太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 花嫁になったデイジー

南の国からやってきた客人と鱗粉

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 アステリアと名付けられたバラに顔を近づけて、その造形や色味をまじまじ観察していると、斜め後ろにいたテオがピクッとなにかに反応した気配がした。

「…どうしたのテオ…」

 私が後ろを振り返ると、テオは別の方向を見ていた。
 ……テオの視線の先には一人の男性がいた。一瞬、作り物? と思ったけどそれは自前のようで、風に揺れてゆらゆらと動かしながらその人はなにかに惹かれるように近づいてきた。

「まぁ、サンタクルス様、ディーデリヒ様とのお話が終わりましたの?」
 
 クラウディア様の問いかけを無視するように呆然とした顔でフラフラ近づいてくるその人は兄上の客人のようである。
 サンタクルス…知らないな、今まで会ったことない。
 背中に背負う大きなそれはまるで蝶の羽根。女性と見間違いそうになるその美貌は繊細な作りをしており、特に目を引くのが虹色に輝く昆虫のような独特な瞳である。

「……甘い匂いがする」

 その発言に私は少し嫌な予感がした。
 どこかの狼獣人と同じことを言っていたからだ。

「…バラの匂いですかね」

 私は後ずさりながらすすす…とテオの背中に隠れた。勘弁してくれ。匂いには少し神経質なんだ。

 蝶の羽根を持つ彼はおそらく蝶の虫人。昆虫と人が混じり合って生まれた人種で、あたたかい国に存在する。彼らはエスメラルダとシュバルツにはそう多く存在しない。その2国の冬はそこそこ寒いので、虫人には過ごしにくい国なのだろう。彼らは温暖湿潤な南の国のグラナーダに多く存在するのだ。

「…バラじゃない……君から香ってくる」

 ふわりと音もなく寄ってきた蝶人に私はギクリとした。獣人や人間にない不思議な雰囲気を持つ彼は複眼と呼ばれる瞳で私を見つめている。
 見慣れないのでちょっと怖い。態度に出すのは失礼に当たるので、テオの服の裾をギュッと握りしめて堪える。

「サンタクルス様、レディに近づきすぎですわ。アステリア様が驚いておいでですよ」

 距離の近さに眉をひそめたクラウディア様が助け舟を出してくれた。
 注意された蝶人は目を見張り、そして私の顔をまじまじと観察してきた。

「…あぁ、君がディーデリヒの妹君だったのか。はじめまして、私はグラナーダからシュバルツの大学校に留学したことがきっかけで兄君と親しくなった蝶の虫人、シモン・サンタクルスだ」

 蝶人……初めて見た。鮮やかな色合いの彼は流れるような仕草で私の手を取ると手の甲に口付けを落とそうとしていた。
 しかし直後バシリとその手は跳ね除けられる。テオが相手の手を叩き落としたのだ。

「…痛いな……何だ君は」
「俺の嫁に触るな」

 バチィッと2人は睨み合った。
 テオはわかりやすく威嚇し、サンタクルス氏はテオの頭の先から爪先を見て渋い顔をしていた。

「うわ…獣人じゃないか……獣人は嫌いだよ。特に鳥人が嫌いだ」

 心底嫌いだという気持ちを漏らす彼の発言にテオの顔も険しくなっていく。
 はて、テオは狼の獣人だが…鳥人とは…?

「あ、捕食される立場だからかな」

 自然界で蝶の敵は色々いるけど、鳥も蝶を捕食するものね。
 私がボソリと呟くと、サンタクルス氏がこっちを見てきたので慌てて口を閉ざす。ついつい心の声が漏れてしまったよ。

「君は既婚者だったのか…残念、もっと早く君に会いたかったな」
「はは、光栄です」

 社交辞令と受け止めて返事をすると、テオがガバッと私に抱きついてきた。ぐるぐる唸っている声が至近距離から聞こえてくる。
 やめろ、これは浮気じゃないから。

「離婚したときは是非我が国へおいでなさい。歓迎しよう」
「しねーから。そっちの土なんかぜってぇ踏ませねーし」
「君には聞いていないよ」

 不穏なことを言われ、テオが私の代わりにお断りしている。2人は再度睨み合っていた。
 なんなのだ。私たちは新婚だぞ。初対面なのに色々失礼な人だな…

「子どもを宿せる健康な女性は既婚者でも引く手あまただ」

 私が胡乱な視線を向けていたからか、相手はそんなことを言ってきた。
 子ども…? まだひとりも産んでないけど…? こればかりは授かりものだし、テオとの間にちゃんと子どもが出来るかもわからないのに何を…?
 困惑した私は言葉を返せずに黙り込む。彼は何故か私のお腹を見て、フッと笑っていた。私は自分のお腹に何も異常がないことを確認すると、眉をひそめる。

「別に離婚せずとも構わないよ。旅行がてら我が領地に遊びにおいで。魔術師は重宝されるし、君にとっていい経験になると思うのだ。……心の狭い獣人に縛られてつまらない毎日を送るだけの人生は虚しいだけだろう?」

