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月の褥に溺れる ③ ◆
室内に響いたノック音に、ティアナの身体がびくっと跳ねる。まさか誰かがやってくるとは――行為の真っ最中に横やりが入れられるとは思ってもいなかった。
こういう状況を避けるために、部屋の前の器には花が浮かべてあるはずだ。なのになぜ? もしかして目に入らなかったのだろうか? それとも、やはり赤い花ではいけなかったのだろうか……?
ぐるぐると考えながら身を固くするティアナだったが、そこでさらなる驚愕の台詞を耳にする。
「入ってください」
(え……!?)
ティアナに跨った目の前の男性が、なぜかノックの相手に入室の許可を出してしまう。てっきりこの部屋は使用中だと宣言して別の場所へ向かってもらうのだろう、と考えていたので、まさかの判断に驚いてしまう。
天蓋から垂れ下がるカーテンの向こうから、ガチャリと扉が開く音、その少し後にパタンと扉が閉まる音が聞こえてくる。
厚い幕のおかげでベッドの中から外の様子も、外から中の様子もわからない状態になってはいるが、やはり布一枚向こう側に人がいる状況は落ち着かない。まして自分は裸で、目の前の男性もかなりの軽装なのだ。この状況についていけず、ティアナはただ困惑するしかない。
「失礼いたします」
入室してきた人物がこちらに声をかけてくる。もちろんティアナは、声の主にまったく覚えがなかった。ただ、聞こえたその声音が咄嗟に想像した人物像とはかなり異なっていたので、一瞬思考が止まってしまう。
(? 年配の、女性……?)
少ししわがれた印象はあるが、間違いなく女性の声である。しかもその声質と抑揚から、ティアナや目の前の男性よりもうんと年上であることがわかる。
もちろん月の仮面舞踏会の参加者に年齢制限はないので、どれほど年上であったとしても部屋を利用することはできるのだが……
頭の中に疑問符を浮かべていると、目の前の男性が「はぁ」と短い息をついた。ため息のような声に反応して彼の顔色を確認すると、少しムッとしたように口元を歪めている。
「申し訳ありません。彼女は、俺が呼んだ従者です」
「!」
「邪魔はさせませんので、空気のようなものだと思って、あのままドアの前に立たせておいてくれませんか?」
「え? えっと……?」
どうやら入室してきた年配の女性は、目の前の男性の知り合いらしい。それどころか、彼女は男性の従者だというのだ。
なるほど、それならまだ納得ができる。彼女は目の前の男性の指示で器に『赤い花』が入れられた部屋を探し、たった今ここへ辿りついたということだ。
ならば天蓋から垂れ下がるカーテンのせいで確認はできないが、扉の前にいるという年配の女性は華やかに装うためのドレスではなく、メイドや使用人の格好をしているのだろう。
ふむふむ、と頷くティアナだったが、はた、と我に返る。
(えっ? 同じ部屋に他人がいる状況で、するってこと……!?)
そう、相手が従者の女性とはいえ、ティアナは目の前の男性と肌を重ねるためにここにいるのだ。たしかにベッドと出入り口の間には距離があるし、ベッドカーテンは閉め切っているので互いの姿も認識できないとは思うが、それならいいか、と簡単には受け入れられない。
とはいえ、ではここで止めますか? と問われても困ってしまう。今のティアナが最優先で果たすべき目的は、今夜中に乙女を失うこと。一週間後に迫った検査の日までに、処女ではなくなることなのだ。
「ふぁっ……!?」
そのためならば女性の従者のひとりぐらい……と、ぐるぐると考え込んでいたところで、男性が突然、ティアナの身体を強く抱きしめてきた。それから耳元に唇を寄せ、ぼそりとなにかを呟かれる。
「――申し訳ありません」
「……え?」
聞こえたのは小さな謝罪だった。急な謝罪にティアナが狼狽していると、男性が少しためらいがちに口を開く。
「あなたには負担をかけないよう、最大限の配慮をします。……ですからどうか、このまま俺に預けてはくれませんか?」
「え……ええと……」
少しだけ身体を起こして顔を上げた男性が、懇願するように白い仮面の目穴を覗き込んでくる。その瞳には、ティアナに対して申し訳なさを感じているような後悔の感情と、切羽詰まったような焦りの色が浮かんでいるような気がする。
もちろんティアナも、困惑と葛藤でいっぱいだった。なぜ? という疑問もあったし、可能なら拒否したい気持ちもあった。
けれど男性は、ベッドルームに第三者を迎え入れるという状況を誠心誠意謝ってくれるし、今も一応、ティアナが拒否する道も残してくれている。
男性自身も全面的に受け入れている様子ではないことから、彼にもなにやら事情がありそうなのに、それでもなおティアナの心情を慮ってこちらに決定権を与えてくれる。
そう考えると、ここで『嫌です』とは言い出しにくい。――否、本当は男性の事情以上に、ティアナ自身が今ここで抱き合うことを止めたくないと思っている。
目の前の青年を拒否したくないと思い始めている。彼と肌を重ねて身体を繋げる心地を良さを『知りたい』と感じている。
ティアナの覚悟はもう、決まっている。だから。
「わかり、ました」
「!」
「大丈夫です。……続け、ましょう」
「ありがとうございます」
ティアナが羞恥を押し殺して同意すると、男性がほっと安堵したように息をついた。その笑顔を見つけるだけで、自分の判断は間違っていなかった、と思えるティアナだ。
男性がティアナのガーターベルトをぱちん、と外し、腰のあたりに丸まっていたレースのすべてを完全に取り払う。それからティアナの目の前で、自身が身につけた服を一枚ずつ脱ぎ捨てていく。
シャツの下から現れた胸板には、うっすらと筋肉がついている。細身な印象とは異なり、彼は腕も身体もよく引き締まっていた。
上衣に続き、ベルトを外してトラウザーズも引き下ろす。さすがに下衣の中を直視することはできなかったが、視線を上へずらすと、首筋から逞しい胸板へ一筋の汗がつぅ……と伝ってきている様子が目に入る。ティアナはその姿に、息を呑むほどの艶めかしさを感じた。
「ゆっくりで構いません、深く呼吸をしてください」
「は、はい……」
「……そう。できるだけ、力を抜いていてくださいね」
雄々しい姿に見惚れていると、男性がティアナの両脚を持ち上げて再びそこを左右へ開いた。今度はティアナの股の間に自身の身体を移動させ、先ほど十分に愛撫されてほぐされた場所に固いなにかを押し当ててくる。
「……んっ」
最初は熱い塊のようなものを、ぬかるみの表面にぐりっと押しつけられただけだった。それがぬるんっと滑ると、男性が短く息を吐く。その後再び同じ動きを繰り替えされるが、またぬるりと滑ってしまう。
は、と息を詰まらせた男性が、今度は片方の手でティアナの花弁をくぱりと開き、反対の手で自身の蜜棒を支えながら腰を近づけてくる。ティアナの中心に固さと質量を帯びた陰茎を宛てがい、狙いを定めるように先端を押しつけると、今度は確実に挿入された。
「ああぁっ……!」
下腹部の真ん中に熱い塊を埋められると同時に、ずぷ、ぶちっ、と重たい振動が響いた。その直後、これまで経験したことのないような痛みが股の間にぶわりと広がる。
「いぃ……っゃぁ……ん、んっ」
肌のすべてがぞわぞわと総毛立つ。思わず腰を上へずらし、あまりの痛みから無意識に逃れようとする。
深い呼吸をして動きを止めていた男性が、ティアナの様子に気づき、焦ったように声をかけてきた。
「申し訳ありません……! 痛い、ですよね……?」
「っ……ぁ……だ、だいじょ、ぶ……です」
男性に慌てて謝罪され、ふるふると首を振って平気だと示す。しかし咄嗟にそうは言ったものの、ティアナの下腹部はじくじくと痛むばかりだった。
(……血、出たみたい)
自分の目で確認したわけではないが、おそらくティアナの秘所からは少量の血液が溢れている。ぬるりとした生温かい感覚と、先ほど感じたなにかが潰れるような音と衝撃こそが、ティアナが乙女を失った証なのだと本能で察した。
ならばこれにて、ティアナの目的は無事に達成である。正直、想像していたよりも男性を受け入れるという行為は身体への負担が大きく、鉛をねじ込まれたような痛みを伴うので、ここで止めてしまいたい気持ちもあった。
だが痛みを堪えながら視線を上げてみると、目が合った男性がそっと微笑んでくれる。浅く短い呼吸を繰り返し、首筋や胸元にも汗の雫を浮かべている。
彼が感じているのは、きっと痛みではなく快感だ。しかし衝動のまま動けばティアナが痛みや恐怖を感じるだろうと考えて、こうしてじっと止まってくれているのだとわかる。
「あの……」
「?」
彼の懸命な姿を見ているうちに、ティアナの胸の奥にじわりと温かい感情が生まれる。
目の前の女性をこれほど丁寧に扱って、体調や痛みに常に配慮して、気持ちや感情の変化をなによりも優先してくれる。
まるで初対面ではないかのように――運命の相手に巡り合い、生涯でたった一人の番を心から慈しむように、ティアナを大切に扱ってくれる。
だからティアナも、応えたくなった。実際は一夜限りだったとしても、運命の相手なんかじゃないとしても、今この瞬間だけでも目の前の男性を大切にしたくなった。ティアナも彼が気持ちよくなれる方法を選びたい、そのためなら多少の痛みに耐えることも厭わない、と思えたのだ。
「……口づけて、くださいませんか」
ティアナがぽつりと呟くと、黒い仮面の奥のロイヤルブルーが少し驚いたように揺らめく。
だが青年はすぐにティアナの意図を察したらしい。それがこの行為を続けるために必要な時間だと――痛みを逃して身体を慣らすまでの猶予を欲していると気づいたらしく、優しく微笑むとすぐにティアナの身体を抱きしめてくれる。
挿入された状態で動かれるとやはり痛みを感じる。けれど唇を重ねられて舌を吸い上げられると、じくじくと重たい痛みは少し薄れる気がした。
「んんぅ……あ……っん」
「……キス、好きですか?」
「は……は、ぃ……」
「可愛いですね」
ティアナの答えを聞いた男性がまた嬉しそうに笑みをこぼす。その笑顔が嘘でも演技でもなく本心であることは、なぜか仮面越しでもわかってしまう。
可愛いと褒められるとティアナも少し気恥ずかしい。だが本心を知られることも、存分に褒められることも、嫌だとは一度も思わなかった。
舌を絡めて甘やかな口づけを交わし合っているうちに、だんだん秘部の痛みが薄れてきた。違和感が完全に消えたわけではないが、先ほどとは比べものにならないほど楽になったので、今なら続きができるはずだ。
「動いても、へいき……です」
ティアナの一言に男性が白い仮面のすぐ下――頬にそっとキスを落としてくれる。その口づけに応えるように男性の背中に腕を回すと、長く止まっていた腰の動きがゆっくりと再開した。
「あぁ、ぁっ……ん……!」
やはりまったく痛くないわけではない。ぬるりとした感覚もまだ残っている。だが先ほどよりはずっと楽になっていて、熱の塊を突き入れられる感覚にも、そこからゆっくりと引き抜かれる感覚にも耐えられるように思う。
それどころか、深い場所へ挿れられるだけで奥がじわりと濡れる気がする。蜜竿の先端に最奥を突かれるたびにびくりと全身が震えて、言葉で表せないほどの愉悦が広がる感覚がするのだ。
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