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第一部 第六章 夢の残火─継承編─

燃ゆる血潮 1

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 ──場面は戻り、プレトリア南部ムスペルとの決戦

「悪ぃが後は俺に任せろ!!」

 ムスペルの軍勢と奮戦する全員に向け、ノヒンが叫ぶ。

「とりあえず全員撤退して次元崩壊の球体に突っ込め! 理屈は分かんねぇがありゃ次元崩壊の余波だか事象のなんちゃらで……あぁめんどくせぇっ!! 正直邪魔だ!! あん中はここより魔素が濃い! 魔女や半魔なら傷の治りも早くなる! 入ったら出れねぇがここよりゃマシだ! とにかく走れ! 走って生き残……れぐぅっ!! ちっ! ファムじゃねぇか!」
「ノヒンさん……本当にノヒンさんだっ!! うぅ……ノヒンさん……ノヒンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 飛んできたファムがノヒンに抱きつき、大きな声で泣く。

「感動の再会は後だファム! ……ってもまあ……無事でよかった」
「うぅ……ひっく……ノヒンさん……ノヒンさん……」
「泣いてる場合じゃねぇぞ? ここにいる奴らの撤退の指揮……任せてもいいか?」
「ノヒンさん……は……?」
「俺も全員ぶっ殺したら戻る」
「嫌だ! やだやだ! 私も戦う!! また知らないところで大切な人がいなくなるのは嫌っ!!」
「ちっ……言うこと聞いてくんねぇか? 俺ぁ一人の方が戦いやすいんだ。大丈夫。絶てぇ戻るから言うこと聞いてくれ」
「絶対……? 絶対戻る……?」
「ああ。約束する」
「うん……分かった……んん……」

 ファムがノヒンに唇を重ねる。

「んぐ! ……ぷは……おいファム! そういうのは大事にしろって言っただろうが!!」
「痛ぁぁいっ!!」

 そうしていつも通りに頭を叩かれた。

「痛いけど……えへへ。ちゃんと自分のこと大事にしてるよ? ファムはノヒンさんのものなんだからね? それと……」

 ファムが親指を立て、「撤退は任せて!」と笑顔を見せる。

「ちっ……任せたけどよぉ、なんで叩かれて嬉しそうにしてやがんだよ」
「ふふん! ファムはドMなんだよ!! 戻ったら……いっぱいしてよね?」
「相変わらず頭ぁ湧いてやがんな……ランドとそこのピンク頭のガキも頼めるか?」
「二人を一気には運べないなぁ……そうだ! セリシアーーーーーーーーーーっ! カタリナーーーーーーーーーーーーつ!!」

 ファムに呼ばれ、二人の女性がノヒンの元まで駆けてくる。

「ランド! 大丈夫ランド!?」

 ノヒンの元へと駆けてきた女性の一人、カタリナがボロボロのランドを見つけて駆け寄る。

「あの嬢ちゃんはランドの知り合いか?」
「あの子はカタリナだよ! ランドのお嫁さん!」
「はぁっ!? マジか!?」
「マジのマジ! 大マジだよ!」
「そうか……あのランドがねぇ……そうかいそうかい……」

 ノヒンがランドとカタリナを見ながら「よかったなぁ……ランドォ……」と目を潤ませる。

「それよりこっちこっち! そんな離れてないでこっち来なよセリシア!」
「セリシア? ……聞き覚えがあんな。それにその顔で赤い髪ってことは……セティーナの妹か?」
「ノ、ノヒン……さん……ですか?」

 ファムに呼ばれたセリシアが、ノヒンの目の前で恥ずかしそうにもじもじとしている。

「なんでもじもじしてやがんだぁ?」
「あ……あの……あの!」
「なんだ? なんか言いてぇのか? 悪ぃけど今はそんな時間ねぇんだ。あのクソ野郎にとどめを刺さなきゃなんねぇ……んぐぅっ!!」

 セリシアがノヒンに唇を重ね、興奮したように身を捩らせる。

「ぷはっ! ちっ! マジかよ! おめぇも頭ぁ湧いてやがんのか!?」 
「ご、ごめんなさいノヒンさん……。が、我慢できなくて……」
「ちっ……まあセティーナとファムで慣れてるけどよ……カグツチ家と関わんのは疲れるぜ」

 ノヒンがやれやれといった感じでセリシアの頭を撫でる。

「途中からだからよ、全然状況は分かってねぇ。だけどおめぇらのボロボロの服を見りゃぁ頑張ったのは伝わってくる。よく耐えてくれたな。ファム。セリシア」

 今の言葉が嬉しかったのか、頭を撫でられたことに感動したのかは分からないが、セリシアがその場で泣き崩れる。それを見たファムも泣き出してしまい……

「ちっ……泣いてる場合じゃねぇってんだ。おいファム!」
「は、はーい!」
「おめぇは戦場で取り残されてるやつがいねぇか確認しながら撤退の指揮しろ!」
「ま、任せてよね!」

