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第一部 第二章 夢の灯火─少年、青年期篇─
葬送 1
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「……ぶっ殺してやる……全部……全部だ……なぁヨーコ……? 全部ぶっ殺して……ゆっくり……」
ノヒンがぶつぶつと呟きながら、ラグナスへと歩を進める。片腕はぶらんと垂れ下がっており、足をずるずると引き摺りながら……
その姿はさながら亡者の様で──
「……精神が壊れているのか……? まずは語りかけだな。剣は……刺激してしまうか」
ラグナスが剣を収めて両手を上げ、敵意がないという意思表示をする。
「大丈夫だ。私は敵じゃない。君は……名をなんというんだ? 先程の戦い、魔人……ということでいいのか?」
「るぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 死ねぇっ! 死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「これは手こずりそうだな……」
ノヒンが血を撒き散らしながら、大戦斧をめちゃくちゃに振るう。死にかけとは思えない致死の連閃。だがラグナスは──
大戦斧での攻撃を、事も無げに片腕でいなす。いなされた大戦斧が地面に激突し、轟音と共に叩き割る。
「君の話が聞きたいんだ。そんなに怖がらないで欲しい」
「ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ……ヨーコにぃぃぃぃ近付くんじゃあ……ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
大戦斧による怒涛の連撃。振るう度にノヒンからは血が飛び散り、ラグナスの白銀の鎧が血に染まっていく。
「ヨーコ……? それはあそこで倒れている者か……? あれは……首が……。そうか……君は守っているんだね?」
ラグナスがヨーコの状態を遠目に確認し、何が起きたのかをある程度察した。
「気安くぅ……ヨーコの名前ぇぇぇっ!! 呼ぶんじゃぁ……ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
一撃でも貰えば体が四散してしまいそうな大戦斧の暴風。ラグナスはそれを慈愛に満ちた優しい顔で、いなし続ける。
不意にノヒンの腕からバキンと嫌な音が響き、振り回していた大戦斧が落下する。限界を超えたノヒンの手首の骨が折れたのだ。
「すまない……気安く名前を呼んでしまって……」
「あぁぁ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
折れた腕でノヒンが殴り掛かる。足がもつれて倒れ、起き上がってはラグナスに向かう。「近付くな、やめろ、ヨーコ」と……
同じ単語を壊れた人形のように繰り返す。
「……君に聞いて欲しい。君と比べていいのかは分からないが……私も大切な人を拷問され、殺されている」
ぴくんとノヒンが反応するが──そのままぼろぼろの体でラグナスに殴り掛かり、二人が倒れる。
「あ、危ないラグナス!! ぐぅぅっ! 貴っ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
後方で待機していたジェシカが叫ぶ。それをラグナスが右手を上げ、「大丈夫だよ」と制した。尚もノヒンは喚きながら、めちゃくちゃにラグナスを殴りつけている。腱は切れ、骨は折れ、砕け、血が噴き出し……
涙が零れる。
「『辛かった』なんて言葉じゃ表せないのは分かっている。だが……辛かったな……」
ラグナスは抵抗しようとせず、殴られながらも話し続ける。一方、後方で見守るジェシカはギリギリと歯ぎしりをし、ノヒンに対して殺意の視線を向ける。
「私もそうだから……目を閉じると思い出すんだ。およそ人の所業から外れた行為を受けたあの人の姿をね……。怒りで震えたよ。全部壊してやろうと思った。だが……だからこそ私は、『弱き者』が蹂躙される世界を許せなくて……そんな世界を変えようと動いている。君となら……同じ痛みを分かち合いながら歩ける気がするんだが……君はどうだ……?」
