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STAGE13-11
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「せえーのっ!!」
ガツンと大きな音を立てて、殴られた大木の一本が傾いでいく。
「見つけた! アンジェラそのまま動かないで!」
「はいはい、トドメよろしく!!」
殴った体勢の私の横をジュードが駆け抜けて行き、耳に心地よい斬撃を響かせて【寄生種】が消滅する。繰り返される攻撃は、もはや作業となって続いている。
最後のひと頑張りとして森のような大木たちを片付けているけど、相変わらずその数が減ったような様子はなく、視界は一面不気味な木のみ。空も地面も見えない戦いが、私たちの心を容赦なく削っていく。
「さ、さすがにしんどいな……賢者様、そっちの魔術はまだですかね!?」
ちょうど私と反対側の枝を斬り払いながら降りてきたダレンは、かなり息が荒く肩が上下してしまっている。
動きが遅い私たちと違って、手数で勝負している面々の疲労もそろそろやばそうだ。私の魔法は傷ではない疲労の回復はできないからね。
「もう少しと言うことだったから、配分を間違えたな。これでは、そう長くはもたないぞ」
ダレンの斬ったところを補うように王子様も合流するけれど、彼もまた肩で息をしており、顔色もよくない。魔術師たちに援護を頼みたいけれど、先ほど『鎮火のために力残せ』と言われていたところを見ているし、あまり無理な要請もできないところだ。
「アンジェラ殿、こちらは引き受けよう。少し下がってくれ」
そんな中でも、変わらず巨大な斧を払っているディアナ様はさすがだわ。誰よりも重い装備だというのに足腰はしっかりしているし、呼吸もほとんど乱れていない。
荒々しさはないものの、ただ静かに怒りを魔物たちへ叩き込む姿は、未だその心が晴れていないことを表している。
「私とジュードもまだ平気ですよ。貴女と共に戦うと宣言した以上、格好悪いところは見せません」
「アンジェラちゃん、それは暗にオレが格好悪いということかい? ……やるよ、やります! 戦うって決めたからな!!」
ディアナ様に負けじとメイスを構え直せば、ぜえはあ言っていたダレンも汗を拭って体勢を整えてくれる。別にそんなつもりはなかったんだけど、いわゆる男の矜持ってやつかしらね。頑張ってくれるのなら、もちろんそれはありがたい。
(……でも、やっぱりキツいことに変わりはないか)
倒しても倒しても変わり映えのしない景色は、疲れた心には結構堪える。強がってはみたものの、私だって体力はあるほうではないし、休めるのなら休みたいのが本音だ。
だけど、今のディアナ様を放って下がることだけはしたくない。守ることに固執している彼女には、守らなくても共に戦える仲間がいることをきちんと知って欲しいから。
「アンジェラ、少し支えていようか?」
「大丈夫よ。愚痴を言うのは倒れてからでも間に合うわ!」
「それ、女の子の台詞としてはどうかと思うけど……わかった、付き合うよ」
すぐ傍で剣を構えていたジュードは残念そうに苦笑すると、私の前に出て枝葉の攻撃を牽制してくれる。
彼もまた、ディアナ様同様に息が乱れた様子もなく、淡々と巨大な魔物を斬り伏せている。
……普段から殺戮兵器とか呼んでいるのは私だけど、彼の頼もしさは最近ちょっと異常だわ。いつの間にこんなに強くなったのだろう。それとも、私が彼に甘えすぎてしまっているのか。
(これが元から剣で戦っている男と、魔法で底上げしてしか戦えない女の差かしらね)
ちょっと悔しいけれど、彼が仲間にいてくれて本当によかった。グッと柄を握り直して、彼の後ろに続いていく。ジュードがいかに頼りになっても、倒すべき敵は四方全てにいるのだから。
『おい、聞こえるか!』
「ッ!! この声……!!」
メイスをふり下ろし、ちょうどもう一本倒した瞬間、頭の中に聞き慣れた声が響き渡った。男性というには高く、声変わりをしていない少年の声が。
『待たせたな! 全員外壁の内側に避難しろ、急げ!』
「遅いわよ、この外見詐欺導師!」
私がいつも通りの悪態を返せば、つられた皆の表情もぱっと明るいものへと変わった。
――苦労は報われた。後は人の域を超えた者たちによる“処刑”の時間だ。
「こっちです、急いで!」
大木の攻撃をいなし、背を向けないように後退していけば、外壁の下部ではハルトが先に扉を開いて待っている。
ウィリアムと動きの速い剣士組が撤退し、ジュードもそれに続く。
「ディアナ様!」
「うむ!!」
最後まで攻撃を牽制し続けたディアナ様と私が駆け込めば、すぐに外壁の分厚い扉は閉ざされた。
「お前たち、ご苦労だったな! あとは休んでいて構わないぞ」
「まさか。見届けるに決まってるでしょ!」
すぐ様ノアから労いが飛んできたけれど、軽く汗を拭った私たちは、そのままの足で彼らのいる外壁の上へ向かって行く。一番手がウィリアムだったのは、さすが壊したがりと言うべきかしら。
「…………う、わ」
長いはしごを上って壁の上から見た景色は、最初のものとはまた違っていた。
眼下に広がるのは、変わらず森のような魔物大群。しかし、その頭上。すっかり暗くなった空一面に広がるのは、夥しい量の文字と記号の羅列――とんでもなく大きな魔術陣だ。
「すごい、こんなの見たこともない……」
続々と上ってきた仲間たちは、皆空を見上げて言葉を失っている。
それは瞬く星の群れのようで、空を彩る芸術のようでもあり――同時に、怖気を覚えるような悪夢の光景にも見える。
人間が、こんな巨大なものを動かせるなんて。……カールは多分人間辞めてるっていうことを横においても、凄まじい魔術であることには変わりない。
「……ディアナ」
「ああ」
最後に上がってきたハルトとディアナ様も、強い意思をたたえた瞳でじっと空を見上げている。
私たちか退いたことで、外壁への攻撃も再開している。もう躊躇っている時間もない。
「……月の賢者、気張れよ」
「言われなくとも」
張り詰めた空気の中で、カールが小さく囁いて、応えたノアが高く杖を掲げる。
備えられた魔力が外壁の端から端まで満ちて、私たちの視界にも光が見えてくる頃。
≪では、殲滅を始める≫
歌うような少年の声が世界に響いて――――空が、落ちてきた。
「あ…………は、あ……ッ!?」
体の横から、壁か何かに殴られたのかと思った。
叩きつけられた熱量は強大で、守られているにも関わらず、数秒間呼吸ができなくなってしまった。
熱と、臭気が世界を埋め尽くす。目を開けることもできず、生理的な涙が後から後からこぼれてくる。
ただただ熱くて、怖い。怖くて堪らない。こんなものに触れたら――!!
「……アンジェラ。大丈夫だから、息をして」
「…………ジュード?」
蒸し窯の中のような酷い空気の中に、ようやく知っているものを見つけて、おそるおそる目を開ける。
夕陽よりもはるかに赤い世界の中、変わらない黒さをまとう幼馴染が優しく笑って私を見つめている。
……ああ、よかった。ジュードがここにいる。
「……味方の攻撃で死ぬかと思ったわ」
倒れそうになった私の体を、彼が支えてくれたらしい。当然外壁の上部に柵なんてない。そのまま落下していたら、大怪我をするところだった。
「うん、すごかったね……すごいよ、外」
「…………ひっ」
ほっと安堵の息を吐いたのも束の間、彼の視線の動きを追っていけば――そこに広がるのは赤と黒の世界。
正しく“煉獄”だ。それ以上に的確な言葉はないだろう。
「…………怖い」
私たちが一本倒すのにも苦労した大木の魔物たちが、次から次へとマグマの波に呑まれて燃えていく。
成すすべもなく、風に揺れる木の葉のように儚く。後に残るのは真っ赤な海だけ。
……提案したのは確かに私だけど、こんなにも悍ましいことになるとは思わなかったと言ったら、皆は怒るだろうか。
とにかく今は、目の前に広がる光景が恐ろしい。
(はっ! そうだ、ディアナ様は!)