 その言葉に私は半眼になる。
 いやいや。本来であれば、貴族令嬢として王族に嫁ぐ人生を送らざるをえなかった。自由とは正反対の道しか私にはなかった。
 家族が許してくれたおかげで自分の歩みたい道を選べたのだ。今こうして庶民に戻って長閑な田舎で暮らす生活は充分自由だし、気ままです。

「……折角のお誘いですが、やめときます」

 確かに獣人は束縛が激しい。…でもテオはこれでも譲歩してくれている方だ。理解のある旦那様だと思っているよ。
 縛られるのが虚しいだなんて、赤の他人が勝手に決めつけないで欲しい。私は自分で望んでテオのもとに嫁いだのだから。

「夫だけでなく家族が心配します。ただでさえ私は複雑な立場なので。派手に動き回りたくないのです」

 フォルクヴァルツに帰るのはそこが自分の生家だから。シュバルツ国内で何かあっても生家を頼れるが、グラナーダは完全なる異国で、ツテも何もない。危ない橋は渡りたくないのだ。
 ただでさえグラナーダは情報統制もあるし、なにかの拍子に拘束される恐れもある。こちらの法律とは違うので色々と動きにくそうである。

「それは残念」

 だけど気が向いたらいつでも声を掛けてくれ、そう言い残すと彼は羽根を揺らしながら立ち去っていった。……蝶人って飛べるんだろうか。あれで成人男性の体重を支えられるのだろうか。

「…アステリア様、癖のある方に好かれましたわね」

 ずっとそばでやり取りを眺めていたクラウディア様が同情的な眼差しを向けてくる。

「くせぇ…蝶男の匂いがする…!」

 不機嫌な顔したテオが私の手を持ち上げて怒ってるし。
 手の甲に残った粉。私には花粉みたいなのが付いているように見えたが、クラウディア様が「鱗粉を付けられてしまったのですね…」と哀れんでいた。
 彼女によると虫人の蝶の種族が行う求愛行動の1つで、獣人の番の誓いに似たものらしい。一回付いたら中々落ちないそれ。
 テオが怒って石鹸とタオルでごっしごし洗うもんで私の手の甲の皮膚は真っ赤になってヒリヒリした。
 そして嫁さんの実家じゃそんな気になれない。とか言っていた奴によってその日の夜は滞在先の部屋でめちゃくちゃにされた。文字通りめちゃくちゃだ。翌日、私の喉と腰は死んだ。
 あの蝶人、余計なことしおって……。


■□■


 残りの滞在中、テオを連れて母上とお買い物に出かけたり、父上の視察について行ったりして親孝行をして過ごしていた。
 そんなこんなしていると注文した薬草が届いたので、私とテオは村に帰ることにした。発つ前に両親からたくさんのお土産品をもらったのでそれを収納術でおさめていると、隣にいたテオがぐるぐる唸り始めた。

「──もう帰るのかい?」

 兄上の客人として別塔で滞在していた蝶人のサンタクルス氏が心の内が読めない笑顔を浮かべていた。私が家に帰るという話を聞きつけてわざわざお見送りにでも来てくれたのだろうか。

「えぇ、もともと1週間程度の滞在予定だったので」

 テオの仕事もあるので元々長居はしないつもりだった。必要なものが揃ったのなら本来あるべき場所に帰るだけである。

「鱗粉の匂いが消えたね」

 私の手の甲に視線を落とした彼はつまらなそうな顔をしていた。

「夫に念入りに洗われまして」

 おかげで手の甲がヒリヒリになったよ。嫉妬深い獣人の前でとんでもないことをしてくれたなこの人は。
 私に抱きついてぐるぐる警戒しているテオが見えていないのか、ナメた態度で肩をすくめている。…それに噛みつきそうになっているテオは余裕がないな。

「テオ、私はあんたの番なんでしょ? 焦る必要ないでしょうが」

 家族の前だから少しは落ち着いて、と言おうとしたのだが、テオはなぜだか私の匂いをスンスンと嗅いでいた。
 この野郎、人前ではやめろとあれほど。

「デイジー…なんか、匂い変わったか?」

 私はイラッとした。
 腹が立ったので、収納術で納めてあった香水ボトルを取り出すと、それを自分めがけてふりかけた。

「あっそれやめろよ! 匂いがわからなくなるだろ!」
「匂い匂いうるさい! もう帰るよ!」

 私はテオの腕を振りほどいて一足先にルルの背中に乗った。それに慌ててついてくるテオが乗ったのを確認すると、家族に別れの挨拶をしてルルを羽ばたかせた。
 ただ材料を集めたり、患者の経過を見に行くだけの帰省だったのに色々と忙しい帰省であった……疲れた。

 その後しばらくニオイ消しの香水を使って過ごした。テオがぶちぶち文句を垂れていたが、匂い匂いうるさいあんたが悪いんだ。
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