ラグナスを殴りつけるノヒンの手が止まる。
「うぅぅぅぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
魂の慟哭。
ノヒンの怒りと悲しみに満ちた叫びが響く。
長い……長い叫びが終わると、ゆっくりとノヒンが口を開く。
「……悪ぃ……今はなんも考えらんねぇ……なんか胸にぽっかり穴が空いたようでよ……俺の胸ぇ……穴ぁ空いてねぇか……?」
「空いてないさ。ヨーコへの想いで……埋まってるだろう?」
「気安く呼ぶなって……言っただろ……?」
「すまない……他人事に思えなくてな。私も未だに立ち直った訳じゃない。だからこそ走っている」
「そうか……走ってんのか……。俺もまた……走れんのか……? いや……だめだ……。もう折れた……折れちまったよ……」
「折れたなら……しばらく肩を貸してやる」
「ちっ……男の肩なんて抱く趣味はねぇって……」
「よければだが……ヨーコを一緒に弔わせてくれないか?」
「そう……だよな……。あのままじゃあヨーコもゆっくり……出来ねぇよな……。そうだ……ザザンの野郎のよぉ……嘘かもしんねぇからよぉ……聞いてもいいか……?」
「ああ」
「半魔は首が切り落とされたら……もう……うぅ……」
「そうか……ヨーコは半魔だったんだな? 残念だが……そうなるな。半魔や魔女は脳から魔石への指示がなければ再生されない。脳の記憶領域にある損壊前の状態を魔石が受け取ると聞いたが……」
「難しい話すんなよ……。でも……そっか……そっか……ヨーコ……ヨーコォォォォォォォォォ……くぅ……ぐっ……ぐひっ……」
「だがなノヒン。もう生き返りはしないが……魔石には魂が宿ると言うぞ? 魔石こそがその人だと……」
「魂……?」
「あぁそうだ。例え肉の体がなくなっても魂は残る。ヨーコの魔石を……魂を持って……歩き出したらどうだ?」
「そっか……ヨーコの魂……か」
ラグナスが立ち上がり、ノヒンに手を差し伸べる。
「掴めねぇって……こっちゃあ腱も骨もぼろぼろだ……」
「なら……」
ラグナスがノヒンを抱き起こし、肩を貸す。
「ちっ……気持ち悪ぃ……」
「そう言うな」
「ヨーコのとこまで……連れてってくんねぇか?」
ノヒンがラグナスに支えられ、ヨーコの前までゆっくりと歩く。
「ははっ……今はこんなんだけど……かわいいんだぜ? ヨーコは……」
「この顔……」
ラグナスがヨーコの切り落とされた顔を見て、一瞬──驚いたように見えた。
「どうした……? ヨーコがあんまりにも可愛くて惚れたか……?」
「そうだな……君には勿体ないくらい美しいよ」
「『君』じゃあねぇ……ノヒンだ……」
「ノヒン……か。私はラグナス」
ラグナスと共にヨーコの前に膝をつき、ノヒンは折れた腕で無理やり祈った。神など信じてはいないが、どうか安らかに──と、一心に祈った。
そうして長い祈りを終え、ノヒンが目を開ける。
隣を見ると、ラグナスが涙を流してくれていた。
「ああすまない。私が泣くなって話だな」
「いや……嬉しいよ。ありがとうラグナス」
「ヨーコの体だが……どうする……? お別れは出来そうか?」
「こんな姿でなんて……ヨーコも浮かばれないだろうさ……大丈夫……大丈……うぅぐぅぅぅぅぅぅ……大丈……ぐぅひ……か、火葬……か……? うぅ……大丈……うぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ノヒンがその場に崩れ落ち、激しく嗚咽する。
「私に任せてくれないか……? これ以上ノヒンの大切な人の体を傷付けられようはずがない。手を……ヨーコの手を握ってあげてくれ」
「手を……? なに……を……?」
「私はこう見えて、由緒正しい血筋なんだ。死者を弔う術を待っている。ノヒンの大切な人の体を……傷付けずに送れる」
「そんなこと……出来んのか……?」
「ああ。導術と言って、人を導く力だ。魂はノヒンと共に行く。体は……自然の流れへと返そう」
「そんなことが出来るなら……頼む……ヨーコを……」
「ああ頼まれた。ヨーコの手をしっかりと握るんだ。いいか? 肉体はなくなるが……魂はノヒンと共に行く。思い出せノヒン! ヨーコと共に生きた日々を! 祈れノヒン! ヨーコの魂が君と共にあらんと!!」