あまりのことに脳が現実逃避をしたのかもしれない。
周囲を素早く見回せば、ディアナ様はすぐに見つかった。彼女は私のように怯むこともなく、じっと煉獄の光景を見つめていた。
まるで、仇の最期を目に焼き付けるように、ただじっと。
「……終わったね、ディアナ」
「……ああ」
ぽつりと、彼らの交わした声が聞こえた気がした。
「…………」
轟々と重苦しい音を響かせて、煉獄が世界を呑み込んでいく。
炎と黒煙。肌を焼くような空気が全ての魔物を滅ぼすまで、それほど多くの時間はかからなかった。
* * *
「……全部、燃え尽きたわね」
「うん、そうだね」
呆然と煉獄を眺めてどれぐらいか。言うほど長くはなかったと思うけど、汗を吸った衣服が重くて、私は動けないまま外壁の上で座っている。
私が倒れないように支えてくれているジュードも、視線は下の光景に向けたままだ。
空が見えないほどに群がっていたはずの【大木の悪精】と【寄生種】は、今はもう一本残らず燃え尽きて、ただただ赤い地面が広がっている。
ずいぶんと苦戦を強いられた相手だったのに、終わりはあっけないものだ。
燃え盛るマグマの勢いは衰えることなく、熱気は私たちの体力も容赦なく削っていく。
「…………皆は?」
「殿下とダレンさんは早々に下へ降りたよ。ハルトさんもついさっき。今残っているのは、僕たちとディアナさんと、あとは仕事中の魔術師組だけだね」
「そっか」
身を預けるジュードからは、いつもの心地よい体温は感じられない。外気が熱すぎて感覚がマヒしてしまっているのだろう。
ディアナ様の仇の最期は見届けたことだし、ここにはもう用事はない。
「……降りようか、ジュード」
「ん、そうだね」
やっとのことで体を動かせば、少し休んでいただけなのに関節がイヤな音を立てた。
無茶な戦い方もしたし、これは明日辺り筋肉痛になるかもしれないわね。
去り際に挨拶をしようと魔術師組に近付いてみれば、カールとノアは玉のような汗を浮かべたまま、なお真剣に煉獄を睨みつけていた。
私たちの仕事は終わったけど、彼らは今正に戦いの真っ最中ということか。
その横で魔術書をぺらぺらしているウィリアムは、次の行動に戸惑っているようだ。
「ウィリアムさん、魔物は全部片付いたと思うわ。鎮火作業をするのなら、そろそろ始めないと。これ以上長引かせたら、ノアが死んじゃう」
「…………そうしてくれるとありがたい。正直、そろそろ限界だ」
「俺も」
「うわああああっ! お二人ともすみません!! すぐに魔術を使いますね!!」
ウィリアムにだけ話しかけたつもりだったのだけど、答えたのはノアとカールのほうが先だった。
双方かすれた死人のような声なので、本当にギリギリなのだろう。
マグマの鎮火なんてできるのか知らないけど、そこはまあ人外魔術師たちのお手並み拝見というところだ。
最後にもう一度、悍ましい煉獄の景色を目に焼き付ける。
これが私たちの戦い。世界を守るための戦い――その結果なのだと、忘れないようにしっかりと見つめて。
「うそ」
――――そのまま、心臓が止まるかと思った。
「アンジェラ……?」
動きを止めた私に訝しげなジュードの声がかかるけれど、答える余裕がない。
ありえないものが、今視界の中にある。
だってあそこは、マグマの上だ。恐ろしく巨大な魔物の群れでさえも、跡形もなく呑み込んだ災害の上なのに。
――何故、そんなところに、人が立っているのか。
「嘘よ、ありえない……なんで、あんなところに!?」
「アンジェラ!? 何が見えているの!?」
体じゅうの血の気が引いて、ガタガタと震えてくる。
サウナのように熱かったはずなのに、今はとても寒くて、鳥肌が止まらない。
ありえない。あんなところで人間が生きていられるなんて、ありえない。
――ましてや、その青い目と視線が合うなんて――どうやったって無理だ。
