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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─

黒豹 1

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 ──オーシュ連邦貿易都市イルネルベリ、城下町ラバラナドゥ近郊地下水路入口

 イルネルベリ周辺には、太古の昔に作られたターミラパラニ川を源流とする地下水路が迷路のように張り巡らされている。

 地下水路の造りはまるで神が造ったかのように整えられている。繋ぎ目のない真っ平らでつるつるの壁や床。ほとんどが壊れて明かりが灯ってはいないが、どういう原理で光っているのかが分からない丸い光源。足元にも長方形の光源が埋め込まれている。道中には、今は壊れて動かない上下昇降するであろう四角い金属製の箱。

 こうした太古の遺物は世界各地に散見されるが、総じて現在では考えられない程に文明レベルが高かったことが伺える。それ程文明レベルが高かった太古の人類が滅び、神が造ったかのような建造物が僅かにしか残っていないのは何故なのか。

 ミズガルズでは、神話大戦によって一度全てが滅びたと伝えられている。

 ──原初の巨人アウルゲルミル耳障りにわめき叫ぶ者

 神話大戦で世界を滅ぼした巨人の名である。魔素を撒き散らし、次々と巨大な魔獣を生み出したと云われている。

 ──氷の巨人フリームスルス

 ──炎の巨人ムスペル

 ──世界蛇ヨルムンガンド

 全てアウルゲルミルが生み出したと云われる巨大な魔獣。これらにより世界は蹂躙され、分断されたと云われている。

 ただ人類側もただやられていた訳では無い。結果として文明は滅びたが、少数の人類は生き残ることが出来た。

 ──天馬の騎士オーディン

 ──黒狼の戦士ヴァン

 ──死と再生の番人ヘル

 これら三英雄の活躍によって、人類は滅亡を免れたと言い伝えられている。

 だが神話大戦には二通りの解釈が存在する。

 一つはオーディンがヴァン、ヘルと力を合わせ、アウルゲルミルを異界へ封じたという流れ。これは聖王国ソールでのみそう言い伝えられている。

 もう一つはオーディンがヴァン、ヘルごとアウルゲルミルを異界へ封じたという流れ。これはソール以外の国で言い伝えられている。

 一説によれば──

 オーディンはヘルを愛し、ヘルはヴァンを愛した。そしてどちらの話にも共通している事柄がある。それはヘルが魔女だったということだ。それ故に魔女に対する扱いがソールとそれ以外の国で違うことになる。※オーディンやヴァンも魔人だったのだが、おそらく長い歴史の中で事実がねじ曲がったのだと思われる。

 ソールでは魔女ヘルがオーディンと協力し、アウルゲルミルを退けたことになっている。それによって魔女に対しては比較的寛容である。

 ソール以外の国では魔女ヘルがヴァンを誑かして傀儡とし、アウルゲルミル側に寝返ってオーディンに反旗を翻したことになっている。それによって魔女に対する憎悪が生まれている。

 もちろん太古の昔であり、神話の話なので真偽の程は定かではないが──

 そんな神話時代の遺物である地下水路の前に今、ジェシカは立っていた。

(よかった……地下水路は昔のままだ。まぁ魔素が濃い上に危険な魔獣も出るので放置するしかないのだろうが……)

 ジェシカがゆっくりと地下水路の中へと足を踏み入れる。地下水路の中は所々が不思議な丸い照明器具や、足元の長方形の光源で照らされている。暗くはあるのだが、全く見えない訳ではない。

(それにしてもなんなのだろうな、この地下水路は。およそ人が造ったものとは思えない。あの照明器具だってどうやって灯っているんだ? イルネルベリから脱出する際は逃げるのに必死でよく見なかったが……)

 ジェシカがしゃがんで足元にある長方形の光源を見る。光源の表面はつるつるの硝子ガラスに覆われ、周りを冷たい金属で囲まれている。金属部分をよく見ると、小さくてなんと書いてあるかは分からないが、『ARAHABA development lab』『NACMO』と文字が刻まれている部分だけは見えた。

(確か『development』は開発……『lab』は研究所……『ARAHABA』はなんだ……? 『あらはば』と読むのか……? これもなんと読むのだろうな。普通に読むならば……NA……C……MO……だろうか? ……まあだが、今はそんなことに構っている暇はないな……)

 記憶を頼りにジェシカが地下水路の奥へと向かう。雷馬を使ってここまで十四時間。地下水路も迷わず進めば四時間ほど。もう少しイルネルベリに近い入口もあるのだろうが、道を覚えいるのはラバラナドゥからの入口だけ。十分間に合う計算だと考えてはいるが、焦ってもいた。

 処刑が二日後だとは聞こえたが、早まる可能性は十分にある。

 ジェシカがイルネルベリで捕われていた頃、母サマンサと共に何度か下衆な貴族に陵辱されそうになったことがある。それを身代わりになって体を捧げ、守ってくれていたのがセティーナだ。

 セティーナは自分に注意を向ける魔術や攻撃用の魔術が使えた。だが攻撃用の魔術は一度も使うことがなく、いつも注意を向ける魔術を使って自分の身を犠牲にしていた。攻撃用の魔術を使わなかったのは、結局は多勢に無勢。攻撃することで魔女の立場が今よりも更に悪くなると危惧してのことだろうな──と、ジェシカは考えている。

(これでよかったのだろうか……あの時はセティーナを助けることで頭がいっぱいだったが……せめてノヒンに相談……いや、相談したところでノヒンの雷馬は怪我をしていたし、雷馬は私の分しかない。ノヒンを後ろに乗せようにも、私の雷馬は私以外が乗ると走ろうとしてくれない。これでよかったんだ……これで……)

 バシャンと水路の水が跳ね、不穏な空気が漂う。地下水路内は比較的広いとはいえ、ジェシカの主武装であるロングソードでは立ち回りに難がある。

(魔獣……か? 私は母のように魔獣を遠ざける魔術が使えない……なるべく戦闘は避けたいのだが……)

 水路を警戒しながら進むが、やはり水の中を何かが付いてくる気配。水棲の魔獣であるトカゲやワニだろうか。

「(やはりいるな……)……そこだっ!!」

 左後方の水路、水中に向かってクナイを投げる。クナイとは今は失われた東の国の投げナイフのようなもので、ルイスがジェシカ用に作ってくれたものだ。

「ギアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 水中からワニのような魔獣が叫び声を上げながら飛び出す。

 この魔獣はグランガチと呼ばれるワニの魔獣。体は魚のような鱗で覆われており、頑丈な前足と、前足に比べて小さい後足を持つ。

 目にはジェシカが投げたクナイが突き刺さり、痛みで怒り狂っていた。

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