転生しました、脳筋聖女です

香月航

文字の大きさ
62 / 113
連載

STAGE14・脳筋と嵐の前の休日

しおりを挟む
 ――もしも貴女に寄り添うことができていたなら、今のこの時間はなかったのだろうか。
 ……それは嫌だと思ってしまう自分に、少しばかり罪悪感が募る。

 貴女のことが大切だったのは嘘ではない。『私』は貴女を守りたいと、心からそう思っていた。
 ……それでもきっと、貴女に“今感じているような想い”は抱けなかった。

 『僕』は君のことが好きだ。
 きっと、君だからこそ、恋を知ったんだ。

   * * *

「……ぅ、ん」

 まぶたにかかる光が眩しくて、ゆっくりと目を開ける。

「ああ、アンジェラ起きた? おはよう」

「ジュード……?」

 私を起こしたのは、カーテンの隙間から差し込んだ太陽の光だったらしい。
 白くぼやけた世界の中に茶色と黒が浮かび上がって、それは微笑む幼馴染の顔を形作っていく。
 とても幸せそうな、蕩けんばかりの笑みを浮かべたイケメンさん。……寝起きすぐに見るには、ちょっと目に毒ね。

「おはよう……の時間じゃないかしら?」

「そうだね、そろそろお昼前だよ。ぐっすり眠ってたね」

「うわ、寝すぎちゃったわ……」

 彼をベッドに招き入れたところまでは覚えているのだけど、あれから爆睡していたらしい。
 おかげで体は軽くなったけど、よそのお屋敷でみっともないことをしてしまったわ。

「ジュード、起きていたなら私も起こしてくれてよかったのよ?」

「ごめんごめん。実は二時間ぐらい前にメイドさんも来てくれたんだけど、君があまりにも気持ちよさそうに寝てたから、あちらも気を遣ってくれてね」

「うう、ディアナ様のご実家にご迷惑をおかけするなんて……不覚」

 ハルトを連れ去った前科がある以上、これ以上印象を悪くしたくなかったのだけど。
 まあ、寝すごしてしまったものは仕方ない。今からでも起きて謝りに行くとしましょう。

 上半身を起こせば、私を抱えていたたくましい腕が離れていく。途端に触れた外気が寒くて、つい名残惜しさを感じてしまったのだけど、

「…………うん?」

 離れていった腕は、何故か肌が露出していた。そこから視線を下ろせば、寝転がるジュードの胸やらお腹やらが全部見える。……素肌、が。

「待って、貴方なんで服着てないの!?」

「ああ、上だけだよ。さすがに騎士団の服を着たままだと寝苦しくて」

「メイドさんが起こしてくれなかったのは貴方のせいじゃない!?」

 一つのベッドに同衾している男女。起きている男のほうは上半身裸で、女のほうは『よく眠っているから寝かせておいてあげて』なんて――そういうことを察してくれと言っているも同然じゃない!! ガッデム!!

「絶対に誤解されてるわ、どうしよう!! しかもこれ、言い訳したら余計に怪しいやつじゃない!!」

「あー……確かにそうだね。まあいいんじゃないかな? 実際には何もしていないし、ベッドも汚していないのだし」

「誤解されることが問題だから!! ここは、ディアナ様のご実家なのよ!?」

 起きて早々がくりとうな垂れる私に、ジュードは特に気にした様子もない。同衾を頼んだのが私である以上、追及もできないのが悔やしい!

「ああもう、こんなことなら街の宿に泊まればよかったわ。それなら見られても平気だったのに」

「……一応聞くけど、僕とそういう関係に思われるのは嫌じゃないんだ?」

「嫌? 何が? むしろ、私が貴方以外とどうこうなるほうが不自然だと思うけど」

「あ……そ、そう、だね」

 よくわからない質問に首をかしげて見せれば、平然と笑っていたジュードの顔がさっと赤く染まった。
 普段からぐいぐい押してくるくせに、私が受け入れると弱いらしい。つくづくギャップの宝庫ねえ。
 そもそも、他の男と恋愛フラグを立てるヒマなんてどこにあるのよ。それを潰しているのは、他ならぬジュードなのに。

「えっと、メイドさんの誤解は僕が解いておくよ! とりあえず起きようか。屋敷の人たちがご飯も用意してくれるらしいしね!」

「そうなの? だったら急がなくちゃ。まだご飯を食べる時間があるといいんだけど」

「うん、そうだよ。急ごうアンジェラ!」

 慌てた様子で起き上がったジュードは、放ってあった上着を拾うと、そそくさと客間から出ていってしまった。今更何を照れているのかしらね、あの人。

(……それにしても、ジュードの素肌はいい触り心地だったわ)

 しっかりと厚みがあって、硬いのにしなやかで、良質な筋肉のついた体。ああ、羨ましい。
 私もあれぐらい筋肉がついていたら、強化魔法なしでもメイスをふり回せるかもしれない。
 この胸の脂肪が、筋肉に変わってくれればいいのに!