ならば何故、私は“彼女”がこちらを見ているとわかるのか。
彼女の口が、紡いでいる言葉が聞こえるのか。
『ヘルツォーク遺跡で待っているわ』
たった一言。それだけを告げて、得体の知れない人影は煙に溶けるように消えた。
――次いで、起こったのは
「うわああっ!? い、いきなり何ですか!?」
ウィリアムの悲鳴のような声が聞こえる。
人影が消えると同時に空から降ってきたのは、大量の水――雨だ。それも、土砂降りの。
「急に天気が崩れるなんて……!?」
「だが、ありがたい! これなら、鎮火も苦労せずにできそうだ!」
叩きつける豪雨に騒ぎだす仲間たちと、肩で息をしながらマグマの後始末を始める魔術師たち。
……誰も、あの人影については口にしない。
「アンジェラ? 何があったの? ねえ!?」
私を心配してくれるジュードの声だけが、妙に大きく耳に残っていく。
……ヘルツォーク遺跡。その名前は、よく知っている。そこはかつて、あのゲームで大きな戦いを繰り広げた難関の一つ。
(どうして彼女が知っているの。――あの“泥女”、一体何を)
疑問は声にはならず、そのまま私の視界は暗く落ちていく。
「アンジェラ!!」
宝石のような美しい青の虹彩が、まぶたの奥で鮮明に輝く。
まるで、煉獄の記憶を上書きするように。
ガツンと大きな音を立てて、殴られた大木の一本が傾いでいく。
「見つけた! アンジェラそのまま動かないで!」
「はいはい、トドメよろしく!!」
殴った体勢の私の横をジュードが駆け抜けて行き、耳に心地よい斬撃を響かせて【寄生種】が消滅する。繰り返される攻撃は、もはや作業となって続いている。
最後のひと頑張りとして森のような大木たちを片付けているけど、相変わらずその数が減ったような様子はなく、視界は一面不気味な木のみ。空も地面も見えない戦いが、私たちの心を容赦なく削っていく。
「さ、さすがにしんどいな……賢者様、そっちの魔術はまだですかね!?」
ちょうど私と反対側の枝を斬り払いながら降りてきたダレンは、かなり息が荒く肩が上下してしまっている。
動きが遅い私たちと違って、手数で勝負している面々の疲労もそろそろやばそうだ。私の魔法は傷ではない疲労の回復はできないからね。
「もう少しと言うことだったから、配分を間違えたな。これでは、そう長くはもたないぞ」
ダレンの斬ったところを補うように王子様も合流するけれど、彼もまた肩で息をしており、顔色もよくない。魔術師たちに援護を頼みたいけれど、先ほど『鎮火のために力残せ』と言われていたところを見ているし、あまり無理な要請もできないところだ。
「アンジェラ殿、こちらは引き受けよう。少し下がってくれ」
そんな中でも、変わらず巨大な斧を払っているディアナ様はさすがだわ。誰よりも重い装備だというのに足腰はしっかりしているし、呼吸もほとんど乱れていない。
荒々しさはないものの、ただ静かに怒りを魔物たちへ叩き込む姿は、未だその心が晴れていないことを表している。
「私とジュードもまだ平気ですよ。貴女と共に戦うと宣言した以上、格好悪いところは見せません」
「アンジェラちゃん、それは暗にオレが格好悪いということかい? ……やるよ、やります! 戦うって決めたからな!!」
ディアナ様に負けじとメイスを構え直せば、ぜえはあ言っていたダレンも汗を拭って体勢を整えてくれる。別にそんなつもりはなかったんだけど、いわゆる男の矜持ってやつかしらね。頑張ってくれるのなら、もちろんそれはありがたい。
(……でも、やっぱりキツいことに変わりはないか)
倒しても倒しても変わり映えのしない景色は、疲れた心には結構堪える。強がってはみたものの、私だって体力はあるほうではないし、休めるのなら休みたいのが本音だ。
だけど、今のディアナ様を放って下がることだけはしたくない。守ることに固執している彼女には、守らなくても共に戦える仲間がいることをきちんと知って欲しいから。
