「あの人とは違う形で、あなたを支えてみせます。」~最強の魔法使い師弟~

火威

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幕間&第二幕

「あの人とは違う形で、あなたを支えてみせます。」~最強の魔法使い師弟~

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幕間

 寮の消灯時間は、とっくに過ぎていた。周囲の部屋からは物音一つしない。耳が痛くなるような静寂。ベッドサイドの小さなランプが唯一の光源だが、目が慣れてきているので、窓硝子に映る自分の表情が、少年にはよく見えた。
 十に満たない年の、繊細で可憐な美貌。少女か少年か迷うような。
 肩より短い黒髪に、つやつや光る柘榴の実のような赤い瞳。
(今夜はずいぶんおそいなあ…。)
 何度目かのため息がこぼれ落ちる。
(なにかあったのかな…。)
 空っぽのままの、隣のベッドをちらりと見て。
 愛らしい瞳に、長い睫毛が影を落とす。
 ガタン。
 突然窓が鳴った。
 少年は、ベッドから跳び下りた。
 外側から開けられた窓。二階の窓枠を乗り越えて入って来た人影に、少年が抑えた声で言う。
「フェレト!おそいよ、こんな時間まで。」
 少年の声が途中で悲鳴に変わる。
「フェレト、血が…!」
「でかい声出すな!」
 フェレトと呼ばれた少年が、吐き捨てるように言う。
 短い金髪に、紺碧の瞳。
 整った顔立ちだが、荒んだ目つきが、ぞっとするほど冷たい印象。赤い瞳の少年と同様に、十には届いていない年頃だが、その表情には無邪気さの欠片もない。
「騒ぐような傷じゃねえよ。」
 平然と言うが、腹部を押さえた手が赤く染まり、床に鮮血が流れ落ちていく。
 濃い血のにおいが、狭い部屋を満たしていく。
「先生呼んで来るから!」
 駆け出そうとした少年の腕を、フェレトがつかんだ。
「やめろ。抜け出したことがばれる。」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「おまえに関係ないだろ。ほっとけよ。」
 全てを拒絶するような、ばっさりと切り捨てるような、凍りつくような声だった。
 端正な顔を痛みに歪めて床に座り込み、それでも、助けを拒む。
 少年の長い睫毛が震えた。
「フェレトのばかっ…。」
 真珠のような大粒の涙が、丸い頬に弾けた。
「死んじゃったらどうするのさっ…!」
「!?」
 フェレトの青い瞳に、初めて動揺が走った。
 少年の言葉にではなく。
「な、なんで泣くんだよ。」
「だって、早く先生のとこ行かないと、フェレト死んじゃう!」
「このくらいで死ぬか!」
 叫んだのが傷に響き、フェレトがうめき声を上げる。
「ほら、痛いんじゃないかー!!」
 しゃくり上げて、とうとう、わっと泣き出した少年に、フェレトは慌てた。
「お、落ち着け、アレクト!!おまえの言う通りにするから泣くな!!」
 結局、その騒ぎに気づいて、寮の宿直の職員が駆けつけ、フェレトは無事に治癒の魔法を処置された。
 もちろん、説教と罰を課された上で。

 それは、二十年近く前の夜。後に、偉大な魔法使いになる青年たちが、無力な子どもだった頃の話で
あり、絆が生まれた夜の出来事でもある。
 フェレトは、この夜のことを、大人になった今でも時折思い出す。
 目覚めた朝、隣で眠っていたアレクトの頬に残っていた涙の痕から、視線をはずせなくなったことも。

第二幕

 魔法使いの組合ギルド、<星の塔>の周囲には、<空の街>と呼ばれる、一般の住民が暮らす地域が広がっている。
 <星の塔>は、世界中に派遣した魔法使いが得る報酬で、都市<リュカイオス>の財源を支える。しかし、魔法使いといえど、霞を食べて生きているわけではない。衣食や娯楽を提供する役割を担うのが、<空の街>だ。
 そして、<空の街>のさらに外側には、広大な森が広がっている。
 通称、<黒き魔性の森>。
 木々が鬱蒼と生い茂り、昼なお暗く、人の訪れを拒む森は、魔獣の巣窟だ。
 一般人はもちろん、魔法使いでさえ、立ち入ることは滅多にない。魔獣は、凶暴な上、生命力が強い。相当の手練れでなければ倒せない。
 湿った土のにおい。肌にまとわりつく、濃密な緑の気配。
 陽の光は、重なり合う葉の隙間を縫って、細くしか差し込まない。しかし、その見事な白金の髪は、わずかな光の中でさえ、鮮やかに煌めいている。
 透明度の高い宝石のような瞳を、冷ややかに細め、ディアスは師となった青年を見上げた。
 胸元をはだけてまとった、漆黒の制服。賢者にのみ許された、くるぶしまでのマント。その出で立ちは常と変わらないが、どういうつもりか、腰に太刀を佩いていた。
 向き合うと、ディアスは、フェレトの胸の辺りまでしかない。見下されていると圧迫感があるのだが、それをはね返すように切り口上で聞く。
「なんのつもりですか?こんなところに連れてきて。」
 フェレトは、はん、と鼻先で笑う。
「修行に決まってんだろ。押しかけ弟子のくせに、態度でけーよ。」
 素直に言うことを聞きやがれ、とフェレトは居丈高だ。
「…動くなよ。」
 ふっと、フェレトの声音が低くなった。ディアスが、何を、と問う間もなく。
 フェレトの大きな手が、ディアスの細い首にかざされる。触れる寸前で。
「枷を受けよ、<黒封環こくふうかん>。」
 バチッ!
 漆黒の光が弾けた。
 小規模の落雷のような。
 喉元に奔った、熱く鋭い痛み。
「これは…。」
 ディアスが首に触れると、硬い、冷たい感触が指先に返った。
 石にも金属にも似ているが、そのどちらでもない。物質化された魔力が、首輪よろしくぐるりと一周しているのを感じる。魔力が閉じ込められたことも。
「…何が目的ですか。」
 ディアスの声が極寒の冷気をまとう。
「魔法の修行でしょう。オレの魔力を封じてどうするんです。」
「いいんだよ、これで。」
 フェレトは、あっさりと返す。
 無言でねめつけてくるディアスに、フェレトは唐突に尋ねる。
「答えろ。魔法とは何だ?」
「はあ?」
 ディアスは、はっきりと不信感を露にした。なぜ、今さらそんな基礎基本を答えなくてはならないのかと、紫の瞳が怒りを孕む。
 フェレトは、蒼穹の瞳を意地悪く細めた。
「答えなきゃ破門な。」
「っ。」
 弟子にして数時間で破門する師匠など、前代未聞だが、もとより規格外の<風の賢者>。本気だと読み取って、ディアスは口を開く。
「魔法とは、体力及び精神力を、魔力に変換して、自然に働きかけることで、望んだ現象を作り出すことです。魔力は、その根源が精神力や体力である以上、個人差はあれ、人間なら誰もが使える技術。しかし、魔法として発動するためには、魔力を制御する精神力が不可欠です。魔法使いは、呪文を唱えることで精神集中を行う。ほとんどの魔法は、その場限りのものですが、特別な術式を組み込み、魔法効果が半永久的に続くようにした品もあります。<星の塔>が誇る異空間回廊は、これにあたります。…続けますか?」
「いーや。十分だ。合格。」
「初等部の子どもだって答えられますよ。」
「そうだ、魔力を支えるのは、精神力だってことは常識。つまり、心が強くなきゃ、強い魔法使いにはなれねーんだよ。」
 フェレトの視線が鋭くなる。魂の底にまで刺さるような、容赦のない光。
「心を鍛えろ。」
 ディアスが、かすかに身じろぎした。
「一週間、この森で生き延びてみな。おまえのご自慢の魔力を封じた状態で。」
 見開かれる紫水晶。
「その<黒封環>は、おまえが本気を出せば、壊せる程度の強度にしてある。」
「なるほど。」
 数瞬で落ち着きを取り戻したディアスが、皮肉っぽく唇の端で笑う。
「魔力を使うかどうかは、オレの自由。ただし、<黒封環>が壊れた時点で破門ですか。」
「ご名答。」
 ニヤリと笑みを返すフェレト。
 翼をもがれた状態で、魔獣を倒して生き延びる。それくらいのことができなければ、<風の賢者>の弟子たる資格はないと。
「ほらよ。」
 フェレトは、腰に佩いた剣を、鞘ごとディアスに放り投げる。両手で受け止めたディアスに、
「てめえの武器はこれだけだ。-健闘を祈るぜ。」
 死刑宣告のように告げる。
 ディアスは、ぐ、と剣を握る手に力を込める。
 扱ったことがないわけではない。<アカデミア>で、基礎は教わった。しかし、呼吸するのと同じくらい簡単に使える魔法と比べ、この原始的な武器の重みは、ディアスにとって馴染みが薄い。
 だが、動揺を表に出すようなことは、ディアスのプライドが許さない。意地でも虚勢を張る。
「次の修行は、もう少しまともなものを考えておいてください。」
 ディアスは、背筋を伸ばし、あごを反らして傲然と言い放つ。
 フェレトは、喉の奥で笑う。何もかも見透かしているように。
 深緑のマントを翻して背を向ける。振り向かないまま、ひらりと手を振ってみせ、そのまま去って行った。

 一人きりになると、しん、とした静寂が重くのしかかってきた。
 森の奥に視線を向ければ、広がるのは、深く濃い翠の闇。全てを呑みこむ、巨大な魔獣のあぎとのよう。
 浮かんだ考えを、錯覚だと払いのける。
 <黒き魔性の森>に足を踏み入れるのは、初めてではない。<アカデミア>の規則を破って、何度か侵入したことがある。フェレトに、強引に手合せを申し込んだのもここだ。
 魔法さえ使えるなら、ディアスにとって、ここは全く危険な場所ではない。魔法さえ使えるなら。
 気弱になりかけた自分を叱咤する。
「情けないぞ、ディアス・パレル。魔力が使えなくても、おまえには知識があるだろう。」
(切り抜けてみせる。)
 すうっと息を吸う。
(オレは、最強の魔法使いになるんだ。)
 <星の塔>で最強と誉れ高い<風の賢者>のもとで修行することは、誰よりも強くなるための近道のはず。
(こんなところであきらめてたまるか。)
 吸った息を大きく吐き出すと、少しだけ、心が落ち着いた。細いあごに、白い指を置く。
(まずは、飲み水の確保だな。)
 この森の片隅には、細いが川が流れていることを思い出す。
(後は…火を焚く必要があるな。)
 魔獣も獣であり、基本的には火を恐れる。火のそばにいる限り、襲ってくる可能性は低い。もちろん、火属性の獣は例外だが。
 問題は、火を起こす手段だった。
 剣で木を切ることはできても、火種がない。
 ディアスは、チッと舌打ちする。
 魔法さえ使えれば、火を起こすことも、それを燃やし続けておくこともたやすいというのに。
 ディアスが、忌々しげに、<黒封環>を爪で弾いたとき。
 ガサッ。
 背後で茂みが音をたてた。
 ごくり。
 ディアスの喉に、冷たい唾が落ちる。
 ここは、<黒き魔性の森>。現れるとすれば、それは…。
 ディアスは、息をつめ、ゆっくりと振り向いた。
 トカゲだった。
 大きさは、ディアスの腕ほど。それだけなら、どこにでもいるトカゲだが、一目で魔獣だとわかるのは、全身に炎をまとっているからだ。
 真っ赤に燃えた舌を、ちろちろとのぞかせながら、こちらをうかがっている。
「サラマンダー…。」
 低級の魔獣。鋭い爪や牙はなく、吐く炎も、竜のそれとは比べものにならない。
 それでも、魔法なしで立ち向かうのは分が悪すぎる。
 竜よりもはるかに劣る炎とはいえ、人の肉を焼き尽くす威力がある。そして、サラマンダー自身が死んでも、その体にまとう炎は消えない。
 一瞬、足がすくんで、ディアスはその場に立ち尽くした。
 サラマンダーは、野生の本能で、ディアスの恐怖を見抜く。
 大きく跳躍し、ディアスに飛びかかる。
 呪縛が解けたように。
 ディアスは、とっさに身を伏せた。
 金髪が数本、焼き切られて空を舞う。
 サラマンダーの足が地に着くのと、ディアスが弾かれたように身を起こすのが同時。
 ディアスはそのまま、全速力で走り出した。

 ディアスは、無我夢中で走り続けた。背後からは、サラマンダーの軽い足音が迫る。小さくても四足歩行の獣は速い。
 息が荒くなる。額から汗が伝う。わしづかみにされたように、心臓が痛む。腰につけた剣の刀身が、鞘にぶつかってガチャガチャと鳴る。
 突然、木々の作り出す緑のカーテンが途切れた。
(!)
 涼しい音をたてる水の流れ。
 深さは、ディアスの膝辺り。幅は、ディアスの腕一本ほど。
 小川程度の、ささやかな水量だが、今のディアスには天の恵みに等しい。
 濡れるのも構わず、バシャバシャと川に踏み込む。昼近いとはいえ、季節は早春。水は、びっくりするほど冷たかった。
 きっと背後を振り向けば。
 サラマンダーは、鼻にしわを寄せて、うなり声を上げている。
 だが、水に近づくことはできない。
 火の属性の魔獣は、本能的に水を恐れる。もっと高位の魔獣なら、この程度の小川など干上がらせるほどの炎を吐けるが、小さなサラマンダーにとって、この水量でも十分な脅威だ。
 しばらくディアスをにらんでいたが、やがて、あきらめてくるりと背を向けた。
 ゆっくりと、燃え盛る炎が遠ざかって行く。
 ディアスは、肩で大きく息をした。
 そのまま、膝が砕けて水の中に座り込みそうになる。
 だが。
 危機を脱したことで、紫の瞳に、本来の冷静で聡明な輝きが戻って来る。
(このサラマンダー…使える。)
 サラマンダーの炎は、その命が尽きても燃え続ける。
 この一匹をしとめれば、炎が手に入る。
(できるか?)
 今のディアスにあるのは、一振りの剣だけ。使い慣れていない武器だけで。
(やるんだ!)
 迷う時間はなかった。
 サラマンダーは、背後にまったく注意を払ってはいない。ディアスを、逃げるしか能がなかった獲物としか認識していない。平気で背を向けたのが、その証拠。
 距離は、数メートル。
 跳躍すれば、剣は届く。
 ディアスは、剣を鞘から引き抜いた。
 陽光を冷たく弾く刀身。
 ディアスは、ぐっと柄を握りしめる。汗ですべりそうになって、つかみ直す。
 勝負は、一瞬。
 一撃で倒せなければ、死ぬのは自分だ。
 ディアスは、ダンッと水底を蹴った。
 飛び散る水飛沫。はねる金髪。きらきらと光り輝く。
 炎が迫る。熱が伝わる。
 ディアスは、サラマンダーの背中に、剣を突き立てた。
 肉を貫く感触。
 断末魔の絶叫は、長く尾を引いて、森の奥底に吸い込まれていった。

