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ガラスの箱と淫紋奴隷

第三話 ◆

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 一瞬『漏らしてしまった』と思った。だが違う。これはエリンの身体から滲み出てきた愛液だ。

 意識的に性衝動を抑えることは出来ても、身体の生理的な反応は止められない。いつの間にか薄いレースを通過して、興奮に伴う体液が股の間に広がって蜜溜まりになっていたのだ。

「……限界か」

 男性が諦めの声を零す。確かに身体はもう限界に近かった。いいや、もうとうの前に超えていたのかもしれない。

 あの紳士の言う通り、最終的にはセックスをしなければエリンも男性もガラス箱から出してもらえない。恐らくトイレに行きたいと言っても、お腹が空いたと訴えても、ベッドの上で眠りたいと主張してもそれは変わらないのだろう。

 顔から火が出そうな恥ずかしさのまま、ガラス箱の傍に設置された時計を確認する。ぎりぎりだが1時間は経過している。金額にすると600万シータ。

 頑張った方だろう。むしろ淫紋が発動したままの状態でこの時間を耐え忍んだ方がどうかしているぐらいだ。

「おい、マスター」

 男性が唐突に低い唸り声を出した。すると暗闇の中から例の紳士がぬうっと現れ、ガラスの壁の向こうでにたりと不敵な笑みを浮かべた。

「……俺と取引をしろ」
「取引?」

 男性の提案に、紳士が笑顔のまま首を横へ傾げた。

「この女性は俺が買い取る。あんたが奴隷市で落札した価格の倍額で、俺が彼女を買う!」
「は……ちょ……なに、言ってる、の……?」

 突然の主張に飛び跳ねたのは、紳士ではなくエリンの方だった。思わず驚きの声を上げてしまうが、二人の男性はエリンの反応には構わず淡々と会話を進めていく。

「――いいでしょう」
「え、まっ……え??」
「実はここまで長時間淫紋の衝動に耐えるなんて、観客の誰も予想していなかったのですよ。有難いことに今夜は主催である私の一人勝ちです。気分がいいので、そのぐらいの譲歩はしますよ」
「よし、なら取引は成立だな」

 紳士がにこにこと機嫌が良さそうに笑うと、男性もにやりと笑顔を浮かべる。

 確かにこの先エリンと男性が解放される事はすでに決まっていたのだから、紳士にとっては新たに失うものは何もない。買った奴隷の倍の額が黙っていても転がり込んで来る取引ならば、乗らない手はないだろう。

 いや、だがそういう問題ではない。つい先ほど妹の手術のためにお金が必要だと話したばかりなのに。300万シータで買われたエリンを倍額で買うのならば、彼は手元から600万シータを失うことになる。それではこの時間で得たほぼすべての金額を失ってしまう。

 彼がそんな損失を背負う必要はないのに。そのお金は妹のために使うべきなのに。

「金の心配をしてるのか?」
「……ええ」
「大丈夫だ。妹はもう手術を受けるために国を渡っている」
「え……そうなの?」
「俺が奴隷として買われた時点で、その金は妹の元に送られているんだ。今頃は手術も終わってその辺りを元気に飛び回っているかもしれないぞ」

 流石にそれはないと思う。

 だがエリンが心配していた、国を移動するための費用はすでに不要とのこと。

 そう言えば『他国に渡るためにお金が必要なんでしょう?』という問いかけに、彼は驚きこそしたが頷きはしなかった。つまり奴隷として買われた時点で、彼は金銭面での悩みからは解放されていたということだ。

 ならばこんなに長い時間性衝動に耐えていたのは、全てエリンのためという事になる。

「それより……正直、好みの女性とこんな狭い空間に入れられて俺も相当辛いんだ。だから早く、君の身体で俺を楽にしてくれ」
「あ、あの……」
「ああ、悪いが拒否権はないぞ。君の所有権は現時刻をもって俺に移った。君が乱れる姿を……独り占めしたい」
「……は?」

 そう言って立ち上がった男性は、何を思ったのか突然拳を高く振り上げた。そして振りかぶった鉄拳を、目の前にあるガラスの壁に思いきりめり込ませた。

 次の瞬間、バキィッ……! と高い音がしてガラスに大きなヒビが入る。しかし強化ガラスは完全に粉砕されることはなく、加圧した場所を中心に細かなモザイク模様に変わるだけだ。

