竜の巣に落ちました

小蔦あおい

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 *****

 その日の夜、山入りの準備をしていると事情を知った友人三人が店に押しかけて来た。

「黄金のリンゴを取りに行くなんてルナったらお馬鹿さんだわ、自暴自棄もいいところよ」
「あのブルネット女に男取られたんじゃ仕方ないわ。けど、元恋人くんもルナの商売が繁盛しているのをよく思っていなかったみたいだし。別れて正解だったのかもよ? ていうか男見る目ないわねえ」
「彼の父親が消えた領主様を探しに行かなければ、振られたとしてもお店まで取られそうになることはなかったのに。つくづく運が悪いったらないわ」

 励ましの言葉は全くない。寧ろ私に対して散々な言い草ではないか。きっと私がか弱い女であったならば、友人たちも同情の言葉を述べてくれただろう。未だ今日の特ダネに花を咲かせる彼女らに私は非難してくれるなとこめかみに手をあてた。

 このまま指を咥えて見ているなんて私には我慢ならない。この店は私のもの!
 だから友人たちよ、ずっと応援もしないで馬鹿だとか無理だとか連呼するのはやめておくれ!!

 とは思ったものの、ここまで勢いに乗った彼女らを止めることは無理そうなのでそのまま聞き流すことに徹した。

 やがて嵐のごとくやって来た友人たちは言いたいことをひとしきり言うと満足したのか帰って行った。しんと静まり返った店内に私のため息だけが響き渡る。やれやれと、入り口の施錠をしていると、足元に何かが当たった。
 見れば携帯用の食料や衣類、旅灯りょとうなど必要なものが入った袋が一つ置かれていた。なんだかんだ友人たちは私のことを想ってくれているみたいで少し目頭が熱くなった……ツンデレかよ。


 翌朝、私は山麓から白霧山を半ば睨むようにして見上げていた。一年中、厚い雲に覆われている山頂は滅多に顔を出さず、中腹より上は雪で覆われている。今は寒い季節ではないので大丈夫ではあるけれど、真冬になるとその中腹も雪で覆われてしまう。山入に最高の季節で良かった。そして何としてでも黄金のリンゴを採って帰らなければ!

 気持ちが急いた私は一度深呼吸をして、横掛け鞄を掛け直すと女性らしからぬ大股でせっせと山を登り始めた。

 黄金のリンゴを取って来る期限は一か月。それまでは店の所有権並びに業務権は私にある。

 しかしよくもまあ、あんなことを言い出したものだ元恋人は。

 私は昨日のことを思い出しながらにやりと笑った。何せ元恋人が自ら首を絞めにいったのだからあの場での私は内心笑いを堪えるのに必死だった。何故なら黄金のリンゴは架空の果実ではなく、実在するからだ。
 幼い頃、母と白霧山にしか自生していない薬草を取りに行った時に母がこっそり秘密で見せてくれた黄金のリンゴ。記憶が正しければ一日もあれば辿り着ける。

 ――フフフ、勝利の女神は私に微笑んでいるわ!


 なんて思っていた過去の私をぶん殴りたい。
「なんで? なんで見つからないの……。確かにこの辺りのはずなのに」

 赤い黄昏の光が木々の隙間から斜めに射し込み始めたにも関わらず、私は目的の木を見つけられないでいた。このまま日が沈み、見つからなければ今夜は小石でごつごつした場所で寝泊まりすることになる。それだけは御免だと私は一度諦めて野営できる場所を探すことにした。
 拓けた場所を探している途中、岩の割れ目から湧いた水が小川を作っているのを目にした。喉が渇いた私は持ってきた木椀に冷たい水をためると喉を鳴らして飲み干す。

 夜の山はとても冷える。野営地が見つかったらあったかいスープでも作ろう。

 そう考えた私は水筒にも水を補給しようと片方の手で鞄の中を漁り始める。そうしているうちに何かが往復するように何度も私の頭上を掠めた。小動物でもいるのかと何気なく私は上を見る。
 その途端、言葉にならない悲鳴を上げて手にした木椀を落っことした。

 念のために言っておくが私は薬師。薬とあらば虫やカエルなどどんなものにも物怖じせずに立ち向かい、ひっつかまえては必要な成分を抽出する。

 だけど、これだけは――――蛇だけは……いや、爬虫類だけは無理。
 どんなに頑張っても無理だあああああ!!
 私を見つめる縦長の黒い瞳に、二つに割れた舌がチロチロと出し入れされる。嗚呼、これが犬であったならばモフモフして喜んで舌でぺろぺろされただろう。

 泡を吹いて卒倒しなかっただけ偉いと褒めて欲しい。私は倒れそうになる身体を何とか踏ん張ろうと体勢を整えるべく足を後ろへ引いた。
 その足は柔らかい土へと着地するはずなのだが足の裏からは何も感じなかった。正気を失って感覚でも麻痺したのか。
 おかしいと思って視線を下に落とすと、男が両手いっぱい広げた程の穴が口を開けて私を待っていた。


「ぎゃあああああああ!!」

可愛げのない悲鳴を上げ、ガラガラという土砂が崩れる音と共に私は暗闇の底へと落ちて行った。

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