだ」
教えられた言葉の意味を上手く理解できず、身体を離したエドアルドの瞳をじっと見つめてしまう。またからかわれているのではないかと思ったが、エドアルドの瞳は本気だった。
もう一度、いま教えられた行為を頭の中に想像する。それはリリアの知らない世界の話で、想像力を懸命に働かせても上手く理解が追い付かない話だ。
なんとなく、はしたない行為である気がする。けれどエドアルドはそれを望んでいるらしい。
「エドさまが……教えて下さるなら……」
「好奇心旺盛だな」
リリアの返答に、エドアルドがふっと笑う。その瞳はいつもと同じように――いや、いつもよりもずっと高い温度を帯びて、リリアの瞳を見つめていた。
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