「アンジェラ、少し支えていようか?」
「大丈夫よ。愚痴を言うのは倒れてからでも間に合うわ!」
「それ、女の子の台詞としてはどうかと思うけど……わかった、付き合うよ」
すぐ傍で剣を構えていたジュードは残念そうに苦笑すると、私の前に出て枝葉の攻撃を牽制してくれる。
彼もまた、ディアナ様同様に息が乱れた様子もなく、淡々と巨大な魔物を斬り伏せている。
……普段から殺戮兵器とか呼んでいるのは私だけど、彼の頼もしさは最近ちょっと異常だわ。いつの間にこんなに強くなったのだろう。それとも、私が彼に甘えすぎてしまっているのか。
(これが元から剣で戦っている男と、魔法で底上げしてしか戦えない女の差かしらね)
ちょっと悔しいけれど、彼が仲間にいてくれて本当によかった。グッと柄を握り直して、彼の後ろに続いていく。ジュードがいかに頼りになっても、倒すべき敵は四方全てにいるのだから。
『おい、聞こえるか!』
「ッ!! この声……!!」
メイスをふり下ろし、ちょうどもう一本倒した瞬間、頭の中に聞き慣れた声が響き渡った。男性というには高く、声変わりをしていない少年の声が。
『待たせたな! 全員外壁の内側に避難しろ、急げ!』
「遅いわよ、この外見詐欺導師!」
私がいつも通りの悪態を返せば、つられた皆の表情もぱっと明るいものへと変わった。
――苦労は報われた。後は人の域を超えた者たちによる“処刑”の時間だ。
「こっちです、急いで!」
大木の攻撃をいなし、背を向けないように後退していけば、外壁の下部ではハルトが先に扉を開いて待っている。
ウィリアムと動きの速い剣士組が撤退し、ジュードもそれに続く。
「ディアナ様!」
「うむ!!」
最後まで攻撃を牽制し続けたディアナ様と私が駆け込めば、すぐに外壁の分厚い扉は閉ざされた。
「お前たち、ご苦労だったな! あとは休んでいて構わないぞ」
「まさか。見届けるに決まってるでしょ!」
すぐ様ノアから労いが飛んできたけれど、軽く汗を拭った私たちは、そのままの足で彼らのいる外壁の上へ向かって行く。一番手がウィリアムだったのは、さすが壊したがりと言うべきかしら。
「…………う、わ」
長いはしごを上って壁の上から見た景色は、最初のものとはまた違っていた。
眼下に広がるのは、変わらず森のような魔物大群。しかし、その頭上。すっかり暗くなった空一面に広がるのは、夥しい量の文字と記号の羅列――とんでもなく大きな魔術陣だ。
「すごい、こんなの見たこともない……」
続々と上ってきた仲間たちは、皆空を見上げて言葉を失っている。
それは瞬く星の群れのようで、空を彩る芸術のようでもあり――同時に、怖気を覚えるような悪夢の光景にも見える。
人間が、こんな巨大なものを動かせるなんて。……カールは多分人間辞めてるっていうことを横においても、凄まじい魔術であることには変わりない。
「……ディアナ」
「ああ」
最後に上がってきたハルトとディアナ様も、強い意思をたたえた瞳でじっと空を見上げている。
私たちか退いたことで、外壁への攻撃も再開している。もう躊躇っている時間もない。
「……月の賢者、気張れよ」
「言われなくとも」
張り詰めた空気の中で、カールが小さく囁いて、応えたノアが高く杖を掲げる。
備えられた魔力が外壁の端から端まで満ちて、私たちの視界にも光が見えてくる頃。
≪では、殲滅を始める≫
歌うような少年の声が世界に響いて――――空が、落ちてきた。
「あ…………は、あ……ッ!?」
体の横から、壁か何かに殴られたのかと思った。
叩きつけられた熱量は強大で、守られているにも関わらず、数秒間呼吸ができなくなってしまった。
熱と、臭気が世界を埋め尽くす。目を開けることもできず、生理的な涙が後から後からこぼれてくる。
ただただ熱くて、怖い。怖くて堪らない。こんなものに触れたら――!!
