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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

消えぬ残火が燃ゆる時 2

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『な、なんて馬鹿力なんですか……で、ですが事象崩壊魔……じゅぶぅっ!!』

 吹き飛ばされたムスペルに向けて放たれる、砲弾のようなノヒンの両足での飛び蹴り。再び吹き飛ばされたムスペルが何とか受け身をとって着地するが、そこへノヒンの激しい追撃。

『がっ! ぐぅっ! ぐぎっ!! は、速……ぐぶっ!!』
「どうしたどうしたぁっ!! 俺ぁまだ素手だぜぇっ!? 俺の大切な仲間ぁ傷付けやがったんだ!! 簡単には死なせねぇっ!!」
『ぐぅっ! がっ! ぐぐっ! な、なんですかっ! この力と速さはっ!! こ、これはデータに残っているヴァンより……もぶぅっ!!』

 ノヒン渾身の拳がムスペルの腹部にめり込み、ふわりと体が浮く。そこへダメ押しの回し蹴りが炸裂。吹き飛んだムスペルが岩盤に叩きつけられ、地面へと倒れ込む。

「久しぶりの実戦だが体は動くな。魔石もまだ大丈夫そうだ」

 ノヒンが自身の心臓──魔石のある場所に手を置いて深呼吸する。深く息を吸って吐き、そのままムスペルを追撃するのではなく、ボロボロな姿で泣いているマリルの元へと向かった。

「ちっ……こんなガキまでめちゃくちゃにやりやがって。大丈夫……じゃねぇよな。あいつにやられたのか?」
「わ、私は……いいんで……す……お母さんと……お父さん……が……うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 マリルがノヒンに抱きついて泣き崩れたので、優しく背中をさする。周りを見渡せば、傷付いて動くこともままならないランドや降魔となった人達が呻いている。

「……どこまでいってもこの世界は弱ぇやつが苦しむんだな……胸糞悪ぃ」

 ノヒンはそのまましばらくマリルを慰めていたが、倒れていたムスペルがふらふらと起き上がった。

「悪ぃがちょっとここで待っててくれ。すぐに終わらせてくるからよ」
「うぅ……名前……あなたの名前……は……?」
「ノヒンだ。これが終わったら……一緒に墓でも作って弔ってやろうぜ?」
「うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ノヒンさん! ノヒンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「大丈夫だ。すぐに終わらせてくるからよ」

 ノヒンがマリルの頭をぽんぽんと優しく撫で、ムスペルに視線をやる。ムスペルは思った以上にダメージが大きいのか、ふらふらと足元がおぼついていない。

『うぐぅ……このままでは勝てませんね……そうとなれば……。来てください! 私の兵達よっ! ヴァンをっ! 黒狼の戦士を殺しなさいっ!!』

 一人では分が悪いと判断したムスペルが、この場に自身の軍勢全てを呼び戻す。カタリナやセリシア、ファム、カグツチ隊が奮戦したおかげで数はかなり減ってはいるが……それでも十万以上はいるだろうか。

 わらわらとノヒンの元へムスペルの軍勢が集まり、それを追うようにカタリナやセリシア、ファム、カグツチ隊で無事な者達も集まってくる。今まさにノヒンの元に、全ての敵や味方が集まった。

 だがこれはムスペルの明らかな判断ミスだ。ムスペルは焦りからあることを失念していた。目の前の男がヴァンだとするならば、持っているはずの特異な力。

 それは……

「……いいぜぇ? いい敵意だ! 敵意を向けるってことはよぉ……」

 無詠唱特殊魔術「敵対強化」──

「……ぶっ殺されても文句は言えねぇよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 それは敵意、悪意、憎悪、嫌悪、敵対行動(敵意の有無に関わらず)を向けられることで、身体能力が超強化されるという一対多で真価を発揮する力。

 十万の軍勢の敵意がノヒンに向けられ、身体能力が限界を突破する。

『し、しまっ……ごぶはっ!!』

 一瞬で距離を詰めたノヒンの強烈なボディブローで、ムスペルの腹部が弾け飛ぶ。そこへ凄まじい数のムスペルの軍勢が群がるが……

 ガチンッとノヒンが右手を鞘に入れ、黒錆色の刃が鉄甲に装着される。

「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 鞘から右手を引き抜いての横薙ぎの一閃。

 まるで紙切れのように千切れ飛ぶムスペルの軍勢。

 そのままの勢いで左手を鞘に入れ、逆方向への横薙ぎの一閃。

 すかさずズガンッと大砲のように前方へと踏み込み──

 まるで暴風のような剣閃によって、群がるムスペルの軍勢を次々と蹴散らしていくノヒン。
 
 さらに無詠唱特殊魔術「先導者」──

 戦闘中、ノヒンの声を聞いた味方の戦意高揚、身体能力強化。これによってもはや心が折れていたカタリナやセリシア、ファム、カグツチ隊が戦意を取り戻し、身体能力強化によって再びムスペルの軍勢を押し始める。あれほど劣勢だった戦局は、今やノヒン一人によって覆された。

「……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 黒錆色の刃による、逃れられない死の進撃──

 決してムスペルやムスペルの軍勢が弱いわけではないのだが、あまりにも一方的な展開。確かにノヒンは常軌を逸した強さではあったが、さらに輪をかけて強くなっていた。

 ノヒンが殊更に強くなったのには明確な理由がある。

 それは……

「ははっ! 力が漲ってきやがるぜっ!! さっすが偽物とはいえおふくろの魔石だ!!」

 ノヒンはトズールでの戦いで魔石が砕けて心臓が止まり、確かに一度死んだ。

 だが勾玉で呼び出されたレイラの事象崩壊魔術が完璧ではなかったおかげで、魔石は完全には砕けていなかったのだ。魔石の損傷によって超速再生が発動せず、出血多量で心臓が止まり、次元崩壊へと呑み込まれた。

 魔石が完全に砕けていなかったとはいえ、普通に考えればノヒンが助かる道理はない。だが様々な偶然が重なり、ノヒンは奇跡の生還を果たした。

 その偶然とは──

 レイラの事象崩壊魔術が完璧ではなかったこと。

 トズールで出会ったガイが魔石を修復する力を持っていたこと。

 レイラの体が消滅せずに残っていたことで、ノヒンの魔石修復の材料にできたこと。

 ルイスが多重半魔となり、ノヒンが脳死する前に見つけることが出来たこと。

 そしてもう一つが、次元崩壊の状況だ。

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