「あの人とは違う形で、あなたを支えてみせます。」~最強の魔法使い師弟~

火威

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序幕&第一幕

「あの人とは違う形で、あなたを支えてみせます。」~最強の魔法使い師弟~

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序幕

「吹き荒れよ、<緑風刃りょくふうじん>。」
 木々が鬱蒼と生い茂る、深い森の奥。
 夜の闇に、低い、艶のある美声が響いた。
 声によって生み出されたのは、魔力の風。
 疾風の刃は、木々を薙ぎ倒して突き進む。
 ザンッ。
 真っ二つに切り裂かれたのは、翼竜。
 その皮膚は、鋼鉄よりも硬く、真の銀ミスリルや、神の金オリハルコンの刃でなければ、傷はつかない。吐く炎は、人など一瞬で骨まで灰にする。
 一国の正規軍でも、小隊でやっと一頭倒せるかどうか、という凶暴な魔獣を、声の主はたった一人で苦も無く屠った。
 左右に分かたれ、鮮血の海に沈んだ仲間の姿に、もう一体の翼竜は、凄まじい怨嗟の叫びを放つ。
 並の神経の持ち主なら卒倒しそうな、根源的な恐怖をかき立てる雄叫おたけびだが、彼は、眉一つ動かさず翼竜を見据えた。
 木の葉の間をぬって届く、淡く儚い月光が、その姿を照らし出す。
 長身の美青年だった。
 均整のとれた、と表現するには、たくましさが勝る。鍛え抜かれた鋼の筋肉が、開けた胸元からのぞく。
 軍服を模した詰襟は、<星の塔>に所属する魔法使いである証。
 そして、襟元に金具で止めた深緑のマントは…。
 耳にかかる程度の短い金髪は、太陽の黄金。かぼそい月光の下でも、眩いほどに光り輝く。
 鋭利な瞳は、蒼海の紺碧。生きたサファイア。研ぎ澄まされた刃のような。
 通った鼻筋も、引き締まった口元も、すっきりとした頬からあごへのラインも、甘い様相は欠片もない。
 野生の獣めいた、荒々しさをまとう。
 形のよい唇が、再び先程と同じ魔法を紡ぐ。
 生み出された風の刃。
 翼竜の体に、光の軌跡を描く。
 どす黒い血をまき散らし、翼竜が地に伏すまで、まばたき一つの間。
 鉄の臭いを含んだ生温い風が、青年の金髪を揺らして吹き過ぎていった。
 葉擦れの音だけが耳に届く夜の静寂を。
 パチパチパチパチ…。
 場違いな拍手が壊した。
 青年が、長いマントを翻す。問いただす眼差しを向けた。向けられた瞬間に背筋が伸びる、重い視線。
 その先には、木の枝に腰かけた美少年。
 足を組み、唇の両端をつり上げた様が、ひどく挑戦的だった。
 年は十四、五歳に見えるが、年齢不相応なほど不遜な表情だった。
 整った顔立ちは、秀麗かつ優艶だが、浮かべた笑みが高慢すぎて、見る者を不快にさせる。
 少年がまとうのは、青年のものとよく似た詰襟。ただし、マントはなく、色も異なる。青年は漆黒、少年は紺。袖口や襟元を飾る金属も、青年は金で、少年は銀。また、青年の飾りの細工は、少年のそれより凝った造りをしている。
 色合いと細かいデザインの差は、彼らの立場の違いを示している。
 それでも。
 少年の菫色の双眸は、ひるむことなく青年をにらみ返す。
 少年が、組んでいた足をほどいた。そのまま身を躍らせて、青年の前に跳び下りる。
 耳の下でゆるく束ねた長い髪がなびく。青年のものよりも淡い、プラチナ・ブロンド。ほとんど銀に近い髪が、月明かりを冷たくはね返した。
 少年は、優雅に一礼して見せる。
「見事ですね。最上級の魔獣を瞬殺とは。さすがは、フェレト・リウス様。」
 少年の紫の瞳が、濡れたように妖しく光る。
「<風の賢者>の称号、飾りではないようです。」
 挑発的に言ってのける美少年に、青年は、広い肩を軽くすくめた。
「おまえ、そんなこと言うために、門限破って来たのか?もの好きなガキだぜ。」
 呆れた声音、砕けた口調。
 少年は、相手にされていないことを感じ取り、不愉快そうに片頬を歪めた。
「まさか。」
「ほお。」
 フェレトの紺碧の双眸が、鋭さを増した。剣呑に光る。
「じゃ、何しに来た。」
「貴方に勝負を申し込みに。」
堂々と、言い放った。
「オレの相手をしていただけませんか?本気で。」
 フェレトが、鼻先で笑い飛ばす。
「百年早いぜ。」
 少年が、キッとフェレトを見据える。
「吹雪け、<蒼雪乱そうせつらん>!」
 ゴウッ。
 視界が、真っ白に染まる。
 雪と氷をまとった烈風が、フェレト目がけて突き進む。触れれば一瞬で凍りつく、魔力を有する雪嵐。
 だが。
「弾けろ、<翠風弾すいふうだん>。」
 爆風が、氷雪を、跡形もなく吹き飛ばす。
 深緑のマントを踊らせ、月をその背に従えて。金髪をなびかせた、<風の賢者>は宣告する。
「身の程を知れ。」

