24 / 195
第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─
ニャール村 1
しおりを挟む──五年後
「そっちに行ったぞノヒン!」
「ちっ! 逃がしてんじゃあねぇぞランドォォォ! るあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ノヒンの大戦斧が唸りを上げ、逃げる山賊をまとめて肉塊へと変える。
「相変わらずのゴリラっぷりだな。もう少しスマートに出来ないのか? 本当は魔人ではなくゴリラなのだろう?」
自分は魔人──
ゴルゲンの発言や自身の体の異常性から、自分は魔の者なのだろうと何となくだがノヒンは気付いていた。ヨーコと初めて会ったあの夜も、魔人が故にヨーコの幻術があまり効かなかったということだ。
「あぁん? スマートにってのは敵を逃がしちまうことかぁ?」
「やれやれ。脳みそがゴリラ、筋肉もゴリラ、存在がゴリラ。今日から君をゴリラゴリラゴリラと呼ばせて貰うよ」
「やんのかランドォ?」
「いいだろう。君がいかに檻の中のゴリラなのかと言うことを分からせてやる」
あれから五年の月日が経過し、相変わらずノヒンとランドは揉み合っていた。
「後ろだランド!」
「知ってるさ!!」
揉み合う二人の背後から、六匹のガルムが襲いかかる。が──
「遅いっ!!」
ランドが蒼きワーウルフの姿へと変わり、一瞬で六匹のガルムの首が飛ぶ。人間では到達出来ない速さと力。
「ちっ、相変わらず半魔はずりぃな。強ぇ上によく分かんねぇ技ぁ使うしよぉ。魔石が無事なら傷も治んだろ?」
やはり半魔は強い。ベースの魔物が何かにもよるが、異常に高い身体能力と魔素を使っての特異な技と再生力。
「なかなか死なないだけで回復には時間がかかるさ。魔素を使って普通の人間が治らない傷が治るってだけの話だよ。そういうノヒンこそ魔人の力は反則だと思うが? そもそも君のは聞いていた魔女や魔人とは違う気がする。傷を負えば負うほど強くなるなんて脳筋過ぎじゃないか? 負った傷の再生だって異常な速さだ。骨がバキバキと音を立てて補強されているのを聞いた時は、嫌悪感すら覚えたよ。再生力は字名持ちと同程度なんじゃないのか? いや、もしかしてノヒンは……『脳筋』という字名持ちなんじゃ……? それであれば通常の魔女や魔人と違うことにも説明が……」
「あぁん? 相変わらずよく回る口だなぁ? やんのかぁ?」
「僕は続きをやっても一向に構わないぞ?」
再び揉み合いになりそうになり、「ぐるる」と二人のお腹が同時に鳴る。そういえば朝から何も食べていないなと思い、二人で顔を見合わせた。
「あーあ、やめだやめだ。体力の無駄。俺が勝ち越してるしなぁ?」
「ちっ、脳筋馬鹿が」
「とりあえずこの辺の山賊は片付いたか確認できるか?」
「お願いしますはどうした?」
「はいはい、お願いしますよランドさん」
ランドがざわざわと黒い霧を滲ませ、地面に手を当てて集中する。魔素を使った索敵である。
「いない……な。さっきので全部だ」
「しっかしこの辺に山賊なんて久しぶりじゃねぇか? とっくの昔に俺らに恐れをなしたと思ったんだけどな」
「おそらく西のザザンじゃないですか? 僕達が東をまとめ上げて商売がやりづらくなってるだろうし。あそこには元ゴルゲン一家もかなりの数が流れましたからね。明日行うザザン一家との停戦交渉の反対派かもしれません」
五年前、ノヒンは四人で生きる拠点を作るため、ヨーコ達を連れてヘンティー山脈の麓まで戻ってきた。別の場所も考えたのだが、ヘンティー山脈の麓から南に進むとボグド・ハーンと呼ばれる山があり、そこが魔素溜りだと思い出したからだ。
だが戻ってきた当初、かなり苦労することになった。ヘンティー山脈の麓に置いてきたゴルゲン一家が黙っていなかったからだ。ノヒン達は出来れば争いたくはなかったが、生きるためにゴルゲン一家と戦い、勝利した。勝利したと言っても、ノヒンがゴルゲンの家にあった呪いの大戦斧を使い、その戦いぶりがあまりにも常軌を逸していて……
恐れをなしたゴルゲン一家は散り散りにこの地を去って行った。その時からノヒンは『戦鬼ノヒン』として名を馳せる。
そうして元ゴルゲン一家は新しい山賊一家を立ち上げる者や、ザザン一家に流れる者などに分かれ、ヘンティー山脈の麓はノヒン達のものとなった。
「それにしてもニャールは大きくなりましたね。初めは四人だったのが、今は五百を越える大所帯です」
「五百を越えるってもよぉ、ほとんど山賊共に拉致られた孤児や奴隷だからなぁ。戦力は実質俺とランドと……アルは強ぇけど畑仕事があるからな。ヨーコもヨーコで幻術と壊れた食器直すっつぅ訳わかんねぇ能力だしよ。……それよりそのニャールってのなんとかならねぇのか? 正直締まんねぇよ」
「文句ならヨーコに言え、僕だって反対したんだ。そもそも君達がゴルゲン一家の拠点をランバートルと呼んでいたからこうなったんだろう? ランバートルは東も西も全部含めてランバートル。黙ってヘンティーかボグド・ハーンと呼んでいればよかったんだ」
「知らねぇよ! ゴルゲンが『俺たちがいるのが中心! つまりここがランバートルだぁ! ばぁはははは!!』って言ってやがったんだからよ」
つまりどういうことかと言うと、ゴルゲン一家が拠点にしていたのは東西に広大なランバートルの東の端、ヘンティー山脈の麓。普通ならばヘンティーと呼ぶはずだ。それをゴルゲンが勝手にランバートルと呼んでいた。
それを知ったヨーコが「じゃあ名前を決めよう」と言い出したのだ。ノヒンとランドは普通にヘンティーかボグド・ハーンを提案したのだが、却下された。どうせなら自分達の拠点らしい名前にしたいと。
そこで付いた名前が『ニャール村』だ。四人の名前、『Nohin・Yo-ko・Alu・Land』の頭文字を取って『NYA-L』となった。
「そもそもなんで僕が最後なんだ? むしろ野良ゴリラは野良なんだからいらないだろう? ゴリラ抜きの『YA-L』の方がまだ締まるってもんだ」
「本当にてめぇは口が減らねぇな……? 突っ込むのも疲れるんだぜ?」
「疲れているならおんぶしてやろうか?」
「ちっ、誰かこいつの口を縫ってくんねぇかな……」
---
──ニャール村、ノヒン自宅前
「帰ったぞー。今日はガルムが合計で……十二匹だ。いやぁ途中で山賊共が襲ってきやがって……んぐぅっ!!」
ノヒンが自宅の扉を開けると、勢いよく飛びついて来たヨーコに唇を重ねられる。
「……ぷはっ! だからすぐにキスすんなって言ってるだろうが!!」
「えー? いいじゃん! 朝は私が寝坊したせいで出来なかったんだから」
「ちゃんと声かけたぞ? 『うぅーん……お腹いっぱいのお肉……食べ……たい』つーからランドと一緒にガルム狩りに行ったってぇのによ」
「え? 私そんなこと言ったの? うぅ……寝ぼけてたとはいえ恥ずかしい……」
「育ち盛りかぁ? 胸ばっかでかくなりやがって」
「嬉しいくせにぃ? それよりまーた傷が増えてる! なんでノヒンは魔人なのに傷跡が残るの? 不思議だよねー?」
ヨーコが体を押し付けながら、新しく出来たノヒンの首筋の傷に──
優しくキスをした。
応援ありがとうございます!
30
お気に入りに追加
64
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる