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第一部 第四章 夢の灯火─揺らぐ灯火、残るは残火編─

ノヒンとジェシカ 3

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「ああ……ごほん……ここは酒場なんですが? それ以上は家に帰ってからか、宿にして貰えます?」
「あ、あぁ! 悪ぃ!」「す、すまんマスター!」

 酒場のマスターに注意されて二人が周りを見渡すと、にやにやとした客達と目が合った。

「ちっ、見世物じゃねぇってんだ。場所変えるか?」
「見られるようなことをしていたのは私達だ。今から場所を変えるのも面倒だしな。ここでいいんじゃないか?」
「お? いつもならジェシカから場所を変えようって提案するところだが……どうした?」
「場所を変えたところでまた同じことになるだろう?」
「ジェシカからキスするってことか?」
「ま、まぁそういうこともあるだろうな」
「かわいいな……ジェシカ……」

 ノヒンがジェシカの顎に指を添え、持ち上げたところでマスターと目が合う。

「ど、どうやら俺らは我慢を覚えた方がいいみてぇだな」
「わ、私は割と我慢しているぞ? 今すぐにだってノヒンに抱かれたいくらいだ……」
「今日のおめぇの酔い方……めちゃくちゃかわいいぜ?」
「ノヒン……」

 ジェシカがノヒンの頬に手を添え、顔を近付けたところでマスターと目が合う。

「な、なんの話だったかなノヒン?」
「あぁ……っと……ラグナス! そうラグナスだ! ラグナスの最近の動きに違和感があるって話だな」
「ノヒンはなぜそう思った?」
「一年前……覚えてるか? セティーナやファムと今後のイルネルベリについてラグナスと話した時だ」
「やはりノヒンもそれか……」
「ラグナスはあの時……『あと一年程で、弱き者が蹂躙されない世界となる。独立はその後で私が聖王となり、必ず実現させる』って言ったんだ。だがどうだ? 一年経ったが弱き者が蹂躙されない世界になったか? ソールでは確かにそうだが……他の国はまだまだだ」
「あのラグナスが言葉を違えることが違和感だな。今まで口にしたことはことごとく実現してきた。なので少し前、イルネルベリにラグナスが立ち寄った際に聞いたんだ。『もうすぐラグナスの目標は叶うのか? 』と」
「ジェシカも聞いたのか?」
「なんだ? ノヒンも聞いたのか?」
「ああ。『あれから一年だが、そろそろ弱き者が蹂躙されない世界ってのは実現されんのか? 計画が遅れてんならはっきり言ってくれ』ってな」
「直球だな。まあノヒンらしいと言えばノヒンらしいが……それで? ラグナスはなんと答えたんだ?」
「『もう間もなくだ。全ての準備は整った。待たせてすまなかったな』って言いやがってよ」
「私も同じことを言われたな……。それ以上は突っ込めなかったが……」
「それでおめぇは終わらせたのか? 俺は正直まったくそんな感じはしねぇから言ってやったんだよ。『俺はソールだけの話をしてんじゃねぇんだ!』ってよ」
「ラグナスはなんと……?」
「『これから三月後みつきご……世界は変わる。君もまだ弱き者を救いたいと思ってくれているか?』ってよ。だから『当たり前だ! 三ヶ月後に変わってなかったら俺はレイナス団抜けるぜ!?』って言っちまってよ」
「お、お前! 騎士団を抜けるつもりか!?」
「ラグナスが言った通りになるんなら抜けるつもりはねぇ。だけどよ、それを聞いたのが一ヶ月前だ。あと二ヶ月で世界が変わると思うか?」
「それは思わない……な。だ、だが! も、もし仮に変わらなかったら……本当に抜けるのか……?」
「変わんねぇならそうなるかもな……。ただよ、ラグナスは本当に俺らが思うような『弱き者が蹂躙されない世界』を目指してると思うか?」
「どういう……ことだ?」
「ロキ……ロキがソールに出入りしてるって噂は?」
「それならば聞いたことはあるが……噂だろう?」
「そうだと思いてぇから……それもラグナスに聞いた。『ロキに会ったのか?』ってよ」
「それで……?」
「『ロキか? 会いに来たので話はした。彼もまた弱き者。私の理想とする世界の庇護者だ。君は……彼を差別するのか?』ってよ。あのめちゃくちゃ強ぇロキが『弱き者』だぜ? 全然意味が分かんなくてよ。まぁ前々から俺やジェシカのことも『弱き者』って言ってやがったからな。だからよ、ラグナスが言う『弱き者』ってのは半魔や魔女のことなんじゃねぇのか? 前に半魔や魔女じゃねぇ奴らのことを『強き者』って言ってたしよ」
「もし仮にそうだとして……ラグナスはどうするつもりなんだ?」
「いや……全っ然分かんねぇ。全然分かんねぇが……もしよ……ラグナスがやろうとしてることが……俺らが思うようなことじゃなかったら……」
「思うようなことじゃなかったら……?」
「俺と一緒に団を抜けねぇか?」

 ノヒンが真剣な表情でジェシカに問いかける。

「私……は……」
「もちろんラグナスが俺らが思うような世界を実現するってんなら話は別だぜ?」
「そう……だな……。私はお前と……お前と一緒に行くよノヒン。一緒にハッピーエンドを目指したいしな……っとノヒン? 立ち上がってどうしたんだ?」

 突然ノヒンが立ち上がり、驚いた表情でジェシカを見つめていた。

「お前……ハッピーエンドって……」
「ああ、このセリフか? 母の口癖だったんだ。魔女や魔人は魔石に刻まれた性質からか、同じようなセリフを言うことがあるらしいぞ? ……っておいおい……どうしたノヒン……?」

 ノヒンがジェシカに抱きつき、涙を流す。

「わ、悪ぃ……ちょっと酔ったみてぇだ……」
「お前にしては珍しいな……」
「愛してるぜ……ジェシカ……」
「仕方のないやつだな……そろそろ家に戻ろうか?」
「あぁ……そうだな……」

 この日二人は、いつも以上に愛し合った。お互いの体で唇が触れていない場所がないほどに求め合い、ノヒンは何度も何度もジェシカの中で──

 果てた。
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