第一幕

 大陸のほぼ中心に位置する一都市、<リュカイオス>は、魔法使いたちの組合ギルド、<星の塔>の恩恵を受けて繁栄する魔法都市であり、いかなる国家にも属していない。
<リュカイオス>は、<星の塔>が、ほぼ全ての土地を所有している。都市を丸ごと支配している魔法使いの組織は、世界でも他に例を見ない。<星の塔>は、依頼を受けて世界中へ魔法使いを派遣し、報酬を得る。<リュカイオス>は、それによって成り立つ特異な都市なのである。
 魔法使いが依頼を果たすことで存続する組織である性質上、<星の塔>は、人材の育成に余念がない。優秀な魔法使いが多ければ、それだけ<星の塔>は潤う。
 よって、魔法使いの卵たちは、育成機関である<アカデミア>において、初等部6年、中等部と高等部が3年ずつ、大学部が4年と、卒業まで十六年かけて、魔法の理論と実践を学ぶ。飛び級制度も設けられているが、それを利用できるのは、一握りの天才だけである。

 <アカデミア>大学部の卒業試験会場は、熱気と興奮に包まれていた。
 筆記と実技の二部構成で行われる試験のうち、実技試験は、対戦方式の勝ち抜き戦であり、<星の塔>に所属する者なら、誰でも参観できる。円形の闘技場、通称<コロシアム>で、一対一の激闘が繰り広げられるのだ。
 広い客席はほぼ満席だった。正式な魔法使いがまとう制服は漆黒、<アカデミア>の生徒たちは紺であり、席も分けられているので、遠くから見ると、客席が二色に塗り分けられているかのようだった。
 <アカデミア>の生徒たちにとっては、先輩の実技を目の当たりにできる機会である。
 卒業試験に合格した卒業生は、魔法使いと師弟の契約を結び、その下で修行を積む。そのため、魔法使いは、弟子となる卒業生を探す目的で観戦する。
 また、<星の塔>の統治機関、<元老院>の魔法使いも、数名、来賓として招かれている。<元老院>の目に留まれば、エリートコースに進めるため、彼らを意識して浮足立つ卒業候補生も多かった。
 期待と不安と緊張と興奮。熱気は、<コロシアム>の、透明な特殊硝子の天井を曇らせるかに見えた。
 落ち着きなくざわめく卒業候補生たちの中で。
 彼は、周囲からくっきりと浮かび上がって見えた。
 年は十代半ばに見える。しかし、客席ではなく、選手席にいる以上、見学に来た中等部や高等部の生徒ではなく、卒業候補生らしい。一応制度とて設けてあるものの、飛び級できる生徒は滅多にいないので、大人の中に一人ぽつんと子どもが混じっている様は、目立つ。
 しかし、目を惹く理由は、幼さだけではない。それだけならば、埋没していても不思議はない。
 冷静沈着、というより醒めた眼差しで、目前の戦いを傍観しているからこそ、少年の存在は際立っている。
 澄んだ月光で編んだかのような、銀に近い白金の髪。最上級のアメジストを凌ぐ輝きを有する紫眼。一流の名工が、丹精こめて作り上げた人形のように整った容姿。
(…相変わらず、いつでもどこでも、主役になる子ですね…。)
 試験官の控える席から教え子を眺め、<アカデミア>大学部の教授、ウルカヌス・ヘパイトは微苦笑する。
 ウルカヌスの亜麻色の瞳に映る彼は、間違いなく天賦の才に恵まれているが、頑固で融通が利かなくて、ずいぶん扱いづらい学生だった。最後まで、本心も、心からの笑顔も見せてはくれなかった…。
 穏やかな人柄が表れた、優しげな風貌のため、女子学生から人気の教授は、その柔和な面差しをかすかに曇らせる。俯いたため、濃い栗色の髪が目元に影を落とし、表情を隠す。