 ディアスは、精根尽き果てた表情で、ぐったりと座り込んでいた。
 体が、泥のように重い。目を閉じたら、意識が遠のきそうだった。疲労に、押しつぶされそうだった。
 その傍らに、背中を串刺しにされ、地面に縫いつけられたサラマンダーの死体。
 カッと目を見開いたまま、ぴくりとも動かない。炎だけが赤く揺らめいている。
 剣を抜こうと伸ばしたディアスの白い手が、空で止まる。
 その手が、小刻みに震えた。震えは、全身に広がっていく。
 消えないのだ。
 サラマンダーに剣を突き刺したときに、手に伝わった感触が。
(オレが、殺した…。)
 なぜ動揺しているのか、ディアスにはわからない。
 炎を手に入れるために殺した。計画通りだ。
 この死体がまとう炎があれば、他の魔獣は寄って来ない。
 とらえた獲物を焼いて、食べるためにも炎は必要だ。
「食べる…?殺して、食べる、のか…。」
 思わずこぼれ落ちた呟きはかすれ、みっともないほど震えていた。

 <星の塔>の名の由来にして象徴、敷地の最果てにありながら、中心の<元老院>に匹敵する権威をもつ、六つの塔。
 そのうちの一つ、<風の塔>に、その主はもどっていた。
 執務室の重厚なに、行儀悪く腰かけている。片方の足を立て、立てた膝の上に肘をつき、頬づえをついている。
 視線は、部屋の隅の姿見に向けられている。
 縁に細かな装飾のある上品な鏡は、もちろん、フェレトの趣味ではなく、塔に備え付けられている備品だ。異空間回廊と同様、魔法を組み込まれた特別な品だ。その証拠に、映しているものは、部屋の内部ではない。
 鏡の中にいるのは、金髪紫眼の美少年。形のよい眉を、泣き出す寸前のようにきつくひそめ、珊瑚色の唇をかみしめている。うっすらと血が滲むほどに。
「…。」
 フェレトは、無言でディアスの苦悩を見ている。
「苦しんでいるね、あの子。」
 ふいに、背後から柔らかな声が届く。
 本来、フェレトが座るべき椅子に腰を下ろしたアレクトが、鏡から親友に視線を移した。
 フェレトは、親友を振り向かない。ディアスに視線を向けたままで。
「それが目的だ。」
 感情の読めない声で答える。
「…いじわるだねえ。」
 揶揄する響き。
 フェレトは、立てていた足を下ろす。身軽に机から跳び下りる。マントがふわっと広がった。
 鏡の前に立つ。
「魔法使いは、命の重さを知る義務がある。命を奪うことの意味を。」
 魔法は、あまりにも呆気なく、拍子抜けするほどたやすく、命を奪うことができる。
 それゆえに、気づかない。
 魔法の恐ろしさを。それをふるった自分の罪を。
「その手で殺さないとわからない、か。」
 優しげな外見を裏切って、アレクトの声は厳しい。
 アレクトは、鏡を見つめるフェレトの背中を、視線で追う。
「あの子は、乗り越えられると思う?」
「さあな。」
 フェレトは、あっさりと放り投げる。
 アレクトは立ち上がり、フェレトの隣まで歩いた。並んで立つと、アレクトはフェレトの肩辺りまでしかない。
 鏡の中のディアスを眺めた後、緋色の瞳でフェレトの横顔を見上げた。
「ねえ、フェレト。ボクは、あの子、乗り越えると思うよ。」
 その声は、慈愛に満ちてあたたかく、それなのに、微笑みは危ういものを含んでいる。
 しかし、鏡を見ていたフェレトは、気づくことができなかった。

 フェレトの指が、ディアスの細いあごをつかんで、上向かせた。
「いいツラになったじゃねーか。」
 フェレトは、ディアスににやりと笑いかけ、手を離した。
「…おかげさまで。」
 憮然とした表情で、ディアスは答える。
 細い首筋には、首輪のように<黒封環>がはまっている。
 サラサラと、淡い金の輝きを放っていた髪は、光沢を失ってはいなかったが、土埃で汚れ、あちこち絡まっている。
 しわ一つなかった制服は、血にまみれ、あちこち切り裂かれてボロボロだ。
 なめらかな白皙の肌も、泥で汚れ、無数の切り傷が痛々しい。そのうちの一つ、頬の傷からは、鮮やかな鮮血が滴り落ちている最中だ。
 ディアスは、頬の鮮血を、ピッと親指の腹で払う。
 ディアスの足元には、その傷をつけたであろう魔獣が、骸と化して転がっている。
 剣の一閃で、首と胴が真っ二つに分けられている。ディアスの胴ほどの太さがある、巨大な蛇。口には、びっしりと鋭い牙が並んでいる。
 魔獣、ワーム。
 ディアスは、ワームの尾を剣で輪切りにすると、串刺しにした。燃え続けているサラマンダーの死体にかざし、ワームの肉をあぶる。
 焼けたのを確かめ、剣に突き刺したまま、かぶりつく。
 口の端から肉汁がこぼれ、珊瑚色の唇が濡れたのを、無造作に指でぬぐう。
 細い喉が肉を嚥下するのを、フェレトの青い瞳が、面白そうに見下ろしている。
 血だらけで泥まみれ。凄惨な姿をしているのに、ディアスの紫の瞳は、眩しいほどの輝きを放っている。
 ディアスは、最後にひとかけらを呑みこんで、まっすぐにフェレトを見上げた。
「で、次の修行は?」
 精悍さの加わった美貌で、挑むように問いかけディアスに、フェレトは、心底楽しそうに、くくく、と笑った。
「楽しみにしてろ。」

 <空の街>は、<星の塔>の恩恵によって繁栄し、魔法使いの暮らしに必要な物資や娯楽を提供する、世界でも珍しい都市である。
 成り立ちは特殊でも、人が生活する以上、貧困や犯罪などは当たり前に存在する。親に捨てられた子どもも、親を亡くした子どもも。
 彼らの救済のために、<星の塔>が設けたのが、<光の家>。十八歳までの子どもたちが暮らす孤児院だ。福祉にも十分な予算を割けることは、<星の塔>の資金が潤沢である証である。
「今さら教えていただく必要はありませんが。」
 ディアスの声が冷たい。<星の塔>や<空の街>に関する基本的な知識など、何年も前に習いました、と言外に告げている。
 <黒き魔性の森>から生還したディアスは、風呂に入って一晩ぐっすり眠り、気力、体力ともに十分だ。清潔な制服に着替え、すっかり完璧な美少年にもどっている。耳の下でゆるくまとめた長い金髪は、傾きかけた午後の日射しの中できらきらと眩い。
 ただし、その菫の瞳は、今までとは違う覚悟が加わって、凄みを増している。
 ディアスがフェレトの連れて来られたのは、<空の街>に点在する<光の家>の一つ。<光の家>の中でも小規模な施設で、ごく普通の一軒家より多少広い程度だ。
「オレに、ここで何をしろと?」
 ディアスが、前を歩くフェレトに問いかける。
 フェレトは足を止めて肩ごしに振り向いたが、意地悪く目を細めただけで、何も答えない。
 ディアスは、形のよい眉をひそめた。
 ウルカヌスが忠告した通り、「一筋縄ではいかない」相手だと、もう十分理解したが、何を考えているか全く読めないのが腹立たしい。
 首に、軽く触れた。
「せめて、これを外してください。」
 ディアスの白い首には、まだ<黒封環>が黒く光っている。
「これをつけて、オレを<黒き魔性の森>に置き去りにしたあなたの意図は、理解しました。もう、必要ない。」
「まだだ。」
 フェレトはきっぱりと、はねつける。
 その蒼天の瞳は、厳しいだけではない何かを含み。けれど、その真意は謎だ。
「…。」
 ディアスは、魅入られたように、視線を外せなくなる。
 フェレトの瞳の奥底に秘められた全てを知りたい。
「オレの許可なく外すなよ。」
 破れば破門な、と軽い調子でつけ加えられ、ディアスは柳眉をつり上げる。
 それでも、もう文句は口にしなかった。
 <黒き魔性の森>で1週間生き延びて、学んだことも得たものもあると自覚している。あの経験は、己に必要だったと。
 <風の賢者>、フェレト・リウスのすることには、必ず意味があるのだと。
 フェレトは、複雑な表情で黙り込むディアスを横目で見て、こっそりと笑みをこぼす。そして、ドアを開けた。

「フェレト兄ちゃん!」
「フェレト兄さん!」
「フェレトにい!」
 とたん、子どもの歓声が響いた。子どもたちが、フェレトに駆け寄ってまとわりつく。
「フェレト兄ちゃん、抱っこして!」
「あ、ずるい、ロムルス!オレが先だぞ!」
「フェレト兄さん、久しぶり。元気でしたか?」
「ねえねえ、フェレト兄、今日は泊まっていってくれる?」
「今日はアレクト兄ちゃんは一緒じゃないのー?」
 全部で十人。
 年齢は様々で、五、六歳の小さな女の子もいれば、ディアスと変わらない背丈の少年もいる。
 顔立ちは似ていないが、目を輝かせてフェレトを見上げる表情はそっくりだった。
 フェレトは笑顔を返し、
「けんかすんな、順番な。」
 と、小さい子から順に、一人一人抱き上げてやったり、頭を撫でたりしている。
「けっこう、重くなったな、ライア。」
「ヒュア、いい子にしてたか?」
「ロムルス、下のやついじめんなよ。ちゃんと面倒見てやれ。兄貴だろ?」
 名前を呼んで声をかけているフェレトを見て、ディアスは、フェレトがこの孤児院をたびたび訪れているらしい、ということは察した。しかし、フェレトがここに自分を連れてきた目的は全く理解できない。
 しかたなく、部屋を見回してみる。
 使いこまれたテーブルやベッド。手作りのぬくもりが感じられる、テーブルクロスやクッションカバー。素朴な野の花が活けられた花瓶。
 贅沢とは無縁だが、あたたかく心地よく整えられ、くつろいで過ごせる部屋だった。子どもの笑い声が似合う空間。
 腕を組んで壁にもたれたディアスに、最初に気づいたのは、一番やんちゃそうな、十歳くらいの少年だった。猫のような癖毛は、オレンジがかった赤。瞳も赤みがかった琥珀色で、好奇心に輝いている。フェレトに、「ロムルス」と呼ばれていた。
「フェレト兄ちゃん、こいつだれ?」
 と指さされ、ディアスは、ぴくり、と片眉を上げた。
「年長者をこいつ呼ばわりか。礼儀知らずだな。」
 ぎろり、とにらまれて、ロムルスはびくっととび上がった。ディアスは、女の子よりも綺麗に整った顔なので、不機嫌な表情になると、子どもが本気で怖がる迫力がある。ロムルスは、あわててフェレトのマントの影に隠れた。
 フェレトは、苦笑しながら後ろに手を伸ばし、ロムルスの頭をぽんぽんと叩く。視線はディアスに向けて。
「ディアス、ガキをいじめんなよ。」
「言葉遣いがなっていない、生意気な子どもには、しつけが必要でしょう。」
 つんとあごを反らして言い返すディアスに、フェレトは吹き出した。黙って立っていれば、近寄り難いほどの美形なのに、その笑い方はあけっぴろげで屈託がなく、気取ったところが欠片もない。
「おまえが、生意気な子どもとか言うなよなあ…。」
 笑いすぎて、青い目の縁に涙まで浮かんでいる。
 ディアスは憮然として、フェレトをにらみつける。
 フェレトは、ディアスの怒りなど歯牙にもかけない。あっさり無視してロムルスたちに話しかける。
「この、きれいだけどおっかない兄ちゃんは、ディアス。オレの弟子な。」 
 ええーっと、子どもたちが一斉に騒ぎ出す。ディアスが思わず耳を塞いだ。
「フェレト兄ちゃん、弟子とったの?」
「初めてじゃん。今まで弟子とったことなかったのに!どーしてさ。」
「なんでなんで!?」
 フェレトは、片目を閉じる。
「秘密だ。」
 ただそれだけの仕草が、見惚れるほど様になっている。
「えー!」
「教えてくれないなんてずっるーい!」
 またもや大騒ぎの子どもたち。甲高い声がきんきん響くが、フェレトは慣れているのか余裕であしらう。
「まあ、そう言うな。土産にケーキと本持ってきてやったから。」
 わあっと歓声が上がる。子どもたちは、あっさり誤魔化されて、きゃいきゃいはしゃぐ。
「なんのケーキ?」
「どこのお店?」
「フェレト兄の手作り?」
「何の本?」
 目をきらきら輝かせて見上げてくる子どもたちに、フェレトも笑みを返す。
「それは見てのお楽しみだ。どっちも先生に預けてあるから行って来い。」
「「「はーい!!」」」
 子どもたちは、見事なユニゾンで返事をすると、だだっと走り去る。
 嵐が過ぎ去ったような気分でディアスが立ち尽くしていると。
「フェレト兄の弟子になったなんて、すごいじゃん。」
 一人、残っていた少年に声をかけられた。
 ふわふわと柔らかそうな、金褐色の髪。瞳は、澄んだエメラルド・グリーン。 
 子どもたちの中ではいちばん年長で、ディアスと同じ、十四、五歳くらいに見える。
 ただし、明るく快活で、人なつっこそうな表情は、ディアスとは真逆の印象だ。
 たいていの人間が好感を抱くような少年だったが、ひねくれたディアスは、たいていの人間には入らない。
 不機嫌に言い捨てた。
「まだ、魔法について何も教わっていないが。」
 少年は、肩をすくめて苦笑した。
「おまえって、変わってないなー。」
「なに…?」
 ディアスは、軽く目を見開く。今の言葉は、以前から知っている相手に向けるものだ。
「ああ、やっぱ、おぼえてないんだな。」
 予想しつつも、残念がっている、そんな顔で。
「オレ、ラレス・ペルマリニ。おまえと同じクラスだったぜ。まあ、ちょっとの間だけだけどさ。おまえ、すぐ飛び級したから。」

 ディアスがフェレトから命じられたのは、いわゆる奉仕活動ボランティアだった。<光の家>の責任者、子どもたちの「先生」が体調を崩していて人手が足りないから手伝え。フェレトの説明はそれだけ。
「そんなの、臨時で人を雇えばいいでしょう!」
 と反射的に返したディアスに、フェレトはチッチッチ、と指を振って見せた。
「甘いんだよ。ガキと接する人間なんだから、誰でもいいっつーわけにはいかねーだろ。身元がしっかりしてて、それなりに教養があって、人格にも問題がない人間なんて、簡単に見つからねーんだよ。おまえの場合、人格に問題ないって言い切れねーけど、まあ、許容範囲だろ。」
「人のことをそんな風に評するフェレト様の人格には、問題がないんですか。」
 フェレトをキッとにらみつけるディアス。フェレトは、は、と鼻で笑う。
「そーゆー返し方が、いい性格してる証拠だろ。とにかく手伝え。嫌なら破門な。」
 二言目には、それである。ディアスは、歯ぎしりしながら、渋々頷いたのだった。
 そういう経緯で、現在、ディアスは、<光の家>の台所で包丁を握っている。
 だが。
(どうするんだ、これは。)
 右手に包丁、左手にジャガイモを持ったまま硬直する。
 <アカデミア>の寮は、食堂があって、自炊の必要などなかった。台所に立つのも、包丁を握るのも初めてだ。
 だが、それをここで白状したくない。
 すぐ隣で、フェレトが慣れた手つきで、するすると芋の皮をむいていたので。
 くるくると薄い皮がつながっていくのは、ディアスにとって魔法よりもずっと不思議だった。
 とりあえず、見様見真似で包丁を動かしたとたん。
 つるっと刃先がすべって、指先をかすめた。
 痛みよりも、吹き出した血に驚いて、芋を取り落す。
 フェレトが
「見せろ。」
と、ディアスの細い手首をつかんで引き寄せる。
 ディアスは、どきりと息を詰めた。
 右手に握ったままの包丁を落しそうになって、慌てて置く。
 フェレトは、傷を確認し
「浅く切っただけだな。洗っとけ。」
と、安心したように言って、手を離す。
 確かに、紙で切ったのと変わらないくらいの傷だ。
 フェレトが優しいと、反抗しにくい。ディアスが言われた通りに血を洗い流していると、フェレトが勝手知ったる人の家、とばかりに包帯を探し出してきた。細く裂いて、くるりと器用にディアスの指に巻きつける。
「これでよし。」
 あまりにも鮮やかな手際だったので、ディアスはぽかんとしてしまう。礼を言うタイミングを逸してしまった。
 けがはどうということも無かったが、問題は芋の皮むきだ。ディアスが、包丁とジャガイモを持ったまま唇をかみしめていると。
「おまえなあ、やったことないなら、素直に言え。」
 あきれたようにため息をついたフェレトが、ディアスの背後に立った。
 ふわりと、背中からフェレトの両腕が回された。ディアスは、フェレトの長身に包みこまれる形になる。
「フェレト様っ!?」
 ディアスが、珍しく高い声を上げた。本気で動揺しているディアスの手に、フェレトの大きな手が重なる。
「覚えろ。」
 ゆっくりと、芋の皮がむかれていく。さっきの、目にも止まらないような速さではない。ディアスの手が感覚をつかめるように。
 むき終わると、フェレトはディアスから手を離す。ディアスは、すっと引かれたフェレトの手を追うように、ふり向いてしまう。
 目が合ったフェレトに
「できそうか?」
と訊かれ、ディアスはとっさに見栄を張る。
「っ当然です!」
 ただ、この教え方なら、相当不器用でもできるようになりそうだったので、全くの嘘でもない。
 フェレトは、全部見透かしたような目をする。
「ま、こういうのは慣れだ。やってりゃ上手くなる。」
 ぽん、と背中を軽く叩かれた。励ますような安心させるような、あたたかくて柔らかい笑みとともに。
 その触れ方も微笑みも、この家の子どもたちに向けていたものと寸分違わぬ、慈しむような優しさにあふれている。
 ディアスは、呼吸も忘れてフェレトを見つめた。

 <光の家>の食事は賑やかだった。十人も子どもがいれば、それも当然だ。「先生」は、別室で休んでいるそうで、フェレトが先に食事を運んでいた。
「あー、ロムルスがボクのおにくとったー!」
「へへーん、肉に名前なんて書いてねーよ!ぼーっとしてるのがいけねーんだよ!」
「フェレト兄ちゃん、ロムルスがいじめる!!」
「兄さん、ライアがミルクこぼした!」
「あ、ヒュア!ピーマンのこしてる!」
「だってにがいもん!!」
 あまりの騒々しさに、ディアスは食事どころではない。甲高い声に脳天を直撃され、思わず両耳をふさぐ。「先生」が別室にいる理由はよくわかってしまった。体調が悪いときに、こんなところで食事など無理だ。
 フェレトは全く動じることなく。
「カストル、オレの分やるから喧嘩すんな。」
「ロムルス、意地悪するやつは、いっしょにメシ食ってもらえなくなるぞ。謝れ。」
「ライア、自分でふけるな?ほら、ぞうきん。」
「ヒュア、ピーマン半分にしてやるから食えよ。大きくなれねえぞ。」
 てきぱきとトラブルを処理してしまった。
 悪ガキらしいロムルスでさえも、フェレトの言うことは素直に聞いて、カストルに「ごめん。」と謝っている。
 年長のラレスは、小さな子におかわりをよそってやったり、
「食器は持って食べるんだぞ。ひじはつかない。」
と声をかけたりと忙しそうだ。
 ディアスが、手伝うべきかと思うものの、具体的に何をしたらいいのかわからず、ただ目の前の光景を眺めていると。
「減ってないな。食わないのか?」
 フェレトの視線が向けられていた。
「早く食べねえと、おかわりはなくなるぞ。みんな、育ち盛りだからな。」
 からかうように言われる。ついでに
「おまえも育ち盛りなんだから、ちゃんと食え。じゃないと、いつまでも細っこいまんまだぞ。」
 とつけ加えられたので、ディアスはカチンとくる。長身で、引き締まった筋肉の持ち主であるフェレトに言われると、華奢な自覚があるディアスは面白くない。
「食べますよ。」
 憤然と宣言して、ようやく食事を口に運び出す。
 フェレトは、ディアスの心情などお見通しなのか、口の端で笑っていて、ディアスはよけいに腹立たしい。
 しかし、スープを口にして、そんな感情がふきとんでしまった。
(おいしい。)
 料理するところは見ている。ジャガイモやニンジン、玉ねぎなど、ごくありふれた材料を使っていた。調味料も、塩や胡椒など、料理に疎いディアスでも知っているものばかりだった。それなのに、今まで寮の食堂でとっていた食事とは比べものにならないくらいにおいしい。
(どうして。)
「なあ、フェレト兄ちゃんのスープ、うまいだろ!」
 ロムルスが、大きな目で、得意そうにのぞきこんでくる。
「え、と…ああ。」
 話しかけられるとは思わなかったので、しどろもどろの対応になってしまう。
 知らない感覚だった。
 誰かと会話をしながら食事をしたことなどない。
 食堂で食事をしたときに、周囲に人はいた。けれど、それは単に、いただけで。
「ロムルス、今日はディアスも一緒に作ったんだから、ちゃんと礼を言え。」
 フェレトに言われ、ディアスはちょっと居心地の悪い思いをする。
 一緒に作った、と言えるほどのことはしていない…というより、できなかった。野菜の皮むきでさえ、フェレトよりはるかに時間がかかった。あとはせいぜい、鍋や食器を洗ったくらいで、おそらく子どもでもできるくらいのことだっただろう。
 それなのに、
「ディアス兄ちゃん、ありがとう!」
 無邪気ににっこり笑われて。
「いや、オレは。」
 ディアスの手から、スプーンがすべり落ちた。
 スプーンがたてた、小さな音で、ハッと我に返る。拾い上げて、
「洗ってきます。」
と、食堂を飛び出した。
 残された子どもたちは、きょとん、とその背中を見送る。ロムルスが、不思議そうにフェレトを見上げた。
「フェレト兄ちゃん、ディアス兄ちゃん、どうしたんだ?」
「どうもしてねえよ。」
 フェレトが笑って答えたので、子どもたちは安心する。また、元通りに騒がしいおしゃべりが再開される。
 フェレトは、ラレスに
「ちょっと頼むな。」
と声をかけて立ち上がる。
 ラレスは、ディアスの立ち去った方を眺めた。
「あいつって、本当に、魔法のことしか知らないよな。」
 馬鹿にするでもなく、同情するでもなく。しみじみ呟くラレスに、フェレトはふっと目を細める。
「そうだな。」
「フェレト兄。」
 ラレスは、フェレトを見上げた。
「どうして、フェレト兄が、あいつを弟子にしたのか、わかった気がする。」

 スプーンはすぐに洗ったディアスだが、何となく食堂にもどるのが気まずくて、台所でぐずぐずしていると。
「そろそろ戻らねーと、あいつら心配して見に来るぜ。」
 カタンとドアを開けて、フェレトの長身がすべりこんで来る。
「フェレトさまっ!」
 ディアスは、全身がばねになったような勢いで振り向いた。白金の髪が空を切る。
 フェレトが、マントを揺らして近づいて来る。
「こういうの初めてか?」
 ディアスは、何も答えずに俯いた。人との関わりなど無駄だと切り捨ててきた。ただ、強くなることだけを考えて生きてきた。だから、ディアスには、友人と呼べる相手すらいない。飛び級が多かったから、というのは理由にならない。周囲は、全て、蹴落とす対象だった。それを、寂しいと思ったことすらなかった。
「まあ、すぐ慣れるぜ。」
 気が付くと、フェレトが、すぐ近くにいた。
 ハッと顔を上げたディアスは、フェレトの笑みを含んだ瞳に、鼓動が速くなる。何もかも見透かしたような、瑠璃色の瞳。深海の青。
「いろいろ覚えろよ、これから。」
 くしゃ、と指の長い、大きな手が、ディアスの金髪をかき回す。
「フェレトさまっ!?」
 仰天したディアスが、真っ赤になった。どくどくと、心臓が早鐘を打っている。
(なんだこれ。)
 小さなライアやヒュアが、フェレトに撫でられていた光景が目に浮かぶ。
(フェレトさまにとって、オレはあの子たちと同じなのか。)
 それは、憤慨すべきことのはずなのに、ディアスはなぜか、フェレトにされるがままになっていた。
 くすぐったい。そして、胸の奥が、じんわりとあたたかくなっていく。
 それは、フェレトのスープを飲んだときと、よく似た感覚だった。

