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【第一章】
9.遊び人ってこと
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僕たち三毛猫の雄が人間界で暮らすには、まず一ヶ月ほどの事前研修をうけて、その後本格的な実地訓練という流れになる。
僕らは今実地訓練の真っ最中なわけだけど、その合間に週一回ほどは、牧瀬家の別棟で行われる秋山の講義を聞かなければいけない。
と言っても秋山はだいたい同じようなことしか言わない。なんでか部屋に入ってきた瞬間からちょっとぷりぷり怒っていて、人間界が如何に危険かをとうとうと話した後で、3つのルールの復唱をさせられるわけだ。
今はその退屈な講義を終えて、レオンと2匹で別棟の隅で額を寄せて作戦会議だ。
カフェテリアでの吉良くんの様子をレオンに話すと、彼はパタパタとしっぽを床に打ちつけた。
「ツナ、残念だけど、そりゃだめだ」
「えっ?何がダメなの?」
レオンの言葉に僕はぴくりと髭を揺らした。
「事前研修で習ったこと忘れたのか?さてはおまえ居眠りしてたな?」
そういうと、レオンは少し場所を変え、教卓の上に飛び乗った。
その上にはいくつかの教本が積み重ねられていて、その一番上の一冊の表紙を、少々不自由そうに持ち上げた。パラパラとページをめくるレオンを見て、僕も教卓の上に飛び乗って、その横に並んで座った。
「あったあった、吉良はこれだな」
教本の開かれたページには赤いローブを羽織って片手を上げた人が描かれている。これはタロットカードという人間界の遊びの一つで、このイラストはマジシャンを意味している。
「マジシャンのカードは遊び人ってことだぜ」
レオンがその肉球をマジシャンの顔のあたりにペチンと打ちつけた。
「レオン、意外と秋山の話聞いてるんだね、すごい」
「だろ、俺はけっこう真面目ちゃんだ」
「でも、これは吉良くんじゃないよ、全然似てない。吉良くんはもっと、こう……なんていうか、カッコよくていい匂いがする!」
僕はマジシャンの赤いローブのあたりをくんくん嗅いだ。埃っぽい紙と微かにインクの匂いがする。
「アホツナ!似てるとかって話じゃないんだって」
アホと言われて、僕は教本から顔を上げた。
「吉良は遊び人なの!お前と仲良くしたけど、遊んでただけで、結婚する気なんてないってことだ」
レオンの言葉がピシャリと僕の顔を弾いた。驚いて、無意識に下顎が微かに揺れている。
「そ、そんな……そんな、わけ」
「ある!だって、みんなの前で笑われたんだろ?」
「で、でも!結婚しようなって言われたよ?!」
僕の言葉に、レオンはまたパタパタと尻尾を打ちつけた。
「だぁかぁらぁ、本気だったら怖いって言われたんだろ?それって、揶揄われたってことだ。吉良は本気じゃないんだよ!ツナは遊ばれたってこと」
僕の顔面を再びレオンの言葉が強く弾いて、背中がキンと冷たくなった。
「み、みんな居たから……照れてただけってことは……」
「ないな」
レオンはきっぱり答え、何故か得意気にフンと鼻から息を吐いた。
「ツナ、吉良のことは諦めろ。だいたい、なんでわざわざ男なんだよ。可愛い女の子だっていくらでもいるだろ?莉央ってこはどうなんだ?」
僕は泣きそうな目元をゴシゴシ擦った。
吉良くんのことを思い浮かべて、その後で莉央のことを考えた。確かに、莉央は可愛いし優しいし、僕に美味しい食べ物を教えてくれる。
「でも……僕は吉良くんがいいんだ……」
頭が重くなって耳の先がしゅんと下がり、しっぽに力が入らない。そんな僕の様子をみて、レオンがしゅるりと身を寄せた。僕の頭のてっぺんあたりを慰めるように舐めている。
「まあ、わかったよ。そしたら、俺が吉良を見極めてやる。そんで、一言ガツンと言ってやるよ」
「ガツン?」
「おうよ。そんで、次はいつ吉良に会うんだ?」
「……今度の週末に、サークルでジムに行くって…たぶん、そこに吉良くんも来る」
僕がそう答えると、レオンは「よしっ」と言って息巻いた。
「俺も連れてけ」
「レオンもサークル来るの?」
「おう、平気だろ?」
「うん、軽い集まりだから、お友達連れてきてもいいって言われてる」
「じゃあ、決まりだ!」
レオンは身を翻し、ストンと教卓の上から飛び降りた。「飯貰いに行こうぜ」としっぽを立てて、僕にお尻を向けて別棟の出口へととことこ歩いていく。
僕もレオンの後に続こうと、教卓の上から飛び降りた。
「あー、ところで、ツナ」
「うん?」
不意に言葉を濁して振り向いたレオンに僕は足元から顔を上げた。
「その、サークルの集まりってやつに、女の子は……莉央は、来るのか?」
あ、なるほど。レオンの目的はそっちか。
「来るよ」
僕の答えに「そうか」とレオンは髭を揺らした。
僕らは今実地訓練の真っ最中なわけだけど、その合間に週一回ほどは、牧瀬家の別棟で行われる秋山の講義を聞かなければいけない。
と言っても秋山はだいたい同じようなことしか言わない。なんでか部屋に入ってきた瞬間からちょっとぷりぷり怒っていて、人間界が如何に危険かをとうとうと話した後で、3つのルールの復唱をさせられるわけだ。
今はその退屈な講義を終えて、レオンと2匹で別棟の隅で額を寄せて作戦会議だ。
カフェテリアでの吉良くんの様子をレオンに話すと、彼はパタパタとしっぽを床に打ちつけた。
「ツナ、残念だけど、そりゃだめだ」
「えっ?何がダメなの?」
レオンの言葉に僕はぴくりと髭を揺らした。
「事前研修で習ったこと忘れたのか?さてはおまえ居眠りしてたな?」
そういうと、レオンは少し場所を変え、教卓の上に飛び乗った。
その上にはいくつかの教本が積み重ねられていて、その一番上の一冊の表紙を、少々不自由そうに持ち上げた。パラパラとページをめくるレオンを見て、僕も教卓の上に飛び乗って、その横に並んで座った。
「あったあった、吉良はこれだな」
教本の開かれたページには赤いローブを羽織って片手を上げた人が描かれている。これはタロットカードという人間界の遊びの一つで、このイラストはマジシャンを意味している。
「マジシャンのカードは遊び人ってことだぜ」
レオンがその肉球をマジシャンの顔のあたりにペチンと打ちつけた。
「レオン、意外と秋山の話聞いてるんだね、すごい」
「だろ、俺はけっこう真面目ちゃんだ」
「でも、これは吉良くんじゃないよ、全然似てない。吉良くんはもっと、こう……なんていうか、カッコよくていい匂いがする!」
僕はマジシャンの赤いローブのあたりをくんくん嗅いだ。埃っぽい紙と微かにインクの匂いがする。
「アホツナ!似てるとかって話じゃないんだって」
アホと言われて、僕は教本から顔を上げた。
「吉良は遊び人なの!お前と仲良くしたけど、遊んでただけで、結婚する気なんてないってことだ」
レオンの言葉がピシャリと僕の顔を弾いた。驚いて、無意識に下顎が微かに揺れている。
「そ、そんな……そんな、わけ」
「ある!だって、みんなの前で笑われたんだろ?」
「で、でも!結婚しようなって言われたよ?!」
僕の言葉に、レオンはまたパタパタと尻尾を打ちつけた。
「だぁかぁらぁ、本気だったら怖いって言われたんだろ?それって、揶揄われたってことだ。吉良は本気じゃないんだよ!ツナは遊ばれたってこと」
僕の顔面を再びレオンの言葉が強く弾いて、背中がキンと冷たくなった。
「み、みんな居たから……照れてただけってことは……」
「ないな」
レオンはきっぱり答え、何故か得意気にフンと鼻から息を吐いた。
「ツナ、吉良のことは諦めろ。だいたい、なんでわざわざ男なんだよ。可愛い女の子だっていくらでもいるだろ?莉央ってこはどうなんだ?」
僕は泣きそうな目元をゴシゴシ擦った。
吉良くんのことを思い浮かべて、その後で莉央のことを考えた。確かに、莉央は可愛いし優しいし、僕に美味しい食べ物を教えてくれる。
「でも……僕は吉良くんがいいんだ……」
頭が重くなって耳の先がしゅんと下がり、しっぽに力が入らない。そんな僕の様子をみて、レオンがしゅるりと身を寄せた。僕の頭のてっぺんあたりを慰めるように舐めている。
「まあ、わかったよ。そしたら、俺が吉良を見極めてやる。そんで、一言ガツンと言ってやるよ」
「ガツン?」
「おうよ。そんで、次はいつ吉良に会うんだ?」
「……今度の週末に、サークルでジムに行くって…たぶん、そこに吉良くんも来る」
僕がそう答えると、レオンは「よしっ」と言って息巻いた。
「俺も連れてけ」
「レオンもサークル来るの?」
「おう、平気だろ?」
「うん、軽い集まりだから、お友達連れてきてもいいって言われてる」
「じゃあ、決まりだ!」
レオンは身を翻し、ストンと教卓の上から飛び降りた。「飯貰いに行こうぜ」としっぽを立てて、僕にお尻を向けて別棟の出口へととことこ歩いていく。
僕もレオンの後に続こうと、教卓の上から飛び降りた。
「あー、ところで、ツナ」
「うん?」
不意に言葉を濁して振り向いたレオンに僕は足元から顔を上げた。
「その、サークルの集まりってやつに、女の子は……莉央は、来るのか?」
あ、なるほど。レオンの目的はそっちか。
「来るよ」
僕の答えに「そうか」とレオンは髭を揺らした。
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