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1巻

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 ***


 翌日からもクロードは今までと何も変わらず、薬草採取の依頼を受けて、はぐれのゴブリンやウルフを狩る生活を続けた。
 だが、その間、いくら待ってもパーティ加入の打診が来る事はなかった。

「すみません。パーティ加入の打診はまだ来ませんか」

 クロードが痺れを切らして、ギルドの受付に直接聞きに行くと……

「ああ、クロードさんですか。まだ、来ていませんね……あの、失礼を承知で言わせていただきますと、クロードさんはキラーボアの件で、他の冒険者の方達から疑いの目で見られているみたいでして……誘いに来る方はもしかしたらいらっしゃらないかもしれません。なので、ソロで活動するか、他の街に行って、改めてパーティ加入申請をしてみてはどうでしょうか」
「……そうですね。少し考えようと思います。今日は、これで失礼します」


 宿泊している宿に帰ると、女将がクロードを迎えた。

「お、帰ってきたね。それで、今日はどうだったんだい。パーティには入れたのかい」
「ああ、女将さん。その事なんですけど……今日、受付のお姉さんに『誘いに来る方はもしかしたらいらっしゃらないかもしれません』って言われちゃいまして。ソロで活動するか、他の街に行った方がいいって。とはいえ、まだここには泊まるつもりなので、とりあえず一週間、宿泊延長でお願いします。これ、延長料金です」
「ああ、確かに、丁度だね。夕食の時間まで大分あるけど、どうするんだい」
「そうですね。とりあえずその辺をぶらぶらして、今後の事について考えてこようと思います。夕食の時間までには帰ってきますので。では、行ってきます」

 クロードはそう言って、王都の街へ繰り出した。


 夕方、悶々もんもんとした気持ちを抱えながら宿に帰ってきたクロードが部屋に戻って数十分後、ようやく今後の方針を決めたところで女将が扉をノックした。

「もう直ぐ夕食の時間が終わっちゃうから、食堂に下りておいで」
「え、ああ、わかりました。考え事をしている間に、もう夕食の時間になっていたのか……早く美味しくて温かいご飯を食べて気分転換しよう」

 クロードが食堂に行くと、女将が笑みを浮かべた。

「お、下りてきたね。他のお客さんはもう食べ終わって、各自の部屋に戻ったから、ゆっくり食べられるよ。さあ、席に座って待っていな。今、料理を持っていくからね」

 クロードが大人しく待っていると、今日は女将だけでなくその旦那も一緒に料理を持って現れた。
 二人でクロードの前に料理を並べると、女将が口を開く。

「あんた……えっと、名前はなんて言ったかね」
「え、ああ、クロードです」
「クロードはこれからどうするか、決められたのかい? まだ、決められていないなら、私らで話くらいは聞いてやれるけど」
「ああ、その事なら、先程無事に決めました。俺は、しばらくの間、ソロで冒険者活動をしようと思います」
「そうかい、決めたのかい。じゃあ、今日は、冒険者クロードの新たな門出だね。奮発してオーク肉を用意しておいて良かったよ。今、旦那がオーク肉のステーキを持ってくるからちょっと待っていな」

 いったん厨房ちゅうぼうに戻った旦那が、ステーキを持ってきた。

「召し上がれ」

 それだけ言うと、旦那は再び厨房に引っ込んでしまった。

「はあ、すまないね。うちの旦那は料理の腕も良いし優しい人なのだけれど、無口でね。人と話すのが、苦手みたいなんだよね。悪く思わないであげてくれ」
「大丈夫ですよ。俺はそういうの気にしないので、じゃあ、いただきます」

 クロードはステーキを口に運ぶと、目を見開く。

「おお……ゴブリンのステーキも美味かったけれど、やっぱりオーク肉はあぶらののりが違うな。最近は全く食べていなかったから、オーク肉の旨味がみる……」

 夕食を美味しくいただいたクロードは、女将に声をかける。

「ご馳走様でした。オーク肉のステーキ、とても美味しかったです。勿論もちろん、その他の料理も。これで、明日からの冒険者活動に向けて英気を養う事が出来ました。じゃあ、今日はもう寝るので、お休みなさい」
「ああ、お休み」


 ***


 翌日、クロードは、日の出と共に目を覚ました。

「さて、今日から本格的なソロ冒険者だ。ランクを上げないといけないから、薬草採取とゴブリンかウルフ討伐の常時依頼でポイントをかせぐか。とにかく、まずは朝食だな」

 クロードは一階に下りて、井戸で顔を洗ってから朝食を食べた。

「クロード、これからギルドに行くのかい」
「はい、女将さん。今日がソロ冒険者としての第一歩なので、頑張ってきます」
「頑張るのは良いけれど、無理だけはするんじゃないよ。これ、サービスの昼の弁当だよ。持っていきな」
「ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってきな」