「……アンジェラ。大丈夫だから、息をして」
「…………ジュード?」
蒸し窯の中のような酷い空気の中に、ようやく知っているものを見つけて、おそるおそる目を開ける。
夕陽よりもはるかに赤い世界の中、変わらない黒さをまとう幼馴染が優しく笑って私を見つめている。
……ああ、よかった。ジュードがここにいる。
「……味方の攻撃で死ぬかと思ったわ」
倒れそうになった私の体を、彼が支えてくれたらしい。当然外壁の上部に柵なんてない。そのまま落下していたら、大怪我をするところだった。
「うん、すごかったね……すごいよ、外」
「…………ひっ」
ほっと安堵の息を吐いたのも束の間、彼の視線の動きを追っていけば――そこに広がるのは赤と黒の世界。
正しく“煉獄”だ。それ以上に的確な言葉はないだろう。
「…………怖い」
私たちが一本倒すのにも苦労した大木の魔物たちが、次から次へとマグマの波に呑まれて燃えていく。
成すすべもなく、風に揺れる木の葉のように儚く。後に残るのは真っ赤な海だけ。
……提案したのは確かに私だけど、こんなにも悍ましいことになるとは思わなかったと言ったら、皆は怒るだろうか。
とにかく今は、目の前に広がる光景が恐ろしい。
(はっ! そうだ、ディアナ様は!)
あまりのことに脳が現実逃避をしたのかもしれない。
周囲を素早く見回せば、ディアナ様はすぐに見つかった。彼女は私のように怯むこともなく、じっと煉獄の光景を見つめていた。
まるで、仇の最期を目に焼き付けるように、ただじっと。
「……終わったね、ディアナ」
「……ああ」
ぽつりと、彼らの交わした声が聞こえた気がした。
「…………」
轟々と重苦しい音を響かせて、煉獄が世界を呑み込んでいく。
炎と黒煙。肌を焼くような空気が全ての魔物を滅ぼすまで、それほど多くの時間はかからなかった。
* * *
「……全部、燃え尽きたわね」
「うん、そうだね」
呆然と煉獄を眺めてどれぐらいか。言うほど長くはなかったと思うけど、汗を吸った衣服が重くて、私は動けないまま外壁の上で座っている。
私が倒れないように支えてくれているジュードも、視線は下の光景に向けたままだ。
空が見えないほどに群がっていたはずの【大木の悪精】と【寄生種】は、今はもう一本残らず燃え尽きて、ただただ赤い地面が広がっている。
ずいぶんと苦戦を強いられた相手だったのに、終わりはあっけないものだ。
燃え盛るマグマの勢いは衰えることなく、熱気は私たちの体力も容赦なく削っていく。
「…………皆は?」
「殿下とダレンさんは早々に下へ降りたよ。ハルトさんもついさっき。今残っているのは、僕たちとディアナさんと、あとは仕事中の魔術師組だけだね」
「そっか」
身を預けるジュードからは、いつもの心地よい体温は感じられない。外気が熱すぎて感覚がマヒしてしまっているのだろう。
ディアナ様の仇の最期は見届けたことだし、ここにはもう用事はない。
「……降りようか、ジュード」
「ん、そうだね」
やっとのことで体を動かせば、少し休んでいただけなのに関節がイヤな音を立てた。
無茶な戦い方もしたし、これは明日辺り筋肉痛になるかもしれないわね。
去り際に挨拶をしようと魔術師組に近付いてみれば、カールとノアは玉のような汗を浮かべたまま、なお真剣に煉獄を睨みつけていた。
私たちの仕事は終わったけど、彼らは今正に戦いの真っ最中ということか。
