絶対零度の王女は謀略の貴公子と恋のワルツを踊る

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真相

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遠くの玉座では号泣している父と、嬉しそうな母に挨拶をしてから、ルーシアとアレックスは会場を出た。

(父の前で、アレクが意味深だったのはプロポーズするためだったのね……全然気がつかなかったわ)

長い廊下を歩きながらルーシアはため息をつく。なんだか、余計な気を回したような気がする。

父は本当に嬉しそうだった。「やっと娘の晴れ姿を見ることができる」と何度言っていただろうか。
母なんて、「孫の顔を見れるのはいつかしら」と気の早いことを呟いていた。

(二人が祝福してくれて、本当に良かったわ)

喜びを浮かべつつ、体は少し重かった。
求婚のせいで周囲の貴族たちがいつも以上に声をかけてきたり、注目を浴びたりして非常に気疲れをしたのだ。

隣にいるアレックスも私と同じ気持ちのようで、疲れが顔に滲んでいるように感じていた。

「疲れましたわね」

「ああ。だが、俺は幸せな気持ちの方が勝っているよ」

「……私もですわ」

甘い空気を纏わせ、二人は王城の廊下を歩いていた。赤い絨毯は柔らかく、長い廊下の端から端まで敷かれている。

ルーシアはふと、渡り廊下に立たずむ人影を二人分見つけた。

(一体……誰かしら?)

目を凝らして眺めると、その二つの影はよく知っているものだった。隣にいるアレックスも気づいたようだ。

「ハイリ!」

「マイクじゃないか」

ルーシアとアレックスは声を揃えて、よく知っている人物たちを眺める。
予想外の組み合わせにルーシアは目を瞬いた。

(そういえばアレクは、ハイリに私宛の手紙を渡していたから、一応は顔見知りなのかしら?でも、マイク様と関わりがあったなんて初めて知ったわ)

ルーシアの侍女のハイリ。
アレックスの友人のマイク。

一体全体、なんの組み合わせなのだろうか。頭に疑問を浮かべる。

「ルーシア様!アレックス様のプロポーズ、お受けいたしましたのね!心よりお喜び申し上げます」

ハイリが嬉しそうにルーシアに近寄る。

「ありがとう、ハイリ」

「ルーシア様が幸せになれそうで、私、安心いたしました。これで……」

「……?」

ルーシアは頭を傾げる。
隣ではマイクがアレックスの肩を叩き、喜びの笑顔を浮かべていた。

「アレク、よくやったな~。これで二人は安泰だ」

「お前に心配されるいわれはない……が、ありがとな」

「幸せになれよ」

マイクが満足げに言い放った。

「ええっと……ハイリとマイク様はどういう?」

「二人でいるところなんて初めての見たぞ。友人か?」

ルーシアが二人の姿を見てからくすぶっていた疑問を尋ねた。アレックスも同様に頷き、質問する。

「ええっと……私達、兄妹なんですよ」

「「……!」」

「そ~なんだよ~。この冷徹女は俺の妹」

「うるさい、バカ兄」

「そうなの!?…………驚いたわ」

ルーシアは声をあげて驚く。アレックスも二人をまじまじと眺めた。ルーシアもハイリとマイクの顔を見比べる。

(本当だわ。金髪碧眼で、高い鼻がそっくりね……。こんなに近くにいたのに、全く気がつかなかったわ)

アレックスも同様に二人の顔を見比べる、目を見開く。マイクは、してやったり顔でアレックスを見ていた。
ルーシアは、目の前のハイリに意見を述べる。

「びっくりしたわ。もう!言ってくれれば良かったじゃない」

「…………」

「……?」

ルーシアがハイリの方を見ながら「仕方ないわね」という表情で見やると、ハイリは顔をうつむかせた。
そしてしばらくの間沈黙する。瞳に疑問を浮かべながら彼女を見ると、何かを決意したかのような慎重な表情で言葉を紡いだ。

「お二人に……お詫びしたいことがございます」

「ああ……そうだったね」

マイクは妹の言うことに頷く。二人の兄妹は慎重な様子でお互いの瞳を見つめている。
ルーシアは、「一体どうしたの?」という顔をして眺めていると、ハイリはいきなり爆弾を落としたのだ。







「二人の『ゲーム』を仕組んだのは……私、です」







「っ!?」

「は?」

(え?ど、どういうこと!?)

ルーシアは驚愕で声が出なかった。アレックスは、声が思わず漏れてしまったのか、気まずげな表情でハイリを見ていた。

『ゲーム』ーーーーそれは、アレックスがルーシアに近づくようになったきっかけになった賭だ。
アレックスは『ゲーム』で、ルーシアを落とすことが出来れば目的の品を手に入れる事が出来るのだと言っていた。

(確か、何かの書物だったかしら?)

ルーシアは思い出そうとするかのように、遠くを見やる。そのあと、ハイリの言った言葉の意味を考えた。

何故、ルーシアの侍女であるハイリが仕組むのだろうか。
謎が謎を呼び、言葉を続ける彼女の言葉に耳を傾けた。

「私が兄に頼み込んだのです。『アレックス様をどうにかして、ルーシア様に近づけさせることはできないか』と」

「そ、んな!」

「そうだよ。俺は可愛い妹に一生の願いを受けて、『ゲーム』を提案したんだよ。アレクが理由もなく、苦手にしていた王女様に近づくことなんてありえないからね~」


ーーーー苦手にしていた王女。


初めての事実を受け狼狽していたルーシアの耳に残った。色々と謎があるけれど、アレックスが自分を苦手に思っていたなんて、全く知らなかった。

ルーシアはアレックスの方を睨む。されば彼は、少し気まずそうに目線を逸らした。

(まぁ、その事実については後で聞くとして……。『ゲーム』がそのような理由で行われたなんて、驚き、だわ。どうして……!)

ルーシアはハイリの行動の意味が分からなかった。ハイリの瞳を見つめても、その真相は謎に包まれたままだ。アレックスも顔に疑問を浮かべている。
ルーシアは口を開き、できるだけ穏やかに語りかけた。

「ハイリ。!あなたどうして、そんなことをしたの?」

「それは……」

ハイリは悲しそうに、そして辛そうな表情で口ごもった。
きっと、彼女にもなにかしらの理由があるのだろう。ルーシアはハイリのことを深く信頼している。彼女を疑うことなんて、微塵も考えられなかった。そのため、彼女自身が口を開くことを待とうと考えていた。
だが突如、マイクが話し出したのだ。

「こいつ、結婚するために隣国へ行くことになったんですよ。だから、この国に悔いを残していくのは嫌だったんですよ~」

「え、結婚!?」

ルーシアはハイリを見る。そんなの初耳だ。
ハイリは唇を噛みながら、耐えるような表情で見つめ返してきた。その顔には「ルーシアと離れたくない」と書いてあるように見え、心が痛かった。

(そういえば、近頃舞踏会に出ていなかったわね。もしかして婚約したことが原因、だったのかしら)

そんな衝撃の事実を知ったルーシアだったが、また新たな爆弾が投下されたのだ。それは、耳を疑うような事実だった。


「俺たちの家、クライアン侯爵家は、世界中の王室に名の知れた占星術師の家系なんだ~」


「占星術師!?」

「は!?マイク、お前何言って……!」

アレックスは前のめりで驚く。その声音には、何か感じることがあるような感情が含まれているように感じた。顔には「もしかして」という感情が滲み出していた。

予想外の言葉の連続にルーシアの頭は追いつかない。呆然としているルーシアを尻目にして、アレックスはマイクへ目線を向ける。

「おい、マイク!もしかして、教会のハリソンはお前の家に関係をあるのか!?」

「ああ、俺たちの何代か前のクライアン家当主だよ」

「何代か前……ですか?」

言葉に違和感を覚えて、ルーシアは聞く。

「あの人は規格外なんですよ~。世界中を旅してて、ウチでも不老不死なんじゃないかと専らの噂なんですよ」

「は?不老不死!?」

マイクの言葉に、ルーシアもアレックスも「意味が分からない」という表情でお互いを見やった。

(不老不死なんてありえないわ。聞いたこともないし、信じられない……)

驚愕の表情を浮かべているルーシアと、どこか不審そうに眉をひそめているアレックスの思考を断ち切ろうとするばかりに、マイクは言葉を紡ぎ出す。

「え~と、話を戻しますね。妹が隣国に行くことになったのは、その『占星術師』の血が関係してるんです」

「『占星術師』の血、ですか?」

マイクは頷く。

『占星術師』ーールーシアは父親が話しているのを少し聞いたことがあった。
どこかの一族が国の未来を占い、予想している。そしてそれを王族に伝え、国の発展と安定を影から支えているらしい。

強国であるライオネル王国もその力を頼ることがあるらしいのだが、ルーシアは細かい詳細を聞かされていなかった。

「え~と、妹の婚約相手は魔法使いの一族なんです。どうしても『占星術師』と先方の若君を結婚させて、サラブレッドの子どもを産ませたいと先方の願いで」

「…………」

ルーシアは黙った。引っかかる言葉を覚えたからだ。
ハイリは、その無表情の中には怒りが隠されていることを感じ取っていた。

(産ませたい…?やっぱり権力者は、人を人とも思わない奴が多いのね。私もその中の一人だと思うと、嫌になっちゃうわ)

心の中で悪態をつきながら、ハイリを見る。その視線の中には「あなたは納得しているの?」というような意味が込められていた。それを受けて、ハイリが口を開く。

「私は、覚悟しています」

強い、責任感のある口調だった。ルーシアは、そんな彼女を注意深く観察する。心の奥まで見透かさんばかりで。

すると、金髪の男から声が上がる。

「俺も、あんな家のために隣国まで嫁ぐ必要なんてないと思うけど~」

「バカ兄は黙っていて」

「へ~い」

ハイリはピシャリと言う。
マイクは「納得いかない」という表情を浮かべたまま黙った。

「本音を言うと、家のことは嫌いです。頭の固い奴らばかりで、家を守ることだけに固執している。でも、血を受け継ぐものとしての役割があることも理解しています」

ルーシアには、正直ハイリがどんなものを抱えているのかは分からない。だが、『自らの役割』を大切にすることで己を守っているということは理解できた。

(私も彼女と同じなのよね。家というものに縛られる。けれど、それは恵まれた者の務めのような者なのかもしれないわ)

それにハイリの顔を見れば、本気で嫌だとは思っていないと分かった。きちんと己の人生を見極めて、自分で決めたと、顔に書いてあった。

そんな友人に、ルーシアは心からの気持ちを述べる。

「ハイリ……私は、あなたが遠くに行ってしまっても、ずっとあなたの友人だから」

「……!」

ハイリはその碧眼に涙を浮かべながらルーシアを見た。

「ありがとうございます。…………私、ルーシア様に絶対恋を叶えて欲しかったんです。あなたの魅力なら、相手に必ず気持ちが届くとしんじていたから」

「……」

「もしそれが、その恋が報われなくても、貴女は前へと進む力を持っている。ルーシア様に足りなかったのは、一歩進む勇気だと思ってました。だから、多少無理やりでも、恋がかなう可能性があるのなら賭けたいと思いました」

ハイリは申し訳なさそうな顔をしつつも、これは正しかったのだと信じている顔で述べた。

彼女の事は、ルーシアに対しての思いやりに溢れているように感じた。

ルーシアは深く傷付いた。痛くて苦しくて、視界が全て暗闇に包まれたかのように絶望した。

だけれど。もし、ハイリとマイクの与えてくれた『きっかけ』がなければ、アレックスとは結ばれることはなかっただろう。
そう考えれば、彼女を責める気なんてさらさら起きなかった。むしろ、

「ハイリ……ありがとう」

「……っ」

「私は、あなたに感謝しているわ。全て私のためだったのね」

自然と口からは感謝の声が溢れていた。
ハイリは目を見開くと、その潤んだ碧眼からは一筋の涙が溢れていた。

「俺も二人には感謝しているよ」

ずっと黙ってルーシアとハイリの会話を聞いていたアレックスは、柔らかな笑みを浮かべて言う。
それに対してマイクは驚いたように目を開く。そして彼はいつになく真剣な表情へと変え、真面目な声色でぽつぽつと心の内を話し出した。

「俺さ、アレクにも幸せになって欲しかったんだよ」

「俺にも?」

「ああ。なにかきっかけがなければ、お前は誰かを愛することができないんじゃないかと、そう思ったんだ。俺ずっと心配だったんだよ」

そう語るマイクに、アレックスは唇を噛み締めた。思い当たることがあるような顔で。

「妹から王女殿下の話を聞いて思ったんだ。ここまで妹が信用してる人ならば、お前を変えてくれるんじゃないかって」

「……」

「そして結果、アレクは王女殿下を愛した。……本当に嬉しかった」

ルーシアは二人の様子を見て目を閉じる。頭の中には、アレックスと二人で過ごした記憶が蘇ってくる。

(私はアレックスを愛することができて良かったわ。そしてまた、アレックスも私を愛することができて良かった。……そう、信じたいのね、私)

四人の間を優しい空気が包み込む。
その優しい空気の中で、ルーシアは小さく微笑んでいた。



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