「……って、これセクハラかしら。ま、いいや。お腹も空いたし急ぎましょう」



 手早く身支度を整えて客間を出れば、私たちは屋敷の食堂へと案内される。
 寝坊をしてしまったにも関わらず、声をかけたらすぐに温かな食事を提供してもらえた。
 ……まあ、朝食ではなく昼食として用意されたものらしいけど、とにかく食事は食事だ。
 使用人さんたちにできる限りのお礼を言ってから、二人並んで席につかせてもらう。ちょうど向かい側では、私たちのよく知った人物が先に食事を始めていた。

「……ノア? えっと、起きてる?」

「…………はっ! あ、ああ……お前たちか……」

 席についていたのは、昨夜の戦いの功労者の一人であるノアだ。美しい白銀の髪は適当に結い上げられ、スープ皿に銀のスプーンをつっこんだまま、頭がゆらゆらと揺れている。

(ああ……ダメそうだわ、これ)

 向かいの私たちに気付き、少しだけ反応を示したものの、その数秒後には再び舟をこいでしまっている。放っておいたら眼鏡がスープ皿に落ちそうだ。

「起きてないわね」

「一応、起きているつもりなんだが……ダメかもしれない」

「とりあえず、スプーンを置きましょうか」

 適当につっこまれたせいで、スプーンは半分ほどスープに沈んでしまっている。
 ジュードが腕を伸ばして救出してあげれば、彼はそのままカトラリーを皿の横に置いた。

「……無作法なことをしても、構わないだろうか」

「ここには私たちしかいないから大丈夫よ。というか、もう少し寝てきたら?」

「……そう、させてもらう……」

 たった二言三言の会話の間にも、彼のまぶたはすっかり閉じてしまっている。
 そのまま、ノアは皿をガッと掴むと、勢いよくスープを飲み干して席を立った。
 ……無作法ってそういうことか。繊細な外見に似合わず、ワイルドなことするわ。

「……導師は、まだダメだそうだ……俺も、休ませてもらう。悪いな」

「気にしないで、ゆっくり休んで。……っていうか、大丈夫なの!?」

 彼の頭は揺れっぱなしで、気を抜いたら立ったままでも眠ってしまいそうだ。
 見かねた執事さんが助けてくれたので倒れることはなかったけど、彼には休んでもらったほうがよさそうね。

「僕は魔術が使えないからわからないけど、かなり無理をしてもらっていたんだね」

「そうみたいね。あの破壊魔な導師もダメらしいし、もう一日この街にいても大丈夫かしら」

 運ばれていくノアを見送り、私もスープの皿にスプーンを入れる。温かなそれには、ごろごろと大きめの具が沢山入っている。
 とても美味しそうだけど、ノアはよくこれを一気飲みできたわね。

(……それにしても、ずいぶん静かな食卓ね)

 食堂に他の仲間たちの姿はない。
 寝坊した私たちは別としても、時刻はちょうどお昼時だ。他の皆が来てもおかしくないはず。
 カールはまだ眠っているらしいけど、その他の皆はどこへ行ったのだろう。

「ジュード、他の皆のことは聞いてる?」

「ごめん、僕は君にずっとついてたから把握してないや。全員このお屋敷に泊めてもらったから、ここの人に聞けばわかると思うけど」

 そういえば、この屋敷は昨夜の騒動の際に避難場所の一つとして使われていたわよね。避難した人たちがいるのなら、もっと騒がしいと思うのだけど。

(他には誰もいないし、ずいぶん静かね)

「ねえジュード、私たち置いていかれたりしてないわよね?」

「それはないよ。僕はともかく、唯一の回復役であるアンジェラを置いていくことはありえない」

 言われてみれば、それはそうね。
 ここから先、戦闘はますます激化するだろうし、回復役なしで進むのは自殺行為だわ。
 ジュードも主力の一人だし、あの王子様はそんなことはしないか。

「魔術師二人も休んでいるみたいだし、動ける人たちは多分街へ出ているんじゃないかな」

「うわぁ、元気ね……」

 寝坊するほどぐっすり寝た私でさえ、疲れが完全にとれたとは言い難い体調なのに。
 皆は筋肉痛とか残っていないのかしら。羨ましいわ。

「食べ終わったら僕たちも街へ行ってみようか。雨は止んだみたいだし、昨日のマグマがどうなったのか僕も気になるな」

「ああ、それはそうね!」

 ……そうだ、すっかり忘れていたわ。
 カールは「鎮火が必要」と言っていた。つまり、召喚されたマグマは火山には戻らず、そのまま街の外に残されるということだ。
 魔術師組が休んでいるのだから、危険な状態は脱したのだろうけど。
 それでも、外壁の向こう側がどうなってしまったのかはとても気になる。

「寝坊してる場合じゃなかったわね。ジュード、急ぎましょう」

「それは構わないけど、早食いは体によくないよ。招集されているわけでもないし、ご飯はきちんと食べよう?」

 慌ててご飯をかきこもうとすれば、ジュードから待ったがかかる。
 確かに、せっかくディアナ様のご実家に用意してもらった食事だもの。適当に片付けたり、ましてや残すなんて申し訳ないことはできないわね。
 ならば、適切な早さで食べようとカトラリーを握り直せば……そう言った隣のジュードの食事は、ほとんど残っていなかった。

「……私を止めた割に、貴方は食べるの早いのね」

「ご、ごめん。お腹空いてて」

 照れくさそうに視線を逸らした彼は、使用人さんからちゃっかりおかわりまで受け取っている。
 まあ、あの立派な体を維持するためには、ご飯が沢山いるのも当然かもね。

 こうして、いつになく“普通っぽい”一日は、のんびりと幕を開けた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。