25 / 30
警告と苛立ちと ③
しおりを挟む「ティアナ嬢」
あとでミリアの頭をたくさん撫でてあげよう、と妹を溺愛する姉の顔をしていると、ふとアレクシスに名前を呼ばれる。
ティアナが顔を上げると、眉間に皺を寄せて険しい顔をしたアレクシスがこちらをじっと見つめていた。
「イクシア侯爵と再婚したいのですか?」
「そんな願望も予定もありません……っ! 絶対に嫌です!」
アレクシスの質問を耳にした瞬間、考える間もなく拒絶の台詞が飛び出る。あまりの素早い回答に自分で自分に驚くが、アレクシスの問いかけはそれほどまでにあり得ない質問だった。
アレクシスだって理解しているはず。先ほどの会話のどこをどう切り取っても、ティアナがラザールとの結婚を望んでいるはずがないとわかるだろうに。
「では、俺が相手ならどうでしょう」
「!」
急に話題の中心人物を替えて訊ねられ、はっと息を呑む。まさかここで突然自分の話に持ち込まれるとは――アレクシスから口説かれるとは思ってもいなかった。
内容に卑猥さや不快感がないというだけで、アレクシスの質問も十分に秘すべき話題だ。そっと息をついたティアナは、声のトーンを落としてこれまでにも散々主張してきた文言を再度繰り返す。アレクシスと、自分自身に言い聞かせるように。
「私は殿下よりも年上で、一度結婚した身です」
ティアナが視線を落として告げると、アレクシスがため息をつく。
言い飽きたと感じているティアナと同じように、彼も聞き飽きたと言いたげである。その感情を表現するように、アレクシスがぽつりと呟いた。
「そんなことはどうでもいい」
「!?」
「……俺はただ、あなた自身の気持ちを知りたいのです」
どうでもいい、と言い切ったアレクシスが、ティアナの心を探ろうと切ない表情で言い募る。誰が見ているか、誰が聞いているのかわからない場所だというのに、熱を含んだ視線を向けられ、思わずじりっと後退りしてしまう。
「あ、アレクシス殿下は……『はじめての相手』に固執しているだけです……」
一度はっきりと言葉にしておかなければ、アレクシスには伝わらないのだろうと思う。
自分の口から『あの夜の相手は自分だ』と認めるような発言をするのは、これがはじめてだ。だが今さら取り繕って誤魔化す意味はない。ティアナとアレクシスはとうの昔に、互いがあの夜の相手であることを察しているのだから。
もちろんこれも公共の場で話すような内容ではないので、ラザールのように声を荒らげたり、相手を責めたり、不快を与えるような言い方や態度はしない。けれど他者に誤解されかねないほどは近づかず、声が届かないほどは離れないという距離を保ちつつ、ぎりぎり聞き取れるほどの声量でアレクシスをしっかりと諫める。
ティアナの抱く想いをわかってほしくて。
アレクシスに、ちゃんと幸せになってほしくて。
「はじめての相手と生涯添い遂げたいというお考えは、とても素晴らしいと思います。ですが、それだけを妃選びの基準にしてはいけません」
彼が自身の理想を追い求めていること、責任感と愛情深さを兼ね備えた人であることは、ティアナもよくわかっている。だが王子であるアレクシスは、理想と自身の都合だけで花嫁を選べない。選んではいけないのだ。
だから、あなたにはもっと相応しい人がいるのです――と伝えようとするティアナだったが。
「もちろん、それだけではありませんよ」
「……え」
ティアナの主張を否定するようにアレクシスが目を細める。驚いたティアナがぱちぱちと瞬きをすると、アレクシスがふっと表情をゆるめた。
「あなたは候補者六人の中で、誰よりも聡明です。国を広く見渡すための知識と観察眼を持ち、自らの考えを主張するための意思を持ち、適切な判断を下すための頭脳を兼ね備えています。それに俺の意に反すると理解しながらも、俺が正しい道へ向かうようこうして真っ直ぐにぶつかってきてくれます」
「……」
アレクシスが述べた『花嫁候補者・ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢』の評価に、言葉を失ってしまう。
ティアナが他の令嬢たちよりも知識が豊富な理由、適切な判断ができる理由は、単に侯爵家の妻、ならびに領主代理として領地運営をしてきた経験があるためだ。これは、自らの考えを主張する意思や観察眼を持つ、という点にも共通する。
ただ、だからといってティアナが彼女たちよりも優れている、とは言い切れない。他の令嬢たちがティアナと同じ経験をしたときに、他の令嬢たちの方が素晴らしい才能を発揮する場合も十分にありうるのだ。
とはいえ、それは仮定の話である。実際にはそのように稀有な経験をしている令嬢は、ティアナただ一人だけ。ゆえに現状の六人の中ではティアナが最も正しくアレクシスを導けるだろう、と言われてしまえば、たしかにそうかもしれない……と丸め込まれそうになってしまう。