「ウルカヌス先生、あの子を心配なさっているんですか?」
 かけられた声に、ウルカヌスが顔を上げると、見覚えのある青年が、彼にだけ光が当たっているような、華やかな笑みを浮かべていた。
 肩につかず風に揺れる、艶やかな黒髪、柘榴石のような真紅の瞳。子どもの頃は少女にしか見えなかった愛らしさは、大人になった今でも頬の柔らかなラインに残っている。
 成人男性にしては小柄で華奢なので、<星の塔>の制服の上から羽織った純白のマントが重そうだ。
 今年で二十八になるはずだが、せいぜい十八、九にしか見えない。
 力のある魔法使いは、肉体の最盛期で老化が止まるのだ。
「<光の賢者>様、貴賓席にいらっしゃらなくてよろしいのですか?」
 こんなところにいるべきではない相手に、ウルカヌスは呆れた表情で問いかける。
<光の賢者>と呼ばれた青年は、悪戯っぽい笑みを返した。
「<元老院>のおじいサマ方とずっと一緒じゃ、肩が凝りますよ。フェレトなんか、顔も出さないです。」
「…あの方にも困ったものですね…。」
 思わずため息をつくウルカヌス。今の教え子も、かつての教え子たちも、実力は申し分ないのに、性格と素行は、完全無欠の落第生だ。
 ちなみに、<元老院>に籍を置けるのは、一流の魔法使いなので、皆、実年齢はともかく、見た目は若い。「おじいサマ方」という呼び方そのものが失礼である。
「そうですよ、先生。一度、フェレトにびしっと言ってやってください。」
 自分のことを棚に上げ、<光の賢者>は、勝手なことを言う。
「賢者様方が、今だに一介の教授に説教されているようでは、<星の塔>の未来は暗いですね…。」
「えっ、ボクもフェレトと同じ扱いなんですか!?あ、先生、見てください。」
「話をそらそうとしても。」
 無駄です、と言うより前に、<光の賢者>が、<コロシアム>中央を、細い指で指し示す。
「あの子の出番ですよ。」

 円形の闘技場には、正方形の形に組み上げられた石畳が、無数に設置されている。それらは今、魔法使いの卵たちが戦うフィールドだった。
 朱色の火炎を、吹雪が相殺し、金の光を漆黒の闇が呑みこむ。荒れ狂う風が、石畳を切り裂き、破片が宙を舞う。
 怒号と悲鳴。
 飛び散る汗と、噴き出す鮮血。
 熱狂の渦の中にあって、やはり彼だけが氷のように冷徹。
 激闘よりも、舞踏会に赴くのが似合いそうな、洗練された優美な身のこなしで、石畳に上がる。
 相手は、二十歳過ぎの若者だったが、少年に、年上を敬う気は、欠片もない。
「雑魚の相手はつまらないな。」
 珊瑚色の唇が、吐き捨てた。
 年下の少年に侮辱された若者の顔が、怒りで朱に染まった。
「燃え上がれ、<紅烈火こうれっか>!」
 真っ赤に燃える炎が、少年の真下から吹き出す。
 少年は、ひらりと跳躍し、ふ、と唇だけで薄く嘲笑する。
「吹雪け、<蒼雪乱>。」
 ゴオッ!
 突風が、氷雪をまとって荒れ狂う。炎をかき消すだけでは飽き足らず、対戦相手の四肢に喰らいつく。
「葬り去れ、<青氷棺せいひかん>。」
 少年が再び呪文を紡ぐ。
 豪雪に四肢を絡め取られた対戦相手に、よける術はない。
 一瞬で、氷の棺に閉じ込められた。
 驚愕の表情のまま、文字通り凍りついている。
「そこまで。」
と、審判を務める試験官が宣言する。
「勝者、ディアス・パレル。」
 息一つ乱していないディアスは、対戦相手になど、見向きもしなかった。客席に視線をすべらせる。
(どこかで見ているのか?)
 サファイアの双眸を探して。

 カツン、カツン、カツン、カツン…。
 長い回廊を進む、二人分の足音。
 先を進むのは、紳士然とした魔法使い。高位の魔法使いらしく、外見は若いが、思慮深い面差しは重ねてきた月日の長さを思わせる。理知的な光を宿すその薄茶の瞳が、わずかに翳っている。
 後に続くのは、十代半ばほどの少年。少女と見まごうほどの麗姿に、勝気と称えるには不敵な眼差し。
 ウルカヌス・ヘパイトとディアス・パレルである。
 ウルカヌスは、眼下に広がる<星の塔>の敷地に視線を落とした。
 延々続く廊下は、壁も天井も床も、魔法で強度を増した、特殊な硝子で作られている。視界を遮るものは何もない。
 <星の塔>の広大な敷地は、完全な円を描いている。
 中央には、<星の塔>の政治を担う<元老院>。
 それを、円環状の建物が、五重に囲んでいる。名称は、<天の輪>。魔法使いの研究と生活の場であり、位の高い魔法使いほど、内側…つまり<元老院>に近い場所に部屋を持つことができる。もっとも、依頼を受けて世界中を飛び回る魔法使いたちが、自分の部屋で過ごせる時間はそう多くはない。
 東の方角に、<アカデミア>。
 西には、<星の塔>の叡智の結集した図書館、<時の記憶>。
 南には、実戦向けの修行場、<コロシアム>。
 北には、罪を犯した魔法使いが繋がれる牢獄、そして処刑場。
 そして、<星の塔>の名の由来であり、象徴でもあるのが、今、ディアスがウルカヌスに伴われて赴く場所。
 <星の塔>の土地は、真円。その円周上には、六つの塔が、天を衝く勢いでそびえ立つ。六つの塔は、硝子の回廊で繋がれており、正三角形と逆三角形を重ねた形となっている。つまり、塔は、六芒星の頂点だ。
 塔の名は、それぞれ、地、水、火、風、光、闇。
 魔法の六つの属性である。
 塔に住まうことを許されるのは、賢者の称号をもつ、<星の塔>最高位の魔法使い。魔法の属性の一つを極めた者。
 六つの塔は、硝子の回廊で互いの塔及び<元老院>とつながっているが、賢者と<元老院>に属する者は、それとは別に異空間回廊で、瞬時に行き来が可能だ。
 硝子の回廊の途中で足を止めたウルカヌスに、ディアスは不審な表情を向けた。
 ウルカヌスは、憂いの濃い眼差しで、ディアスを見下ろす。
「…気持ちは、変わらないのですね。」
 返る答えを承知しつつも、口に出さずにはいられない問いかけ。
 ディアスの声には、一切の躊躇がない。
「無論です。」
 ウルカヌスは、かすかにため息をつく。
「貴方は、実技試験の優勝者、筆記試験でも首席。賢者様に弟子入りを願う資格は十分です。他の賢者様なら、止めはしません。ですが…<風の賢者>様は、一筋縄ではいかない方ですよ。」
 ディアスは、大胆不敵な笑みを朱唇に飾る。硝子の天井を透かして降り注ぐ日差しが、彼の白金の髪を眩く彩る。
「望むところです。」

