転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE13-10

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「こんっのバカディアナ!! 君は図体ばっかり大きくなって、無茶なところは全然成長していないじゃないか!!」

 大木の群れをなんとか掻き分けて外壁の元へ戻れば、案の定落雷のような激しい勢いでハルトが怒っていた。
 一応、枝葉と土まみれではあるものの、大きな怪我はせずに戻って来たのだけど。まあ、心配していた側からすれば、そんなことは問題じゃないわよね。

 頭一つ高い位置にあるディアナ様を怒鳴りつける彼を見守りつつも、私はこっそりと離れてジュードたちの元に合流する。
 私がディアナ様を迎えに行っている間も、剣士たちは何とか攻撃を凌いでくれていたようだ。

「おかえりアンジェラ。無事に戻ってきてくれてよかった」

「ただいま。肉壁たて役なのに離れてごめんね。すぐに魔法使うけど、回復と強化どっちがいいかしら」

「先に強化で。この一列を削り切ったら、少し下がって治療しよう」

 衣服も汚れ、あちこちに軽い傷を負っているものの、彼らも動けなくなるほどではなさそうだ。木々の間を動き回っている王子様とダレンも、こちらに視線を向けて笑ってくれた。

「了解。できればトドメは刺さずに横に倒して、ちょっと時間を稼ぎましょう」

 強化魔法を使いながら、私も彼らの並びに加わってメイスを構える。後ろのほうから「じゃあ次は広範囲魔術いきますー」と楽しげな声も聞こえてくるし、私が離れたぐらいでは負けることはなさそうで安心したわ。……イキイキしているウィリアムは、もうつっこまないでおこう。

(……本当、無事に戻ってこられてよかった)

 チラッと視線を横へ滑らせれば、ハルトに怒られつつもディアナ様が斧を幹に叩き込んでいる。雄々しいけれど無駄のない的確な攻撃で、先ほどのブルドーザーのような暴力的な強さではない。
 ディアナ様は、今度こそ落ち着いてくれたみたいだ。

(どうしようかと思ったけど、もう大丈夫そうね)

 こっそりと息を吐いてから、目の前の魔物へと意識を集中させる。
 ……一時はどうなるかと思ったけど、迎えに行ったディアナ様は、ただ静かに頷いて私について戻って来てくれた。
 本当に「考えるより殴りたい」私とは違い、ディアナ様は落ち着いた性格の方なのだ。
 あの雄々しい外見からは意外だと言われるけど、元々パーティー戦における『肉壁役』は忍耐が問われる前衛職。後ろにいる仲間の動向を考えながら、かつ戦い自体も疎かにはできないので、単なる脳筋とはまた違う。
 ……まあ、一人で倒しきれる敵相手なら、“力こそ正義”な私と同じ戦い方にもなるけど。
 基本的にはいつも誰かを守るために戦い、耐えてきてくれたのがディアナ様。だからこそ、先ほどの無茶な特攻は意外だった。

(そりゃあ、トラウマにもなっていそうな仇が相手なら当然か……)

 女性では到底辿りつけないであろう鋼のような肉体と強さを持ってなお、彼女もやはり人間なのだ。設定で動いているキャラクターではなく、この世界に生きている人間。
 痛みも苦しみも感じていて、無茶だとわかっていても走りたい時だってある。

 ――ならば、守りたいと思う。尊敬する人として、大事な仲間として。
 力は及ばずとも、その心を守る手助けをしたい。だって私は、ディアナ様が大好きだから!

「……とにかく、貴方たちは邪魔よ! どうせ一本残らず塵になるんだから、大人しく倒れておきなさい!!」

 大きく薙いだメイスの先が、幹の中心を捉えて小気味よい音を立てる。ぐらりとバランスを崩した木を蹴り飛ばして、そのまま次の魔物へ。
 そうしてウィリアムの凶悪な足止め魔術が展開されるまで、私たちの激しい攻撃は続いた。



「……ウィル君すげーな。森が一瞬で氷山になったわ」

「ここまでやられると、ちょっと寒いけどね」

「ああっすみません!! なるべく皆さんには当たらないように加減したんですけど、やっぱりやりすぎですかっ!?」

 一面の気味の悪い森は、ウィリアムの広範囲氷魔術によって真っ白な氷塊の山に変わっている。
 さすがは人外導師の愛弟子。気弱な性格の割りに、魔術の腕だけは本当にえげつないわ。……彼よりやばい魔術師があと二人もいるのだから、この部隊は本当に世界征服も狙えるんじゃないかしらね。

 ともあれ、普通の氷魔術では一分ももたなかった大群だけど、これだけ広範囲で凍らせたなら少しは休めそうだ。
 早速剣を下ろした仲間たちに近付き、回復の魔法をかけていく。

「すまないなアンジェラ殿。君も前線で戦って疲れているだろうに」

「何をおっしゃいます。むしろ、殿下に護衛もつけないばかりか、普通に戦わせている私のほうがよほど不敬でしょう?」

 傷が塞がり血の跡だけが残った頬を拭うと、王子様は申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。他の面々もだいたい同じ感じで、疲労を浮かべつつもお互いを気遣ってくれている。
 魔物は鬼畜だし世界は殺しにかかってくるけど、こうして信頼し合える仲間がいるのだから、その点だけは本当によかったわ。
 これで例の『おかしな夢』のように、仲間たちがギスギスしていたら目もあてられない。クロヴィスが部隊にいないことも、もしかしたらプラス要素なのかもしれないわね。

「ディアナ様も」

 近くにいた三人を治療し終え、少し離れていたディアナ様に視線を向ける。
 さっきの無茶をして負った傷は治したけれど、肉壁役には傷がつきものだ。なるべく平静を装って呼びかけてみれば――

(…………え!? な、泣いてる!?)