<光の家>で過ごす時間は、またたく間に過ぎて行った。
 ディアスにとって、食事の支度だけではなく、掃除も洗濯も、子どもたちに勉強を教えるのも、本を読み聞かせるのも寝かしつけるのも、何もかもが初めてだった。最初は戸惑ってばかりだったディアスだが、そのたびにフェレトが手本を見せてくれ、時には手を添えて教えてくれた。
 <風の賢者>が、ずっとこんなところにいて、<星の塔>の仕事はどうなっているのかと訊くと、フェレトは、「オレは今、弟子の教育っつー、立派な仕事してるから構わねーんだよ。」と言い切った。
 ラレスに、「どうせ、アレクト兄に押し付けてんだろ。」と突っ込まれていたが。「いい加減にしないと、アレクト兄だってもう面倒見切れないって怒るぜ。」とは、ラレスの忠告だ。
 半月も過ぎる頃には、食事の支度も滞りなくこなせるようになった。遠慮のないロムルスには
「でも、ディアス兄ちゃんの料理の腕は、まだまだフェレト兄ちゃんには全然届かないけどなー。」
と、はっきり言われてしまったが。確かに、一流レストランのシェフになってもやっていけそうなフェレトには、とても敵わない。それでも腹が立ったので、
「なら、ロムルスはおかわりなしだ。」
と、空の皿を取り上げてやったら、半べそをかいていた。フェレトには
「自分より小さいガキをいじめんな、ディアス。」
と、額を拳骨で軽く小突かれた。
 そのフェレトは、今、年長組と洗い物をしている。
 料理も洗濯も掃除も、子どもたちに手伝わせるのが<光の家>の方針だ。初日の夕飯は、フェレトとディアスだけで作ったが、それは珍しいことらしい。「たまにはサービスってことじゃないか。」と、ラレスが言っていた。
 身よりのない子どもたち。<光の家>にいられるのは十八までだから、それまでに一人で生きる術を身につけなければならないのだと、フェレトから聞いた。家事も読み書きも。その必要性を肌で感じているせいか、どの子も勉強熱心だった。
 <光の家>の子どもたちは、奨学金制度を利用できる。<空の街>の一般の学校にも通えるし、魔法の才能があれば、ラレスのように、<星の塔>の<アカデミア>に入学することも可能だ。
 ディアスは、ラレスの横顔を眺めた。
 ラレスは、ヒュアのベッドの傍らで、ヒュアとカストルに絵本を読んでやっている。ディアスは、同じように、隣室でライアとイオを寝かしつけていたのだが、二人とも寝つきがよくて、絵本の数ページで、夢の世界に飛び立ってしまった。手持無沙汰になって、こっちに来たのである。
「…と、ああ、もう寝てるな。」
 ラレスは絵本から顔を上げて、あどけない寝顔を見下ろした。小さな兄弟たちに向ける翡翠の瞳は、どこまでも優しい。
 音をたてないように本を閉じて、サイドテーブルに置く。
 ラレスは、床に置いたクッションに座っていたディアスのそばまで来て、笑いかけた。
「すっかりここの生活に慣れたじゃん。」
「…まあな。」
 ディアスは、複雑な表情で、渋々頷く。
 最強の魔法使いになるために、<風の賢者>に弟子入りしたというのに、こんなところで何をしているのだろうとは思っている。修行どころか、<黒封環>のせいで、半月以上、全く魔法を使っていない。<アカデミア>に入学して以来、こんなに長く魔法を使わずに過ごしたことなどない。
(だが、まあ…悪くないか。)
 かすかな、けれど心からの笑みが浮かんだのを、ラレスは見逃さない。
「おまえ、変わったよなあ。」
 ラレスは、すとん、とディアスの隣に腰かけた。
「オレが、おまえと同じクラスだったのって、一月もなかったけど、おまえのこと、よく覚えてるぜ。目立ってたもんなあ。」
 もう五年近く前のことなのに、はっきりと思い出せる。
 中途入学の転入生。それだけなら、特に珍しくはなかった。でも。
 女の子よりも綺麗な少年。きらきら光る銀に近い白金の髪はサラサラで。大きな紫の瞳は、朝露に濡れて光る、大粒の葡萄みたいで。丁寧に作られたお人形のようだった。生きて動いているのが不思議なくらいの。
 それなのに、周囲に誰も寄せつけない、氷のような表情をしていた。
 魔法の勉強には、不気味なほど熱心だった。休み時間もずっと教本をめくっていた。放課後は、図書館である<時の記憶>で本を読んでいるか、訓練室で魔法の練習。自分と同じ十歳だったのに、友達と遊び回っているところなんて見たことがない。
 ラレスは、子ども心に、異質だと感じた。空恐ろしいと。
 強くなることだけが、自分の全て。それ以外には一切の興味がないと言わんばかり。
 すぐに飛び級で上の学年へ移ったディアスとラレスは、その後、何の接点もなかった。
 しかし、天才児として有名になっていくディアスの噂は、ラレスの耳にも届いた。時折、その姿を目にすることもあった。
 <時の記憶>ですれ違ったり、食堂で席が近くになったり。そのたびに、変わっていないなと感じた。
 冷ややかな眼差しも、周囲に誰もいないことも。
 <アカデミア>の卒業試験も、客席から見ていた。十分すぎるくらい強くなったはずなのに、まだ満足していない、飢えた瞳。向上心と呼ぶには鬼気迫るもの。病的な、狂気にも似た。
「よかったな。」
 ラレスは、ディアスの瞳をのぞきこんだ。フェレトの薫陶を受けているせいなのか、兄弟たちと親密な距離で育ってきたせいなのか、ラレスもごく自然に相手との距離を詰める。
「フェレト兄の弟子になれて。」
 そんなふうに、笑えるようになったのだから。
 声に出さないラレスの言葉を、ディアスは聞き取っただろうか。
「…ああ。」
 頷くディアスの紫の双眸は、以前よりもずっと柔らかに光る。
 静かな夜が、ゆっくりと更けていく…。

 翌日。清々しく透明な朝日の中で、ディアスはロムルスを揺り起こしている。
「起きろ、ロムルス。」
「う~ん…。」
 ロムルスは、むにゃむにゃと口を動かしながら、ぱたんと寝返りをうつ。起きているときは、生意気でやんちゃで手を焼かされるが、寝顔は意外なほど愛らしい。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 集団生活の朝は戦場。これも、ディアスが、ここに来て初めて知ったことだ。
 ディアスは、ぱちぱちとロムルスの頬を軽く叩く。<光の家>の子どもたちは、できるだけ自分で起きるようにしつけられているのだが、朝が苦手な子どもはこうして年長者が起こして回る。
「おーきーろ。今日の朝食当番は、おまえとラレスだろう。早く取りかからないと、朝食抜きで学校に行くことになるぞ!」
「やだっ!」
 朝食抜きは死活問題。ロムルスはがばっと跳ね起きた。ディアスはやれやれとため息をつく。とりあえず、朝一番の仕事は済んだ。
「着替えたら台所に行けよ。」
 と声をかけ、他の子どもたちを起こしに行くために、部屋を出るディアスに。
「あ、そーだ。ディアス兄ちゃん。」
 思い出した、という様子でロムルスが言う。
「昨日の夜、フェレト兄ちゃんが、どうしても<星の塔>にもどんないといけなくなったから、ディアス兄ちゃんに伝えといてくれって言ってた。」
「…そうか。」
 ディアスの足が止まった。
 仕事をほったらかしにするにも限度があったらしい、と察する。離れた場所にいる相手と会話する魔法くらい、魔法使いなら誰でも使える。<光の賢者>あたりから、連絡があったのだろう。
(フェレトさま、いないのか。)
 心細いわけではない。
 ここに来たばかりの頃のように、教えてもらわなければ芋の皮むきひとつできない、というわけではないのだから。
 ただ、少し。
 ずっと、手の届く距離に、フェレトがいたから。
 いないと知ったとたん、胸の辺りに、冷えた風が吹くような、慣れない感覚が生まれた。その感情の名前を知らないまま、ディアスは次の部屋へ向かう。

