呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ

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四章

届かない声

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「……わかった」
 そう答えた声は、自分でも驚くほどに掠れ切っていた。
「協力する」
 頭の奥がぼーっとしている。もう何が正しいのか、何を信じていいのか、わからなくなっていた。これ以上考えるのは面倒だと思った。
 俺の答えを聞くと、男は満足そうに頷いた。
「それでいい。賢明な判断だ」
 言うと男は俺の方に近づいて来て、右手を差し出してきた。
「俺は君を歓迎する」
 握手、を求めているのだろうか?
 至極どうでもいい事だと思ったが、断るのも面倒だったので俺は男に手を伸ばした。
 だが、俺の指先が男の掌に触れる寸前、
「ダメですっ!」
 暗く口を閉ざしていた彼女が、空気を引き裂くように声を上げた。咄嗟に、俺は手を止めてしまう。
「協力してはいけません! 人を生き返らせることなど、できるはずがありません!」
 先ほどまでの弱弱しい彼女はどこへ消えたのか、さよは鋭い眼光で俺たち二人のことを睨みつけていた。
「うるさい奴だな、お前は」
 男は俺に伸ばしていた手を引っ込めると、ぼりぼりと後頭部を掻いた。
「邪魔をするな。お前に一体何の権利があるというんだ?」
「…………」
「……そんなものあるわけないよなあ?」
 男が顔を歪ませながら言う。
「……そ、それでも、私は、兄さんを連れて帰ります。それで、もう一度最初からやり直すんです」
「やり直す? 最初から? 何を? どうやって?」
「それは……」
「よくもそんな言葉が吐けたものだ。全ての元凶はお前であるとさっき言ったばかりだろ」
「…………ッ」
「時間の無駄だ。口を開くな。お前には、何の価値もないんだよ」
 吐き捨てるように言うと、男は再び俺に視線を戻した。
「また話が逸れたな。さて、具体的な日時だが―――」
「ダ、ダメです!」
 だがそこで、またさよが声を張り上げた。
「ちっ」
 男が先ほどよりも大きく舌打ちをする。
「口を開くなと言ったはずだ。さっさとこの場から消え失せろ」
「で、できません! 私は、兄さんを連れて帰るんです」
「まだ言うか」
「か、彼女だって……美鈴さんだって、それを望んでいるはずです」
 震えた声でさよがその名を口にした途端、ただでさえ冷え切っていた部屋の温度がグンと下がるのを感じた。
「今、誰の名前を口にした?」
 ぎょろりと目玉を動かし、十分過ぎるほどに殺気の籠った声で男が言った。
「お前がその名を口にするな。虫唾が走る」
「…………ッ」
 男の威圧感に圧されて、さよは表情を固まらせた。
「断っておくがな、あいつが生き返ってもお前に会わせることはない。俺がお前の元に帰ることもない。お前はこの先も一生独りのままだ」
「…………」
「生きていられるだけ有難いと思え。本来なら、今ここでお前を殺してやりたいくらいなんだ」
 哀しみと憎悪に満ちた声だった。
 さよは顔を真っ青にしながら色を失った唇を小刻みに震わせていた。
「……あ、あなたは、それでいいんですか?」
 そこで彼女が俺に問うてきた。
「今一度冷静になってください。兄はただ、あなたを利用しようとしているだけなんですよ?」
 彼女は、男から俺へと説得の対象を切り替えたようだった。
「実験台にされるんですよ? 彼女たちが生き返る保証なんて、どこにもないんですよ?」
「…………」
「それだけじゃありません。あなたの命も危険に晒されるんです。仮に彼女たちが生き返ったとしても、その時、あなたは死んでいるかもしれないんですよ?」
「…………」
「それでもいいんですか⁉」
「……ああ、いいよ」
 すんなりと言葉が出た。
「なっ―――」
 彼女が瞠目する。
「俺の命で二人が生き返るのなら本望だ。それ以上の望みはない」
 本心だった。死ぬということに、何の抵抗も感じていなかった。心はとても凪いでいた。
「あなた……自分が何を言っているか、わかってるんですか?」
「……ああ、わかってる」
 落ち着いた声でそう答えると、さよは忙しく両目を左右に動かした後に俯いてしまった。
「素晴らしい覚悟だ。さすが、俺が見込んだだけのことはある」
 男は乾いた拍手を鳴らした後に、俺の右手を握ってきた。
「俺はお前を歓迎するぞ」
「……ああ」
 男の目を見ながら、俺は立ち上がる。意志はもう決まっていた。
「ダ、ダメです!」
 しかし、彼女はまだ諦めていないようだった。
「そんなこと、許すわけにはいきません!」
 今日何度目かの彼女の甲高い声に、俺は少しイラッとした。
「鬱陶しい奴だな、お前は」
 男が俺の胸の内を代弁してくれた。
「今の話を聞いていなかったのか? こいつは全てに納得した上で、俺に協力すると言っているんだ。何の問題がある?」
「危険すぎます! 失敗したらどうするんですか⁉ 周りにどんな被害が出るか想像もつかないんですよ⁉」
 彼女は頑なだった。
 男は深いため息を吐くと、心底うんざりした表情でさよを見下ろした。
「お前と話していると疲れるよ。吐き気がしてくる……。だがもういい。お前の意見など関係ない。俺たちはそれぞれ、自らの使命を全うするだけだ」
 そう言うと男は、俺の腕を掴んで、テラス窓の方から外へ出て行こうとした。
 が、
「い、行かせません!」
 彼女が素早い動きで俺たちの前に回り込んできた。両手を広げて、俺たちの行く手を阻んでくる。
「何のつもりだ?」
 男に睨まれ、彼女は一瞬怯んだが、またすぐに険しい表情を作った。
「絶対に、行かせません。兄さんは、私と一緒に帰るんです」
「邪魔だ。退け」
「嫌です。退きません」
「俺もそろそろ我慢の限界だ。これ以上は力づくになるぞ?」
「……それでも、ここは通しません」
「……本気か?」
 男が一瞬、目を瞠った。
「力で俺に敵うと思っているのか?」
「…………」
「そこを退け。今ならまだ許してやる」
「……嫌、です。退きません」
 吐息が白くなるくらいに寒いはずなのに、彼女の額にはじんわりと汗が滲んでいた。
 男が押し黙る。
 一触即発の空気が張り詰めた。肌を刺すような緊迫感が俺にまで伝わってくる。
「後悔、するなよ?」
 男が低い声で言った。
 さよがごくりと唾を飲み込んだ。
「いくぞ?」
 俺の腕を離して、男が彼女に向かって一歩生み出す。
 さよは反射的に後ずさったが、一度深く息を吸い込むと、すっと男を見据えて言葉を放った。