 澄んだ朝日が、塔の室内に降り注ぐ。小鳥のさえずりが、耳朶を優しくくすぐる。
 爽やかな朝に全くふさわしくない、不機嫌な顔の幼馴染に、<光の賢者>は苦笑した。
「寝起き悪いね、相変わらず。」
「うっせー。」
 一分の隙もなく制服を着こなし、マントにしわ一つない<光の賢者>に対し、相手はまだベッドに腹這いに寝そべっている。
 上半身裸で煙草をくわえているのが、透明な空気の中で、ひどく気怠い様子だった。
「大体、なんでてめえは、朝っぱらから人の塔で茶なんか飲んでんだよ。」
 勝手知ったる人の家、としか言いようのないくつろぎっぷりで、ベッドの端に腰かけていた<光の賢者>が、上からのぞきこんでくる。優雅にハーブティーを一口含み、くすくすと笑みをこぼした。
 ロースヒップティーの甘酸っぱい香りがする息で言う。
「お茶は持参したんだよ。フェレトのところは、お酒しかないもんね。」
「そーゆーこと聞いてんじゃねえ。」
 フェレト・リウスは、半眼になって言い返すが、<光の賢者>は、意に介さない。
「機嫌悪いねー。どーせ、また、二日酔いだろ。」
「だからうるせーよ、てめえは。」
「昨日の夜、酒屋借り切って大騒ぎしただろ?あんまり素行が悪いと、<元老院>のおじいサマ方がぶち切れるよ。怒りのあまり、血管切れて、ぽっくりいっちゃったら、どーすんのさ。」
 とっくに成人しているくせに、無邪気という表現が似合ってしまう笑顔で、冗談にしては悪質な台詞を吐く。
「てめえだって一緒に呑んでただろーが。」
「ボクは節度を守って呑んでましたー。」
「ああもう、で、結局、何の用なんだ、アレク。」
 シーツに肘をつき、頬づえをついたフェレトが、視線だけを<光の賢者>に向ける。左耳のピアスが、動きに合わせて朝日を反射した。くゆらせた紫煙の先で。
 アレクと呼ばれた<光の賢者>、アレクト・エリニュスは、意味ありげに微笑んでみせる。
 童顔なのに、その一瞬だけ、ひどく妖艶な色香が漂うのも、長い付き合いのフェレトには見慣れた表情だ。
「おもしろいモノを見つけたからね。」
 ハーブティーの入ったカップを、窓枠にかちゃりと置いて。
「報告。」
 内緒話をささやくように、アレクトはフェレトとの距離を詰める。
 ふわりと甘く、花の香りが漂う。何の花か確かめようとすると、逃げるように散ってしまう、かすかな香り。
「昨日、<アカデミア>の卒業試験だっただろ。<風の賢者>サマは、すっぽかしたけど。」
「それが?」
 平然と返す同僚に、アレクトは浮かべた笑みを濃くする。
「全試合、瞬殺で優勝した子がいたんだよ。」
 真紅の瞳が、悪戯っぽく煌めく。
「何年か前にもいたよね。そーゆー子。」
「だから何だよ?」
「べつに。誰かさんによく似た子だなーって。優勝しても、全っ然、嬉しそうな顔しなくて、勝って当然、みたいな醒めた態度で、対戦相手完璧無視。あれは、まわり中、敵にするタイプだね。お人形さんみたいにきれいな顔が、よけいに反感買う、もったいない子。」
 本当は昨日の夜言おうと思ってたんだけど、フェレトが早々に出来上がっちゃったから、真面目な話ができなかったのだと、嫌味を付け足す。
 皮肉っぽく桃花の唇をつり上げている幼馴染に、フェレトは、ふう、と煙を吐き出し、煙草を長い指に挟んだ。
「近頃は、ナマイキなガキが多いんだな。」
 アレクトは、小首をかしげた。肩につかない長さの黒髪が、さら、と揺れる。
「どーゆーこと?」
「オレにケンカ売ってきやがったガキがいる。」
 アレクトの表情から、笑みがはがれ落ちた。大きな赤い瞳が丸くなる。
「…殺してないよね?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ。」
 フェレトは、むすっと眉をひそめた。
「馬鹿じゃねーな。勝てねえとわかると、あっさり退いた。」
 敵との力量差を正確に見極められなければ、生き残れない。そして、<風の賢者>相手に逃げ切れただけでも、たいしたものだ。
 フェレトは、ふっと、薄い刃の笑みを唇に乗せた。ぞく、とアレクトの肌が粟立つ。
「もうちょい育ったら、本気で相手してやってもいいな。」
「…。」
 アレクトは、息を詰めた。フェレトの上にかがみこんでいた姿勢から、ゆっくりと身を起こす。
「会ってみたいね。」
 先ほどまでと、明らかに種類の異なる笑み。
「キミがそこまで言う子と。」
 フェレトは、軽く肩をすくめた。
「紹介してやれねーよ。名乗りもしやがらなかったからな。」
 そこでようやくベッドから出て、着替え始める。
 アレクトとは対照的に、胸元を閉めない、着崩した形。しかも、制服の下にシャツを着る決まりも無視して、素肌に直接羽織る。<アカデミア>時代から変わらない、友人の規則破りに、アレクトは
「いつまでそれ続けるの?」
と、少々呆れ気味だ。
「似合うからいいだろ。」
と、フェレトが、堂々と言い返したとき。 
 控えめなノックの音が響いた。
 続くのは、二人の賢者の双方に、聞き覚えのある声。
「<アカデミア>教授、ウルカヌス・ヘパイトです。<風の賢者>様、入室の許可をいただけますか。」
「ああ。」
 フェレトの答えは、そのまま魔法として、<風の塔>に作用する。
 <風の塔>の主にして守護者、<風の賢者>の許しで、扉が自然に開く。賢者の塔の全ての出入り口は、その主の許可なくしては開かない。例外は、異空間回廊から直接空間をつないだ場合だけだ。
 立っていたのは、フェレトとアレクトの、かつての師であるウルカヌスとー。
 朝の日射しをまばゆく反射する、白金の髪。
 紫水晶の輝きを放つ、菫の双眸。
 挑戦的に、挑発的に。
 不敵に、艶やかに。
 ディアス・パレルは微笑んだ。
。フェレト・リウス様。」

 <アカデミア>の卒業試験に合格し、晴れて卒業生となった魔法使いは、現役の魔法使いに弟子入りして実践経験を積む。いわば、研修期間だ。その長さは、各々によって異なり、師に認められた時点で独り立ちできる。
 その時初めて、漆黒の制服に袖を通すことになる。
 どの師にもとにつくかは、<アカデミア>在籍時及び、卒業試験での成績が考慮される。端的に言えば、優秀な成績を修めた者だけが、一流の魔法使いの教えを請うことが許される。
 飛び級制度を利用できるほどの才をもち、卒業試験の優勝者でもあるディアスは、賢者に弟子入りする資格は十分。
 しかし。
 当代の<風の賢者>は、弟子をとらないことで有名だった。その地位に就いてから数年たつが、一人の弟子も育てたことはない。それだけでも、<星の塔>の魔法使いの果たすべき義務を放棄している。
 <星の塔>が誇る、最高位の魔法使い、賢者でありながら、<元老院>にも平気で逆らう、問題児にして異端児。
 フェレトを見上げるディアスの菫の瞳が、ギラリと輝く。
(だけど、オレは、どうしても、この人の弟子になりたい。)
 戦いを挑んだのは、自分の存在をフェレト・リウスに焼き付けるため。
 無視などさせない。絶対に。
(オレの計画に、ミスはないはずだ。)
「…。」
 食い入るようなディアスの視線を受け止める、蒼天の瞳は、至高のサファイア。
 全てを貫く鋭利な刃。魂ごと抉られるようで、気力を吸い取られる。
「一つ、訊くぜ。」
 高い位置から、低い美声が降る。
 腹の底に、ずん、と響く。
「なんでてめえは、オレの弟子になりたい?賢者なら、他にもいるぜ。」
 賢者の席は、地、水、火、風、光、闇の六つ。現在、空位なのは、<火の賢者>のみ。
 フェレトの素行の悪さは、<星の塔>中に知れ渡っている。<元老院>に反抗する、不良魔法使いを、あえて選ぶ理由は。
 ディアスは、一瞬たりとも視線をそらさなかった。
「オレの望みは、最強。そのために、今、最強であるあなたの弟子になりたい。」
 ディアスを見返す紺碧の双眸は澄んでいたが、深すぎて底が見えない。
「何のためだ?」
 ディアスは、あごを反らした。高慢に言い切る。
「オレにとって、強くなることは、手段じゃない。目的です。」
 それの何が悪い?と、言外に告げる眼。誰かを守りたいわけではない。掲げる理想などない。ただ、力だけが全てだと。
「…。」
 はあ、と。
 フェレトは、肺が空になりそうな息を吐き出す。
 長い指で、がりがりと自分の金髪を引っ掻く。
 その様を、隣に立つアレクトが、苦笑して見守っている。
「イヤなガキだぜ、てめえは。」
 そう言ってから。フェレトは、にやり、と鮮やかに笑んで見せる。
 ディアスは、はっと息を詰めた。
 一瞬の閃光のような眩しさ。
「てめえの根性、このオレが叩きなおしてやる。」
 この瞬間、ディアス・パレルは、フェレト・リウスの、生涯唯一の弟子となる。
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無能なので辞めさせていただきます!

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