2 / 64
2話
しおりを挟む*****
その日の夜、山入りの準備をしていると事情を知った友人三人が店に押しかけて来た。
「黄金のリンゴを取りに行くなんてルナったらお馬鹿さんだわ、自暴自棄もいいところよ」
「あのブルネット女に男取られたんじゃ仕方ないわ。けど、元恋人くんもルナの商売が繁盛しているのをよく思っていなかったみたいだし。別れて正解だったのかもよ? ていうか男見る目ないわねえ」
「彼の父親が消えた領主様を探しに行かなければ、振られたとしてもお店まで取られそうになることはなかったのに。つくづく運が悪いったらないわ」
励ましの言葉は全くない。寧ろ私に対して散々な言い草ではないか。きっと私がか弱い女であったならば、友人たちも同情の言葉を述べてくれただろう。未だ今日の特ダネに花を咲かせる彼女らに私は非難してくれるなとこめかみに手をあてた。
このまま指を咥えて見ているなんて私には我慢ならない。この店は私のもの!
だから友人たちよ、ずっと応援もしないで馬鹿だとか無理だとか連呼するのはやめておくれ!!
とは思ったものの、ここまで勢いに乗った彼女らを止めることは無理そうなのでそのまま聞き流すことに徹した。
やがて嵐のごとくやって来た友人たちは言いたいことをひとしきり言うと満足したのか帰って行った。しんと静まり返った店内に私のため息だけが響き渡る。やれやれと、入り口の施錠をしていると、足元に何かが当たった。
見れば携帯用の食料や衣類、旅灯など必要なものが入った袋が一つ置かれていた。なんだかんだ友人たちは私のことを想ってくれているみたいで少し目頭が熱くなった……ツンデレかよ。
翌朝、私は山麓から白霧山を半ば睨むようにして見上げていた。一年中、厚い雲に覆われている山頂は滅多に顔を出さず、中腹より上は雪で覆われている。今は寒い季節ではないので大丈夫ではあるけれど、真冬になるとその中腹も雪で覆われてしまう。山入に最高の季節で良かった。そして何としてでも黄金のリンゴを採って帰らなければ!
気持ちが急いた私は一度深呼吸をして、横掛け鞄を掛け直すと女性らしからぬ大股でせっせと山を登り始めた。
黄金のリンゴを取って来る期限は一か月。それまでは店の所有権並びに業務権は私にある。
しかしよくもまあ、あんなことを言い出したものだ元恋人は。
私は昨日のことを思い出しながらにやりと笑った。何せ元恋人が自ら首を絞めにいったのだからあの場での私は内心笑いを堪えるのに必死だった。何故なら黄金のリンゴは架空の果実ではなく、実在するからだ。
幼い頃、母と白霧山にしか自生していない薬草を取りに行った時に母がこっそり秘密で見せてくれた黄金のリンゴ。記憶が正しければ一日もあれば辿り着ける。
――フフフ、勝利の女神は私に微笑んでいるわ!
なんて思っていた過去の私をぶん殴りたい。
「なんで? なんで見つからないの……。確かにこの辺りのはずなのに」
赤い黄昏の光が木々の隙間から斜めに射し込み始めたにも関わらず、私は目的の木を見つけられないでいた。このまま日が沈み、見つからなければ今夜は小石でごつごつした場所で寝泊まりすることになる。それだけは御免だと私は一度諦めて野営できる場所を探すことにした。
拓けた場所を探している途中、岩の割れ目から湧いた水が小川を作っているのを目にした。喉が渇いた私は持ってきた木椀に冷たい水をためると喉を鳴らして飲み干す。
夜の山はとても冷える。野営地が見つかったらあったかいスープでも作ろう。
そう考えた私は水筒にも水を補給しようと片方の手で鞄の中を漁り始める。そうしているうちに何かが往復するように何度も私の頭上を掠めた。小動物でもいるのかと何気なく私は上を見る。
その途端、言葉にならない悲鳴を上げて手にした木椀を落っことした。
念のために言っておくが私は薬師。薬とあらば虫やカエルなどどんなものにも物怖じせずに立ち向かい、ひっつかまえては必要な成分を抽出する。
だけど、これだけは――――蛇だけは……いや、爬虫類だけは無理。
どんなに頑張っても無理だあああああ!!
私を見つめる縦長の黒い瞳に、二つに割れた舌がチロチロと出し入れされる。嗚呼、これが犬であったならばモフモフして喜んで舌でぺろぺろされただろう。
泡を吹いて卒倒しなかっただけ偉いと褒めて欲しい。私は倒れそうになる身体を何とか踏ん張ろうと体勢を整えるべく足を後ろへ引いた。
その足は柔らかい土へと着地するはずなのだが足の裏からは何も感じなかった。正気を失って感覚でも麻痺したのか。
おかしいと思って視線を下に落とすと、男が両手いっぱい広げた程の穴が口を開けて私を待っていた。
「ぎゃあああああああ!!」
可愛げのない悲鳴を上げ、ガラガラという土砂が崩れる音と共に私は暗闇の底へと落ちて行った。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる