転生しました、脳筋聖女です

香月航

文字の大きさ
41 / 113
連載

STAGE12-05

しおりを挟む
「人間が魔物を作れる……? 泥の魔物っつったら、一番弱い雑魚じゃねえか! 一体何がどうなってんだよ!?」

「ですから、今説明した通りなんですってば!!」

 魔物退治のために走ってきた通りを、今度は彼の家へ戻るために走る。
 道すがら簡単に【混沌の下僕】についてクロヴィスに話してみたけれど、やはりそう簡単には信じられないようだ。
 何せ、世界を揺るがす魔物を増やしているのが同じ人間だというのだから、その気持ちは大いにわかる。
 ……わかるけど、事実なのだから仕方ない。

(ああもう。なんだか、天気まで嫌な感じになってきたわね)

 街についた時にはカラッと晴れていたにも関わらず、先ほどの【バサン】と戦っている頃から曇り始め、今はもうかなり厚い雲が空を覆っている。
 まるで、私たちの気持ちを代弁しているかのようだ。

「――本当にサリィが、あの鶏の魔物を作ったっていうのか? なんでだよ……あいつらの家だって、同じ鶏を育てているのに……」

「私を信じていただけるのであれば、そうです。老いたものだけを“使っていた”のなら、目的は畜産業の妨害ではありません。……理由、わからないんですか?」

「わかんねえよ……わかるわけないだろ!?」

 荒々しく声を上げるクロヴィスに、一瞬ジュードが殺気立ったけど、すぐに止める。
 ここまで見てきたクロヴィスはまっすぐでハキハキとした典型的な体育会系……いうなれば、私と同じ脳筋タイプだった。
 ならばきっと、女性の心の機微になんて気付くはずがない。

 ……いや、違うか。意識している相手ならまだしも、心から大事に想う相手がもう決まっている彼が、他を見るはずがないのだ。
 彼には使命を捨ててでも守りたい相手が、もういるのだから。

(……それにしても、妙だわ)

 クロヴィスのことも考えなければならないけど……街の様子も、なんだかおかしい。
 彼らを慌てさせていた【バサン】は全て倒し終わったのに、人通りは全くないし、生活音も聞こえてこない。
 危機は去ったのだから、もっと活気があってもいいはずだ。日が沈むまでまだ余裕があったし、店終いには早すぎる。

「アンジェラ、警戒を解かないほうがいいよ。嫌な感じがする」

「やっぱり貴方もそう思う?」

 いつも通り隣をぴったりとついて走るジュードの顔は、戦場に居た時から戻っていない。鋭い目でじっと前を見据えており、いつでも抜けるように手も剣に添えたままだ。
 少し後ろを走る仲間たちも同様で、戦える状態のまま警戒しながら走っている。
 何ごともなければいい。そう皆が思っていたのに……

 その気持ちを嘲笑うように――――大通りを抜けた先の目的地は、出発した時とは全く違う姿に変わってしまっていた。

「な……なん、だよ……これ……」

 クロヴィスのかすれた声が、妙に辺りに響く。
 チョコレート色のレンガで作られた、とても可愛らしいデザインの二階建ての家。小さな女の子なら、きっと自慢したくなるような『愛しの我が家』は、


 真っ黒なコールタール状の泥に覆われた、魔窟と化していた。


「俺の、家が……俺の家族がッ!!」

「よせクロヴィス!!」

 駆けだそうとしたクロヴィスを、ダレンと王子様が背後からしがみついて食い止める。
 クロヴィスの顔色は、白を通り越して土気色だ。見開かれた目には、恐怖と絶望が色濃く映っている。

「放せダレン! 俺の家族が中に居るんだよ!! あいつらは、俺の命より大事な……!!」

「落ち着け!! 奥さんたちにはディアナ姐さんをつけてきただろ。あの人がやられるわけがねえよ!!」

 悲鳴をあげるクロヴィスに、答えるダレンもまた『そうあってほしい』と願うような声だ。
 ――ざっと見たところ、異様な家の中に人の気配はない。ここを捨ててどこかへ避難したと願いたいところだけど。
 
(……いや、考えるべきことは、それだけじゃないわね)

 家を覆いつくす泥に浮かぶ文字は、おびただしい量の【混沌の下僕】と【蠢く泥】だ。
 こんな量、一体どこから持ち込んだのかわからないけど――問題は数が多いだけではなく、名前に頻繁にノイズが入っていること。
 ……魔物が、別の名前へと変わろうとしている。それは、まずい。非常にまずい!!

「魔術師三人、雷の魔術は何分あれば撃てる?」

「程度による。まずい状況か?」

 なるべく焦りを押さえながら質問すれば、すぐ様カールが答える。声の高さに似合わず落ち着いた様子が、今はありがたい。

「なるべく急いでお願い。今は泥だけど、多分【いざなう影】が出ようとしてる。こんな街中でアレを出したくないわ」

 ……いつかのノアとカールの予想は、多分当たっている。泥と影は繋がっていて、上位種の影は泥の場所へ移動することができるのだ。
 そう、最弱の魔物がボスに変わるという恐怖の事態が、今目の前で起ころうとしている。

「第三進化体……小技じゃ通らねえな。ウィルに賢者、速読いけるか」

「もうやってます!」

 カールが言い切る前に、他の二人は強い魔術の準備に入ってくれている。
 そこに対抗するように、泥の中からもボコボコと“人の腕を模したそれ”が動き始めた。

 ……街の人間がいなかったわけだ。こんな奇妙なものが急に住宅地にわいて出てきたら、そりゃあ避難するに決まっているわね。
 こちらとしても、逃げてくれたならありがたいけど。

「一回戦ってはいるけど、連戦でアレとやるのは堪えるね」

「でも、やるしかないわよ」

 ため息を吐きつつも剣を構えるジュードに、私も並んでメイスを前へ向ける。
 何の気休めにもならないけど、城の中で戦った時よりはいくらかマシだ。今回はヤツに有効な魔術が使える人間がいる。
 気が遠くなるような戦いをしなくとも、詠唱の時間さえ稼げればいいのだから。

「……ディアナさんたちは、大丈夫かな?」

「あの方は、私たちよりもずっと強いわ……きっと大丈夫なはずよ」

 メイスの柄を握る手に、ぐっと力がこもる。
 大丈夫よ。大丈夫に決まっている。そう、自分に言い聞かせるように。

「……まずは、自分たちの心配をしなきゃ」

 あふれる泥の中から、手を模した塊がゆらりと鎌首をもたげる。
 激しく走るノイズの下で、【混沌の下僕】と【誘う影】の文字が混ざり合っている。これが完全にボス魔物の名に変わるのも、時間の問題だろう。
 ならば、一発でも多く攻撃しなければ。完全な『影』になる前に。

「クロヴィスさん、邪魔をするなら下がっていて。ジュード、行くわよ!!」

「応!!」

 私が上げた声に応えるように、真っ黒な泥が薄暗い空に舞い踊る。
 平和だったはずの街・ドネロンでの第二戦が、静かに幕を開けた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。