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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

継承 2

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 プレトリア南部の岩石地帯に、激しい戦闘音が響き渡る。

『くうぅっ! 先程までとはまるで別人ですね! 神器によるトランス状態ということでしょうか!』

 ランドがムスペルと対等に渡り合っていた。凄まじい速度に達した二人の激突が、周囲に激しい風を巻き起こす。

「おいおいどうしたよムスペル!! おめぇは俺を怒らせた! 簡単にやられてんじゃねぇぞごらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ズガンッと、ムスペルを大戦斧の一撃で吹き飛ばす。吹き飛んだムスペルが硬い岩山へと叩きつけられ、岩山がガラガラと崩れた。

『ふぅ……なかなかにやりますね。ですがお忘れですか? こちらには十万の軍勢がいます。とりあえず様子見をしたのですが、そろそろ動かしましょうか? まずは後方待機しているカグツチ隊でしたか? あなたがたの兵を皆殺しにしてさしあげましょう』
「ちっ! やり方が汚ぇぞっ!」
『弱者の論法ですね。では……』
「くそっ! 俺はてめぇを止めるだけで精一杯だってのによ! だがやるしかねぇ! すまねぇが全員は助けらんねぇ!!」

 ズシンとランドが大戦斧を構える。

「ま、待っりぇ……わ、わたしも……や、やりゅよ……」

 フラフラとカタリナが立ち上がる。カタリナは金獅子という魔獣の力が使え、自身や任意の相手の損傷回復速度を高めることが出来る。もちろん超速再生には及ばないが、立ち上がり、剣を構えられるくらいには回復していた。更にその力をセリシアとファムにも使用し……

「か、かはっ……うぅ……わ、私もやれますランド様!!」
「わ、私だって……げ、げほっ……や、やってやるんだから!!」

 カタリナの力によって、ある程度ダメージから回復したセリシアとファムが立ち上がる。

「ちっ……俺一人じゃ無理だ。悪ぃが手伝って貰ってもいいか?」
「まひゃせて!!」「もちろんです!」「任せて!」
「それとカタリナ!」
「ひゃ、ひゃい!」

 ランドがカタリナを抱き寄せて唇を重ねる。いまだ顔の傷が癒えず、カタリナが「あんみゃり見にゃいで」とランドにお願いするが……

 ランドはそんなカタリナの顔を優しく撫で、「愛してるぜ」と伝えた。

「……っし! カタリナのおかげで気合いが入ったぜ! 十万の軍勢だぁ? ムスペルだぁ? んな事ぁ関係ねぇ! ここが正念場だ! ……っっくぞぉおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ランドが力強く地面を蹴りつけ、まるで砲弾のようにムスペルへと突撃する。それを皮切りに、ムスペル十万の軍勢が後方待機していたカグツチ隊へと向かう。

 ムスペルの軍勢は強化トランス前のランドと同程度の強さ。つまりカタリナやカグツチ隊が頑張ったところで勝つ事は不可能。

 だが……

「ちょこまか逃げてんじゃあねぇぞムスペル! てめぇは俺がぐっちゃぐちゃにしてやるんだからよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 凄まじいランドの咆哮。その咆哮は離れた位置のカグツチ隊にまで届き──


---


 カグツチ隊、待機場所──

「カタリナ隊長戻ってこないな」
「ってかなんだ? この獣みたいな叫び……」
「な、なんか体に力が漲ってこねぇか?」
「あ、ああ! めちゃくちゃ力が湧いてくるぜ!!」
「お、おい! あれ見ろ!!」
「つ、ついに来たのかムスペルの軍勢!!」
「やってやる! やってやるぞみんな!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 先導者──

 戦闘中、ノヒン(ランド)の声を聞いた味方の戦意高揚、身体能力強化という無詠唱特殊魔術。戦闘中というのは、これから戦うという意志を持った者たちも含まれる。

 ランドの叫びによってカグツチ隊の戦意や身体能力が上がり、ムスペルの軍勢を迎え討つ。もちろんそれでもムスペルの軍勢の強さには及ばないのだろうが、カグツチ隊はこの日のために隊としての練度を高めてきた。魔術や無詠唱魔術を駆使して連携をとれば……

「み、みんひゃ!! 私もいりゅかりゃ!!」

 ムスペルの軍勢を背後から追いかけ、蹴散らすカタリナ。カタリナは先導者の効果により、通常時のランドかそれ以上の力となっていた。それを見たカグツチ隊の戦意が更に上がる。他の場所でもセリシアやファムがカグツチ隊を先導し、戦場は拮抗状態へと突入。

