転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE12-06

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 ――かつて、戦場の最前衛にいたのは、赤い髪の騎士が“二人”と、真っ黒な鎧の男だった。
 愚直な彼らは、ただまっすぐ前に突き進むことしか知らず、その背を支える仲間たちにずいぶんと世話になってしまっていた。
 中でも、『彼女』には特に迷惑をかけていたはずなのに――結局最後の時まで、気の利いたねぎらいの言葉一つ、伝えられなかった。

 そればかりか、同輩の騎士は彼女を傷つける言葉を投げかけることも多く、そんな態度を恥ずかしく思っていた。
 しかし『私』自身もまた、それを擁護できるほどできた人間ではなく。
 変われることがないまま、『かつて』は失われた。

 全てが終わってしまった時、ただ悔しくて、悲しくて。己のあまりの無力さに、いっそ自死をしようと何度も思った。
 彼女のことは好きだった。本当に、大切な仲間だと思っていたのだ。あの時の私には、それを伝えられる余裕がなかっただけで。
 だが、言葉にできなかった想いは、そこに無かったも同然だ。

 ゆえに失い――しかし“今”ここに、またる。

(……これこそ、『神の奇跡』と。そう呼ぶのであろうな)

 失った全てを取り戻して――否、かつてとは違う世界を、かつてとは違う己は歩んでいる。
 ……ああ、全く。これほど大切なことに、何故今の今まで気付かなかったのか。

(これは、あの時にはなかった命だ)

 今左腕に抱える命の重さは、失くしたあの時とは違う己の選択の結果。
 悔しくて悔しくて、かつての仲間から『奪い取った』がために、この場所に生じた新しい答え。

「……ゆえに、この役目は“我”にしか務まらぬ。はたして、神の愛娘まなむすめはどこまで知っているのか……感謝をせねばなるまいな」

 目を開いているはずだが、視界は夜よりなお暗く閉ざされたまま。粘つく泥が体じゅうに張り付き、じわじわと侵食を続けている。
 ――だが、それがどうした。たかが泥ごときに負けるほど、今の己は弱くはない。
 全てを捨てて心身を鍛え、時に苛め抜き、何より奪い取ったこの強さ。
 負けるわけがないのだ。誰にも。何にも。

「『私』は貴女を失わない。『我』は何者にも屈せぬ!!」

 片腕で掲げた斧が、暗闇の天井を突き抜けて行く。
 酷く遠く感じていた出口は、意外とすぐ近くにあったらしい。
 薄く差し込む光の向こうから、彼女の呼ぶ声が聞こえた。


   *  *  *


「ジュード、もう少し左! 合わせられる!?」

「任せて!! 薙ぐから気を付けて!!」

 ふり下ろした私のメイスのちょうど反対側から鋭い刃が斬り込み、泥の塊を裂いていく。
 互いがぶつかるギリギリを抜けていく辺り、さすがずっと一緒に戦ってきただけはあるわ。こういうのを阿吽あうんの呼吸というのね。

(今はまだ大丈夫だけど……そろそろ感触がやばくなってきたわ)

 クロヴィスの家を覆った泥たちと戦い続けてしばらく。蠢くそれらは、時間経過とともにやはり泥ではないものへと変わり始めているようだ。
 物理攻撃も通りにくくなってきていて、殴っている私よりも、多分斬っているジュードのほうがハッキリと感じているだろう。
 武器をふるう度に、得体の知れない何かがこびりつくようで、かなり気持ち悪い。

「くそっ……やはりこちらにも干渉してくるか!」

 少し離れた場所では、家とその周辺の場をノアが魔術で囲ってくれていたのだけど、どうやら影は空間にも干渉できるらしい。
 バリアっぽい魔術には、ツタ植物のような黒い模様がズルズルと侵攻してきている。あれでは、そう長くはもたないだろう。

「アンジェラ、合図はまだか!!」

「アンジェラさん、こっちもいつでも撃てます!!」

 歯を食いしばったノアの様子に、攻撃を準備していたウィリアムが心配そうに続く。
 信頼してくれるのは嬉しいけど、そういう指示を出すのは本来リーダーの役割じゃないかしらね!?