その横で魔術書をぺらぺらしているウィリアムは、次の行動に戸惑っているようだ。
「ウィリアムさん、魔物は全部片付いたと思うわ。鎮火作業をするのなら、そろそろ始めないと。これ以上長引かせたら、ノアが死んじゃう」
「…………そうしてくれるとありがたい。正直、そろそろ限界だ」
「俺も」
「うわああああっ! お二人ともすみません!! すぐに魔術を使いますね!!」
ウィリアムにだけ話しかけたつもりだったのだけど、答えたのはノアとカールのほうが先だった。
双方かすれた死人のような声なので、本当にギリギリなのだろう。
マグマの鎮火なんてできるのか知らないけど、そこはまあ人外魔術師たちのお手並み拝見というところだ。
最後にもう一度、悍ましい煉獄の景色を目に焼き付ける。
これが私たちの戦い。世界を守るための戦い――その結果なのだと、忘れないようにしっかりと見つめて。
「うそ」
――――そのまま、心臓が止まるかと思った。
「アンジェラ……?」
動きを止めた私に訝しげなジュードの声がかかるけれど、答える余裕がない。
ありえないものが、今視界の中にある。
だってあそこは、マグマの上だ。恐ろしく巨大な魔物の群れでさえも、跡形もなく呑み込んだ災害の上なのに。
――何故、そんなところに、人が立っているのか。
「嘘よ、ありえない……なんで、あんなところに!?」
「アンジェラ!? 何が見えているの!?」
体じゅうの血の気が引いて、ガタガタと震えてくる。
サウナのように熱かったはずなのに、今はとても寒くて、鳥肌が止まらない。
ありえない。あんなところで人間が生きていられるなんて、ありえない。
――ましてや、その青い目と視線が合うなんて――どうやったって無理だ。
ならば何故、私は“彼女”がこちらを見ているとわかるのか。
彼女の口が、紡いでいる言葉が聞こえるのか。
『ヘルツォーク遺跡で待っているわ』
たった一言。それだけを告げて、得体の知れない人影は煙に溶けるように消えた。
――次いで、起こったのは
「うわああっ!? い、いきなり何ですか!?」
ウィリアムの悲鳴のような声が聞こえる。
人影が消えると同時に空から降ってきたのは、大量の水――雨だ。それも、土砂降りの。
「急に天気が崩れるなんて……!?」
「だが、ありがたい! これなら、鎮火も苦労せずにできそうだ!」
叩きつける豪雨に騒ぎだす仲間たちと、肩で息をしながらマグマの後始末を始める魔術師たち。
……誰も、あの人影については口にしない。
「アンジェラ? 何があったの? ねえ!?」
私を心配してくれるジュードの声だけが、妙に大きく耳に残っていく。
……ヘルツォーク遺跡。その名前は、よく知っている。そこはかつて、あのゲームで大きな戦いを繰り広げた難関の一つ。
(どうして彼女が知っているの。――あの“泥女”、一体何を)
疑問は声にはならず、そのまま私の視界は暗く落ちていく。
「アンジェラ!!」
宝石のような美しい青の虹彩が、まぶたの奥で鮮明に輝く。
まるで、煉獄の記憶を上書きするように。
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連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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