 氷に陽光が反射したのだろうか。
 彼女の顔に一瞬見えた白い煌めきに、思わず目をこすってしまう。
 ……もう一度見返してみれば、彼女はもちろん泣いてなどおらず、背筋の伸びた勇ましい姿でそこに立っているだけだったが。

(び、びっくりした。なんて見間違いをするのよ)

 先ほどの戦い方を見たばかりなせいか、私は思っているよりも彼女を心配しすぎていたみたいだわ。
 戦場で泣くなんて愚かしい行為を彼女がするはずがない。泣くことは思った以上に体力を奪われるし、視界を濁らせるのは致命的だ。辛くても悲しくても、泣くのは全てが終わって帰ってからに決まっている。

 ――けれど、何だろうか。確かに泣いてはいないのだけど……いつも通り、とも言い難い。
 ディアナ様は、眩しいものを見るような切ない目で、私たちを見つめていた。

「あの、ディアナ様? お怪我はありませんか?」

「……ああ、こちらは大丈夫だ。気を遣わせてすまぬな」

「滅相もない! 大事な仲間を傷なく守ることが、私の役目ですから!」

「…………そうか。そう、だな」

 私が軽く手をふってみれば、彼女はほんの少しだけ驚いた様子を見せて……鋭い緑眼をそっと伏せた。まとう空気はとにかく静かで、冗談などを言える雰囲気ではない。
 ……ハルトとディアナ様にとって、ここは色々と思うところがありすぎる。

(空気は読むけど、シリアスすぎてもやり辛いなあ。カールの魔術はまだなのかしら……)

 ディアナ様が大丈夫だというので今度は外壁の上へ視線を向けてみれば、ちょうどこちらを見ていたらしいノアの銀眼と目があった。
 手をあげると、彼も軽く杖をふって応えてくれる。うん、マグマ準備組も順調なみたいね。

『俺のほうの準備は終わっている。あとは死ぬ気で発動するだけだ。……導師のほうももう少しだな』

 ……とそれで終わりだと思ったら、途端に頭の中に声が響いて、思わずメイスを落としかけてしまった。

「び、びっくりするから! いきなり魔術で話しかけないでくれる!?」

 ただ挨拶をしただけのつもりだったのに。そういえば、ノアはこういうテレパシー的な魔術が使えるのだったわ。
 どうやら戦っていた全員に発信していたらしく、王子様とダレンも私のように肩を震えあがらせている。ジュードだけはすました顔で頷いているので、ちょっと悔しい。

「賢者様、こちらの声は聞こえているんですか?」

『ああ、聞いているぞ。何やら無茶な戦い方をしていたようだが、落ち着いて何よりだ。全員、もうあまり先へは行くなよ。俺が守るのは外壁より内側だけだ。戻って来られなくなるぞ』

「……承知した」

 ついでに、先ほどまでのことも上からちゃんと把握していたようだ。申し訳なさそうに頭を下げたディアナ様に、彼もまた小さく頷きを返す。
 外見詐欺のカールと違って、ノアはちゃんと年長者らしく動いてくれるから頼りになるわ。
 戦いという『務め』以外には人間を避けるのがエルフの性質だと思っていたから、なおさらこの違いはありがたい。

『ウィリアム、可能なら魔力は少し残しておいてくれ。恐らく魔物を片付けた後に鎮火が必要になる』

「は、はい、わかりました。頑張ってみます!」

 他人に対して遠慮しがちなウィリアムも、ノアにはよく懐いているらしい。了承したすぐ後には、表情を引き締めて魔術を唱え直している。
 その師であるカールは……残念ながら濃い魔力の霧に覆われていて、姿すら確認できなかった。
 まあ、ノアの言葉を信じるなら、もう時間稼ぎも終わりが近いでしょう。

「……っと、いけない。そろそろか」

 ピキピキと妙な音が聞こえたと思えば、氷の塊になっていた大木がまた動き始めている。
 疲労は溜まっているけれど、傷は全て治した。ディアナ様の様子が気にはなるけど、もうひと踏ん張りで終わりだもの。
 大事な話は、こいつら全てを倒してからゆっくり聞かせて貰おう。それで少しでも彼女と仲良くなれたら、これほど嬉しいこともない。うん、やる気出てきたわ!

「アンジェラ」

 ふいに近付いてきたジュードが、するりと頬を撫でて微笑む。大丈夫、いけると、互いを勇気づけるように。私の幼馴染も、しっかり最後まで戦ってくれるみたいね。

「ん、ありがと。ディアナ様を苦しめるような輩は、まとめて塵になってもらうわ」

「ああ、やろう」

 前に突き出した武器に応えるように、魔物のたちの氷がバキバキと割れて……這い出した蔦や枝が蠢き始める。
 カールの魔術発動まで、残り時間はもう少し。となれば、私たちの活躍の場ももう少しで終了なのだ。
 相手は大事なディアナ様の仇。例え時間稼ぎでも、やれるだけの怒りはぶつけてやろうじゃないか。

「聖女様の本気、ここで見せてあげる」

「本来の聖女様の務めは、メイスぶん回すことじゃないけどね」

「でも、そんな私が好きなんでしょう?」

「大好きだよ」

 動きを止めていた氷が完全に砕けて、早速巨体を揺らせた一本が枝葉をこちらへ向けてふり回す。

「……ぬんッ!!」

 しかしそれが私たちに届くことはなく、斧の一閃が全ての攻撃を薙ぎ飛ばした。

「……借りは返そう。くぞ、アンジェラ殿!」

「ええ!!」
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