 こうして、クロードはギルドに向かった。


 ギルドに到着して中に入ると、朝一番で依頼を受ける者が多いためか、受付カウンターには長い行列が出来ていた。
 クロードは、比較的人数の少ない列の最後尾に並ぶ。どうやらここは、いつも対応してくれる受付嬢の列らしい。
 それからしばらくして、クロードの番がやって来た。

「はい。次の方どうぞ。ご用件は……あ、クロードさんじゃないですか。今後、どのように活動していくかお決めになられたのですか」
「はい。しばらくの間、ソロで活動する事にしました」
「そうですか。わかりました。そのように手続きしておきます。それで、少々お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか」
「はい。なんでしょうか」
「パーティ追放時のステータスボードには、ジョブが荷物持ちと書いてあるのですが、これは本当ですか?」
「あ、いいえ、俺のジョブは『万能者』です」
「え、そうなのですか」

 受付嬢はカウンターの後ろにあるたなから分厚い本を取り出すと、何かを調べ始めた。

「『万能者』というジョブは確認出来ません。クロードさんだけのオリジナルですね。ジョブの性質がはっきりしていないと、報酬や難度が高い指名依頼の斡旋あっせんが難しいです。なので、ランクが上がるのが、普通の人より幾分いくぶんか遅くなってしまう可能性があります」
「そういえば、パーティに入る時、リーダーにジョブらんには荷物持ちと書いておけと言われて書いたので、正式なものではないかもしれません。ギルドカードの更新もギルドに加入して以来してないし、やっておいた方がいいですよね」
「そうでしたか。では、鑑定水晶かんていすいしょうを使ってカードの更新をしてしまいましょう。さあ、水晶の上に手を置いてください」
「あの、その鑑定水晶とはなんですか。使った事がないので、説明をしていただけるとありがたいのですが……」
「ええぇぇぇ!? 鑑定水晶を使った事がないとは本当ですか。それはおかしいですよ。皆さんギルドに加入する時は、必ずやる事なのですから。あ、クロードさんが以前所属していたパーティは、『銀狼の牙』でしたね。なら、そのような事もありえそうです」

 そう言いながら受付嬢は、クロードをあわれみの目で見た。その実力に反して、『銀狼の牙』の評判はギルド内でもよくないらしい。

「くそっ……シリウスの奴、俺のギルド加入の時、色々手順を省きやがったな」
「え、どうかしましたか?」 

 クロードが誰にも聞こえないような小声で愚痴ぐちを言うと、受付嬢が尋ねた。

「いいえ、なんでもありません」 
「そうですか。では、とりあえず、水晶でギルドカードを更新しましょう」
「はい。よろしくお願いします」

 クロードは、水晶の上に手をせた。
 結果は……

「ク、クロードさん、ジョ、ジョブが変わっています!」
「はあ? ジョ、ジョブが変わっているって……一体どのようなジョブに変わったのですか」
「え、えっと、ですね。『超越者』というジョブになっていますね。これも全く聞いた事がない、未知のジョブですが」
「未知のジョブ、ですか……」
「お役に立てず申し訳ございません。私の方でも調べてみようと思いますので、何かわかりましたらご連絡いたします。私の名前はミレイです。覚えておいてください。あとは教会に行って『超越者』のジョブについて鑑定してもらえば、何かわかるかもしれません。それと、念のためギルドのルールをもう一度説明しようと思うのですが、お聞きになりますか」
「はい。聞いておこうと思います」
「わかりました。まず、ギルドのランクは上から、EX、SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、Gとなります。冒険者は、原則として自分のランクと一つ上のランクの依頼を受ける事が出来ます。例外もありますが。次に、依頼に失敗したら違約金いやくきんが発生します。依頼によって金額はまちまちです」

 ミレイはそこまで言うと、一息ついてからまた口を開く。

「ギルドカードを持っている時にステータスと唱えると、自分のステータスを見る事が出来ます。また、緊急依頼が発生すると、ギルドの近くにいる冒険者のギルドカードが強く光りますので、Dランク以上の方は、ギルドに集まっていただく事になっております。くしてしまわれますと再発行に銀貨五枚かかりますので、気をつけてください。説明は以上となります。何か質問などはありますでしょうか」
(今の俺のランクは、Fランクだからシリウス達を見返すには、現時点の彼らのランクと同じSランクまでは上がらないといけないな。まあ、地道に依頼をこなしてランクを上げるしかないか)