ノヒンが上手く動かせない手で、ヨーコの手をしっかりと握る。楽しかった日々が頭をよぎり、涙が溢れ、嗚咽する。
ノヒンがぶつぶつと呟きながら、ラグナスへと歩を進める。片腕はぶらんと垂れ下がっており、足をずるずると引き摺りながら……
その姿はさながら亡者の様で──
「……精神が壊れているのか……? まずは語りかけだな。剣は……刺激してしまうか」
ラグナスが剣を収めて両手を上げ、敵意がないという意思表示をする。
「大丈夫だ。私は敵じゃない。君は……名をなんというんだ? 先程の戦い、魔人……ということでいいのか?」
「るぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 死ねぇっ! 死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「これは手こずりそうだな……」
ノヒンが血を撒き散らしながら、大戦斧をめちゃくちゃに振るう。死にかけとは思えない致死の連閃。だがラグナスは──
大戦斧での攻撃を、事も無げに片腕でいなす。いなされた大戦斧が地面に激突し、轟音と共に叩き割る。
「君の話が聞きたいんだ。そんなに怖がらないで欲しい」
「ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ……ヨーコにぃぃぃぃ近付くんじゃあ……ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
大戦斧による怒涛の連撃。振るう度にノヒンからは血が飛び散り、ラグナスの白銀の鎧が血に染まっていく。
「ヨーコ……? それはあそこで倒れている者か……? あれは……首が……。そうか……君は守っているんだね?」
ラグナスがヨーコの状態を遠目に確認し、何が起きたのかをある程度察した。
「気安くぅ……ヨーコの名前ぇぇぇっ!! 呼ぶんじゃぁ……ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
一撃でも貰えば体が四散してしまいそうな大戦斧の暴風。ラグナスはそれを慈愛に満ちた優しい顔で、いなし続ける。
不意にノヒンの腕からバキンと嫌な音が響き、振り回していた大戦斧が落下する。限界を超えたノヒンの手首の骨が折れたのだ。
「すまない……気安く名前を呼んでしまって……」
「あぁぁ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
折れた腕でノヒンが殴り掛かる。足がもつれて倒れ、起き上がってはラグナスに向かう。「近付くな、やめろ、ヨーコ」と……
同じ単語を壊れた人形のように繰り返す。
「……君に聞いて欲しい。君と比べていいのかは分からないが……私も大切な人を拷問され、殺されている」
ぴくんとノヒンが反応するが──そのままぼろぼろの体でラグナスに殴り掛かり、二人が倒れる。
「あ、危ないラグナス!! ぐぅぅっ! 貴っ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
後方で待機していたジェシカが叫ぶ。それをラグナスが右手を上げ、「大丈夫だよ」と制した。尚もノヒンは喚きながら、めちゃくちゃにラグナスを殴りつけている。腱は切れ、骨は折れ、砕け、血が噴き出し……
涙が零れる。
「『辛かった』なんて言葉じゃ表せないのは分かっている。だが……辛かったな……」
ラグナスは抵抗しようとせず、殴られながらも話し続ける。一方、後方で見守るジェシカはギリギリと歯ぎしりをし、ノヒンに対して殺意の視線を向ける。
「私もそうだから……目を閉じると思い出すんだ。およそ人の所業から外れた行為を受けたあの人の姿をね……。怒りで震えたよ。全部壊してやろうと思った。だが……だからこそ私は、『弱き者』が蹂躙される世界を許せなくて……そんな世界を変えようと動いている。君となら……同じ痛みを分かち合いながら歩ける気がするんだが……君はどうだ……?」
ラグナスを殴りつけるノヒンの手が止まる。
「うぅぅぅぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
魂の慟哭。
ノヒンの怒りと悲しみに満ちた叫びが響く。
