【R18】年下王子と未亡人令嬢

紺乃 藍

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警告と苛立ちと ③

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「ティアナ嬢」

 あとでミリアの頭をたくさん撫でてあげよう、と妹を溺愛する姉の顔をしていると、ふとアレクシスに名前を呼ばれる。

 ティアナが顔を上げると、眉間に皺を寄せて険しい顔をしたアレクシスがこちらをじっと見つめていた。

「イクシア侯爵と再婚したいのですか?」
「そんな願望も予定もありません……っ! 絶対に嫌です!」

 アレクシスの質問を耳にした瞬間、考える間もなく拒絶の台詞が飛び出る。あまりの素早い回答に自分で自分に驚くが、アレクシスの問いかけはそれほどまでにあり得ない質問だった。

 アレクシスだって理解しているはず。先ほどの会話のどこをどう切り取っても、ティアナがラザールとの結婚を望んでいるはずがないとわかるだろうに。

「では、俺が相手ならどうでしょう」
「!」

 急に話題の中心人物を替えて訊ねられ、はっと息を呑む。まさかここで突然自分の話に持ち込まれるとは――アレクシスから口説かれるとは思ってもいなかった。

 内容に卑猥さや不快感がないというだけで、アレクシスの質問も十分に秘すべき話題だ。そっと息をついたティアナは、声のトーンを落としてこれまでにも散々主張してきた文言を再度繰り返す。アレクシスと、自分自身に言い聞かせるように。

「私は殿下よりも年上で、一度結婚した身です」

 ティアナが視線を落として告げると、アレクシスがため息をつく。

 言い飽きたと感じているティアナと同じように、彼も聞き飽きたと言いたげである。その感情を表現するように、アレクシスがぽつりと呟いた。

「そんなことはどうでもいい」
「!?」
「……俺はただ、あなた自身の気持ちを知りたいのです」

 どうでもいい、と言い切ったアレクシスが、ティアナの心を探ろうと切ない表情で言い募る。誰が見ているか、誰が聞いているのかわからない場所だというのに、熱を含んだ視線を向けられ、思わずじりっと後退りしてしまう。

「あ、アレクシス殿下は……『はじめての相手』に固執しているだけです……」

 一度はっきりと言葉にしておかなければ、アレクシスには伝わらないのだろうと思う。

 自分の口から『あの夜の相手は自分だ』と認めるような発言をするのは、これがはじめてだ。だが今さら取り繕って誤魔化す意味はない。ティアナとアレクシスはとうの昔に、互いがあの夜の相手であることを察しているのだから。

 もちろんこれも公共の場で話すような内容ではないので、ラザールのように声を荒らげたり、相手を責めたり、不快を与えるような言い方や態度はしない。けれど他者に誤解されかねないほどは近づかず、声が届かないほどは離れないという距離を保ちつつ、ぎりぎり聞き取れるほどの声量でアレクシスをしっかりと諫める。

 ティアナの抱く想いをわかってほしくて。

 アレクシスに、ちゃんと幸せになってほしくて。

「はじめての相手と生涯添い遂げたいというお考えは、とても素晴らしいと思います。ですが、それだけを妃選びの基準にしてはいけません」

 彼が自身の理想を追い求めていること、責任感と愛情深さを兼ね備えた人であることは、ティアナもよくわかっている。だが王子であるアレクシスは、理想と自身の都合だけで花嫁を選べない。選んではいけないのだ。

 だから、あなたにはもっと相応しい人がいるのです――と伝えようとするティアナだったが。

「もちろん、それだけではありませんよ」
「……え」

 ティアナの主張を否定するようにアレクシスが目を細める。驚いたティアナがぱちぱちと瞬きをすると、アレクシスがふっと表情をゆるめた。

「あなたは候補者六人の中で、誰よりも聡明です。国を広く見渡すための知識と観察眼を持ち、自らの考えを主張するための意思を持ち、適切な判断を下すための頭脳を兼ね備えています。それに俺の意に反すると理解しながらも、俺が正しい道へ向かうようこうして真っ直ぐにぶつかってきてくれます」
「……」

 アレクシスが述べた『花嫁候補者・ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢』の評価に、言葉を失ってしまう。

 ティアナが他の令嬢たちよりも知識が豊富な理由、適切な判断ができる理由は、単に侯爵家の妻、ならびに領主代理として領地運営をしてきた経験があるためだ。これは、自らの考えを主張する意思や観察眼を持つ、という点にも共通する。

 ただ、だからといってティアナが彼女たちよりも優れている、とは言い切れない。他の令嬢たちがティアナと同じ経験をしたときに、他の令嬢たちの方が素晴らしい才能を発揮する場合も十分にありうるのだ。

 とはいえ、それは仮定の話である。実際にはそのように稀有な経験をしている令嬢は、ティアナただ一人だけ。ゆえに現状の六人の中ではティアナが最も正しくアレクシスを導けるだろう、と言われてしまえば、たしかにそうかもしれない……と丸め込まれそうになってしまう。

 唯一、アレクシスの意に反しながらも真っ直ぐに意見をする、という部分だけは、ティアナ本人の性格によるところが大きいように思う。ただしこれは、アレクシスに向けられる愛情表現をかわすことと、彼の未来を台無しにしたくない、という気持ちの表れであって、なにもアレクシスのすべてを否定しているわけではないのだが。

「ですが、それ以上に――」
「!」

 ティアナが、むむむ、と唸っていると、アレクシスが数歩の距離を進んですぐ傍へやってくる。

 掴まれた腕をぐいっと引かれたことにハッと気づいたときには、アレクシスの唇が左耳の隣に迫っていた。

「俺とあなたは、相性がいいんです」
「!」

 声量を落として紡がれた囁きには、ティアナの背中を震わせるほどの甘さが含まれていた。ぴくん、と肩が跳ねると、アレクシスがすぐ傍でくすりと微笑む。

「身体だけではありません。俺はあの夜のあなたとのダンスが、本当に楽しかった」
「……アレクシス殿下」

 ティアナの鼓膜を震わせる甘く掠れた声が、ティアナの決心をぐらぐらと揺さぶる。熱の籠った視線であの夜の秘密の記憶を拾い集めながら、少年のような無邪気さで、楽しかった、と素直に声を弾ませる。

 その表裏が一体となったアレクシスの誘惑に、くらくらとめまいがして鼓動が高鳴る。彼に翻弄されているだけだとわかっているのに、ティアナをその気にさせるための殺し文句だとわかっているのに――私もです、と頷いてしまいそうになる。

「ティアナ嬢」

 いつかの夜に想いを馳せていると、ふとアレクシスに名前を呼ばれる。

 先ほどまでの苛立ちが消え、優しい笑顔を浮かべたアレクシスが、ゆっくりと首を傾ける。その彼の青い瞳に、視線と心のすべてを奪われる。

「次の満月の夜、またあの『月の仮面舞踏会』へきてください」
「え……?」

 アレクシスの思いがけない誘いに驚き、目を真ん丸にして彼の顔を見つめてしまう。突然なにを言い出すのか、と唖然としてしまう。

 ティアナの表情を確認したアレクシスが、にこりと微笑む。

「最初は『あの夜のことは忘れよう』『思い出にすべきだ』と自分を制していたせいか、あなたを目の前にしても気づくことができませんでした。ですが今の俺は、どれほど顔を隠されても、どのような装いをされても、どんな香りを纏われても、絶対にあなたを見つけられると断言できます」

 月の仮面舞踏会。顔を仮面で覆うことを条件に参加が許される、大人の社交場。互いの正体を知らない・明かさない・探ろうとしないことを絶対ルールとする、あの日ティアナとアレクシスが一夜を共にした秘密の夜会。

「もしあなたを見つけられたら、それを運命だと信じて、俺と結婚してください」

 彼は再びそこに参加し、ティアナが『ただの』一夜の相手ではないことを――自分の運命の相手であることを証明するという。

 そんなはずがない。顔を隠した状態で、あの大勢の中からたった一人の相手を探し出すことは不可能だ。

 そう考える一方で、ありえないことではない、と思う。絶対に、と言い切るロイヤルブルーの瞳と惹かれ合うように、再び満月の下でアレクシスと巡り会えるのではないか、と感じてしまう。

「……私、は……」

 行きません、と言うはずだった。
 明確に拒否するつもりだった。

 ――なのに……。

 王宮の回廊に、少し熱を含んだ午後の風が吹き抜ける。じっと見つめ合ったアレクシスがにこりと微笑むと、胸の奥にじわりと熱が生まれた気がした。

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