 クロードは今後の目標を頭で確認し、ミレイに答える。

「大丈夫です。説明してくださり、ありがとうございます、ミレイさん。暇が出来たら直ぐに教会に行ってみようと思います。それじゃあ、早速この二つの依頼を受けたいのですが」
「えっと、薬草採取とゴブリン十体討伐の常時依頼ですね。はい、受理いたします。場所は新緑の森ですね。あまり奥に入ってしまいますと強いモンスターが出てきますから、十分注意してください」
「はい。では、行ってきます」


 依頼を受けたクロードは、新緑の森の入り口付近に来ていた。
 以前キラーボアに出会った新緑の森は、王都クエールから馬車で一時間ほどの場所にあり、主にEランクからBランクのモンスターが生息している。
 森の奥に入れば入るほどモンスターのランクが上がる、見習い冒険者や中堅冒険者が挑む森である。
 ちなみに、王都クエールを挟んで反対側に死の森というところがあり、そこでは主にCランクからSSSランクのモンスターが生息する。うわさによると、死の森の中心近くにはEXランクのモンスターまでいるらしい。

「さて、薬草採取はともかくとして、ゴブリンは、ノルマの十体よりも多く倒したいな。魔石が多少なりともお金になるし、稼がないと良い装備も整えられない。あとは、新しいジョブの能力を試さないといけないし……やる事がたくさんあるな」

 まずクロードは、森の入り口付近で薬草の採取を行った。

「確か薬草は十本採取で良かったよな。ん~参ったな。あと四本なんだけど、この辺りにはもう見当たらない。もう少し奥に入ってみるか」

 森の奥の方に進んでいくと、薬草の群生地を発見した。

「お、薬草がいっぱい生えているところがあるぞ。これで、採取依頼のノルマは達成出来たな。次はゴブリンの討伐か。とりあえず一体探そう」

 一時間ほどで、クロードはゴブリンを五体見つけて倒した。
 残りの五体をクリアするため、再びゴブリンを探し始めると、木々の間から村のようなものが見えた。
 クロードは念のため近くの茂みに隠れて、様子をうかがう。

「あ、あれは、ゴブリンの村じゃないか!? 見えるだけでも百体はいる……とにかく、敵の正確な総数を知りたいな。新しいジョブの力を試してみるか」

 森に来る途中、クロードはステータスを確認して、ジョブによって身についたスキルをある程度把握していた。
 具体的に何が出来るのかまでは理解していなかったものの、なんとなく意識をゴブリンの村に向けて集中すると、少しずつゴブリンの気配を察知出来るようになってきた。
 それからしばらくすると、ゴブリンの村にいる全てのゴブリンの気配を捉えた。


【スキル『気配探知けはいたんち』を獲得しました】


「んん、なんだ? 今、頭の中に声が響いたような……まあ良いか。それにしても、マジかよ。ゴブリンの総数、百五十体を超えているじゃないか。しかも上位種やキングまでいるし……よし、せっかくの機会だし、魔法の試し撃ちに付き合ってもらおう。そうと決まれば、賢者のアイリが得意だった上級風魔法を……って、俺は上級魔法を使えるのかな」

 これまで常に魔力枯渇状態だったクロードは、そもそも自分に魔法が使えるのかどうかすらわからなかった。
 彼が悩んでいると、さっき聞こえた謎の声とはまた違った声が聞こえてくる。

【今のあなたの魔力量であれば、上級風魔法は容易に使う事が出来ます。まあ、コントロールは最悪ですが。あ、あと『超越者』の能力により、あなたはあらゆるスキル、能力を習得しやすくなっています】
「何か謎の声が非常に重要な事を言っている気がするが、まあ良い。よし、必要な魔力は溜まったな。目標を定めて……上級風魔法『サイクロン』発動」

 ゴゴゴゴゴ!!! バキバキ!!!!
 轟音ごうおんと共に、竜巻たつまきがゴブリンの村に向かっていく。


【風魔法を習得しました。スキル『全属性魔法』に統合されました】


「また声がした……今度は最初の声だな。これは幻聴なのか? それにしても『サイクロン』は想像以上だな。上級魔法ってこんなに威力が強いのか」

 クロードが放ったサイクロンが村を通過して消失した後には、粉々になった村の建物とゴブリン達の亡骸なきがらが転がっていた。
 しかし、その惨状さんじょうの中で、まだ立っている者達がいた。

「あれだけの猛威もういの魔法にさらされて生きている奴がいるのか。凄く頑丈がんじょうだな」

 そこでは、瀕死ひんしの重傷ながらなんとか立っているゴブリンの上位種――ゴブリンジェネラル四体と、彼らに守られたこの集落の王――ゴブリンキングが怒りの形相ぎょうそうを浮かべていた。