「ヒュア、カストル、起きろ、朝だ。」
「まだねむいよお…。」
「まだおきたくなあい…ディアスにいちゃんのいじわる…。」
 はあ、とディアスは疲れた表情になる。いっそ、朝食担当の方がよかった、明日は絶対、ラレスにこっちを押し付ける、と勝手に決めるディアスである。
「起きないなら、朝食抜きだ!」
 最後の手段、とばかりにディアスが大声で怒鳴ると。
「「起きる!!」」
 ヒュアとカストルが、同時に飛び起きる。
 そのとき。
「やめろ!!はなせえっ!!」
 絶叫が、朝の空気を引き裂いた。
 ディアスが凍りつく。
 今の声は。
(ロムルス!)
 悲鳴が聞こえたのも、ロムルスの寝室の方向から。
「ヒュア、カストル!」
 ディアスは、声で指示を出す。
「みんなを集めて、食堂に行け!いいか、絶対に食堂から出るなよ!」
 返事も待たずに、部屋を飛び出した。金髪をなびかせて、廊下を全速力で疾走する。
「ロムルス!」
 バン、と寝室のドアを開けると。
 信じられない光景が、信じたくない光景があった。ディアスが自分の目を疑ったのは、初めてだった。
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「ラレス…おまえ、どうして…。」
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「ラレス、一体何をしている!?」
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 裏切られた気がした。ラレスが兄弟たちに向ける深緑の瞳は、いつだって優しかったのに。
 そして、ディアスにも。
 ラレスを覚えてすらいなかった薄情な自分に、ラレスは。
 今、ラレスの若葉の瞳から、ディアスは何も読み取れない。
「おまえが、悪いんだ。」
 ラレスが、ぽつりと呟いた。力のない、虚ろな声で。
 ディアスは、柳眉を逆立てる。
「オレが何をした!?」
「フェレト兄の弟子になったじゃないか!!」
 血を吐くような絶叫。
 ディアスが、紫の瞳を限界まで見開いた。
「おまえは、天才だろ。ほしいものは、何でも手に入る。それなのに、なんで、フェレト兄まで、オレたちから取り上げるんだ!」
「違う!!」
 ディアスは全身で叫ぶ。
「オレは、おまえたちから、フェレトさまを奪うつもりなどない!!」
 ラレスは、くす、と嗤った。昏い笑みだった。
「自覚がないんだな、おまえ。」
 聞く耳をもたないラレスに、ディアスの背中を冷たい汗がすべり落ちる。
 よりにもよって、フェレトがいない、こんなときに。否、フェレトがいないからこそ、ラレスはこんな暴挙に出たのだ。
「とにかく、ロムルスを放せ。」
 ディアスは、努めて冷静に呼びかけた。今のままでは、何かのはずみで、刃がロムルスに突き刺さるかもしれない。
 ロムルスは、悲鳴をこらえるように、唇を固く引き結んでいる。
 ラレスは、浮かべていた嘲笑を深くする。ラレスらしくない、歪んだ笑みが、空気まで淀ませていく。
「放してやるさ。おまえが、魔法を使ったらな。」
 ラレスの目が、ディアスの細い首を見ている。正確には、ディアスの首にはめられた<黒封環>を。
「魔法を使えば、それが壊れるんだろ。フェレト兄の許可なくそれを外したら、破門だったよな。」
 ディアスは、反射的に、<黒封環>を握りしめていた。
 これは、今、ディアスとフェレトをつなぐものだった。
 ディアスの中で、感情が錯綜した。
「ありがとう。」と笑いかけてくれらロムルス。生意気でやんちゃだけれど、その無邪気な笑顔を見ると、何でも許せてしまう。
「フェレト兄の弟子になれてよかったな。」と言ってくれたラレス。あの言葉が偽りだったと、認めたくない自分がいる。
 ロムルスの首の、すぐ近くで、刃が揺れる。そのたびに、朝日がちらちらと反射して目を射る。
 その輝きは、簡単に命を奪えるものだと、今のディアスはもう知っている。実感を伴って。
「やめろ、ラレス!おまえのそんな姿なんて、オレは…。」
 ディアスは、唇を強くかみしめた。ぷつっと、嫌な音がして、鮮血が伝う。その痛みすら、ディアスには遠い。
(フェレトさまっ…。)
 あの人の弟子でありたい。他の誰かでは代わりにならない。たとえ、それがフェレトよりも強い魔法使いでも。
(オレはもう、フェレトさまじゃなきゃ嫌だ…!)
 深く澄んだ瞳の青が、ディアスの脳裏を染め上げた。
(だけど、ロムルスもラレスも、フェレトさまの大切な…。)
 ディアスは、す、と顔を上げた。
「伸びろ、<黒幻手こくげんしゅ>。」
 シュルッと、無数の漆黒の触手が伸びた。
 ラレスの持つ包丁にくるっと巻き付いて、その刃を覆い尽くす。さらに、柄にも巻き付いて引っ張り、ラレスの手から引きはがした。
 包丁が、かつん、と床に落ちると同時に。
 パキイィィィィィン…。
 澄んだ音をたて、ディアスの首の<黒封環>が粉々に砕け散った。
 ディアスは、ラレスに視線を据える。
「ラレス、ロムルスを。」
 放せ、と言う前に。
 ラレスは、泣き出す寸前の顔で、苦しげに言う。
「ごめん。」
 うつむいたラレスの表情は、前髪に隠れて見えない。
「だましてごめん、ディアス。」
 ディアスは、眉をひそめた。
「それは、どういう…。」
 とことこと、小さな足音をたてて、ロムルスがディアスのそばに寄って来る。生意気なロムルスらしくない、しゅんと沈んだ目で見上げてくる。
「ごめん、ディアス兄ちゃん、あのさ…。」
 それを遮って。
 バタンと、ドアが開いた。
 翻る、深緑のマント。
「合格だ、ディアス。」
 深い響きで、フェレトが告げた。

 うなだれて顔を伏せたままのラレスとロムルスに、
「悪かったな、おまえら。」
と、フェレトが頭を下げる。
 ディアスは、まだ状況が理解できていない。聡明なディアスだが、受けた衝撃が大きすぎて、思考が停止していた。
「フェレトさま、どうして…ロムルスが、フェレトさまは、<星の塔>にもどったと…。」
 言葉の途中で、ようやく気付く。
 ロムルスの言葉は嘘。
「なるほど、全員グルですか。」
 そして、フェレトの「合格」という言葉。まんまと騙された。ふつふつと、腹の底から怒りが湧いてくる。
「オレが、ロムルスを助けなければ破門だったわけですね。」
「ああ。」
 フェレトが、ディアスの刺すような視線を、正面から受け止める。
「ラレスとロムルスを責めるなよ。黒幕はオレだ。」
「わかってますよ…!」
 紫の瞳に、憤怒の炎が燃え上がる。
「オレが、どれだけ悩んだと、思って…。」
 感情のタガが外れて、目の縁にうっすらと涙が滲みかける。
「悪かった。」
 フェレトの声が、あまりに真摯だったので、驚きすぎて涙が引っ込んだ。
「フェレトさま。」
「おまえの心を弄んだのは謝る。殴っていいぞ。」
 フェレトは、長身をかがめて、ディアスに視線を合わせた。
 いつになく真剣な紺碧な双眸は、吸いこまれそうに深い。
 見ているうちに、ディアスの頭が冷えていく。
(この人には、かなわない。)
 こんなことをされたのに、気持ちが少しも揺らがない。
「なら、お言葉に甘えて。」
 ディアスは、拳を握った。
 手加減なしで、一発殴る。
「つ…。」
 フェレトは、かすかにうめき声をもらし、切れた唇から伝う血を、手の甲で拭った。
 ディアスは、にこ、と極上の笑みを唇に刻んだ。
 挑むように、フェレトの瞳をのぞきこむ。睫毛の数さえわかる距離で。
「これで貸し借りなしです。フェレトさま。」
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