 言霊。彼女のものとは思えない、凄みのある声だった。
 だが、
「……どうした?」
 男には何の変化も現れない。平然とした顔で、彼女に向かって歩を進めている。
「ど、どうして……⁉」
「何だ? 今、何かしたのか?」
 男は彼女の前で立ち止まると、グイッと彼女の胸倉を掴み上げた。
 小柄な身体は、いとも容易く宙に持ち上げられる。
「ぐっ……うっ……」
 さよが苦悶の声を漏らす。
 彼女の胸倉を掴む男の手からは、パチパチと青白い閃光が弾けていた。
「これは……結界……⁉」
 彼女の目が見開かれる。
「ご名答。まあ結界と言っても、身体の表面に霊力を張り巡らせているだけだがな」
「…………ッ」
「言霊を作用させるには、自らの霊力を対象に作用させる必要がある。なら話は簡単だ。その霊力を物理的に遮断してやればいい」
 男が何でもないことのように説明すると、さよはギリッと歯ぎしりした。
「どんな勝算があるのかと思って試してみたが、この程度か」
 男が興味を失くしたように呟いた。
「あの日からまるで成長していないな」
「兄、さん……」
「もういいよ、お前は」
 男がぱっと手を放す。
 重力に引かれ、彼女の身体は力なく地面に落下した。
「ゲホッゲホッ……ゴホッ……!」
「お前は本当に人を失望させるのが上手いな」
 男が冷えきった眼で彼女を見下ろす。
「兄、さん……」
「黙れ。寝てろ」
 男がパチンと右手の指を鳴らした。
 途端、彼女の身体は、糸の切れた操り人形のようにふらりと傾き、そのまま床に倒れ込んだ。
「…………ッ⁉」
「安心しろ。眠っただけだ」
 男はそう言うと、彼女の身体を肩に担ぎ上げた。
 男の結界は、いつの間にか消えているようだった。
「想定外の荷物ができた。今日はここで失礼する。決行は明日の夜にしよう」
「あ、ああ……」
「場所は俺の神社。道はわかるな?」
「ああ……」
「……念のために釘を刺しておくが、妙な心変わりは起こすなよ。これ以上、俺を失望させてくれるな」
 濁った双眸で見据えられて、俺は背筋がぞくりとするのを感じた。
「……わかった」
 俺の意志を確認すると、男は頷き、テラス窓をがらりと開けた。
 部屋の中に冷たい風が吹き込み、ぶわりとレースカーテンが膨らむ。
「ああそうだ」
 出て行く直前、男は俺の方を振り返った。
「一つ重要なことを言い忘れていた。人を生き返らせるためには、彼女たちの依り代―――遺骨か、もしくは生前、肌身離さず身に着けていたものが必要なんだ」
「えっ……?」
「用意できるか?」
 男に訊ねられ、俺は一瞬逡巡したが、
「ああ」
 と答えた。
 遺骨は無理だろうが、二人がずっと身に着けていたものなら、今まさに俺のポケットの中に入っている。
「なら大丈夫だ」
 男は頷くと、裸足のまま庭に足を下ろした。
「では、明日の夜に」
 そう言い残すと男は暗闇に飛び込み、姿を消した。
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