(まあでも、今回は私がお願いしたからこその状態だもの。責任も私が負うべきね)

 飛びかかる塊をふり払いながら、泥まみれの家に意識を集中する。
 ――つい先ほど、避難していると思われたディアナ様の気配が、この家の中から感じられたのだ。

(まさか、魔物以外のものを察知できるとは思わなかったけど。でも、あれは間違いなくディアナ様の強い気配だった)

 とにかく、考えていた強行作戦は使えなくなってしまった。この家の泥魔物に飲み込まれているのなら、魔術を叩きこむわけにはいかない。
 ディアナ様なら耐えられるかもしれないけど、任せて来た奥さんと赤ちゃんも一緒にいるとしたら、それは最悪の結末になってしまう。

「魔物みたいにハッキリと感じとれたら、すぐにでも助けに行けるのに!」

「僕たちじゃ何も感じられないから、わかっただけでもすごいよ。……でも、そろそろ時間切れかも。威力の低い魔術を撃ってもらうのも駄目かな!?」

 ジュードが斬り捨てた泥が、即座に修復した。
 これはまずい。本格的に、物理攻撃が効かない『影』の魔物に変化してきている。

 以前王城で戦った【誘う影】は、ボス魔物だけど一体だけで現れた。物理攻撃が効きにくくても、無効ではない。
 しかし、今ここにいるのは泥の集合体であり、正体が不明な【混沌の下僕】が混じっている。今までの戦いから察するに、ただの【誘う影】より強い可能性が高い。

(なんにしても、こんなスライムの塊に苦戦させられるなんて!!)

 私のメイスも当たりはするものの、びちゃっと音がするだけで、いまいちダメージになっている気がしない。
 せっかく魔術が撃てる仲間がいるのに! ディアナ様、どうか返事をして下さい!!

「――――あっ!!」

 私の焦る心が天に届いたのか、パキン、と何かが壊れる音が頭上から聞こえた。
 見上げた先は、家の二階にある小窓つきの屋根部分。ほんのわずかだけど、その部分の泥が固まって崩れている。
 ――そこに、誰かがいる!!

「見つけた……っけど私じゃ届かない!! ジュード、強化魔法かけたらあそこまで行けない!?」

「多分行けるけど……ごめん、僕には泥しか見えない!! 強化魔法を僕の腕にかけて! 投げるよ、アンジェラ!!」

「投げるって!? ちょっと……そっちいいッ!?」

 即座に強化魔法をかければ、そのまま彼のたくましい腕が私の腰を掴み――屋根に向かって放り投げた。

 「飛んでる!?」と驚くヒマもなく、泥まみれの屋根が眼前に迫る。
 おのれジュード!! 私のこと好きだとか言ってたくせに、なんてことをすんのよ!!

「普通人間を放り投げる!? このバカ――――!!」

「ディアナさんを迎えに行くなら、君が適任だよ!!」

 眼下からはジュードの笑い声と他の皆の唖然とした様子が伝わってくる。
 そりゃあディアナ様をお救いする役なら歓迎するけど! 惚れてる相手を躊躇ためらいなく投げるやつがいるか、ちくしょー!!

(貴方なんか、乙女ゲームのヒーロー失格よ!!)

 悪態をつきつつも、泥まみれの屋根になんとか着地して体勢を整える。
 ……ああやっぱり、ここの泥だけ固まっている。それに、壊れた奥に見えるのは闇ばかりで、ここにあるはずのクロヴィスの家が見えない。

「これも影の異次元みたいなもの? とにかく、今お助けしますディアナ様!!」

 固い部分に両足をついて立ち上がり、ふり上げたメイスを力いっぱい叩きつける。
 みしみしと軋んだ音を響かせるのは、やはり家ではなくその“奥”からだ。

「もう一発! ディアナ様、聞こえませんか!?」

 鈍い音と共に、泥の表面に亀裂が広がっていく。覗き込んでもほんの少し先すら見えない、ずいぶんと深い闇だ。
 しかしその中に、かすかに赤がきらめいた。

「っ、ディアナ様! こちらです!!」

「アンジェラ殿! 少し離れてくれ!!」

 ――ああ、よかった。やっぱりご無事だった!!
 底知れぬ闇から響いてくるのは、低くたくましい女神様の声。
 喜びに飛び上がりそうになるのを押さえて、広げた亀裂から体を離す。

「ぬおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 直後、野太い声と共に闇から現れたのは、巨大な刃を輝かせるバトルアックス。
 圧倒的な力で固まった泥を叩き壊すと、甲冑に包まれた勇ましい姿が現れた。

「アンジェラ殿、掴まれい!!」

 そしてすぐ様、そこがそれなりに高さのある場所だと気付いたのだろう。
 伸ばしたままの腕を私に向けてくれるので、しっかりとそこに捕まって飛び降りる。
 さあ、これで憂いはなくなった!

「――撃って!!」

「待ちわびたぞ!!」

 喉が痛いほど声を張り上げれば、凶悪な魔術師二人から歓喜の返事が聞こえる。

 ――そして落とされる、強烈な白光と地震の如き轟き。
 まるで、雷がすぐ近くに落ちたみたいだ。
 目と耳だけではなく、肌に内臓に、押し潰されそうな衝撃が響く。

(きっつ……!! あいつら、本当に加減ってものを知らないのね!!)

 私たちのすぐ背後で起こったとんでもない威力の魔術に、ふり返る勇気もわかない。
 それでも、この真っ白な世界は、戦いの確かな勝利を伝えていた。
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