長い……長い叫びが終わると、ゆっくりとノヒンが口を開く。
「……悪ぃ……今はなんも考えらんねぇ……なんか胸にぽっかり穴が空いたようでよ……俺の胸ぇ……穴ぁ空いてねぇか……?」
「空いてないさ。ヨーコへの想いで……埋まってるだろう?」
「気安く呼ぶなって……言っただろ……?」
「すまない……他人事に思えなくてな。私も未だに立ち直った訳じゃない。だからこそ走っている」
「そうか……走ってんのか……。俺もまた……走れんのか……? いや……だめだ……。もう折れた……折れちまったよ……」
「折れたなら……しばらく肩を貸してやる」
「ちっ……男の肩なんて抱く趣味はねぇって……」
「よければだが……ヨーコを一緒に弔わせてくれないか?」
「そう……だよな……。あのままじゃあヨーコもゆっくり……出来ねぇよな……。そうだ……ザザンの野郎のよぉ……嘘かもしんねぇからよぉ……聞いてもいいか……?」
「ああ」
「半魔は首が切り落とされたら……もう……うぅ……」
「そうか……ヨーコは半魔だったんだな? 残念だが……そうなるな。半魔や魔女は脳から魔石への指示がなければ再生されない。脳の記憶領域にある損壊前の状態を魔石が受け取ると聞いたが……」
「難しい話すんなよ……。でも……そっか……そっか……ヨーコ……ヨーコォォォォォォォォォ……くぅ……ぐっ……ぐひっ……」
「だがなノヒン。もう生き返りはしないが……魔石には魂が宿ると言うぞ? 魔石こそがその人だと……」
「魂……?」
「あぁそうだ。例え肉の体がなくなっても魂は残る。ヨーコの魔石を……魂を持って……歩き出したらどうだ?」
「そっか……ヨーコの魂……か」
ラグナスが立ち上がり、ノヒンに手を差し伸べる。
「掴めねぇって……こっちゃあ腱も骨もぼろぼろだ……」
「なら……」
ラグナスがノヒンを抱き起こし、肩を貸す。
「ちっ……気持ち悪ぃ……」
「そう言うな」
「ヨーコのとこまで……連れてってくんねぇか?」
ノヒンがラグナスに支えられ、ヨーコの前までゆっくりと歩く。
「ははっ……今はこんなんだけど……かわいいんだぜ? ヨーコは……」
「この顔……」
ラグナスがヨーコの切り落とされた顔を見て、一瞬──驚いたように見えた。
「どうした……? ヨーコがあんまりにも可愛くて惚れたか……?」
「そうだな……君には勿体ないくらい美しいよ」
「『君』じゃあねぇ……ノヒンだ……」
「ノヒン……か。私はラグナス」
ラグナスと共にヨーコの前に膝をつき、ノヒンは折れた腕で無理やり祈った。神など信じてはいないが、どうか安らかに──と、一心に祈った。
そうして長い祈りを終え、ノヒンが目を開ける。
隣を見ると、ラグナスが涙を流してくれていた。
「ああすまない。私が泣くなって話だな」
「いや……嬉しいよ。ありがとうラグナス」
「ヨーコの体だが……どうする……? お別れは出来そうか?」
「こんな姿でなんて……ヨーコも浮かばれないだろうさ……大丈夫……大丈……うぅぐぅぅぅぅぅぅ……大丈……ぐぅひ……か、火葬……か……? うぅ……大丈……うぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ノヒンがその場に崩れ落ち、激しく嗚咽する。
「私に任せてくれないか……? これ以上ノヒンの大切な人の体を傷付けられようはずがない。手を……ヨーコの手を握ってあげてくれ」
「手を……? なに……を……?」
「私はこう見えて、由緒正しい血筋なんだ。死者を弔う術を待っている。ノヒンの大切な人の体を……傷付けずに送れる」
「そんなこと……出来んのか……?」
「ああ。導術と言って、人を導く力だ。魂はノヒンと共に行く。体は……自然の流れへと返そう」
「そんなことが出来るなら……頼む……ヨーコを……」
「ああ頼まれた。ヨーコの手をしっかりと握るんだ。いいか? 肉体はなくなるが……魂はノヒンと共に行く。思い出せノヒン! ヨーコと共に生きた日々を! 祈れノヒン! ヨーコの魂が君と共にあらんと!!」
ノヒンが上手く動かせない手で、ヨーコの手をしっかりと握る。楽しかった日々が頭をよぎり、涙が溢れ、嗚咽する。
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