 絶対に勝てない戦いのはずだった。

 だが、ヨーコやノヒンという失ってしまったはずの大切な存在が力を貸し……

 ムスペルを討つ──


---


 ──ランドとムスペル、決戦の場

「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ガズンッと、ランドの振り下ろした大戦斧をムスペルが両腕で防御する。

『ぐうぅぅぅっ! す、凄まじい力で……すぐふぅっ!!』

 両腕が塞がったムスペルの腹部にランドの強力な前蹴り。ムスペルの肋骨がバキバキと嫌な音を立ててへし折れ、吹き飛んで岩山へと激突する。

「全然手応えねぇじゃねぇかっ!! ……ちっ! うぜぇんだよっ!!」

 ムスペルが凄まじい熱量の火球を飛ばすが、ランドが大戦斧で叩き落とす。

「悪ぃがセリシアのおかげで火は効かねぇ……づうぅっ!! ……ふっ……ぐぅ……」

 火球を叩き落としたところで、死角からの痛烈な拳がランドの脇腹を襲う。ランドもまた肋骨がバキバキとへし折れ、吹き飛んで地面を転がる。

「ちっ……火球は目眩しかよ……」
『中々に面白い戦いでしたが、そろそろ終わりにしましょう』
「はっ! 寝言は寝てから言えやっ!!」

 大戦斧による横薙ぎの一閃を放つが、ムスペルがギリギリで躱す。

『凄まじい威力ですので、防御をすれば隙が出来てしまう』
「んなもん躱す暇もねぇくれぇ打ち込んで……がはっ!!」

 追撃をしようとしたランドの右側頭部に凄まじい衝撃。そのまま吹き飛ばされ、またも地面を転がる。

「か、かはっ……な、なんだぁ?」

 ランドの視線の先──

 そこにはもう一人ムスペルがいた。

 いや……

 周囲を見渡すと、次々とムスペルが現れている。

『先程とりあえず十万と言いました。追加の十万です。私より力は劣りますが、もう詰みですよ?』
「おいおいまじかよ……くく……」
『おや? 何を笑っているのですか? もしや絶望して頭がおかしくなったのでしょうか?』
「ムカつくてめぇの顔を十万回もぶっ殺せると思ってよぉ……興奮してんだ! いいぜぇ!? 全員ぶっ殺してやるよっ!!」

 ランドが大戦斧を構え、ムスペルの軍勢へと突っ込む。策など何もない。目の前の存在をただただ壊す。

『この個体は馬鹿なのでしょうか? これだけの戦力差。どう足掻いても勝てないと分かっているでしょうに』

 大戦斧によって次々とムスペルの軍勢を肉塊へと変えていくランド。だがムスペルが言ったように現状は詰んでいた。ランドもムスペルの軍勢から攻撃を受け、肉が抉られ骨が折れ……

 超速再生や損傷強化によって傷を瞬時に再生し、身体能力も上がり続けてはいるが……

 徐々に魔素が枯渇へと向かい、傷の再生が遅くなっていく。肉塊へと変えたムスペルの軍勢から発生する魔素を吸収してはいるが……

 足りない。

「るあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 それでも血塗れのランドは足掻き続ける。大戦斧を振るい、蹴りつけ、噛み付き、待ち受ける死へと向かいながらも足掻き抜くが……

 限界はすぐにやってきた。
 
 バキンッという嫌な音と共に手首の骨がへし折れ、大戦斧が地面へと落下。

「くはっ……はぁ……は……くそ……ここまで……なのか……? 僕は……僕はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 手から大戦斧が離れたことで、超速再生や損傷強化などの恩恵が切れる。トランス状態も解かれた。それでも尚、ランドがムスペルの軍勢へと向かう。

「ぐうっ……がはっ……まだ……まだ……やれ……」

 もはやランドは全身の骨で無事な箇所がないほどに傷つき、体は吹き出す血でどす黒く染まっていた。出血により意識も朦朧とし、折れた腕で振るう拳が虚しく空を切る。

『何をそんなに頑張っているのでしょうかね?』
「がぁ……は……やって……やる……僕……が」

 そんな死にかけのランドにムスペルが近付き、髪を鷲掴みにして持ち上げた。
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