「なんだよ。まだ五体も生き残っているじゃないか。はあ、まず先に、瀕死のゴブリンジェネラル四体を倒すか。ゴブリンキングはその後だな。魔石まで焼けちゃうのは少ししいけど、火魔法で一気に倒すか。『サイクロン』を撃つ事が出来たんだ。中級火魔法の『ファイアウェーブ』も大丈夫だろう」

 魔力を練って、中級火魔法『ファイアウェーブ』を放った。


【火魔法を習得しました。スキル『全属性魔法』に統合されました】


 クロードが『ファイアウェーブ』を放つと、ゴブリンジェネラル達はあっという間に消し炭になった。

「おお、中級火魔法でこれなのか。さっき火魔法使わなくて良かった。さて、残るはゴブリンキングだけど、相も変わらずにらみつけてきているな。魔法は風と火を使える事がわかったし、なんとなくそれ以外の属性の魔法も使える気がするから、今度は接近戦で戦ってみるかな」

 接近戦に持ち込むため、ゴブリンキングを牽制けんせいしながら『銀狼の牙』に加入した時から使っているアイアンソードを抜いた。

「ゴブリンキング相手に俺の剣術がどこまで通じるかわからないけど、『超越者』としての基本的な身体能力も把握しておきたいし、とりあえずやってみよう」

 ゴブリンキングに向かって駆け出したクロードは、力の限り剣を振ったが、ゴブリンキングはいとも容易たやすくそれを避けた。


【スキル『下級剣術かきゅうけんじゅつ』を獲得しました】


 謎の声を無視して、身体能力上昇、攻撃力上昇、防御力上昇の支援魔法を自分にかけ、再び駆ける。

「行くぞ! 勝負だ!」

 クロードは剣を振りかぶって、ゴブリンキングに飛びかかった。
 しかし、ゴブリンキングの肩に当たった鉄の剣は、真ん中から綺麗に折れてしまう。

「な、マジかよ。俺の唯一の武器だったのに……しょうがない、格闘術しかないか。なら、いつもシリウスにかけていた身体強化魔法を試そう」

 先程自分にかけた身体能力上昇、攻撃力上昇、防御力上昇の支援魔法の上位互換――身体能力超上昇、攻撃力超上昇、防御力超上昇の支援魔法を発動する。
 クロードは拳を力強く握りしめて、ゴブリンキングに顔を向けた。

「おお、力がみなぎってくるな。これならいけるかも。まずは、ストレートの連打をお見舞いしてやるよ」


【スキル『下級体術かきゅうたいじゅつ』を獲得しました】


 ゴキ! バキ! ゴン!
 クロードの連打がさく裂し、膝を地につけてダウンするゴブリンキング。クロードは一度距離を取った。

「よし、効いているみたいだな。なら今度は、普通の連打じゃなくて手足に属性魔法を付与した状態で攻撃してみよう」

 そう呟くと、両手に火属性を、両足に風属性をそれぞれ付与した。


【付与魔法を習得しました】


「お、やってみると案外上手くいくものだな。よし、戦闘再開だ。覚悟しろよ、ゴブリンキング。経験値として俺のかてになってもらうぞ」
「グオオオオォォォ!!!」
「お、そっちも気合十分みたいだな。俺も負けてられない」

 クロードも雄叫おたけびを上げながら、ゴブリンキングに向かった。
 そこからの攻防は、クロードが圧倒的な力で有利に進めた。

「『火拳ひけん』『風脚ふうきゃく』『ファイアトルネードアッパー』!」


【スキル『魔闘術まとうじゅつ』を獲得しました】


 最後の技を決めた後、ゴブリンキングは、力なく地面に倒れた。
 クロードは、ゴブリンキングが死んだのかどうかを確かめるため、横たわった体に近づく。

「どうやら無事に倒す事が出来たみたいだな。中々ハードな戦いだったけど、俺自身の戦闘スタイルの確認とか、魔法の練習が出来てとても有意義だった。さて、ゴブリンを倒しすぎてしまったが、受けた依頼も達成出来たし、クエールに戻ってギルドに報告に行きますか」

 そこで、最初の方に頭に響いた謎の声と、戦闘中も絶え間なく鳴っていたアナウンスについて考える。

「それにしても謎の声の言う通り、本当に色んなスキルを習得出来たな。しかし、なんなんだあの声は? まあ今考えても仕方ないんだが……」

 クロードは倒したゴブリンやゴブリンジェネラル、ゴブリンキングの素材を時空間魔法で作り出したアイテムボックスに収納し、クエールへの帰路に就いた。

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