 その場でくるりと回って親指を立てるファム。

「セリシア!」
「は、はい!」
「あそこのピンク頭のガキんちょを頼めるか?」
「わ、分かりました!」
「あとはそこの金髪の……」
「カタリナですよノヒンさん?」

 セリシアがノヒンの耳元で囁く。

「近ぇんだよ! ……カタリナ! ランドを頼む!!」
「任せてください!」
「ちょ……ちょっと待ってくれノヒン……」

 カタリナの金獅子の力で、ある程度回復したランドが立ち上がる。

「悪ぃが話なら後だ」
「違う。僕もここにいさせてくれ」
「ダメだ」
「君がダメだと言っても僕はここに残る。ムスペルとの戦いは僕が始めた戦いだ。最後まで見届けさせてくれ」
「あぁん? んなぼろぼろで……足でまといだってんだ!」
「君の目は節穴か? 傷はカタリナがある程度治してくれた。ぼろぼろなのは服装だけだと思うが? まったく……頭が悪いだけかと思ったら目も悪いんだな?」
「そういうランドさんは相変わらず口が悪ぃみてぇだなぁ? いいぜぇ? やんのかぁ?」
「ははっ! 泣いて謝る君の姿が目に浮かぶよ!!」
「ちっ……マジで相変わらずだな」

 ランドとの久しぶりの懐かしいやり取り。ムスペルと戦った感じ、おそらく自分一人で大丈夫だとノヒンは判断したが……

 正直戦場ではどうなるか分からない。

「おめぇは一度言ったら折れねぇもんな。ちっ……んじゃあこれ持っとけ」

 ノヒンが背中に担いだ天之尾羽張をランドに渡す。

「使い方は分かんだろ? 座標だか位置関係だか理解してりゃあその場所まで斬って繋げる。正直あっちはまだまだ数がいる。おめぇにかまってる暇はねぇから危なくなったらそれでトズール辺りまで逃げろ」
「ノヒン……」
「言っとくが見てるだけだ。おめぇも戦うってんなら今すぐ殴って黙らす」
「ぼ、僕だって少しくらい……」

 「戦える」とランドが言おうとして、口を噤んだ。いつも口喧嘩で折れることのなかったノヒンが折れてくれた。おそらく信頼していない相手であれば、絶対に折れなかっただろう。それが嬉しくて……

 ランドは涙ぐみながら「分かった」とノヒンに伝えた。

「そ、それなら私も残ります! ランドはちょっと感情的なところもあるし、ノヒンさんの邪魔をしないように私がしっかり見張ってます!」
「じゃ、邪魔ってなんだよ……」
「もう! 私の力は時間をかけないと完璧には傷を治せないんだよ! ほら! こことか! こことかこことか!!」

 カタリナがランドの体をぐいぐいと押す。

「ぐぅ……い、痛いってカタリナ!」
「ほら! やっぱり無理してる! ……それにランド一人を置いてけないよ。私たちずっと一緒にって約束したでしょ?」
「カタリナ……分かったよ。ノヒンもそれでいいか?」
「ちっ……まあ好き同士が離れんのは違ぇよな。だが危なくなったらすぐに逃げろ。おめぇらのところには一人も近付けさせるつもりはねぇが、戦場ってのはどう転ぶか分かんねぇからよ」
「ありがとうノヒン」

 ノヒンが舌打ちをしながら頭をガシガシと掻き毟る。

「それとカタリナ」
「は、はい!」
「ありがとうな。ランドのこと立ち直らせてくれてよ。さっきのおめぇらのやり取り……よかったぜ?」
「は……い……はい!」

 カタリナが目を潤ませて答える。

「っし! んじゃあさくっと終わらせてくるぜ! ファム! セリシア! 頼んだぞ!」
「任せて!」「任せて下さい!」

 セリシアがマリルを抱え、燃え盛る炎を纏って飛び上がり、ファムがいまだ奮戦するカグツチ隊の元へと向かう。

「これで存分に暴れられるな。敵は残り五万……ってとこか。つーか全員同じ面しやがって気持ち悪ぃ。なんなんだあいつらは?」
「あれはムスペルとムスペルの軍勢だ」
「ムスペルっつぅと神話の巨人だっけか?」
「ああ。数千年かけて小型化したらしい。かなりの強敵だけど……って言っても、もうムスペル本体は動けそうにないな」

 ランドがノヒンに殴り飛ばされ、地面に這いつくばっているムスペルを見る。

「んじゃまあ俺のやることは……まずはムスペルの軍勢ってやつを蹴散らすことだな。ランドのこと頼んだぜカタリナ!」
「はい!」
「ランド! おめぇも余計なこと考えねぇで休んでろ! すぐに終わらせるからよぉっ!!」

 ノヒンがギチギチと全身に力を漲らせる。体からは黒い霧が滲み、霧がまるで炎のように揺らめく。心なしかノヒンが苦しそうに胸の位置──

 魔石がある場所に手を当てた。
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