「え、ええええ……!?」
「思った通り、強化ガラスはヒビ割れても壊れはしないな。――好都合だ」
「ちょ、ちょ、ちょっとおお……!?」

 呆気にとられるエリンを他所に、男性は次の面のガラスにも拳を思いきり突き立てる。

 一撃で細かなモザイク模様に変わったガラスの壁を確認すると、同じように3枚目、4枚目も半壊状態に変えていく。あっという間に外の様子が見えなくなったガラス箱の中で、男性はフーッと長い息を吐いた。

「よし、これで外からは見えないな。まぁ、声ぐらいは聞かせてやれ」
「はいいぃい……!?」

 確かに4面全てのガラスが、張り巡らされた蜘蛛の糸のような模様へ変貌した。そして完全に取り払われたわけではないので、外からは人の肌の色の揺らめきはわかっても、その全貌を窺い知ることが出来ないだろう。当然、中から外の様子を気にする必要もない。

 満足げに鼻を鳴らした男性の顔をぽかんと見上げて、エリンは思わず言葉を失ってしまった。そんなエリンの前に跪いた男性が、小さな微笑みを浮かべる。

「俺の名はマッシュ。君の名前は?」
「……エリン」
「エリン……もうこれは不要だな」

 男性――マッシュの指がレースの紐をゆっくりと引っ張って結び目を解く。ついでにほとんど布のないショーツの結び目も解かれると、汗と愛液を吸ってぐしょぐちょに重くなった布地がぼたっとその場に落ちた。

 完全に裸になったエリンは、むしゃぶりつくような口付けを拒まなかった。すでに力が入らなくなっている身体を強く引き寄せられ、食い尽くす勢いで重さなるキスを受け入れる。

「ん、んん……んぅっ……」
「――は」

 ……ようやく触れてもらえる。

 最初は見ず知らずの人に身体を開くなんて、と思っていた。はしたない行為だと考えて、頑なに拒んでいた。けれど今のエリンにそんな思考はひとかけらも残されていない。

 触れて欲しい。暴いて欲しい。
 乱して欲しい。貫いて欲しい。

 未だ乙女の身体でも無意識に求めてしまうほど、腰がゆらめいてしまうほど、この欲望には際限がない。淫紋とは人の遺伝子の底に眠る性への渇望を呼び起こす効果も持つのだろうか。

「っぁ、ああ、ん」

 マッシュの大きな手が正面から胸のふくらみを包み込み、少し強めに揉みしだく。本来ならば痛いと感じるはずの強さなのに、熱い手に触れられるだけで溶けそうなほど気持ちいい。それに指先で膨らんだ突起をピンと弾かれるだけで、離れた場所にあるはずの下腹部の淫紋が反応し、そこから全身へ向かって快感が跳躍していく気がする。

「だめ、だめぇっ……!」

 びくんっと身体が過剰に跳ねてしまう。しかしマッシュはエリンの訴えを聞き入れず、そのまま執拗に胸を弄り回して、背中から腰のラインを撫で回す。たったそれだけで、まるで共鳴するように全身が反応する。

「このままでも挿入はいりそうだな」
「あ……えっ、え?」

 耳元でぽつりと囁かれた言葉が背中にぞわぞわとしたしびれをもたらしたせいで、咄嗟に何を言われたのか理解できなかった。だがマッシュの言葉の意味を確認する暇すら与えてもらえない。

 正面から抱き合っていた状態から、身体の位置を変えて床に這いつくばるような体勢に誘導される。あっと言う間にマッシュにお尻を突き出すような格好にさせられ、尻と同時に割れ目を開かれ、そのまま高ぶった欲望の先端を飲まされる。

「先だけで気持ちいいな」
「ああっ……あ、っぅん!」

 先だけでと言った瞬間に一気に貫かれた。ヌププッと水に濡れる音がした直後、ごりゅっと内壁を抉られるような重たい衝撃が全身に響いた。

 だが乙女を失った瞬間だというのに、痛みどころか圧迫感さえ快感に変わってしまう。それほどまでに淫紋による性衝動の解放と催淫効果は凄まじいということだろう。

「ひぁ、あっ……あああっ!」

 マッシュにも余裕がないようで、すぐにエリンの蜜壺を責めるための抽挿を開始する。

 太い陰茎が淫花を突くたびに、ぴしゃ、ぷしゅっ、と蜜汁が噴出する。その花蜜がエリンの太腿から膝を伝い、まるで失禁してしまったかのように床の上へ水溜りの円を広げていく。それでも構わずに楔を打ち込まれると、膣の奥から全身が震え出した。

「ああ……いいぞ……エリン……! 最高だ……!」
「っゃあ、あんっ……あッ……ああっ!」

 もはや何を言われても、どこを責められても感じてしまう。自分で自分の身体が怖い。

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