唯一、アレクシスの意に反しながらも真っ直ぐに意見をする、という部分だけは、ティアナ本人の性格によるところが大きいように思う。ただしこれは、アレクシスに向けられる愛情表現をかわすことと、彼の未来を台無しにしたくない、という気持ちの表れであって、なにもアレクシスのすべてを否定しているわけではないのだが。
「ですが、それ以上に――」
「!」
ティアナが、むむむ、と唸っていると、アレクシスが数歩の距離を進んですぐ傍へやってくる。
掴まれた腕をぐいっと引かれたことにハッと気づいたときには、アレクシスの唇が左耳の隣に迫っていた。
「俺とあなたは、相性がいいんです」
「!」
声量を落として紡がれた囁きには、ティアナの背中を震わせるほどの甘さが含まれていた。ぴくん、と肩が跳ねると、アレクシスがすぐ傍でくすりと微笑む。
「身体だけではありません。俺はあの夜のあなたとのダンスが、本当に楽しかった」
「……アレクシス殿下」
ティアナの鼓膜を震わせる甘く掠れた声が、ティアナの決心をぐらぐらと揺さぶる。熱の籠った視線であの夜の秘密の記憶を拾い集めながら、少年のような無邪気さで、楽しかった、と素直に声を弾ませる。
その表裏が一体となったアレクシスの誘惑に、くらくらとめまいがして鼓動が高鳴る。彼に翻弄されているだけだとわかっているのに、ティアナをその気にさせるための殺し文句だとわかっているのに――私もです、と頷いてしまいそうになる。
「ティアナ嬢」
いつかの夜に想いを馳せていると、ふとアレクシスに名前を呼ばれる。
先ほどまでの苛立ちが消え、優しい笑顔を浮かべたアレクシスが、ゆっくりと首を傾ける。その彼の青い瞳に、視線と心のすべてを奪われる。
「次の満月の夜、またあの『月の仮面舞踏会』へきてください」
「え……?」
アレクシスの思いがけない誘いに驚き、目を真ん丸にして彼の顔を見つめてしまう。突然なにを言い出すのか、と唖然としてしまう。
ティアナの表情を確認したアレクシスが、にこりと微笑む。
「最初は『あの夜のことは忘れよう』『思い出にすべきだ』と自分を制していたせいか、あなたを目の前にしても気づくことができませんでした。ですが今の俺は、どれほど顔を隠されても、どのような装いをされても、どんな香りを纏われても、絶対にあなたを見つけられると断言できます」
月の仮面舞踏会。顔を仮面で覆うことを条件に参加が許される、大人の社交場。互いの正体を知らない・明かさない・探ろうとしないことを絶対ルールとする、あの日ティアナとアレクシスが一夜を共にした秘密の夜会。
「もしあなたを見つけられたら、それを運命だと信じて、俺と結婚してください」
彼は再びそこに参加し、ティアナが『ただの』一夜の相手ではないことを――自分の運命の相手であることを証明するという。
そんなはずがない。顔を隠した状態で、あの大勢の中からたった一人の相手を探し出すことは不可能だ。
そう考える一方で、ありえないことではない、と思う。絶対に、と言い切るロイヤルブルーの瞳と惹かれ合うように、再び満月の下でアレクシスと巡り会えるのではないか、と感じてしまう。
「……私、は……」
行きません、と言うはずだった。
明確に拒否するつもりだった。
――なのに……。
王宮の回廊に、少し熱を含んだ午後の風が吹き抜ける。じっと見つめ合ったアレクシスがにこりと微笑むと、胸の奥にじわりと熱が生まれた気がした。
61
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
最終回まで予約投稿済みです。
毎日8時・20時に更新予定です。
婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~
ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」
中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。
そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。
両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。
手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。
「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」
可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。
16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。
13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。
「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」
癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる